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第102話 「復活の相棒」

 俺とキキレアは、ナルやミエリたちと合流するために、魔王城を走っていた。


 途中現れる魔物は俺がドラゴンボーンソードで薙ぎ払い、あるいはキキレアがお得意の炎呪文で吹っ飛ばす。


「マサムネ、今さら言うのもなんだけど」

「ん?」


 道中、曲がり角で辺りを警戒している俺に、キキレアがぼそっとつぶやいた。


「あんた、強くなったわよね」

「そうか?」


 つっても、ほとんどレッド隊長のおかげみたいなもんだが。


「剣の腕とかじゃなくて、なんていうのかな、図太くなったっていうか、根性がついたっていうか」

「ふむ。自分ではよくわからんが、そういうもんかな?」

「頼りがいが出てきたっていうか……かっこよくなってきたっていうか……、って、なに言わせんのよ! あんた!」

「お前が勝手に言ったんだろうが」


 そんな話をしているとだ。上の階層からドォンという音が響いてきた。なんだか聞きなれた震動だ。


「ナルだな」

「間違いないわね」


 どこにいてもわかるなあいつは。今もこうして魔王城に多大な被害を与えているのだろう。なんてはた迷惑なやつだ。


「つーかお前たち、魔法使い・魔法使い・アーチャーのパーティーで魔王城の攻略に来たのか? それってさすがに無茶じゃないか?」

「いや、さすがにそれはないわよ、ちゃんと前衛もいるわ」

「そうなのか、ま、急がねえとな!」


 ナルが竜穿をぶっ放す間隔が狭まっている。これはだいぶ追い込まれているということなのではないだろうか。


 階段を駆け上って上の階層に到着した。もうだいぶ魔王城の上層にやってきたはずだ。戦っている冒険者もちらほらと見えるようになってきた。そんな中を俺とキキレアは走る。


 よし、ナルの居場所はこの階だな。


 階段を上って見回すと、辺りには左右に続く廊下と、正面に特に大きな扉が見える。ピンと来た。あの扉の奥が怪しいな。


「ええい、いくぞキキレア!」

「わ、わかってるわよ!」


 キキレアは息が切れていた。そうだ、恐らくここは闇の力の範囲内だ。だから大魔法は使えず、ファイアーボールなんかを連発していたのだろう。消費MPが足に来ているのか。


 って、待てよ。だったらヤバイのはむしろミエリなんじゃないか? あいつ、ロクにも魔法も使えず、ていうかヘタしたら猫になっているんじゃ……。


 俺は扉を蹴り開いた。これまでとは違う雰囲気が俺たちを出迎える。


 まず目に入ったのは、倒れている大勢の冒険者たちだ。


 中は広いホールのようになっていた。まるで王宮のようだ。広々としていて、巨大な柱が何本も立っていた。ところどころ床が砕けたり、壁が破壊されていたりするのは、ナルのせいだろう間違いない。あそこからキキレアは外に放り出されたのだろうか。


 そんな中――。


 最奥のひとつの扉を守るように顔色の悪い痩身の男が立っていた。その魔族は巨大なハルバードを手に、爛々と目を輝かせている。


 俺の脳裏でなにかズキリと記憶が呼び起こされるような気がした。だが、そんなことよりも――。


 多くの騎士たち、冒険者たちが倒れている中、魔族の前に立っているのは四人だけだ。


 ナル、ミエリ。それに仮面をかぶったふたりの男女。


「お前たち!」


 俺が声をかけると、一同はこちらを振り返る。


「あっ、キティ、生きていたんだね……って、あああああ、マサムネくん! 来てくれたんだ!」


 竜穿を構えていたナルが目をキラキラしながら俺の名を呼ぶ。


 最後にケンカ別れをしたはずのナルは、しかしその無防備な微笑みを俺に向けてきた。ちょっと意外だ。てっきりナルもむくれているものだと思っていたから。でも元気な姿を見れて、ひとまずはほっとする。


 ――と、その瞬間、ナルの胸の中から一枚のカードが抜け落ちて俺の手の中に飛んできた。


 えっ、再会しただけで!? チョロい、チョロいよナル! なんかいい言葉を色々と考えていたのに!


