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第100話 「戦場に征く者」

『――このカードを七枚集めて発動させたそのとき、魔王は死ぬ』


 カードの効果にはそう書いてある。そう、ついに七枚の【フィニッシャー】が集まってしまったのだ。


 ギルドラドンを倒して一枚。

 竜穿リューの問題を解決して一枚。

 ハンニバルの依頼を解決して一枚。

 ビガデスを倒して一枚。

 ブラックマリアを懲らしめて一枚。

 ジャックとディーネをくっつけて一枚。


 それらのカードは今、バインダから勝手に飛び出て、俺の前で六芒星を描いている。


 凄まじい魔力を感じる。肌がビリビリするような感覚だ。今までとはまるで違う。俺は思わず喉を鳴らした。


 ――そして、魔王を退治しに行くと決めた俺の心から今、一枚が生み出された。


 最後の一枚は六芒星の中心に配置される。その直後、さらに強烈な光がほとばしった。


 七枚のカードは今、ひとつに重なってゆく。


 真の【フィニッシャー】の誕生だ。


 虹色の輝きを持つカードは、ゆっくりとバインダの中に収まった。



 トレーディングカードゲームには『特殊勝利』というものがある。


 それは相手のライフを0にするなど、通常の勝利条件を満たす以外に、カードの効果によって勝利を得るものである。


 つまり俺はもはや宣言するだけで、魔王にトドメを刺すことができるのだ。


 この瞬間、俺はゲームに勝利したというわけだ。


「マジかよ……」


 集まった【フィニッシャー】を見下ろし、俺はうめいた。だったらさっさと使っちまったほうがいいんじゃないだろうか。このカード。


 せっかく七枚集めたんだ。発動にも条件はなさそうだし、消費コストもそんなに重くはなさそうだ。


 よし、じゃあ使うとするか……、と俺はバインダから【フィニッシャー】を引き抜いて、はたと気づいた。


「待てよ……」


 そうだ。


 俺が今ここで魔王に向けて【フィニッシャー】を使ったとしよう。それで魔王が即死したとしようじゃないか。


 でもそれって、俺が倒したってことにならなくね!?


 いや、一応はなるんだよ。ゼノスは見ているからな。ちゃんとミエリが主神に収まるんだろう。あいつら神々からは感謝もされるだろうけどさ。


 でも、もし今まさにフィンと魔王が戦っていたら……?


 ここで俺が【フィニッシャー】を使って魔王を倒したとしても、それって周りの奴らから見たらフィンの手柄になるんじゃね!?


 俺がせっかくここまで苦労してカードを集めたのに、だ! それってなんか理不尽じゃねえか!? 許せねえよなあ!


 だめだ、ここでは使えない。使うわけにはいかない! ちゃんと世界中に俺が倒したってことがわかるような舞台で使わなければ!


 そうだ、だったら魔王の目の前がいい。俺がめちゃめちゃカッコいい台詞を吐いて、そうして【フィニッシャー】を発動するのだ。これなら皆の誤解は生まれないだろう。


 よし、それがいいな! なんだったら二回三回ぐらい斬り結んでもいい! ちょっとくらいわざとらしく出血したりしてさ! そっちのほうがドラマティックだしな!


 そうと決まったら今すぐ魔王城に行かないとな! フィンやユズハたちが魔王を倒しちまう前に! 俺がめっちゃかっこよく【フィニッシャー】を使わねえとな!


 くっそうこうしちゃいられねえ! 一分一秒を争うんだ! MPの回復を待っているんじゃなかった! 手紙なんてあとにすればよかった!


 ──あ、ていうか普通に発動条件に、『対象を視認していること』って書いてあったわ。


 そうか、書いてあったか……。書いてんのかよ……。


 ……ま、俺の手柄にならねえ! とか思ったのは全部冗談だしな。当たり前だろ。これは戦争なんだぞ。俺ひとりのエゴでみんなを危険にさらすなんて、まっぴらさ!


 くそう、使えるものなら今すぐ使ってやりたかった!


 どこかで戦っているフィンが傷つく前に、使ってやりたかった……。くそう、だがこのカードは対象を視認していないと使えないんだ……、すまない、フィン……!


