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ロボ子さんといっしょ!  作者: 長曽禰ロボ子
補陀落渡海編。
11/161

板額さん、やって来る。

挿絵(By みてみん)

タイラ精工製戦闘アンドロイド。

板額型一番機。気が強く、負けず嫌い。忠誠心が高い。

ちなみにこれは腕につけたオプション武器を調整しているところ。

 

 そのアンドロイドは両眼を開けた。


「私の声がわかるか」

 タイラ精密工業研究所。第一研究室。通称板額(はんがく)室。

 技術開発担当専務執行役員城家(じょうけ)長茂(ながしげ)さんが、強化ガラスを隔てた向こうからマイクで呼びかけてきた。

『はい、城家専務』

「君は誰だ』

『私は板額。板額型警護用アンドロイド一番機です』

 護衛用アンドロイドメーカーとしてすでに定評のあるタイラ精工が、世界に先駆けて実用化した第四・五世代アンドロイド「板額」。

 第四・五世代アンドロイドには既に雪月改(ゆきづき・かい)があるとも言うが、あれはただの家事補助アンドロイドだ。メーカーが勝手にそう言い張っているだけだ。真の世界初の第四・五世代はこの「板額」なのだ。

「板額、君の初仕事だ」

 城家専務さんが言った。

『はい、専務』

 板額さんの瞳に意志的な光が宿った。



 そのアパートは朽ちかけていた。

 遺憾ながら自分の体重が見かけの倍以上あるのを知っている板額さんは、外付け階段を昇るのにも慎重にならざるをえなかった。

 その男は蒸し風呂のような部屋の中で寝ていた。

 敷いているのは布団と呼んでもいい代物なのだろうか。

 ちなみにドアのカギはあっさりと解錠できた。このようなアパートにセキュリティを要求するのは間違いなのだろうと板額さんは思った。


 さて、男は眠っている。

 昼だ。

 窓の外を確認する。間違いなく昼だ。


 まだ生まれたばかりの板額さんは戸惑っている。

 人生経験がほぼない自分が、初仕事でこのような一般的ではない人物を護衛しなくてはいけないのか。これは無茶振りではないだろうか。

 しかし自分はクラスリーダー機、ネームシップ機なのだ。

 次に続く妹たちのためにも、ここで挫けるわけにはいかないのだ。

 そういうわけで、男が目を覚ますまで板額さんはじっと彼を見下ろしていた。立ったまま。


「あんた、だれ。べっぴんさん」


 三池(みいけ)典太(でんた)光世(みつよ)

 目を開けた彼が最初に口にしたのがそれだった。むっくりと起き上がり、布団と言い難い布の上で頭をかいている。

「人が侵入しても気づきもしない。なまくらになっちまったもんだ」

『私は警護型アンドロイドです。気配を消すことには慣れています』

 ジロリ、と典太さんが板額さんを見上げた。

『おはようございます、三池典太光世さま。タイラ精密工業の板額型一号機板額と申します。三池典太光世さまのお役にたてますよう、弊社専務城家の指示でやってまいりました』

 おはようございます、と挨拶したのは皮肉に聞こえなかったろうか。危惧した板額さんだったが、典太さんは気にしていないようだ。ただ、「タイラ精密工業」と言った。

「座って、べっぴんなアンドロイドさん。それから、おれのことは典太でいい。あんた、こんなに暑いのに、そんなコート着てて大丈夫なの」

『充分に稼働可能温度範囲内です、典太さま』

「さまも要らない。だから座れよ。落ち着かないだろう」

 護衛対象は不機嫌なようだ。

 板額さんは正座した。ふわっと広がるのは典太さんも気にしていたコートだ。真紅のAラインのロングコート。実は防弾コートでもある。

「覚えている、タイラ精密工業」

 典太さんが言った。

「たしかに行った。でも、そうだ、そのあんたの専務さんは――専務さん()おれの話を信用してくれなかったよ。おれを鼻で笑ったんだ。他の連中と同じさ」

『城家はあなたの言葉を信じました』

 板額さんが言った。

『ですから私がここにいます。あなたを護衛し、サポートし、必ず見つけろとの城家の指示です』

「……」


『宇宙船補陀落渡海(ふだらくとかい)


