それより俺と踊りませんか その3
「あのっ、あたしレファイデスって言います」
ベッドに座る幼気な美少女は、俺に向かって申し訳なさそうにペコリと頭を下げた。
その名は魔族軍のショタ将校、アルフレッドから聞いた悪夢の本名だが……
細く折れそうな手足に、透き通るような白い肌と大きなタレ目に浮かぶ涙。
とてもそれは噂に聞くフリーダムな性格で強力な魔力を持つ悪夢に見えなかった。だがまあ、噂なんてそんなものだ。
「大賢者サイトーです」
俺が腰を折って師匠から習った騎士風の挨拶をすると、
「は、はい。良く知ってます」
そんな言葉が返ってきた。
オドオドとした態度でミニスカサンタの胸元を押さえ、顔を赤らめる態度がとてもキュートで庇護欲をそそるが……
もうこの空間には俺と悪夢とベッドしか存在しない。
ゆっくりとそんな美少女を鑑賞しながらトークを楽しみたかったが、状況がそれを許してくれなさそうだ。
「あなたを救う方法はあるのですか」
「それは…… でもあたし、あなたを悪夢に落として、しかもあなたの大切な御師匠様や初恋の人まで」
「これが悪夢なんですか?」
「えっと、普通は想い人が他の人を好きだったり心配したりするのは悪夢なんじゃないかと」
加奈子ちゃんが玄一さんを思う気持ちは美しく尊い。俺はその気持ちを本気で助けてあげたいと思う。
師匠もそうだった、乙女でありたいと願う気持ちは決して弱さじゃない。それは師匠の魅力を更に強くする尊い思いだ。
「そのおかげで彼女たちは大切な何かを乗り越え、より強くより輝かしくなりました。そんな素晴らしい夢を、悪夢だなんて言いませんよ」
師匠は悪夢の反する側面は「希望」だと言っていた。
確かに希望が叶わなければ人は絶望を感じるかもしれないが、いつだって幸せは冷たい試練を課す。
加奈子ちゃんは人生なんて苦難の連続だけど、それに打ち勝って楽しく生きることが幸せだって言っていた。
しかも師匠や加奈子ちゃんの悪夢には解決のためのヒントが溢れていた気がする。
師匠は偽物の俺に追われてここまで来てくれたし、加奈子ちゃんは龍王と何やら話をしているようだった。
それは二人の幸せな未来を築く糧になる。――そんな気がしてならない。
そしてそれこそが、この少女の優しさなのだろう。
もしかしたら誤解されているだけで、悪夢とは「希望」を叶えるためのヒントや試練を乗り越える道を示す神なのかもしれない。
「むしろお礼を言いたいぐらいです」
俺がレファイデスと名乗った少女に微笑みかけると、
「うっ」
その美少女は真珠のような涙をポトリと落とした。
「だから何故こんな事になっているのか、そしてどうしたらこの状況を抜け出せるのか、それを教えてほしいのです」
「あたしは今、神獣の一柱である『記憶の蜘蛛』に囚われています」
そして意を決したように話し出した。
記憶の蜘蛛とは異世界の神話にちょくちょく現れる神獣で、細い糸を使って人の意識や記憶を操作する魔物だ。
神話では全能の神ゲレーデスの使いとして登場することが多いが、
「彼はゲレーデスの血を浴びた魔獣で、神の力を宿していますが、あたしたちのような半神ではありません」
悪夢は全能の神ゲレーデスと俺を異世界に連れて行った女神リリアヌスの子である『アーリウス』とサキュバスの子だと聞いている。
どうも異世界の神様はギリシャ神話や北欧神話の神々のように、ちょくちょく下界の人々との間に子を設けるようで、彼女のような半神と言われる神様とのハーフさんは多いようだった。
まあ、全能の神様とやらは師匠やクイーンにも手を出そうとしていたみたいだから、いつか俺もキッチリ落とし前をつけてやろうと思っている。
「そして記憶の蜘蛛は、神々に対して復讐を誓っています」
悪夢の話では、そんな神々はやはり色々と不興も買っているようで、ゲレーデスの怒りを買って滅ぼされた蜘蛛の魔獣族の怨みを晴らすために、生き残った『記憶の蜘蛛』は魔族と一緒に何かを画策し始めた。
その手段のひとつとして夢の中以外ではか弱い悪夢を探し出し、暗殺兵器として利用していたようだ。
「あたしは蜘蛛の糸のケージに囚われています。しかしあの糸は人の手で何とかなる物ではありません」
「つまり『記憶の蜘蛛』を探し出してケージからキミを助け出せば問題は解決するのですね」
「そうですが、今お話しした通り、それは……」
「しばらくお待ちください、方法が分かれば後は実行するだけです」
もう一度俺が笑いかけると、少女はコクリと頷いてくれた。
「この夢はここで終わりではありません。徐々に心の深い部分に沈み込んでゆき、蜘蛛が仕込んだ記憶の痛みが襲い掛かってきます。まずはそこから抜け出さないと…… あたしは今ケージの中で操られているので、あなたを目覚めさすことができません」
「そこまで分かれば充分です」
「ではせめてこれを受け取ってください」
少女はそう言うと、ミニスカサンタのポケットの中から金色に輝く針を取り出す。その際外れた胸ボタンの隙間から大きな胸がプルンと揺れたし、短すぎるスカートからピンクの可愛らしいパンツまで見えてしまった。
もう、サービス満点のプレゼントだが。
「これは?」
「希望を紡ぐためのスピンドルです」
よく見るとそれは紡ぎ車の針のような形をしている。ミニスカサンタ悪夢バージョンから俺がそのプレゼントを受け取ると……
またポンと安っぽい音が響き、全てが暗闇に包まれた。
× × × × ×
「では弟子よ、最終試験を行う」
気が付くと俺は師匠の庵の前で佇んでいた。
森では雪解けが始まり、日の当たる場所は地面が見え始め、温かくなり始めた日差しは柔らかく、澄んだ青空では気の早い小鳥たちが楽し気に空を飛んでいる。
俺は庵で過ごした冒険者風の服を着ていたし、師匠は冬用の真っ赤なドレスにショールを羽織っていた。
この記憶は…… 俺が師匠から『大賢者』を襲名した時のものだろう。
「なぜ今この記憶が」
俺が周囲を確認しながらポケットに手を突っ込むと、チクリと何かが指先を刺した。
「この夢を脱出するための大切な記憶です、どうかもう一度確りと思い出してください。神々を超える存在として大いなる意志に選ばれし人よ」
すると脳内にあの幼気な美少女の声が響く。
どうやらこれも彼女からのサービスらしい。あまりにも充実した悪夢からのプレゼントに、どんなお返しをすればよいのか俺が頭を悩ませていると、
「こりゃ阿呆! 何をしておる」
目の前の師匠に怒られてしまう。
半神と呼ばれる悪夢が神々を超えると言った『大いなる意志』に初めて認められた人物…… 師匠の顔を見る。
人々の概念である神。
その主神である全能のゲレーデスすら殴り飛ばし、唯我独尊な人生を歩んでいるようにしか見えないが。
「な、何を見ておるのじゃ」
視線が合うと、師匠は顔を赤らめてモジモジと体をくねらす。
その姿は何処にでもいるか弱い乙女にしか見えない。
どうしてそ師匠が悪夢に勝てなかったのか謎だったが、それは夢と希望を信じる乙女心と悪夢の相性の問題かもしれないと……
ふと、そんな気がした。




