キャベツ畑でつかまえて。⑪
秋葉原クリエイティ部さんによるボイスドラマ版です。ロボ子さんがかわいい!
【声小説】ロボ子さんといっしょ。#1 『ロボ子さん、やって来る。』
https://www.youtube.com/watch?v=KIUl9cy5KOk
【声小説】ロボ子さんといっしょ。#2 『ロボ子さん、問い詰める。』
https://www.youtube.com/watch?v=Z-p62vz-x4Q
【声小説】ロボ子さんといっしょ。#3 『ロボ子さん、求婚される。』
https://www.youtube.com/watch?v=KwDrMReU_Bw
「うん、うまい」
ご老人は、ぺろりと虎徹スペシャルを食べてしまった。
ロボ子さんは思った。
もしかしたら、これは十四夜亭のいたずらなのかもしれない。
虎徹スペシャル。
キャベツのでろでろ煮。
数時間まるごと煮こんだだけのキャベツに、自分で塩コショーを使って味をつけて食べる代物だ。
実は、えっち星の長曽禰家で出されるでろでろ煮は、ほんとうにただの水で煮ただけのものだったそうだ。
一方、宙軍士官学校の寮で出されるでろでろ煮には、少なくともスープの素が入れられていたらしい。なぜそこまでもったいない精神を発揮しなければいけないのかと問い詰めたくなるほど圧倒的微量ではあるのだが、それでもわずかながらも味がつけられていたのだという。
それで、虎徹さんやお兄さんが感激してしまったらしい。
もしかしてたら、目の前のでろでろ煮。
充分に適切な味つけがしてあるのではないか。
煮すぎて見た目がおかしくなっているだけで、あの天才シェフ野良雪月さんによって、きちんと味付けされているのではないか。
ロボ子さんは自分の虎徹スペシャルを食べてみた。
まずかった。
「キャベツにはビタミンUという物質が含まれています。整腸作用があります」
清光さんが言った。
「別名でいうと某商品名になります。ただ、このビタミンUは熱に弱い。そして水に溶け出してしまう。できれば生で、さらに水にさらすのも短いほうがいい」
『あれ。先輩の千切りと、水にさらすのも氷水で短めにっていうのは、栄養面でも正しいことだったのですね』
『ビタミンUは芯に多く含まれているのです。だからできるだけ芯も捨てずに、食べやすく千切りにするとよいのです、後輩』
『私、アホの子の先輩のほうが好きです』
「まあ、さすがに千切りをてんこ盛りで出して、さあ召し上がれというわけにもいかない。それに、栄養面ばかりをいっててもつまらない。ただ、このでろでろ煮はさすがにいろいろと問題があるというわけです。正直――」
清光さんは苦笑を浮かべた。
「あなたが美味しいと言ってくださったのは、こちらの計算違い」
「うん、うまかったよ」
ご老人はニコニコしている。
やはりこの人、うちのじいさんかと悶々としているのは、長曽禰ブラザーズだ。
「どうも、まだ若輩で経験も足りない僕では、なかなかテーブルを支配できませんね」
清光さんは野良雪月さんに目配せをした。
野良雪月さんも苦笑している。
清光さんがワゴンから次の料理を取りだして並べている中、野良雪月さんが料理の説明をはじめた。
『同じような煮込み料理でもこうも違うものか、と楽しんでいただく趣向だったのです。同じキャベツ料理の一方を悪者にするのはいけませんでしたね。きっとお料理の神さまに叱られたのでしょう。私がご用意した料理は、ロシア風ロールキャベツです』
『はい!』
神無さんが手を上げた。
『ロシア風と言うのは、つまり、お肉が入っていないということですね!』
『どうしてあなたは、そう事を荒立てようとするのです、後輩』
ロボ子さんが言った。
『共産圏の肉料理の特徴を知っているかい。肉が入ってないことさ。HAHAHA! ただの昔の共産圏ジョークですよ、アネクドートですよ。アニメ化が今度はロシア政府のマジ抗議で流れたらどうするのです』
『姉、口説こうと?』
『アネクドート』
『さて』
終わろうとしないロボ子さんと神無さんの掛け合い漫才を無視して、野良雪月さんは説明を続ける。
『ロシア風ロールキャベツは、ロールキャベツの中身が牛肉で、つなぎがお米。それをトマトとサワークリームの酸味のあるスープで煮こみます。店主がビタミンUの話をしました。同様に、キャベツに多く含まれるビタミンCも熱に弱いものです。そこで、すこしズルをして、圧力鍋を利用して短く調理いたしました』
清光さんが手際よくグラスを配り、ワインをワゴンから出した。
「県都の酒店で探してきたグルジアのワインです。今はジョージアというのでしたね。合うと思いますよ」
だからどうしてそう、宇宙人が地球の事情に詳しいのだ。
「ちょっと待った、店主。そこの娘さんにまで酒を飲ませるつもりかね」
ご老人が、ロボ子さんと神無さんを見て言った。
『おじいさん、私たちはアンドロイドです』
『若く見えるかも知れませんが』
「お、そうなのかね。それは失礼した」
『こう見えて、私は生まれてもうすぐ一年』
『私はまだ数ヶ月』
「よけいダメじゃないかーー!」
『飲み慣れてますよ!』
