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第103話 「決断の時」

者屠ものほふり』を所持した魔族ベルゼゴールは、扉の前から動こうとはしなかった。


 あくまでも魔王に忠誠を誓い、誰も中に入れないようにというやり方か。


 だったら――。


「キキレア、ミエリ! お前たちの攻撃呪文であの壁を破壊しろ! あいつをスルーして魔王に会いにいってやろうじゃねえか!」


 俺は叫ぶ。いい手段だと思ったのだが、ミエリが首を振った。


「だめです、マサムネさん! 見ててくださいね!」

「む」


 ミエリが指先から雷を放つが、それはベルゼゴールに当たる前に弾けて拡散した。まるで見えない壁にぶち当たったかのようだった。


「魔法を防ぐ壁があるんです。あの位置にいられると、魔法使いでは手も足も出ません!」

「なんてこったい」


 あいつ、ビビって扉の前から動かないわけじゃなかったのか。


 あの位置にいれば魔法無効で、さらに飛びかかってくる相手には者屠がある、と。


「いったいどうしたんですかネェ……。あっしは逃げも隠れもしませんがネェ……?」


 いひひ、とベルゼゴールは不気味な笑顔を浮かべている。


 やべえ、なんなんだこいつ。マジで邪魔なんだが……。


 俺は黙考した。今この瞬間にもフィンが魔王を倒そうとしているのだと思うと、あまり猶予は残されていない。


 すぐに口を開く。


「……よし、みんな聞いてくれ。俺にはひとつの作戦がある」


 そう言うと「さっすがマサムネくん!」とナルが目を輝かせた。こんなに好感度が高いままなら、なんで俺を置き去りにしたんだろうナル……。目に見えない地雷が埋まっているのかな……、こわい……。


 まあそんな思いはおくびにも出さず、続ける。


「ジャック、この作戦の核はお前だ」


 仮面の男が口元を吊り上げた。


「へえ? まあ僕はジャスティス仮面だけど。そのなんとかって人の代わりに、聞いてあげようじゃないか。言ってごらんよ」

「うむ。ちなみにジャック、お前はあの者屠相手に、どれぐらいの時間を稼げる?」

「この僕ことジャスティス仮面なら、まあ、せいぜい二発を耐えるのが精いっぱいだと思うよ。僕は相手の攻撃を自慢の防御力で受け止めるパラディンだから、あいつとは相性が悪い」

「そうか、十分だ」


 俺は深くうなずいた。


「ではジャック、あいつに組みついて時間を稼げ。どんなに無様な方法でもいい」


 俺の真剣なささやきにジャックもまた真剣に聞き入っている。


「ほう、それで?」

「その間に俺たちがあいつの横を駆け抜けて、扉を抜ける。それでミッション終了だ」

「なるほどね……、なるほ、ん?」


 ジャックはなにかに気づいたように俺を見やる。俺は低い声で告げた。


「ひとりの犠牲で、俺たちは魔王に挑むことができる。くっ、すまないがジャック! 俺にはこれ以上の手っ取り早い作戦を思いつけないんだ! 平和のための礎になってくれ!」

「ちょっとお!?」


 ジャックが叫ぶ。俺を見てキキレアも真顔でうなずいた。


「そうね、手っ取り早い方法は、それしかないわね」

「もうちょっとよく考えてくれよ君たち!」


 ディーネはあわあわしていた。まさか本当に? これが冒険者の戦いなの!? という顔だ。いや、マスクをしているので表情はわからないんだが。そうなんだよ、これが冒険者の戦いなんだ。


 ナルもグッと拳を握った。


「わかったよ、ジャックくん! あたしも応援するね! ジャックくんの死は無駄にしないから!」

「ナルルースくんまで!?」


 ジャックがさらに悲鳴を上げた。正直、俺もナルが乗ってくるとは思わなかったから少し意外だ。ごめんなさいお義父さんお義母さん、お宅のナルは悪い子になってしまいました!


