第107話 「【フィニッシャー】のカード」
魔王領域の空は薄暗い。まさしく黒雲が天を覆い尽くしている。魔王城最上階。揺らめく蝋燭の火に照らされた玉座の間に、稲光が差し込んだ。
よくみればところどころに血の跡がこびりついている。フィンたちのものではない、もっともっと昔からここでは死闘が繰り広げていたのだということを思い知らされた。
歴史の舞台に、俺は立っている。
強烈な闇の力を放つ魔王を前に見据え、俺はまず仲間に告げる。
「キキレア、ディーネ。倒れているみんなを頼む」
「あっ、は、はいですわ」
「ちょっと待って! 私はまだ戦えるわ!」
魔王から意識を外さないようにしつつ、声を荒げたキキレアに振り返る。
「……『まだ』戦える?」
「うっ」
「やっぱり、そうだと思ったんだ。お前さっきのスーパーノヴァで魔力を使い果たしちまったんだろう」
「で、でも、まだ気絶したわけじゃないし……!」
「いいさ、ここは俺に任せろ、キキレア。それともお前は、自分が愛した男を信じられないのか?」
「……っ、ば、ばか……」
俺が口元を緩めると、キキレアは俯いた。その髪の隙間から覗く顔が赤らんでいる。
「ナルは倒れているみんなを、キキレアやディーネと一緒に守っていてくれ」
「ええっ! あ、あたしだって、まだまだ戦えるもん! ま、マサムネくんが、もう一度キスしてくれたら……」
「その腕の傷はそう簡単に治るようなものじゃないだろ。少し下がっていくれ。俺がもしピンチになったら、もう一度力を貸してくれるように、さ」
「……っ、わ、わかったっ!」
そう言い聞かせると、ナルもぶんぶんとうなずいた。それから小さな声で「はぁ……、マサムネくん世界一かっこいぃ……」とつぶやいて悶えていた。照れるぜ。
俺の横にはふたりが並ぶ。
「ふふ、あれが魔王か。不思議だな、僕はずっと勇気がなくて、ゴブリン相手にもビビっていたはずなのに。今は魔王を前にしてもちっとも怖くないんだ」
「やれるのか? ジャック」
「誰にものを言っているんだい」
ジャックは大丈夫そうだ。記憶が飛んだからか、すごいスッキリした顔をしている。キキレアの炎はジャックの闇をも浄化したんだな。
そしてもうひとり、元気なのがいる。
「ようやく、ようやく、ようやくここまで来ましたね、マサムネさん。初めてマサムネさんを見たときは、こんなゲス丸出しの三白眼が本当に役に立つのかな、って思って不安でしたけど」
「奇遇だな、俺もさ。お前みたいなポンコツ女神と地上に降りたら14秒ぐらいで死んじまうんじゃないかって思っていたぜ」
「ふふふ」
「ははは」
やる気満々のミエリと笑い合う。本当によく生きてこれたよな。本当に……。
だが、それでも俺たちはここまでやってきた
俺とジャックとミエリは立ち並び、それぞれ魔王に指を突きつける。
「覚悟だ、魔王!」
「君を倒して、世界に平和を!」
「わたしが主神に!」
魔王はそんな俺たちを見やり、笑った。
「くくく、恐れを知らぬ者たちよ……。なんと愚かな、あまりにも愚かな……」
余裕たっぷりじゃねえか。
俺は前に歩み出た。
「愚かなのはお前だ、魔王サタン! 七羅将はもはやいない! お前を守るものはもうどこにもいない! たったひとりで勝てると思っているのか!」
「七羅将? 七羅将か……、くくく」
魔王は俺たちを嘲笑う。
「あのような連中、ただの駒に過ぎん。何匹死んだところで、痛くもかゆくもないわ。そうだな、お前たちにわかりやすく言ってやるとしよう。七羅将の力が100だとすると、この我の力は、一万を超えるであろうな」
『なっ』
辺りは騒然とする。
百倍強いはさすがに言い過ぎだろうが、それぐらいの自信はあるんだろうな。そうか、だからフィンもこいつには勝てなかったのか。
ミエリはともかく、ジャックの顔には驚愕と恐怖が張りついていた。
だが……。
俺には【フィニッシャー】があるんだ。魔王を視認したこの時点で、もう【フィニッシャー】は使い放題だ。魔王には万が一にも勝ち目はない。
もはや勝負は決まっている。なにが100だ。なにが一万だ。いくらお前が強くても、お前の勝ち目はゼロなんだよお! ゼロ! アーッハッハッハ!
