聖女神託襲撃事件 その2
その敵は春香の多彩で精密な攻撃をかわし、ダークエルフであるルナの強大な魔力にもひるまなかった。
「どうした? この程度の攻撃じゃあ、俺を討つことはできんぞ」
白双塔に空気を送り込む魔方陣から現れた男は、立ちこめる煙と、自身が展開する隠ぺい魔法に身を包み、大剣を振り回している。
基本に忠実な剣さばと目を見張るスピードは、やはり見覚えのあるものだ。
そして大剣が振るわれるたびに伸びる斬撃は、独特の波動と魔力が載っていて、春香もルナも手を焼いている。
あの斬撃に触れるだけでも命が危ないだろう。
顔は確認できないが、これはもう間違いない。
俺は敵から距離を取った春香とルナの前に出て…… 真っ直ぐと背を伸ばした、品格ある騎士姿の男に話しかけた。
「ライザー、久しぶりだしな。どうしてお前が、転移魔法に失敗した『時空の迷子』になってるんだ?」
「話したいことは山ほど有るが…… 時間が無いんだよ。あいつの話じゃ、サイトーの魔力が消えるのは、時空間移動のタイムラグだから、急げと言われていてね」
「あいつとは?」
ライザーに話しかけると…… 俺の後ろに隠れていたルナの詠唱が、かすかに聞こえてきた。
「ご主人様、もっと時間稼ぎしてください」
春香も何か企んでいるのか、ブチブチと引きちぎるような物音が聞こえる。
「ふん、その手には乗らん」
しかしライザーは俺たちの動きを読んでいるようで、鼻で笑うような仕草の後、腰に下げていたもう一振りの大剣を抜いた。
左手には聖剣、右手には…… 勇者ケインが持っていたはずの魔剣を構える。
『あいつ』と呼んだ存在も気になるし、ケインがどうなったのか、なぜ聖騎士ライザーが生きていて、こんなことをしているのか。
聞きたいことが多かったが、まずは時間稼ぎが必要だろう。負ける気はしないが、魔力の使えない今、不測の事態に備える必要がある。
春香やルナと連携できれば、それに越したことはない。
生け捕りにして、話しは後からゆっくり聞けば良い。
と、なれば…… ライザーにとって一番効果がある話題は、うん、これしかないだろう。
「モーリンは元気だ!」
「知ってるよ。サイトーをこの手で殺したら、次はモーリンだ」
ライザーの聖剣を握る左手が、かすかに震えた。
あんなことを言っているが、やはり好きな女の子のことは気になるようだ。
「ご主人様、その調子でもう少し時間を稼いでください!」
春香の要望もあり、俺は悩んだあげく、
「モーリンの治療は上手くいって、お肌もツヤツヤになり、胸が2センチアップして、ウエストが3センチ少なくなったんだ」
最近暴走気味のサーチ魔法で得たモーリンの極秘情報を提示すると、ライザーの魔剣を握る右手も震え、徐々に隠ぺい魔法も解け始める。
「な、何故そんな事を知っている!」
現れた顔は、最後に見たライザーと同じだったが、形相は怒りに満ちていた。
俺が誤解を解こうと、
「いや、見たわけでも触ったわけでもない」
そう訴えたが……。
ライザーは真っ赤な顔で二本の剣をクロスさせ、正眼に構えながら魔力を充填させる。
どうやら俺を疑っているようだ。
誤解を解く最善の方法は、嘘偽り無く正直に話すことだと、師匠も言っていた。
俺はモーリンのサイズが変化した時のことを思い返す。
回復魔法の失敗で、少し若返り…… そうそう、倒れそうになったモーリンを抱き留めたら、勝手にサーチ魔法が展開してサイズの変化を知った。
「ちょっと触ってしまったが…… 安心してくれ、モーリンは決していやがらなかったし、嬉しそうに微笑んでいた」
俺が再度、真摯に訴えると、
「ただ殺すだけでは飽き足らん。今、八つ裂きにしてやるから待っていろ!」
ライザーは長髪を逆立てながら、俺を睨んできた。正に、怒髪天を衝く状態だ。
いったい何処で何を間違えたのか…… 首を捻っていたら、春香が俺の尻をつまみ「女の敵ですね!」と、ぽつりと呟く。
それは俺のことなのかライザーのことなのか。
更に悩み事が増えて困惑していると、
「待たせたな!」
詠唱の終わったルナが、シスター服をひるがえしながら、俺の前に飛び出し、
「やっ!」
可愛らしいかけ声と共に、超弩級の魔力波をぶちかました。
剣に充填中のライザーの魔力と、ルナの魔力波が衝突すると、
「はっ!」
タイミングを見計らったかのように、ミニスカ騎士服姿の春香も飛び出し、即席の式神を放ちながら優雅なターンを決める。
春香のステップにあわせて式神たちが宙を舞い、ルナの魔力に押されたライザーの隙を突くように、攻撃を始めた。
これだけのチャンスがあれば、余裕を持ってライザーを仕留めることができるだろう。心配があるとすれば……。
春香の作った式神はミニスカ鎧のパーツを利用していたようで、ステップを踏むたびに鎧がズレて、いろいろ見えちゃいそうだし……
ルナは魔力衝突を正面から浴びたせいか、シスター服があちこち破けて、凄いことになっている。
うん、やはりここは、急がねばなるまい。
「大拳王パーンチ!」
大声を上げながら、渾身のボディーブローをライザーにお見舞いすると、「ぐげっ」と、カエルのようなうめき声を上げて、ライザーが倒れる。
ライザーの意識が無くなっていることを確認して、ラン・ブレードたちがどうなったのか心配になり、振り返ると、
「シスターちゃんに化けてたときも可愛かったが、素も美しいな!」
ラン・ブレードは乱れたシスター服を手で隠すルナを見て、嬉しそうに鼻の下を伸ばしている。
「ユリニャ殿は、可憐だなあ」
その横でダークエルフさんたちは、ラン・ブレードと同じ表情で…… 嬉しそうに、バラバラになりかけたミニスカ鎧に戸惑っている春香を眺めていた。
ラン・ブレードとダークエルフの戦士さんたちに、何があったのか分からないが、どこか意気投合したような、和やかな雰囲気だ。
それを見たルナがゆっくりと首を振りながら、
「世の中には、女の敵しかいないのか?」
ちょっと悲しそうに、そう呟いた。