 あっ!と、典太さんは眼を見開き息を飲み込んだ。

 やっと目が覚めたのだろうか。板額さんはそう考えたが、どうやそうじゃなかったらしい。典太さんの目から涙があふれてきたのだ。

 護衛対象が泣いている。

 中年男が泣いている。

「そんなもの、おとぎ話だろう……?」

 典太さんが言った。

『違います』

「おれ、自分を宇宙人だって言ってるんだぜ……?」

『城家も、私のスタッフ一同も典太さまを信じております』

「あとで冗談でした、からかっただけですとか嫌だぜ……?」

 いじけた中年男は扱いにくい。その機能は実装されていないので、板額さんは心の中で溜息をついた。

 そして板額さんは驚愕することになる。

 三つの理由で。


 第一に、この中年男は突然板額さんを抱きしめたのだ。 

 第二に、だらしない中年男のくせに、第四・五世代の板額さんに拒絶する隙を与えなかったのだ。

 第三に、生まれたばかりの板額さんは男性に抱きしめられたことがなかったのだ。女性に抱きしめられたこともないのだけれど。


 そういうわけで、板額さんは逆上してしまったのである。


 ぶーん。

 ぶーん。


 このやかましい音は、なんだろう。


 ぶーん…


 ああ、自分の頭の冷却ファンの音だ。

 周囲を見渡してみれば、典太さんがボロ雑巾のような布団の上にのびている。慌てて確認したら、でっかいたんこぶを頭に作ってはいるが生きていた。それどころか安らかな寝息を立てている。最初のミッションで護衛対象を撲殺するというとんでもない事態にならなくて板額さんはほっとした。もちろん反省もした。

 それにしても。

『よく眠る人です』

 典太さんの寝言が聞こえてきた。

「ありがとう……」

 典太さんが、地球に来て初めて安らかな気分で眠っているのだということは、もちろん板額さんにわかるはずもない。

「ありがとう……ありがとう……」



『典太さま、起きてください』



「べっぴんさん、なぜだろう、君のおっぱいは硬かった」

 目を開けた典太さんが口にしたのは、今度はそんな言葉だった。

 ぶーん。

 ぶーん……。

 板額さんはふたたび逆上しそうになったのをかろうじて押さえることができた。こうして自分は成長していくのだと、すこしだけ自信を持った。

 真夜中だ。

 真っ暗な部屋に差すのはただ街の灯り。そして暗視カメラに切り替えた板額さんの緑色に光る瞳。

『典太さま、服を着てください。脱出します』

「なにがあった」

 さすがに自称元軍人だ。

 目を覚ますのも状況を理解するのも早い。返事を待たずに寝巻のスエットを脱ぎ捨て、ジーンズを履き始めた。

『外に三体。外廊下に二体。RM042系です。第四世代戦闘型アンドロイドを五機も投入してくるとは驚きです』

 板額さんは、すうっと左腕を伸ばしコートの袖をめくった。

 左腕から小型の弓が飛び出した。

『板額と言う人物をご存じですか。中世日本の女性武将です。弓の名手だったといいます。私はその方の名前をいただきました』

「君ひとりで相手にできるのか」

『彼らが銃器を装備していなければ、なんとかなるでしょう』

 そう言うと、板額さんはいきなり矢を放った。

 それは典太さんの髪をかすめ、窓ガラスに極小の穴を開け、窓に張り付いていたアンドロイドの頭を貫いた。

 かしり。

 次の矢が自動装填される。

『参ります、典太さま』

 典太さんを右手に抱え、板額さんは窓を蹴破って飛び降りた。



「こりゃいったい、どうしたことだ?」

「どうした」

「ただ事じゃないぜ。一体数億もする戦闘アンドロイドがぞろぞろと歩いている。おまえ、なにか聞いているか。本社(警視庁)に問い合わせて――いや、アパートの窓からマルタイ(捜査対象者)と昼間の真夏のコート美女が飛び出してきたぞ!」

