ショーの開幕
作戦はこうだ。
玄一さんの狙いはきっと悪夢が囚われているカゴに『記憶の蜘蛛』を閉じ込め、悪夢を開放することだろう。
タイミングは記憶の蜘蛛が加奈子ちゃんを捕らえようとする瞬間。そこで今まで玄一さんが仕込んだこの稲荷の仕掛けと俺の転移魔法が連携して動くはずだ。
「事前に加奈子ちゃんと千代さんが入れ替わって、それを邪魔する。俺はそのスキに玄一さんを助け、悪夢を救い出す」
「分かりました、御屋形様。しかしどのように邪魔をすればよいのでしょう」
「千代さんを一時的に使役することになっちゃうけど、俺の駒になってほしい。そうすれば能力の底上げもできるし、臨機応変に支持を出すことも出来る」
「はい、千代は既に御屋形様のものですから、いかようにでも」
色っぽい視線で俺を見上げる千代さんに何故か不安を覚えたが、了解を得たので改造スマートフォンを空中に展開して時間を確かめる。
「まだ八時前なら、麻也ちゃんが家にいる可能性も高いな」
休部中の麻也ちゃんは朝練にも参加していないから、この時間はまだ登校前かも知れない。俺が電話帳を展開して麻也ちゃんの番号をタップすると、
「良かった、連絡があって。こっちから電話しようかどうか悩んでたとこ」
二回目のコールが切れてすぐ麻也ちゃんの焦った声が聞こえてきた。
「何かあったのか」
「ママが、ママが目を覚まさないの」
麻也ちゃんの話では、いつもの時間にキッチンに現れない加奈子ちゃんを心配して部屋まで行くと、ベッドの上でぐっすりと眠りに落ちていたそうだ。しかし、ただの寝坊だと思って声をかけても体を揺すっても加奈子ちゃんは目を覚まさない。
リボンに変化していたクイーンも原因が分からないと言うので、困り果てていたそうだ。
「分かった、これからそちらに向かうから待っててくれ」
通話を切って千代さんに視線を向けると、コクリと頷く。
「玄一さんが何を仕掛けたのか分からないから、転移魔法の扉を使うのは危険かもしれない。敵の裏をかくためにも飛行魔法を使うが……」
「了解しました御屋形様、宜しくお願いします」
千代さんが俺にしがみ付くと、大きな二つの膨らみがぐにゃりと形を変えて押し付けられる。麻也ちゃんもそうだったが、狐ってしない派なのだろうか?
腕を腰に回すと、確りと抱きしめ返してくる。
俺は千代さんをシールドで保護して、一気に百メートル上空までジャンプした。
「凄い! さすが御屋形様です」
もう色々な感覚がダイレクト過ぎてアレでコレだったから、俺は急いで千代さんを使役する。
千代さんの魔力は春香より強大だったから、僧兵より上の塔をひとつ外して、そこに収め、
「誓いに基づき、この者に我が衣をまとわせろ!」
加奈子ちゃんが着ていた衣装をイメージしながら呪文を唱えた。
そして眼下に広がる街並みから商店街を探し、一気にそこまで移動すると、
「とっても素敵です」
かなりのスピードだったが、千代さんは嬉しそうに顔をほころばせた。
「周囲に怪しい魔力は確認できないが……」
加奈子ちゃんが目を覚ましていない以上、記憶の蜘蛛が何か企んでいる可能性は高い。
俺は念のため魔力的な隠ぺい魔法と周囲の注目を集めないためのステルス魔法を掛け、店の裏口に着地する。
そっと裏口のドアを開けると気配に気付いたのだろう、制服姿で髪にクイーンが変化した真っ赤なリボンを付けた麻也ちゃんが駆け寄ってきた。
「そ、そんな……」
すると麻也ちゃんが俺の後ろに視線を向け、恐怖に震える。
不審に思い振り返っても、そこには千代さんしかいない。
「いったい何が?」
俺が麻也ちゃんに問いかけると、
「お、叔母さん、なんかエロすぎる」
崩れ落ちるように床に両手をついた。
俺も後ろに居るミニスカサンタさんに視線を移すと、
「まあ、そんな」
千代さんはボタンの外れた胸元をボインと揺らしながら、ミニスカートから延びるムッチリとした太ももをモジモジとさせて恥ずかしそうに微笑んだ。
