永遠の忠誠と親愛を
婚約期間をすっ飛ばして婚姻したラファエロ王太子とセリーヌ王太子妃。
あのプロポーズをしてからひと月で国中を巻き込む盛大な婚姻の儀を挙げた。
謁見の間で行われた断罪。そのたった2日後にドビッシ公爵家3人の断首刑と平民ミッシェルの絞首刑が執り行われホークシリン王国を震撼させた。
ドビッシ公爵家の悪事とその偽娘に入れあげた王太子の無能さ故の廃嫡騒動。
いつまでも動揺するホークシリン王国の臣下や民へ、不穏を遥かに上回る良い知らせは安寧への近道であった。
ラファエロ王太子とセリーヌは儀式の準備で忙殺されていた。
ラファエロはアーノルドの手付かずだった未承認の決済を慣れないながらもペレスが第一補佐官として支えセリーヌにも手伝われ見事に捌いていた。
元々の才覚なのか辿々しく思えたのも束の間、すぐさま要領を得て執務机の上は承認された書類でいっぱいになっていた。
ペレスは満足そうに微笑んでいる。
セリーヌも執務の傍ら婚姻の式で着るドレスの準備や式典準備と日々の体力を削っていった。
そして漸くゆっくりと話せる時間が取れたのが初夜の晩だった。
◇ラファエロside
ラファエロはセリーヌの待つ寝室の前で今までの事を思い出していた。
歳の離れた姉である王妃殿下に会いに度々城に遊びに来ていた。
だが2つ下のアーノルドと遊ぶ事は許されなかった。
臣下として接しなければならず直視する事も当然許されない。
ある日、王家の庭で本を読んでいると挟んでいた栞が風で飛ばされ慌てて後を追いかけた。するとアーノルドと婚約者が隣の庭でお茶を飲んでいた所だった。
丁度アーノルドが席を立つ所で婚約者は飲みかけのお茶を諦めてアーノルドに付いていく。
私はアーノルドの婚約者に知らず知らず目が釘付けになっていた。
私に向かって一陣の凄まじい風が吹き抜けていくようだった。
一目見て、アーノルドの婚約者に早鐘を打つ心臓を宥める事が出来なかった。完全な一目惚れ!
私の隣を見下すようにアーノルドが通り過ぎる。
私はお辞儀をしながら婚約者のセリーヌを目で追っていた。
それから事ある毎にセリーヌが頭から離れなかった。
(今姉上に会いに行けばセリーヌに会えるだろうか?)
そんな気持ちを抱えて過ごしていると王城の外れにある小さな図書館で熱心に調べ物をしているセリーヌを見つけた。
セリーヌは集中しているのか私には全く気づいていなかった。
大きな図書館も近くにあるのにセリーヌは心が落ち着ける静かなこの図書館が良いのだろうと幼いながらも私はそう思った。
それから何度も小さな図書館に足を運んだ。
セリーヌの読書量は凄かった。
本当に偏ったものでは無く幅広く読み漁っている。
私もセリーヌのように知識を蓄えいつかセリーヌの役に立ちたいと思った。
セリーヌは正直に貸し出しの際、自分の名を書いている。
私は・・・将来の王妃殿下をつけ回す者と思われてはいけない。
セリーヌを見ていると何故か腑に落ちたように仮名が浮かんだ。
『一粒の麦』と言う名にでもしようか。
麦の穂を彷彿させるセリーヌの美しい髪・・・
私はセリーヌのたった一粒の麦になりたいと思ったから。
そして私は他のものは要らない。
ただ一つの大切な人セリーヌ・・・セリーヌだけが欲しかった。
ずっと私の浅はかな欲だと思っていたのに・・・
いつまでも寝室の前で立ちすくんで居ると中からセリーヌが顔を出してきた。
「!!」
「殿下、大丈夫ですか?式が終わりお疲れでしょうか?」
まさかセリーヌに心配をかけてしまうとは・・・
私はニッコリ笑ってゆっくりと寝室に入った。
私は今日までの忙しさを一緒に乗り越えたセリーヌに労いの言葉をかける。
ワインに酔ったのかセリーヌの頬がほんのりと赤みを帯び少し気さくに話をしてくれる。
「あの・・・殿下は剣術がお得意なのですか? その・・・鍛えられた体躯だと思ったもので・・・」
私は手に持つワイングラスを見つめながら答える。
「剣術・・・そうだね。ある日をキッカケにより一層力を入れるようになったんだ」
セリーヌはキョトンとしている。
「ある人を守りたいと思ったから・・・」
セリーヌは少し逡巡して淋しそうに笑う。
「そう・・・ですか・・・」
私は内心焦った。
セリーヌに誤解をさせたか?
