それより俺と踊りませんか その2
「タツヤ君、きっとあたし今幸せなんだと思う」
加奈子ちゃんはセーラー服のスカートをひるがえしながらターンすると俺の胸に顔を押し付けるようにして立ち止まり、小さくそう呟いた。
俺がそっと肩を抱くと、
「辛いことも不安な事もいっぱいあるけどさ、タツヤ君がいれば必ず乗り越えれるような気がするし、何よりもこうしているだけでとても安心なの」
加奈子ちゃんはいつもの大人の姿に変わり、ミニスカサンタのスカートの裾を恥ずかしそうに引っ張った。
上目遣いに俺を見つめる瞳は美しく優しさに満ちていたが、脳裏に『神殺し』の刀を持って姿を消した玄一さんが浮かぶ。
教室は何時の間にか加奈子ちゃんの寝室に変わり、何処かからスローなワルツが流れている。ゆっくりとしたテンポでナチュラルターンする加奈子ちゃんの腰に手をまわして、俺もターンした。
「もしも、旦那さんが生きて帰ってきたら……」
そんな言葉がふと、零れ落ちてしまうと。
「あら話さなかったっけ、もうあたしフラれちゃったのよ」
加奈子ちゃんは楽しそうに笑ってターンする。
戸惑いながらなんとかリードすると、
「あのバカね、あたしの顔を見るなり他人のふりをして『幸せになれ』ってさ。酷いと思わない? きっと命がけであたしたちを助けにでも来たんだろうけど。あの顔は、他に女でもできたんじゃないかな」
ちょっと寂しそうに瞳を閉じた。
まるで何もかも知っているような口ぶりに俺が驚くと、
「男って皆バカだね。女って、いつまでも恋する乙女じゃいられないのよ。騙されたふりをするのも結構大変なんだから」
もう一度俺の目を見つめて、優しく微笑んだ。
瞳の能力なのか、それとも女の勘なのか。俺が悩みこんでいると……
「こんなフラれ女のわがままだけど聞いてほしいの。あの人を助けて」
加奈子ちゃんは立ち止まった。
音楽も消え、俺たちはベッドの横でただ静かに抱き合っている。
「安心して、必ず皆を救い出して加奈子ちゃんも幸せにする」
「タツヤ君はやっぱり変わってないね、あたしの白馬の王子様だ」
ボタンの外れた凶悪な胸の膨らみが俺に押し付けられ、加奈子ちゃんの腕が俺の首にそっと回された。
「ねえ、どうしてこんな女のわがままを聞いてくれるの?」
大賢者様の信念と矜持だと答えようとして、言葉を飲み込む。この夢はきっと悪夢を通じて本人とリンクしている。
――なら、うかつなことは言えない。
「加奈子ちゃんはいつも周りの人たちが幸せになれるよう頑張って、辛いことがあっても乗り越えて、とても輝いてる。やっぱり俺のマドンナだからかな」
だから俺はその部分を飛ばして、加奈子ちゃんに想いを伝えた。
「あのね、最近あたしの夢に緑色の長い髪の、とてもキレイな男の子が現れるのよ」
突然の話に俺が首を捻ると、
「その男の子がね、いつも心配そうに不器用で優しすぎて心が壊れてしまった我が友を頼むって言うの」
加奈子ちゃんはチークダンスを踊るように俺に頬を近付けてきた。
「その男の子はとある世界の古の王で、その友ってのは大賢者と呼ばれる偉人らしいんだけど、話を聞いてるとなんだかそれがタツヤ君みたいで……」
龍王が? いや、加奈子ちゃんの能力は未知数だ。何が起きるのか俺にも想像がつかない。
音楽のないスローステップに俺がつまずくと、二人でもつれるようにベッドに倒れ込んだ。足元でガシャンと音がしたから何かをひっくり返したのだろうか。
「あっ、パーティー・グッズが」
俺が加奈子ちゃんから離れてベッドの下を覗き込むと、大きな袋からトナカイの着ぐるみやピコピコハンマーや『王様ゲーム』と書かれた箱が飛び出していた。
加奈子ちゃんはどんなパーティーを企画しているのだろう?
しかも『王様ゲーム』と書かれた箱から邪悪な魔力が感知できる。
……どんなゲームなのか心配だ。
「もう、今はそっちじゃないでしょ」
加奈子ちゃんは頬を膨らませ、妖艶に脚を組み替えながらベッドの上で抗議する。ボタンの外れた胸元や乱れたミニスカートは直視できないほどエロかったので、ついつい視線を外すと、
「まあタツヤ君らしいかな。きっと色々なしがらみがあるんでしょ、とっとと解決してあたしの元に帰ってきて。話はその後よ」
加奈子ちゃんはピコピコハンマーを拾い上げて、俺に手渡してきた。
目が合うと、心の中を覗き込むようなキラキラとした輝きが見える。
「これをどうしろと?」
「良く分からないけど、何かと戦ってるんでしょ。なら武器が必要かなって」
なるほど理にかなってる、流石加奈子ちゃんだ。
「ありがとう、それからこれだけど……」
俺が転がり落ちていた『王様ゲーム』の箱を持ち上げると、
「これはその、麻也が寝てからタツヤ君と二人でするゲームよ」
加奈子ちゃんはその邪悪な箱を俺から奪い取ると、頬を赤らめながら背に隠した。
うん、箱の事はこの件が解決してから話し合うか。
俺は加奈子ちゃんから受け取ったピコピコハンマーを構えて呼吸を整える。
師匠は悪夢と戦うには「想像力」と「意志の強さ」がカギになると言っていた。
この空間は加奈子ちゃんの夢をベースに造られた悪夢の空間だろう。
そして悪夢は魔族軍に操られている。
なら、何処かにそのほつれがあるはずだ。
――俺は更に意識を集中した。
「どうしたのタツヤ君?」
心配そうに俺を覗き込む加奈子ちゃんの後ろの空間に、キラリと蜘蛛の糸のようなモノが輝いている。
「そこだ!」
ピコピコハンマーをその糸に向かって振り下ろすと、
「えっ、あれ? ウソ」
ベッドの上には加奈子ちゃんの代わりにミニスカサンタの衣装を着た……
十二~十三歳ぐらいの紫のストレートヘアに、小さなうねった角と背にコウモリの様な羽を持つ気の弱そうな美少女がいた。
× × × × ×
少女はキョロキョロと辺りを見回すと自分の胸元に目を落とし、外れたボタンを手で押さえて顔を真っ赤にする。
見た目の年齢にそぐわない大きなブツだったが、加奈子ちゃんサイズには勝てなかったようで、見えちゃいけない部分までガバッとオープンだった。
急いで目を逸らしたが……
ハッキリとそのツンと尖った美しいブツが脳裏に焼き付いてしまっている。
「事故だから許してほしい」
俺が頭を下げると、
「い、いえ…… そんな」
か細い声が聞こえてきた。
糸を切ったせいか、部屋のあちこちにあった物が徐々に消えて行く。
加奈子ちゃんの部屋の衣装ケースも化粧台も、ポンポンと安っぽい音を立てて暗闇へ溶け込んでいった。
「どれぐらい時間が取れそうだ」
きっと加奈子ちゃんがフェードアウトしたせいで、空間の制御が効かなくなったのだろう。
「もって二~三分です」
俺は顔を上げて少女に向かって微笑み、
「じゃあ単刀直入に聞く、どうすればキミを助けれるんだ」
そう問い掛けたら……
何故かその少女は、瞳に薄っすらと涙を浮かべた。