うん、確かにこれは……
何かが間違っているような気がしてならない。
× × × × ×
目が覚めない加奈子ちゃんを麻也ちゃんの部屋のベッドまで移動させた。
初めて麻也ちゃんの部屋に入ったが、俺が漠然とイメージしていた年頃の女の子のそれとは違って、ファンシーな小物やぬいぐるみは無く、キレイに整頓されたやや殺風景な部屋だった。
ベッドの隅に以前作った春香用の段ボールのお城があり、そこだけ妙なデコレーションがしてあったが…… きっとあれは春香の趣味だろう。
大きな本棚にはぎっしりと漫画が詰まっていて、机の上にはデスクトップ型のパソコンが置いてある。
その上の壁にはポスターが貼ってあったが、これは流行りのアイドルグループとかじゃなくて……
「アントーン猪森?」
あの伝説のプロレスラーだった。
「お、お爺ちゃんがファンだったのよ。ま、まあ、あたしも嫌いじゃないし」
「そうか、じゃあプロレス・トークはこの件が片付いてからゆっくりとしよう」
なるほど、それで麻也ちゃんのプロレス技のキレが良かったのか。
ストロングスタイルを信条とする俺としては、是非徹夜で語り明かしたいところだが、今はその時じゃない。
深く納得する俺を、麻也ちゃんは不思議そうに見つめたが、
「ダーリン、麻也のお母さんは大丈夫なのか?」
髪の上のリボンがほどけて、ゴスロリ姿のクイーンが姿を現した。
「現状で危害が及ぶことはないだろう。加奈子ちゃんは夢に囚われた状態だが、龍王が側で守っている。あいつが心配するなと言った以上問題は無い」
俺は驚くクイーンと戸惑う麻也ちゃんに稲荷で起きたことや夢の世界で起きたこと、そしてこれからの作戦を説明した。
「だから後は俺が約束通り悪夢を開放するだけだ」
「しかし、あの龍王がなー?」
クイーンが首を傾げながら唸った。
俺と龍王は会話が成立するが、クイーンは友と認められているようだが、細かな意思疎通は図れないそうだ。
師匠に対しても敬意は払っているようだが、
「コミュニケーションをとるのはむりじゃな」
以前そんな事を言っていた。
「あたしたちは何か手伝えないの」
麻也ちゃんが眠る加奈子ちゃんを心配そうに見つめながら聞いてくる。
「この部屋に結界を張り直す。麻也ちゃんはクイーンとここで待機しながら不測の事態に備えてほしい。敵は悪夢を操る神獣と稀代のイリュージョニストだ。俺にも何が起こるか分からない」
どうやら麻也ちゃんは自分の父親が天狐の名前で活躍していたことは知っていたようで、そこには驚かなかったが、
「叔母さんがママのふりをするより、あたしの方が向いてないかな」
相変わらずエロすぎるミニスカサンタさんには思うところがあるようだった。
自分でやっておいてなんだが、確かにそこは理解できる。
「麻也、心配する気持ちは分かるけど、あたしの方が不測の事態に対応できるわ」
千代さんの言葉に麻也ちゃんはシュンとなった。
「なら、クイーンさんとかじゃ」
「うーん、あたいだと魔族軍の奴らにバレる可能性が高くなるかなー」
確かに魔王として君臨していた過去を持つクイーンは、魔族に対して有名過ぎる。きっと俺の仲間になっていることも知れ渡っているから、魔力の破片でも気付かれたら作戦は失敗しかねない。
「そっか、じゃあ叔母さん、パパをお願い」
「任せなさい麻也。無事兄を捕まえて、ちゃんときつーいお説教をして見せますから」
千代さんが胸の前でギュッと拳を握ると凶悪な胸がまたボインと揺れたが、麻也ちゃんは納得してくれたようだった。
すると加奈子ちゃんがベッドの上で寝返りを打ち、龍王の声が俺の脳裏に響いた。
「ギャ、ギャギャギャ」
「龍王から連絡があった。どうやらお客さんがお見えになったようだな」
麻也ちゃんの部屋に結界魔法を張り直し、
「それじゃあクリスマスショーの開幕だ」
俺は収納魔法から漆黒のローブを取り出すと、それを羽織って部屋を後にした。