 ま、まあそれはいい。ナルが俺を許してくれるなら、それでいいだろう。


 新たなる力が手に入った。これでナルもキキレアも、ふたりのカードは回収したということだ。


 一方、ミエリは口を尖らせながら俺を指差す。


「遅いですよマサムネさん! 今結構ピンチなんですよ! なにやってたんですか!」

「悪いな、遅刻しちまって! お前、魔法は使えるのか?」

「闇の力の影響を受けていますけど、使えないこともない感じです! ようは気合です!」

「そうか、気合か! 不確かで曖昧で計画性がなく、俺がもっとも嫌いとするものだな! がんばれ!」


 それ以外にもだ。ふたりの人物がいる。仮面をつけて変装している風だが、俺にはその身元がわかった。ていうか、隠す気がないというか……。


「遅かったじゃないか! マサムネ!」

「遅かったですわね、マサムネさん!」


 ふたりは声を揃えて俺の名を呼ぶ。白い仮面をかぶった男女は俺に向かって大仰な仕草でそれぞれポーズを取った


「正義の名の下、ここに見参! ジャスティス仮面一号!」

「じゃ、ジャスティス仮面、三号見参!」


 男の方はノリノリで、女の方は恥ずかしそうにそう宣言した。


 俺は小さく首を振った。


「ディーネ、嫌なら付き合わなくてもいいんだぞ……」

「い、いやじゃないですわ! 愛しのジャラハドさまのおそばにいられるのなら、どんなことだってやりますもの! ジャラハドさまおひとりを行かせるわけにはいきませんわ!」

「ジャラハドって誰だい? 三号。僕はジャスティス仮面一号だよ、はっはっは」

「そ、そうですわ! わたくしとしたことが! はいうっかりしていましたー、これから気をつけますー」


 仮面越しのディーネの目にハートが浮かんでいる。俺は痛々しいその姿を前に首を振った。


「ていうかなんだよあいつ、廃人になったんじゃなかったのか」

「仮面をかぶることで自分を偽って、なんとか心の傷をごまかしているんでしょうね」


 キキレアが的確な指摘をした。そうか、大変だなジャック。


 ジャックはよくわからないといった顔で肩を竦める。


「ジャックは今もイクリピアの王城で精神崩壊しているだろう。彼がどうなったのかを知りたければ、あとで教えてあげるよ。いかなるリハビリ生活を送っていたのかという凄まじい伝説をね。まずはマサムネという名にならすために、彼は使用人にマサムネというあだ名をつけた。最初はそれを呼ぶだけでも身がちぎれそうだった。だから一日一回だけ名前を呼ぶという縛りで、徐々にその回数を増やしていって」

「それはいいとして。状況を説明しろ」


 ジャックがいかに社会復帰をしてきたのかなんて、まったく興味がない。ディーネは冒険者でもないのに魔王城に乗り込んでくるとは、すごい度胸だな。あるいはただひとりでジャックを行かせたくなかったのか。愛の力だな。


 仮面をつけた男は首を振ると、冷静な声を出す。


「ともあれ、敵は手ごわいよ、マサムネ。君たちが加わったところで勝てるかどうか」

「なんとかなるだろ、ジャック」

「僕はジャスティス仮面一号だ。魔王討伐の絶好の機会でもなければ、僕だってお忍びでここまで来ようとは思わなかったさ」

「そうか、色々あって大変だな」

「……なぜだろう、僕はジャスティス仮面一号のはずなのに、君と話していると君の四肢をバラバラに斬り裂いてやりたくなってくる。口を閉じていてくれないか」


 闇のオーラを立ちのぼらせながら、ジャスティス仮面一号はそう呻いた。


 ともあれ、これで俺たちのパーティーは、俺、ジャック、キキレア、ナル、ディーネ、そしてミエリか。


 恐らくディーネは魔法使いだから、俺、パラディン、魔法使い×3、そしてアーチャーという妙な編成だ。


 俺たちが話している間に、扉を守る顔色の悪い男は息を整えていたようだ。ゆっくりと口を開く。


「何人増えても、同じことなんですけどネェ……」


 竜穿ほどの大きさをしたハルバードを、男は軽々と担いでいた。そのハルバードはいたるところに装飾が刻まれており、男よりもむしろハルバードこそが強敵であるような錯覚を受けてしまう。まるで重さを感じさせないような動きだった。


「もうこれ以上は、何人たりともここから先には行かせられませんのでネェ……」


 つまり、ここから先に魔王がいるということだ。


 ……って、『もうこれ以上』は?