『いっぱい飲み慣れてますよ!』
「子供が飲み慣れてはいかーーん!」
『吐き慣れてすらいますよ! 先輩も私も吐きますよ!』
『そうですよ! 披露しましょうか、あとで思う存分披露しましょうか!』
ごーん。
ごーん。
久々に良い音がした。
「二号機に新型試作一号機。ここは、このご老人のテーブルで、我々はゲストだ。わきまえたまえ!」
ふたりにゲンコツを叩き込み、お兄さんが言った。
「ご尊老、私の連れが失礼しました」
ご老人は楽しそうに笑った。
豪快に声高らかに笑った。
「いや、構わんよ。うちは代々農家でね。食事は賑やかにとるもんだと思っておる。君たちは軍人だそうだね」
「はい」
「はい」と、虎徹さんも。
「私は十四夜亭を訪れるのを楽しみにしている。毎回、うちのキャベツを驚くほど美味しく料理してくれる。今度のシェフの腕も良いし、今度の店主の心遣いもまた居心地良い」
清光さんと野良雪月さんは微笑んで頭を下げた。
「残念なのはただひとつ。こうしてテーブルを伴にする君たちと、もっとざっくばらんに会話を楽しみたい。しかし、これが十四夜亭のしきたりなのだからしょうがない」
ご老人は柔和な笑顔を浮かべた。
そして手を差し伸べた。
「つらい仕事だろうが、活躍と健勝を祈る」
「ありがとうございます」
お兄さんはその手を握り返した。
そして虎徹さん。
ああ、分厚い手だ、と虎徹さんは思った。
土とともに生きてきた手だ。
「それでは、野良雪月さんの料理をいただこうじゃないか」
ご老人が言った。
抜けるような青空。
駆けていく薫風。
しかし、ここは真夜中の十四夜亭なのだという。
『うわ、つなぎをお米にすると、こんなに美味しいんですね!』
ロボ子さんが嬉しそうに驚きの声を上げた。
『つなぎにお米を使うと、硬かったりパサパサしちゃったりせずに、しっとりしたロールキャベツになるんです。本場ではお米を使いますが、私はご飯を使ってます。これ、ハンバーグにも使える技ですよ』
『ほー、ほー』
ロボ子さん、邪悪な顔でにやりと内蔵メモリにメモして。
(野良雪月さん、おじいさんのおうちで料理したんでしょう。ご家族とも会ってるんですよね)
こそこそとロボ子さんが言った。
(それがですね。私がいる間、おじいさんのおうち、誰もいないんですよ。料理をテーブルに残して家を出ると、ご家族が出てくるみたい。私のことは、料理をしてくれる妖精さんかなにかのように思ってるんじゃないでしょうか)
なかなか、この箱庭を作った神さまはガードが堅いようだ。
でも。
『私も、そんな妖精さんになってみたい……』
ちょっとだけ、そんな乙女チックな夢を抱いてみたりするロボ子さんだ。
神無さんを見ると、明らかに笑う準備をしてこっちを見ていたので、口にはしなかったのだけれど。
「いや、今日の料理も美味しかった」
ご老人が言った。
「また次が楽しみだ。キャベツを早く使い切ってくれ」
「ありがとうございます。あなたのキャベツは評判がいいので、そう言うことになるでしょう」
皆と別れの挨拶を交わし、ご老人はやってきたあぜ道を帰っていった。
さて、残されたテーブルだ。
「結局、ありゃあ、うちのじいちゃんだったのか、そうじゃなかったのか」
ワインを手に、虎徹さんが言った。
「さあ、わからんが」
お兄さんもワインを手にして。「気持ちのいい人ではあったな」
「ああ」
「またいっしょに、テーブルを囲めるかな」
「うん、そうだな」
「十四夜亭の神さまが面白そうだと思えば、また招待してくれるんじゃないかな」
テーブルを片付けながら、清光さんが言った。
「ところで、これからどうなるんだ?」
虎徹さんが言った。
「これから?」
清光さんは顔も向けずテーブルを拭いている。
「このテーブルとか、この場所とか……」
「何度言わせるんだよ。ここは十四夜亭なんだぜ」
「でもな……」
『あっ!』『うわっ!』と、歓声のような声を上げたのはロボ子さんと神無さんだ。
虎徹さんはそちらに視線を移し、そして目を見張った。
ロボ子さんと神無さんの背後が十四夜亭の店の中になっている。虎徹さんとお兄さんは慌てて立ち上がった。
青空も、キャベツ畑も、風もない。
深夜の十四夜亭だ。
「あらためて。十四夜亭にようこそ」
清光さんが笑った。
『ようこそ』
野良雪月さんも笑った。
■登場人物紹介・十四夜亭編。
加洲清光。(かしゅう きよみつ)
店主。えっち星人。
宙軍士官学校では虎徹さんや典太さんと同期。密航者として、補陀落渡海の航海に匹敵するほどタイムジャンプを繰り返していたので、虎徹さんたちと同い年のままのように見える。
野良ロボ子さん。
料理担当。アンドロイド、モデル雪月。
前のマスターである「おばあちゃん」の記憶を消されるのが嫌で野良になった雪月。ただし、記憶だけは引き継いでいるが、今の体は二代目。生まれたてのアンドロイドと同じように初々しいしゃべり方をする。
鉄太郎。(てつたろう)
黒柴。十四夜亭で飼われている犬。
人懐っこすぎて、番犬としては意味をなさない。
■アンドロイド編。
ロボ子さん。
雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。