俺は口元を押さえた。思わず笑みがこぼれてしまいそうだったからだ。
代わりに叫ぶ。
「お前がどれほど強かろうと、俺たちは逃げてはいられないんだ! この世界に生きとし生ける光のもののために! たとえほんの少しでも可能性がある限り、俺たちは何度でもお前に食らいついてみせるさ!」
ジャックがハッとして俺を見る。
「ま、マサムネくん……! 君がそんなことを言うだなんて……! 僕は君のことを誤解していたようだ……。それをまさか、こんなところで気づかされるなんて……」
魔王はあくまでも玉座に座り、俺を見くだしている。
「愚かなニンゲンよ、ゼロの可能性をどんなに追い求めようと、所詮はゼロのままだ。ニンゲン同士でいたずらに命を奪い合い、そしてまた血を流すのだ。お前たちはいつもそうだ。愚かなまま、なにも成長をしない。なにも考えず、我ら魔王の庇護下に入るほうが幸せではないのか?」
断固として、俺は首を振った。
「ばかなことを言うな! 自ら思考停止して、家畜のように生きてゆくことのなにが幸せだ! 俺たちは悩み、苦しみ、それでも前に進みたいと願う! 俺はそうしてここまでやってきた! 仲間たちだってそうだ! 恐怖から目を背けることが勇気ではない! 恐怖に打ち勝ち、恐怖とともに生きてゆくことが俺たち人間の勇気だ!」
俺は声を荒げた。とにかくいいことを言おうと、ろくに考えもせずに綺麗ごとを並べ立てる。
そう叫ぶと、後ろからキキレアたちの声が聞こえてきた。
「……やだ、マサムネのくせにこんな、かっこいいなんて……」
「マサムネくんはいつだってかっこいいよ! でもきょうはそのかっこよさがもう頂上決戦って感じ! かっこいい!」
さらに、俺の叫びに呼応して目を覚ました男がいた。
「マサムネくん……、君は……!」
フィンだ。あいつはディーネに治療をされつつも顔をあげて、俺に手を伸ばす。
「だめだ、そいつには勝てない……。僕の剣が、通用しないんだ……。皆が、やられた……、君だって勝てない……!」
大丈夫。【フィニッシャー】なら一撃で倒せるから。余裕だよ! 余裕! 超楽勝!
ということは言わず、俺は己の胸をトントンと拳で叩きながら口元を吊り上げた。
「勝てるかどうかを決めるのはお前じゃない、フィン。この俺自身さ」
フィンは目を見開く。
「そうか、マサムネくん……、なんて自信だ……。今まで僕は、鬼薙に頼り切っていた……。だからこそ、勇者としての資質にはふさわしくなかったのだろうな……。完敗だ……」
なんかすごい持ち上げられている……。俺も【フィニッシャー】に頼り切っているのに……! すごい申し訳ないな……!
フィンは悔しさからかその瞳に涙さえも浮かべて、俺を見つめている!
「あるいは君なら……! もしかしたら、君なら、世界を救うことができるのかもしれないな……」
お、おう……。
なんか、ごめんな、ホントに……。
ユズハもまた、苦しそうにうめきながら、顔をあげた。
「マサムネ……、やはり来たか、お前が……。悔しいが、私では力が足りなかった……! 私の力量では、魔王を倒すことができなかったのだ……! 圧巻の敗北を喫してしまった……」
もはや起き上がることすらできないユズハは、魔力が尽きているのだろう、青い顔をしていた。
「無念だ……。だが、私は間違っていた。自らが魔王を倒すという栄光のためだけに、私は戦っていたのだ……。お前の言葉、胸に響いたぞ、マサムネ。お前だけは人々のために戦っていたのだな……。どうりで、私たちが負けてしまうわけだ……」
そのとき、最後の力を振り絞ってユズハはバインダを開いた。その中から光の粒が放たれて、俺のバインダの中へと吸い込まれてゆく。
浮かび上がるのは三枚のカード。
マサムネは【ブラスト】のカードを手に入れた!
マサムネは【キュマイラ】のカードを手に入れた!
マサムネは【ヴァンプ】のカードを手に入れた!
そう、ユズハは俺に自分の最強カードを三枚、託してくれたのだ。
今もらっても仕方ないんだが……、まあ、もらえるものはもらっておくか。これからの人生で役に立つだろうしな!
