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壊れていく予定調和

 父上と母上が外遊から帰って来たと知らせを受けて私は一目散に迎えに行った。



「父上、母上。ご無事での帰還をお祝い申し上げます」


 父上も母上も嬉しそうに私の出迎えを受けていた。


「アーノルド、朕達が留守の間に変わった事は無かったか?」


 私はここで話さねばと思い真剣な顔で話をした。



「実は、セリーヌ嬢に婚約破棄を告げました。彼女も納得してくれたと思います。私には心に誓った人がいます」


 今まで機嫌の良かった父上と母上からストンと表情が抜けた。


「アーノルド、今なんと?なんと申した!?」


 母上が半狂乱の声をあげる!


「ああ何という事を!ねぇ!嘘よね?アーノルド冗談でしょ?ねぇ?ねぇ!ねぇ!アーノルド!!」


 私は二人の豹変ぶりに只々驚く事しか出来なかった。


「ただの婚約破棄です。政略結婚など私には出来ません!私はドビッシ公爵家のミッシェル嬢を愛してしまったのです!爵位も彼女の方が上です!何も問題無いではありませんか!」


 ドゴッ!


 初めて父上から拳が飛んできた。


 母上が泣いている。


 私はただ呆然と返すだけ。

「なぜ・・・?」


 父上は私の肩を強く掴んで怒りと今にも泣きそうな顔を向けていた。


「アーノルド、お前は妃教育が修了したと言うことがどう言うことか分からぬのか?王家の奥秘を知った者に命が続くと思っているのか?それを知っていて婚約破棄などと申したのか!」



「あ・・・私は・・・私は・・・」


 そうだった。王家の奥秘は秘中の秘、決して他言無用。

 その可能性も残してはならないもの。


 知っていた・・・確かに知っていたはずなのに・・・


 自分でも顔色がみるみる悪くなっていくのが分かった。


 一気に照り返しのように幼い頃から今に至るまでのセリーヌの顔や仕草や佇まいが押し寄せて来る!



 セリーヌが死ぬ?

 何も悪い事をしていない一生懸命だったセリーヌが死ぬのか?



 他でも無い私のせいで・・・?



 立ちすくんでいる私など居ないかのように父上が宰相を呼んだ。


「ドビッシ公爵家の事を全て調べ直せ!当城にある資料だけでなく一からだ。娘ミッシェルについては特に調べよ」


「!!父上!ミッシェルに手を出さないでください!」


 私の声など届かないのか。

 父上も母上も私の事を見向きもしなかったし返事もしなかった。



 アーノルドが部屋から出るのを確認して宰相は国王夫妻へ書類の束を渡した。


「実はウィストン侯爵家の主と嫡男が日を別にしてドビッシ公爵家を調べた書類を私に持って参りました。誠に別の視点から調べ上げた事細かな資料に感嘆の声を抑えることが出来ませんでした」


 国王夫妻は交互に、ウィストン侯爵家が調べ上げた書類を見比べてドビッシ公爵家が己の地位を使い巧妙に隠した偽証の数々を凝視して顔をくしゃりと歪ませた。


「ドビッシ公爵家歴代全ての血筋を調べ上げるのは流石に爵位の低いウィストン侯爵家では難しいだろう。後は我が仕事であろう。宰相、それを調べ上げよ」


 宰相は大きく礼をして場を去ろうとするが王妃殿下が声をかけた。


「宰相。もう一仕事してくれますか?アーノルドとセリーヌの今までの関係を調べてください」


 宰相は言葉の意味を解して去って行った。


 その場には国王と王妃だけがいた。二人は力無く椅子に腰掛けた。


「陛下・・・申し訳ございませんでした。幾ら日々王妃としての責務があったとはいえアーノルドを余りにもセリーヌ一人に押し付けていました。私がもっと早くあの二人の様子を気に掛けていたなら・・・」


「妃よ、其方だけのせいでは無い。朕にも大いに責任があるだろう。アーノルドには優秀な乳母を付けたし名のある師範や教育者もつけたのだ。この王国のたった一人の王位継承者として厳しく愛情深く手を掛けていたと思っていたのは朕の独りよがりだったのだろうな・・・妃、セリーヌは救済せねばならない」