本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。
時代劇が大好き。通称アホの子。
神無さん。
雪月改のさらに上位モデルとして開発された神無試作一号機。
雪月改三姉妹の、特に性格面の欠点を徹底的に潰した理想のアンドロイド。のはずだった。しかし現実は厳しく、三姉妹に輪をかけた問題児になりつつある。
一号機さん。
雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。
目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。
和服が似合う。愛刀は栗原筑前守信秀。通称因業ババア。
三号機さん。
雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。
小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。
基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。
板額さん。
板額型戦闘アンドロイド一番機。
高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。三池典太さんと付き合っている。浮気などしたら許さない。
■人類編。
長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)
えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(艦長なので中佐相当)。
ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。
三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)
えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)
長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。
源清麿。(みなもと きよまろ)
えっち星人。副長相当砲雷長。宙尉(大尉相当)
三号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、小説家に転身。現在は超売れっ子となっている。三号機さんを溺愛する中二病オヤジ。美形。
同田貫正国。(どうたぬき まさくに)
えっち星人。宙兵隊隊長。大尉。
一号機さんのマスター。補陀落渡海を降りた後、任侠団体同田貫組を立ち上げ組長に座る。2Mを軽く越える巨体だが、一号機さんに罵られるのが大好き。
三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)
えっち星人。航海長。宙尉から後に宙佐。
方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。後に補陀落渡海を廻って争うことになる。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。板額さんのパートナー。
長曽禰興正。(ながそね おきまさ)
えっち星人。宇宙巡行戦艦・不撓不屈所属の宙尉(大尉相当)。
超有能なのだが、その唐変木ぶりで未だに宙尉のまま。虎徹さんの実のお兄さん。
郷義弘。(ごうのよしひろ)
宇宙巡行戦艦・不撓不屈の宙尉補(中尉相当)。
歴とした女性。事務仕事にかけては有能だが、とんでもない方向音痴。
■その他。
補陀落渡海。(ふだらくとかい)
えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。亜光速航行による外宇宙航行艦(ただし、事故で亜光速航行ユニットを失っている)。駆逐艦とされているが、現実には巡洋艦である。
現在はモスボール処理がなされ、パークに展示されている。
なお、メインコンピューターも補陀落渡海と呼ばれ、ロボ子さんの友人でもある。
不撓不屈。(ふとうふくつ)
えっち星、えっち国宙軍宇宙艦。補陀落渡海は亜光速ユニットによるタイムジャンプ航法で恒星間航行をしていたが、この艦はワープ航法が可能になっている。ワープポイント間を一瞬で結ぶことができる。
宇宙巡洋戦艦。地球名は「ドーントレス」にしたかったとも言う。
現在は地球衛星軌道を回っている。
タイムジャンプ。
亜光速による恒星間航行技術。
亜光速にまで加速するので、その宇宙船と乗員にとっての時間の流れは遅くなる。補陀落渡海は三五光年を四五年かけて移動したが、船内時間では二年と少しだった。
それをタイムマシン、時間旅行になぞらえて、タイムジャンプ航法と俗称する。
ちなみに、その用語を使っているSFは『闇の左手』しか知らないのですが、他にもありますかね。