「まあ、冗談はいいとして」


 俺はそう言いながらバインダを広げた。ディーネがあからさまにホッとしている中、ジャックがつぶやく。


「そうか、誰かが犠牲になればいいというのならば、マサムネくん。別に君でもいいんだよな」

「いい加減にしろジャック! 今は仲間内でそんなことを言い合っている場合じゃないだろ! なにを言っているんだ! 俺をあんまり幻滅させないでくれ!」

「そうよ! ちょっとぐらい家がお金持ちだからってなにをいい気になっているのよあんた! 死ねばいいわ!」

「ええ~……?」


 俺とキキレアと口々に叫ぶと、ジャックは納得いかないという顔をしていた。


 取り残されたベルゼゴールは、ぽりぽりと頬をかく。


「あの~……、もしかして戦わないんですかネェ……?」

「今は作戦会議中だ! よそのパーティーの会話に口を出さないでもらおうか!」

「あ、はい……」


 くっそう。それにしても魔法が通用しなくて、接近戦が非常に強いだなんて、いったいどうすればいいんだ。


 正直、一国の騎士程度のレッド隊長では荷が重いだろう。俺とジャックであいつを扉の前から引っ張り出すことができるか? いや、ちょっとリスキーだ。


 俺は頭を悩ませる。


「この中に、魔法以外の遠距離攻撃手段を持っているやつさえいれば、あいつを倒せるのだが……! しかしそんなやつ、俺のパーティーには……!」


 尖った耳のエルフが一生懸命腕を挙げているのをスルーしつつ、俺は拳を握る。


 七羅将に通用するレベルのカードって、本当に限られているからな。俺ひとりじゃどうすることもできないだろう。


 そういえば、と俺は先ほどキキレアとナルから手に入れたカードを見やる。どうせクズカードだろうって思いこんで、まだ確認をしていなかったんだ。


 キキレアから手に入れたカードは【フェイス】。


 そしてナルから手に入れたカードの名は【シューター】だった。


 まずはキキレアのほうからだ。これは使用した相手の信仰心を高めることができるカードだという。ほう、ということはそのままそっくり、キキレアの魔法の威力をアップさせるために使うのが良いんだろう。


 次に、【シューター】。このカードは、使用した相手を『弓の名手』にすることができるカードだという。


 ――ま、マジか!


 ナルが!? ナルが弓を操れるようになるのか!? 本当に!? あのナルが!?


 弓が当たるナルとか、やべえ。それ誰だよ、いったい何者だよ。ただのスーパーアーチャーじゃねえか……。


 なんてこった。今はこのカードがフィニッシャーよりありがたいかもしれねえぞ。


 だったら一も二もない。このカードでトドメだ。


 俺はこのカードにオチがある可能性をなるべく頭から排除しつつ、【シューター】をバインダから引き抜き、空に掲げた。


「オンリーカード・オープン! 【シューター】!」


 ……。


 が、なにも起きない!


 俺が手ごたえのなさに眉をひそめていると、バインダの上に文字が浮かび上がってきた。


 それは、注意書きだった。


『※ただしこのカードは、使用する相手の唇にキスをしなければ、効果を発揮しない』


 ジーザス!


 俺は頭を抱えた!



「え~~~っと……、今度は激しく迷ってらっしゃるようなんですけどネェ……」

「う、うるさい! 今は取り込み中だ! あとにしろ!!」

「は、はい……」


 俺の剣幕にベルゼゴールは押し黙った。まあ、あいつとしても俺たちがまったく扉を通ろうとしなくなったわけで、気が楽だろう。


 しかしそれよりもだ!


「え? どうしたの?」


 俺はナルをじっと見つめていた。ここでナルにキスするのとか、ハードル高くねえ!?


「いや、あの、ナル。ちょっと来てくれないか……」

「なになになになに? どうしたのどうしたの?」


 仔犬みたいに尻尾を振ってやってくるナルを連れて、俺は部屋を出ようとする。すると俺の背に、キキレアとミエリの冷たい視線が突き刺さってきた。


「な、なんだよ! 別になんでもないぞ!」

「あんたこんな戦闘中に、またおっぱい揉もうとしてんの……?」

「してないし!」

「魔王城で童貞卒業しようとするとか、どこでしたかを自慢する中学生じゃないんですからぁ……」

「そ、そんなんしないし!」


 俺は両手を振った。こいつら想像力豊かだなあ!


 ナルは顔を赤らめてもじもじしている。「あたしはマサムネくんが望むなら……」とか言って! もう! ナルは悪い子になってしまった!


 俺は皆に手を突き出す。


「い、いいか! 俺はあの七羅将を倒せるだけの有用なカードを手に入れたんだ!」

「へえ」

「へー」


 キキレアとミエリは冷たい目だ。まったく俺のことを信じていない。ずっと一緒に旅をして稼いだ信頼はどこにいったんだ。


 負けじと俺は怒鳴る。


「だが、それを使うには使用条件があるという! その条件を満たすために、俺はナルを外に連れ出そうとしているんだ!」

「そ、その条件って……?」


 ナルがおそるおそると尋ねてくる。


 キキレアが眉根を寄せた。


「魔法を発動させるための条件って……、血を失うとか、寿命を捧げるとか、指を取られるだとか、そういうものばかりだと思うんだけど……」

「ええっ、こわいですね!?」

「うっ、で、でもあたし! 魔王を倒すために、マサムネくんのためなら、がんばるよ!」


 俺をよそに盛り上がる三人娘たち。


 彼女らへと、俺は顔を逸らしながらつぶやいた。


「……キス、しろって……」

『え?』


 三者三様の視線が俺に突き刺さる。


 なんか、気まずいんだけど……。俺は羞恥プレイを受けているかのように、もう一度小さくつぶやいた。


「……ナルの唇に、キスしろって……」


 キキレアは俺をめっちゃ睨んでいた。


 人に信じてもらえないというのは、つらいな……。


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