「なにが起きているんだ」

「……なんだ、ありゃ。あのコート美女、化けモンか」

「おい、おれにも見せろ。あっ」

 窓に立つ人影。

 逆光の中、両眼だけが緑色に光る。

『失礼します。申し訳ありませんが、私の戦闘中の映像を残すわけにはいかないのです。すべて消去させて頂きます』

 板額さんが言った。



『こちらです、典太さま』

 板額さんが手を上げた。

 タイヤを鳴らし車が横付けされた。運転席から手を伸ばし、典太さんが助手席のドアを開けた。

「おっかないね、べっぴんさん。あっという間に第四世代戦闘型アンドロイドとやらを殲滅か。さあ乗って」

『板額です』

「うん?」

『私の名前は板額だと申し上げているのです。それにしても車をお持ちだとはこちらのデータにはありませんでした。助かります、典太さま』

「いや、おれのじゃないけど」

『はい?』

「ていうか、おれが宇宙人だってわかっているのなら、免許がないのも予想できるよな?」

『待ってください、無免許運転なのですか。いえ、そもそもこれは盗難車なのですか』

「女の子にだっこしてもらったのは初めてだが、悪くない。それも君のようなべっぴんさんにだ。ああ、板額さんだったな。板額さん、なんだか楽しくなってきたみたいだな!」

 専務!

 専務! どういうことなのですか。こんなのが初仕事なんて無茶すぎませんか!

「さあ、どこまでも逃げようぜ、板額さん!」

 無理!

 無理!


 だれか私を助けて!


■登場人物紹介・アンドロイド編。

ロボ子さん。

雪月改二号機。長曽禰ロボ子。マスターは長曽禰虎徹。

本編の主人公。買われた先が実は宇宙人の巣窟で、宇宙船を廻る争いに巻き込まれたり、自身も改造されて地上最強のロボになってしまったりする。

時代劇が大好き。通称アホの子。


一号機さん。

雪月改一号機。弥生。マスターは同田貫正国。

目と耳を勝手に超強力に改造して、一日中縁側で村を監視している。村の中で内緒話はできない。

和服が似合う。通称因業ババア。


三号機さん。

雪月改三号機。私の天使。マスターは源清麿。

小悪魔風アンドロイド。マスターが彼女を溺愛している上に中二病小説家で、それにそったキャラにされている。

基本的にゴスロリ。描写は少ないが眼帯もつけている。


板額さん。

板額型戦闘アンドロイド一番機。

高性能だが、乙女回路搭載といわれるほど性格が乙女。


■人物編

長曽禰虎徹。(ながそね こてつ)

えっち星人。宇宙艦補陀落渡海の艦長。宙佐(少佐相当)。

ロボ子さんのマスター。地球に取り残されるのが確定した時も絶望しなかったという、飄々とした性格。生きることに執着しないので、ロボ子さんからときどき叱られている。


三条小鍛治宗近。(さんじょう こかじ むねちか)

えっち星人。機関長。宙尉(大尉相当)

長曽禰家の居候。爽やかな若者風だが、実はメカマニア。ロボ子さんに(アンドロイドを理由に)結婚を申しこんだことがある。


三池典太光世。(みいけ でんた みつよ)

えっち星人。航海長。宙尉(大尉相当)

方針の違いから虎徹さんと袂を分かった。虎徹さんとは同期で、会話はタメ口。


城家長茂。(じょうけ ながしげ)

地球人。タイラ精密工業技術開発担当専務執行役員。せんむ。

板額さんを開発した。クールキャラを気取っているが、クールになりきれない。


宇宙船氏。

地球人。警視庁公安の警察官。

ゼロ出身のエリートだが、宇宙船にこだわったために「宇宙船」とあだ名をつけられてしまった。本名も設定されていたが、作者にも忘れられてしまう。



ちなみに、ロボ子さんの呼称は

虎徹さんが「ロボ子さん」

宗近さんが「ロボ子ちゃん」

それ以外は「二号機さん」で統一されています。もしそうじゃないなら、それは作者のミスですので教えてください。


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雪月改三姉妹。
左から一号機さん、二号機さん(ロボ子さん)、三号機さん。
雪月改三姉妹。
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