アーノルドの後悔
醜悪なドビッシ公爵家の悪事が暴かれ場が収まりつつあった時、扉を守る騎士からウィストン侯爵家が到着したとの知らせが入った。
セリーヌ・・・
婚約破棄を申し付けてからこんなに会えない日が続いたのは初めてだった。
私は颯爽と歩くウィストン侯爵家の中でセリーヌに釘付けになっていた。
ただセリーヌだけを見ていた。
セリーヌはいつもと変わらず落ち着いて柔和な佇まいをしている。
死が待っているのに何故あんなにも穏やかな顔が出来るのだ?
「セリーヌ・・・」
思わず口から漏れていた。
セリーヌが私を見て心配そうな顔をした。
私の胸が激しく締め付けられる。
しかし母上に咎められセリーヌの視線は消え去ってしまった。
私は捨てられた赤子のような気持ちになってしまい身体の奥底から冷えていく。
父上と母上の褒め言葉の後にセリーヌが淡々と自分の死に対する処置を戸惑う事なく述べた。
また私の口から頼りなくセリーヌの名が漏れる。
セリーヌは毅然と礼をしているのに。
だがその時、騎士達が玉座の奥にある天蓋を開けると幼い頃に何度が顔を合わせたラファエロが立っていた。
何故アイツが!?
母上は公爵家の出だった。何代か前の王弟だったのでラファエロには確かに王家の血筋が流れてはいたが・・・
私とラファエロは歳が近いせいかよく比べられていた。
ラファエロはどこか威厳のある佇まいで優秀だったせいか周りの皆が褒めそやしていた。
そんな言葉を度々聞いていた私はあいつに不愉快な気持ちを抱いていた。
だが私はこの国の王太子でありラファエロは所詮公爵家の次男坊だ。 将来は私の足下に平伏すと思っていた。
だから・・・幼い頃、偶然気づいた目の前の出来事を見て心底歪んだ考えに囚われてしまったのだろう。
ラファエロは歳の離れた姉である母上に会いに王家へ遊びに来ていた。
だが私とセリーヌが一緒にいる時は目の前に現れてはいけなかった。
将来の国王と妃となるであろう貴重な席に参席など許されなかったのだ。
だが偶然・・・たった一度きりだった偶然。
私達が隣を横切った時、ラファエロの目が雄弁にセリーヌを追いかけていた事に気付いた。
私は仄暗い喜びを感じていた。
ラファエロの花は私が握っている!
この花は私がどう扱おうと自由だし勝手なのだ!
それから余計に私はセリーヌを邪険に扱った。
あのラファエロに対しての歪んだ気持ちをぶつけるように。
愚かだったーー
ラファエロは私の席だった場所に腰掛けセリーヌを見ていた。
そこで緊張が解けたのか、セリーヌがその場で倒れ込んでしまった。
咄嗟な事に私が動けないでいるのにラファエロが誰よりも先にセリーヌの元に向かった。
私はただ目で追うことしか出来なかった。
目の前でラファエロがプロポーズをし、セリーヌが嬉しそうに受ける。
嘘だ・・・
止めてくれ!セリーヌを・・・私からセリーヌを奪わないでくれ!頼む!!ーー
やめろ!やめてくれ!
セリーヌは私のものだ!
私のものだったのに!
私の強く握る拳から血が滲んでいる。
誰よりも下劣で歪んだ愛情だったが心の中では大切な花だったと遅まきながら気づく愚か者の私。
今更・・・本当に今更だ。
もう声に出して呼ぶことも許されないだろうーー
ああ・・・
セリーヌ・・・
◇ 断罪の前夜
私は王家の印が封蝋された手紙を差し出して国王陛下のいらっしゃる部屋に通された。
「ラファエロ、よく来てくれた。挨拶は良いから座りなさい」
国王陛下も姉上もとてもおやつれになっていた。
私はお二人の言葉を待っていた。どれだけ経ったのか。とても長い沈黙だった。次に陛下から放たれたお声は酷く掠れていた。
「アーノルドを廃嫡にする・・・朕には遠い戦で血筋が断たれた。ラファエロには遠くとも王家の血が流れておる・・・何より其方には国王になる資質が備わっておる。朕も妃も其方の後ろ盾となり支えてゆこう・・・ラファエロ・・・其方が次の王になれ」
小さな思いすら無かった言葉だった。
私は咄嗟に姉上を見た。
姉上は憔悴しきった顔を向けて一つ頷くだけ。
私は膝の上に置いた手をギュッと握る。
「私には無理です。陛下・・・」
「何故だ?怖いのか?」
私は・・・
姉上が私を見て小さく笑った。
「貴方が騎士になり将来・・・誰を守りたいのか私は知っているのよ」
私は少し弟いじめが好きな姉上に弱みがバレている事に焦った。
(何故知っているのだ!?)
一瞬笑っていた姉上が今度は真面目な顔をして私に謝ってきた。
「ラファエロ、貴方がセリーヌに心を寄せていた事を知っていたの。でもアーノルドを支えられるのはセリーヌしか居なかった・・・だから貴方の気持ちを知りながら汲み取ってあげる事が出来なかった・・・ごめんなさいね」
「王妃殿下・・・」
「聞いてラファエロ。この国には貴方しか次の王になれる者が居ないの。時間が無いのよ・・・明日・・・断罪が行われる時、次代の王太子が居なくては混乱が起きるわ・・・セリーヌへ貴方の口から直接婚姻の許しをもらいなさい。もう気持ちを隠さなくても良いのよ」
「王妃殿下・・・宜しいのでしょうか?婚約破棄を賜ったばかりのセリーヌ嬢には酷ではありませんか?」
国王陛下はラファエロの手に王太子の証である宝玉が嵌め込まれた短剣を持たせた。
「ラファエロ、この王家には決して他言無用の秘密がある。
セリーヌは妃教育で既にそれを知ってしまった。
セリーヌが王家に入らなければ賜死を申し付けなくてはならないのだ・・・
ラファエロ・・・其方が本当にセリーヌを愛しているのなら国王になりセリーヌを隣に立たたすべきであろう!?
そして全身全霊でセリーヌを守らなくてはならない!
そうであろう!?」
私は国王陛下から魂の叫びを聞いたような気がした。
何よりセリーヌ嬢を死なせる訳にはいかない!もう迷いなんて無い!
「なります!どうか私に次代の国王の座を・・・私の全てを捧げます!」
国王陛下と王妃殿下はホッとした様に肩の力を抜いた。
私は目を閉じてセリーヌ嬢の顔を浮かべた。最後に見たのは図書館で泣いた姿だった。
私は明日セリーヌ嬢に・・・
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