 王妃殿下は涙を流しながら頷いた。


「其方には二人の弟がいたな」


 王妃は国王の言わんとする事を正しく理解して頷く。


「上は嫡子として其方の実家である公爵家を継ぐだろう。だが朕は元々弟のラファエロを高く評価していた。あの子ならアーノルドのいなくなった場所を任せられると思っている・・・」


 王妃はとうとう身体を曲げて手で顔を覆い泣き崩れてしまった。


「妃よ・・・我が息子の始末は朕がせねばならないのだ。傲慢なアーノルドを出しゃばらせた朕の責任・・・其方の産んだ子を王位に付かせられなくて悪かった」


「何を仰いますか!陛下だけのせいではありません!私達が気づかない程、セリーヌが優秀だったのです!ほんの少しでもセリーヌに隙があって私に頼ってくれたら良かったのに。ですが・・・そんなセリーヌだからこそ私も護りたい・・・」


 二人はラファエロを城に呼ぶ手筈を整えていた。




 執務室への立ち入りを禁止された。

 私が王太子だからこそ許された場所である。


 私は自室でやる事もなく窓の景色をただ眺めていた。

 大きな出窓に座り膝を抱えて身体を丸めた。いつも見慣れた景色が今は色を無くしたように感じていた。



 あんなに愛していたミッシェルよりも死ぬかもしれないセリーヌが心を占めているなんて。



 いつも側で私の事を優先して困る事がないように手筈を整えていてくれた。

 私が何を聞いても的確な返事が返ってきた。

 私の体調が少しでも悪いと一番最初に気づいてくれたのはセリーヌだった。


 それが当たり前だと思っていた。

 婚約者なのだから。

 それが普通だと思っていたのだ。

 ありがたいと思った事など一度も無かった。



 ミッシェルはどうだった?

 甘えてくる姿が可愛かった。

 鈴を転がした様な声も柔らかな唇も姿も好ましかった。

 気づけば私の癒しになっていた。


 思えばただそれだけーー



 昨日は嫌でも、とうとう気付かされた。


 たった1週間のうちに執務机の上には未承認の書類が溢れ出していた。

 今まではこんな事、一度も無かった。


 ペレスが私の第一補佐を降りたからだと思っていたが、どう考えてもそれだけでは無いと認めざるを得なかった。

 セリーヌのお陰で滑らかに全てが円転自在に進んでいたという事を。



 執務が少しずつ溜まっていき今まさに自分の手に負えない状態になりつつあった時にセリーヌを探している自分に狼狽えていた。



 あれほど私の重荷だと思っていたセリーヌが誠心誠意の忠誠そのもので・・・それはまるで固く守られた城のようだったと気付かされたのだ!


 私は守られていたのだ。

 あの小さく華奢な身体で全身全霊守られていた!



 美しく聡明で澱みない忠誠心なんて今更どうやって見つけろと言うのだ?

 果たしてそんなものこの世に存在するのか?


 セリーヌ!君だけが私に・・・こんな私にかけがえのない忠誠を示してくれていたのに!


 手放したものがあまりに大きすぎた!



 私は天に向かって慟哭する。


 ああ馬鹿だ!

 私はなんて馬鹿なんだ!


セリーヌ!

セリーヌ!

セリーヌ!



 セリーヌが死ぬ事に怯えて私はそれから一切眠る事が出来なかった。



 

 打ちひしがれた私の元へ3日後、父上より呼び出しが入った。


 身体は重だるく心は激しい喪失感と絶望に覆われている。


 私の独裁的な傲慢さが生んだ愚かな者への審判がくだされるのだろうか。


 まだ取り返しがつくのだろうか?


 謁見の間へ・・・もう向かうしかなかった。






最後まで読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] どうすれば彼女が死なずに済むか考える事も行動に起こす事もせず、ただ嘆くばかりの受け身な坊っちゃんwww
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