(まずは誤解を解こうか)
私は徐にセリーヌの手を握る。
セリーヌが僅かに息を呑んだ。
「私はセリーヌを守る事が出来るように剣術に力を入れたんだ」
セリーヌの顔がぱっと私を捉える。
「セリーヌ・・・あなたは度々城の外れにある図書館に通っていただろう。実は私も気に入った場所だったのだ。もう10年以上前に偶然知ったのだが・・・私が手に取る本の貸し出しの名にはいつもセリーヌの名前があった」
「えっ?」
私は驚いてつい殿下の顔を凝視してしまった。
「殿下もあの図書館に通っておられたのですか?一度もお会いした事がありませんでしたが」
ラファエロ殿下は優しく微笑んだ。
「私は何度もセリーヌを見かけたよ。だが君はいつも疲れていたようで癒しの邪魔をしたくなかったから声はかけなかった。セリーヌは素直に名前を書いていたが私は・・・『一粒の麦』という名で借りていたんだ」
「あっ、その名は知っております!私と趣味が合う方だと勝手に親近感を覚えておりました。最近はその名を見ただけで本を借りようと思えた程です。それに隣国の冒険譚の翻訳もありがとうございました」
ラファエロはセリーヌが笑った事に安堵して続きを話す。少し込み入った事だったけど。
「あの日、泣いていた君を励まそうか悩んだのだ。だがどう声をかけて良いのか分からなかった。それなら君が泣き止むまで側にいようと思い一つ隣の本棚にいたのだ。でも君は突然泣き止んで颯爽と歩いて行った・・・セリーヌはどうやって心を落ち着かせたのか教えてくれるかい?」
まさかアレを見られて側で見守っていてくださったなんて。
私は嬉しくて泣きそうになり慌てて上を向いた。軽く咳をして何とか震える声で答える。
「・・・私は最初・・・突然の婚約破棄を・・・自分のせいだと責めました。何がいけなかったのか?と。でも色々考えて精一杯やったのだと自分を肯定出来ました。そして何よりアーノルド様に親愛の情すら無かったのだと改めて思い知ったら尚更残された時間を大切にしなくては勿体ないと思ったのです。だから・・・」
ラファエロは優しく頷いてくれた。
「そうか。セリーヌは強固な信念を貫く人なのだな。そして心が誠に美しい人だ。益々セリーヌを愛してしまったよ。安心して欲しい。私は絶対にセリーヌを裏切らない。本当だよ。セリーヌを10年以上ずっと見ていたんだ。全てをかけて誓うから信じて欲しい」
セリーヌの心に素直に深く深く沁みていった言葉たち。もしかしたらこんな言葉をずっとずっと前から待っていたのかも知れない。殿下は名乗りもせずただ10年以上の歳月をかけて私を見守ってくださった。
婚約者に無視され続けた私の心は諦める事に慣れ過ぎていたんだと今なら分かる。
「嬉しいです・・・本当に嬉しい・・・でも・・・」
「でも・・・?」
私は身体中の勇気を振り絞って声をあげた。
「殿下・・・無礼を承知の発言をお許しください・・・私は今まで一心不乱にアーノルド殿下をお支えしました。でも裏切られたのです。あれから私はその理由を一生懸命に考えました」
ラファエロは急かさずゆっくりと耳を傾ける。
「それで、結論は出たのかい?」
私はゆっくり頷く。
「我慢はもうしない事・・・殿下に嬉しかったこと楽しかったこと不安や悲しみやその全ての事を私の中だけて処理せず共有しようと思うのです。今まで何もかも自分だけが我慢をすれば済むと思っていたのです。だから・・・もう我慢はしません」
ラファエロは蕩けるような笑顔を見せた。
「セリーヌ。素晴らしい考えだよ。私も同感だ!全ての感情や経験を二人で共有すればお互いに良い関係でいられるだろう。セリーヌ・・・例え喧嘩をしたとしても愛しているからね。それは覚えていて欲しい」
私はこの事を言うまでかなり緊張していた。でも言って良かったと心から思える。
「私の全身全霊をかけて殿下をお支えすると誓います・・・私も・・・愛してます・・・」
衣擦れの音がしてラファエロの手がゆっくりセリーヌの頬へ延びてゆくがギリギリで手を止める。
「セリーヌ触れても良いか?そして私をラファエロと名で呼んで欲しい」
「・・・はい・・・ラ、ラファエロ様・・・」
緊張を隠せないラファエロの右手が頬に触れる。そして左の手はセリーヌの背に渡り優しく抱きしめた。
「セリーヌ、瞳を閉じて・・・」
優しい囁きとは裏腹に熱が籠る瞳に私が映る。
私はそっと眼を閉じてラファエロ様の吐息を感じた。
まるで口づけと共に私の全てを奪われてしまうよう。
「セリーヌ、愛している・・・ずっと・・・愛していたんだ・・・」
一度離れた唇も急くように再び重ねる。より一層・・・深く・・・深くまで・・・
温かい身体に包み込まれる。心まで一緒に。
ああ、なんて温かいのかしら・・・密かに緊張していた私の身体が解けていく・・・
私にこの温かさと誠実に向き合う心を教えてくれたラファエロ様に愛しさが胸の奥底から込み上げてくる。
ラファエロ様こそ私が本当に尊ぶべき方だったんだわ。
わたしの愛は忠義あってこそなの。尊敬も信頼もなく愛する事なんで出来ない。少し堅苦しくて不器用な愛かも知れない。
私を見つけて見守ってくださった、この尊いお方に生涯の忠誠と真心でお支えすると誓うわーー
今度こそ間違えない。
だってそうでしょ?
失敗は一度で充分なのだからーー
久しぶりの投稿で緊張していましたが最後まで読んでいただきありがとうございます。
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