「……お前の想い受け取ったぜ、ユズハ」
「ああ……、この世界の生きとし生けるもののために……、頼む……」
そう言い残してユズハは再び気絶した。
さて、そろそろ決定打を使おうとするか。もう十分、押し問答はしただろう。
「おかしい、マサムネのくせに……、なんであんなに堂々として、あんなにいいことばかり言って、あんなにかっこつけて……、おかしいわ……。絶対なにか裏があるに違いないわ……」
後ろからキキレアのつぶやきが聞こえてくる。さすがキキレア、鋭い……。
ボロが出る前にやっちまわないとな。俺は改めて魔王に指を突きつけた。俺のラスボス戦が今始まる!
「いくぞ魔王! 俺たちはお前を倒し、人の未来を手に入れる!」
次の瞬間、魔王の魔力が膨れ上がった。
「来るがいい、勇者よ。我を倒さぬ限り、人に安息の時は訪れぬ。我はすべての国、すべての町、すべての村、そしてすべての家を焼き払い、すべての人に絶望を送ろうぞ! 我が名は魔王サタン! 永遠なる人類の敵対者だ――!」
「――インディグネイショおおおおおおおおおおン!」
「ヌオアアアアアアアアアアアアア!」
ミエリの先制攻撃が炸裂した! こいつ、魔王が口上を言っている間に詠唱していやがった……。本当に女神か? ド外道じゃねえか!
ミエリが魔王にぶち込んだ雷最強魔法は、辺りにバチバチと余波をまき散らす。玉座の間を青く照らし、あちこちに稲妻が走った。
キキレアが一発撃っただけで魔力切れになった最強魔法を、ミエリは顔色ひとつ変えずにぶちかました。ミエリはさすがの女神だな。魔力総量が桁違いだ。バカだけど。
さて、雷魔法の直撃を受けた魔王はというと――。
「くくく、その程度か……、光の魔法など、我には効かぬぞ」
粉塵が晴れると、魔王は微動だにしていなかった。玉座に座り、足を組んで口元に笑みを張りつかせていた。これには俺も驚いた。
とんでもない力だ、魔王。七羅将の百倍強いという話は、まんざら嘘じゃないかもしれないな。
「そんな、わたしのインディグネイションが通用しないだなんて……! これ以上強い魔法なんてありませんよ! どうしましょう、マサムネさん!」
「だ、大丈夫だ、マサムネくん! 僕が少しでも時間を稼ぐ! その間になにか作戦を考えていてくれ!」
うろたえるミエリとジャック。魔王は平然とこちらを見下ろしている。
俺は前に進み出た。
「魔王、お前を滅ぼすのは俺の力ではない。人の希望、願い、想いだ!」
バインダを開く。そこから浮かび上がる光が俺の顔を照らす。
魔王はわずかに眉をひそめた。
「貴様のその力は……、この世界の力ではないな……? その光は、闇を祓う光……? まさかお前がかの伝説の『魔典の賢者』だとでもいうのか! ならば生かしてはおけぬな!」
魔王が立ち上がる。そうして俺を見据えて拳を握った。やばい、なんか怒らせちまったっぽい! 俺は慌ててバインダをめくる。
魔王はその手のひらに魔力を集めていた。一度は身代わりが使えるとはいえ、範囲攻撃で俺たちがまとめて殺される可能性もある! のんびりしすぎた!
うおおおおお間に合ええええええええ!
「死ね! 異界の男よ! 影さえも残らず消えるがいい!」
「オンリーカード・オープン! これが俺の決定打さ! 消え去るのはお前だ!」
魔王がこちらに腕を突きつけてきた。俺がバインダから引き抜いたそのカードの輝きに、魔王は顔をしかめる。
死ね、魔王! お前を倒して俺は人気者になって順調にハーレムメンバーを増やしてゆきモッテモテになって領地を手に入れて順風満帆な人生を送る!
「――【フィニッシャー】!」
俺がそう叫びながらカードを高々と掲げる。その瞬間、真っ白な光があふれ出した。目を焼くほどに強い光のはずだが、それはなぜだか俺にとって暖かく思えた。
爆発的な光はすぐに収束し、魔王の足元に六芒星となって現れた。光の質が変わった、と俺は感じた。あれはまさしく退魔の輝きだ。
六芒星から放たれた火柱のような光に包まれた魔王は括目した。その手から放たれた闇すらも消え失せて、たやすく光に飲み込まれてゆく。
産み出された光は床も、天井も、この淀んだ魔王城に流れる雰囲気すらも、なにひとつ壊しはしない。まさしく対魔王専用の決定打である。
それは俺以外の誰も予想していなかった光景であった。七羅将の百倍以上強い魔王が、俺のたった一枚のカードを食らってなすすべもなく致命傷を食らっているのだ。
出会ってたったの五分程度で!