 だが、今行くからな。


 今もこうしている間に、俺の助けを待っているやつらがいるんだ。どこかで誰かが魔族の犠牲になって泣いている。俺はそういうやつらの涙を止めるために戦うんだ。俺はそういうやつらのために戦いたい!


 ラース、クルルちゃん、奥さん、旦那さん……、いや、それだけじゃない。今まで俺を支えてくれた受付の婆ちゃんやゴルム、ホープタウンのみんな……。俺はやるぜ。俺は平和のために魔王を倒す! そうして世界に希望をもたらしてやる!


 俺は慌てて走り出した。


 ――待ってろよ魔王! 俺が行くまで死ぬんじゃねえぞ! 信じているからな、魔王!



 俺は急いで外の転移陣へと走ってゆく。


「うわあああああ!」

「く、く、く、来るなあああああ!」


 すると騎士たちの叫び声が聞こえた。なんだよ、なんかハプニングが起きたっていうのか!?


 俺は地面を横滑りしながら角を曲がった。転移陣はレジャーダンジョンの裏にあるのだが、なんとそこにはブラックマリアとアシュタロスがいるではないか。


「お、お前ら!」


 結構高位の二大魔族を前に、騎士たちはすっかりと怯えている。今にも爆晶ルビーボムをブン投げそうな勢いだ。


 そりゃそうだ。こいつらが現れたとか、どう見ても転移陣からやってきたようにしか見えないだろうし!


「あ、タン・ポ・ポゥ」

「おお、我が盟友マサムネではないか」


 やほー、と気楽に手を挙げるふたりである。お前たち気軽に人里に降りてくるんじゃねえよ!


「うわあああああああ! しねえええええええええ!」


 と、そこで騎士のひとりが慌てて爆晶をブン投げた! 投げちゃった!


「うおおおおお! 【レイズアップ・ホバー】!」


 俺はその爆弾に向かってカードを使用した。上空へとぶっ飛ばす。直後、お空で爆発が響き渡った。


 はあ、はあ、はあ、なにをやらせんだよ!


「てめえらは黙ってみてろ! で、なにしにきたんだブラックマリア、アシュタロス!」

「そんなことを言っている場合ではない、大変なのだ! 一大事だ、マサムネ!」

「えっ」


 アシュタロスはひどく深刻な顔をして俺に詰め寄ってきた。な、なんだ。まさか魔王が倒された……? あるいは、冒険者たちになにかがあったのか……?


 息を呑む俺に、アシュタロスは言った。


「じ、実は……、我が水のあげすぎで、マリアちゃんのタンポポを枯らしてしまったのだ……。このままではマリアちゃんはダンジョンを出ていくと言っている……! た、頼む、マサムネ……! その名と命に従いて、我を助けよ……!」

「うおおおおお! 【タンポポ】ー!」


 俺は鉢植えを持っていたアシュタロスにカードを使ってやった。そこにはポンと黄色い花が咲いた。おおっ、とアシュタロスは歓喜の声をあげる。


「やった、やったぞマリアちゃん! これで元通りだ! これで我を許してくれるな!? これでふたりはラブラブカップルに元通りだな?」

「……チッ、最近こいつがやたら闇うっといから、口実をつけてダンジョンを出ていこうと思ってたのに……」

「あれっ!? マリアちゃん今なんか言った!? 我の気のせいかなー! 我ちょっと耳が遠くなっちゃったのカモー! あっ、マリアちゃんどこいくの!? ダンジョン帰るの!? あっ、なんでダンジョンの入口を閉ざそうとしているの!? ここ我のダンジョンなんですけど!」


 くそう、なんでこんなところでこいつらに時間とMPを使わせられないといけないんだよ! お前たちなんのために来たんだ! 俺の邪魔か!


「アシュタロス! もしこの町に魔族が攻め込んできたら、頼んだぞ!」


 怒鳴るも、アシュタロスは聞いちゃいなかった。くそが!