「誰か通ったのか? ここを」


 ナルがうなずいた。


「フィンさんたちだけ。あたしたちも後に続こうとしたら、あいつにとめられたの!」


 マジか、フィンのパーティーはここを通ったのか……。今まさに魔王と戦っている最中ってことかよ。


 くっそ、早くしないと魔王が倒されちまう! せっかく【フィニッシャー】をぶっ放す好機が!


「それなのにこの人が通してくれないんですよー! もー!」


 ミエリがぷんすかと叫ぶ。


 俺はバインダを手にして、前に歩み出た。


「おし、こんなところでもたもたしている暇はねえ! あいつをぶっ飛ばして先に行くぞ!」

「あっ、マサムネさんのくせにやる気に満ちている! そのいきですよマサムネさん! ゴー! マサムネさん、ゴー! 自爆技使ってもいいですよ! わたしが許します! さあマサムネさん! ゴー!」


 久々にミエリの頭部を掴んでギリギリギリと圧迫していると、熱い視線が飛んできた。ナルだ。


「えっ、あっ、マサムネくんかっこいい! どうしたの!? すごい、前よりずっとかっこいい! 惚れちゃう!」

「やめなさいナル」


 キキレアがナルの頭をぽかりと叩く。ナルは「えへへ」と笑っていた。癒される。いや、癒されている場合じゃない。


「では、新手の方も現れたことですしぃ、改めて自己紹介しますかネェ……」


 顔色の悪い男はハルバードを構えて、名乗った。


「ちんけなあっしは、七羅将がひとり『獄炎のベルゼゴール』と言いますんでネェ……。以後お見知りおきを……」


 現れたか、七羅将。俺は「いたいよおおおおおお」と叫ぶミエリをポイと捨て、バインダを開く。


 キキレアが囁いてくる。


「あとのふたりはフィンたちが斬り伏せたわ。こいつが正真正銘、最後の七羅将よ」


 ほう。


 ギルドラドン、ピガデス、ドクターゴグ、ブラックマリアと倒してきて、残る七羅将は三人いたはずだ。そのうちのふたりをフィンが倒したということか。


 そうか、こいつが魔王城の最後の番人か。


 なら相応の態度で相手をしてやらないとな。俺は胸を張って名乗った。


「魔典の賢者、マサムネだ。雷と転生の女神ミエリの命に従い、魔王を討伐するためにやってきた。無理矢理でも、通らせてもらうぜ」


 ベルゼゴールは目を見開いた。


「ほう、あなたがあの伝説の……。そうですか、そうですか、ついに我が魔王さまも、神に目をつけられるまでになったんですネェ……」


 ミエリは瞬時に立ち上がり、「わたし! わたしがミエリです! はい! はい!」と手を挙げていたが、それはスルーされた。


 陰気に笑った魔族は、ハルバードを振り上げる。


「ならば――、本気でゆかなければ、失礼ですネェ……」


 やばい。ビビらせようと思って名乗ったのだが、逆効果だったようだ。あのハルバードからはすごく嫌な感じがする。


「キキレア、あのハルバードのことは知っているか!?」

「知っているわ」

「さすがだ!」

「ていうか誰でも知っているわ」


 え?


 俺は辺りを見回す。俺とミエリを除く残りのメンバーは皆、表情を硬くしていた。


 ジャックが口を開く。


「あれは四大至宝のひとつ、『者屠ものほふり』。魔族に伝わる至宝で、人間族に三倍撃の特攻ダメージを与える武器だ。かすっただけでも、致命傷を食らうよ」


 えっ……、マジで……。


 ベルゼゴールの目が赤く輝く。俺は嫌そうに眉根を寄せた。


 もう、フィンが魔王を倒すのを待っていようかな……。


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