――なんという快感!
「バカな――、貴様――、この力は――、そんな――」
声すらもたどたどしく遠ざかり、やがて魔王の体は水に砂糖が溶けるように、光の中にかき消えてゆく。
俺は今輝いている! 誰もが俺の偉業にひれ伏すだろう! この俺が! 藤井正宗が! 魔王を倒したのだ! やべえ、すげえ、たまらねえ!
ウキウキする心を隠して、俺は毅然とした顔で魔王に指を突きつける。
「魔王! お前の物語はもうここで終わりだ! これから俺たちは光の下を歩いてゆく! さらばだ魔王!」
まるで影の塊のように、あるいは闇そのものであったかのように、黒い霧となった魔王は六芒星の中で息絶えてゆく。
「魔典の――、賢者ァアアアアアアアアアアアア――――」
世にも恐ろしいその叫びを最期に、光はひときわ強く瞬いた。
そしてその残光が失われたそのとき、もはやそこにはなにも残っていなかった。
一瞬の静寂。
その直後――。
――ミエリが飛び上がった。
「ま、ま、ままま、マサムネさん! やった、やりました、やりましたね!!」
「あ、ああ」
抱きついてきたミエリの胸の感触に、俺は我に返る。でかい。
しかし本当にオチもなにもなく【フィニッシャー】一発で勝ってしまったな……。
どさくさに紛れてミエリのおっぱいを揉んでみると、喜びで夢中になっているミエリは気づかず俺をぎゅっと抱きしめている。おお、なんだこれ、ボーナスタイムか? よし、今のうちに思う存分揉んでおこう!
俺がミエリのおっぱいを好き放題していると、後ろから次々と喜びの声があがってきた。
「まさか、マサムネが本当に勝っちゃうなんて……」
「すごい! マサムネくん、すごい! 素敵! すごい! 抱いて!」
「さすがだ、マサムネくん……、やはり君こそが勇者だったのか……」
「ふふ、お前には負けたな……、圧巻の脱帽だ……」
「すごい、魔王を一撃で……」
「なんてやつだ……、お前になら妹を任せられるな……」
「す、すごいわ……、ただの女装家じゃなかったのね……」
なんて心地いいんだ。俺が今まで冒険をし続けてきたかいがあったな……。
俺は魔王に勝った。俺が勇者なんだ。俺こそが救世主だ。俺がこの世界の神なんだ! 世界中の女のおっぱいは俺様のものだ!
さすがに気づいたミエリが俺から距離を取ってバッとと胸を押さえた。その頬が赤くなっている。ジト目で睨まれたが、俺は口笛を吹いてごまかした。
――と、そのときだった。
「今のはさすがに肝を冷やしたぞ、魔典の賢者よ」
その声は近くから聞こえた。
俺はミエリの手を引いて飛び退く。するとそこにいたのは――。
「我が身を分けていなければ、やられるところだったな……。だが、同じ手は二度とは喰わぬぞ!」
目から光を失い、体から漆黒の粒子をまき散らす、ジャックであった。
まさか。
ジャックの体が、乗っ取られたのか――!?
「あの体の代わりに、しばらくこの体を使わせてもらおうではないか……! なるほど、忌まわしきあのイクリピア王族の血を引いているのだな。ならば我が器にはふさわしかろう」
そうかこいつ、さっきの体が本体ではなかったのか。
俺にはわかった。魔王サタンの正体はすなわち、『闇そのもの』だ。
ジャックを乗っ取った魔王は、先ほどの魔王と同じような厭世的な笑みを浮かべた。
「どうだ、お前たちの大切な仲間は、我の手の中にある。これでは思う様に戦うことなどできまい? 我を倒せば、お前たちの仲間も消滅してしまうのだからな! くくく、我の力の前にひれ伏すがいい!」
ディーネが涙交じりの叫び声をあげた。彼女にとってはまさしく悪夢のような光景だろう。だろうが……。
魔王の言葉を聞いて、俺はバインダを開いた。
【フィニッシャー】はいまだに輝いている。どうやら使い捨てではなかったようだ。
俺はナルを見た。
ナルは静かにうなずいた。
俺はキキレアを見た。
キキレアはためらいなくうなずいた。
俺はミエリを見た。
ミエリは大きく何度もうなずいた。
バインダの中の【フィニッシャー】は輝いている。俺のMPにもまだ余裕はある。
……。
……………………よし、ジャック、お前の命は俺が今、助けてやるぜ!
――努力はするぜ!!