 もういい。俺は転移陣を前に大きく深呼吸をした。


 さ、魔王城へゴーだ。


「じゃあ行ってくる。ここは頼んだぞ」


 騎士たちに声をかけて、俺は【ゲート】をくぐった。




 ぐんにゃりとした感覚がした。


 上下がさかさまになって、自分がどこに立っているのかわからなくて、それはまるで初めてこの世界に降り立ったときのことのようだ。


 やがて、ようやく五感が戻ってくる。俺は荒い息をつきながら左右を見回した。さて、ここは魔王城の倉庫か。薄暗い。地下だろうか。かび臭い匂いもするな。物陰だらけだ。


「オンリーカー・オープン。【ピッカラ】」


 俺の目が爛々と輝く。比喩ではなくマジでだ。そういえば昔は眩しがっていたけど、今では結構慣れちまったな、このカードも。


 さて、魔王はどこにいるんだろうな。定番だと上に行けばいいっぽいけど。


「なんだ、明かり……か?」

「え?」


 ひょこっと身を出した瞬間、魔物と目が合った。豚面の、こいつはオークか。なんか、すごい強そうです……。


「貴様、ここでなにをしている! ここから冒険者の大群が現れたのだ! もしかして貴様、なにかを知っているな!?」

「ち、違う! 俺はなにも知らない! 知っていたとしても、お前なんかに言えるものか!」


 俺は衝動的に剣を抜いた。するとオークは顔色を変えた。具体的に言えば、めちゃめちゃビビって後ろずさりした。


 ……お、こいつ?


「そういえばなんで冒険者の大群が押し寄せてきたのに、お前はこんなところにいるんだ?」

「み、見回りだ! あとから援軍が来ないか、見張っていたのだ!」

「へえ? たったひとりで? へえ? へえええええええ?」


 俺はオークに向かって口元を緩めた。


「どうせ逃げて隠れていたんだろう! この腰抜けめ!」

「ちっ、違う! ていうかお前こそなんでこんなタイミングで現れるんだ! 一斉に攻めてきた後、ずっと援軍なんて来なかったぞ!」

「そっ、それは」


 今度はオークが笑う番だった。俺は後ずさりする。


「どうせ置いてけぼりにされたか、途中で逃げ出したんだろう! 俺様はそういう心の弱い奴の気持ちはすっごいわかるんだ!」

「ち、ちげえよ! ただ遅刻しただけだし! 全然違うし! ばーかばーかばーかばーか!」

「はあ!? ばかって言った方がばかに決まっているし! ばーかばーかばーかばーかばーか!」

「あ、お前一回多く言ったな! じゃあお前のほうがばかだな!?」

「うるせえうるせえ! 目を光らせやがって気持ち悪いのー! うわーきもいきもいー!」

「きもいとか言うなよ! 傷つくだろ!」


 俺は叫ぶ。お互い息が切れてきた。


 なんて不毛な争いなんだ。


「……もう、やめよう。時間がもったいない」

「……ああ、そうだな」


 やがて俺たちはどちらとも言わず、剣をしまった。オークは複雑な表情で倉庫の隅の階段を指差す。


「……冒険者は、上にいったよ」

「……ありがとう。……俺もお前がサボっていたこと、誰にも言わないよ」

「……そうか、……すまんな」

「……いいってことさ」


 俺たちは握手を交わした。


 彼に別れを告げて、俺は走り出す。


 そうだ、この世界にいる魔族は悪いやつだけじゃない。話の通じるいいやつもいるんだ。俺はあのオークを通じてそのことを学んだ。より一段階心が成長したに違いない。


 やはり悪いのは魔王なんだ。俺は魔王を倒さなければならない。そのために俺はこの敵地に攻め込んできたのだから。


 世界が平和になったらそのときは、酒でも酌み交わそうじゃないか。


 階段をあがったところで、大量の魔物たちがいた。


「人間だー!」「侵入者だー!」「皮を剥げ!」

「殺せー!」「目玉をくりぬけ!」「追えー!」


「うおおおおおおおおおおおお!」


 俺はがむしゃらに逃げ出した。


 もう一度【ゴッド】のカード! 【ゴッド】のカードを俺によこせええええええええええええ!




【フィニッシャー】:このカードを使用すると魔王は死ぬ。使用するためには対象を視認する必要がある。

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