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ウィストン侯爵家、王城へ

 セリーヌはこの日を迎えるまで密かに心の準備をしていた。


 婚約破棄を賜ってからもうすぐ3週間が経とうとしていた時、今更ながら王家から我がウィストン侯爵家へ正式な謁見要請があった。



 謁見要請の数日前に国王陛下と王妃様殿下が外遊から帰ってこられた。



 それから王城は沈黙の中にいた。

 表向きには・・・。

 実際はそれに似つかわしくない大嵐が吹いていたのだろう。


 何があったのか?


 勿論、我がウィストン侯爵家は気付いている。


 だが私の秘め事を家族は知らない。

 これから起こる事に父母と兄の知らない事があるのだ。


 まあそれは嫌でもこれから暴かれる事になるだろう。




 私達ウィストン侯爵家を乗せた馬車は王城へ向かっていた。


 兄が悪戯っ子の様に父へ声を掛ける。


「父上、3週間すら持ちませんでしたね」


「・・・まぁ、そうだな」


 母が笑う。

「貴方が優しいから1ヶ月と仰ったのでしょ?」


 母に褒められて満更でもないお父様。しかし母が突然殺伐とした言葉を放つ。


「それにしてもドビッシ公爵夫人は幼い頃から私と王妃殿下に対してあからさまな敵視していた。折角公爵夫人の立場になったのだから、私達を非難する愚かな執着など手放せばよいものを」


 お兄様が確信を刺す。


「もしかしたら逆に公爵夫人は母上達の仲に嫉妬していたのかも知れませんね。ご自分もその仲に入りたかったのかも・・・まあ、賢明なやり方ではありませんが」


 母が肩を落とすと、父が母の手をそっと握り慰める。お兄様の視線も優しい。


 ああ、私は家族が大好きだ。


 私は大好きな家族達といる馬車の中で心から癒されていた。




 広々とした謁見の間では、既に国王夫妻とアーノルド殿下にドビッシ公爵家が何かを話している真っ只中であった。傍から見ていても尋常な様子では無い。ミッシェル嬢は騎士たちに捕らえられている。


 

 そして沈黙が・・・



 父が懐の懐中時計を確認する。

 我が家は謁見する30分前には到着していた。


 私達家族は国王陛下より後に謁見の間に入る事を憚って扉を守る騎士を見つめる。


 良く出来た騎士は一つコクリと頷いて国王陛下への取次をしてくれた。



 国王陛下は開かれた扉前で静かに待つ私たち家族を見つけて入るように合図した。

 凛々しく歩く父の後を兄と母そして私が続いて歩き国王陛下と王妃様の前で忠義の礼をした。



 玉座には国王陛下と王妃様だけ。

 アーノルド殿下はいつもの次席に居るのではなくドビッシ公爵家と同じ場所に立っていた。


 それは私たち貴族達と同じ高さで同じ場所。



「セリーヌ・・・」


 アーノルド殿下に呼ばれて初めてちゃんとお顔を見ると疲労困憊が見てとれるほどげっそりとしていた。



(たった3週間足らずで何があったの?)



 王妃様が声をかけてくれる。


「セリーヌ、目が腐るからそんなモノを見る必要は無いわ」


!!


 私は内心の焦りを隠すように応じる。


「はい、仰せのままに」


 国王陛下がゆっくり私に声を掛けてくださった。その声は憐憫の情とも言うか残念そうにも聞こえる声だった。


「此度はアーノルドが傲慢に狡猾にセリーヌ嬢に不当な言葉を放った・・・なんの落ち度も無いセリーヌ嬢には申し訳ないと思う。朕は其方の父になれる事を楽しみにしておった。なのに・・・」


 国王陛下が悔しそうに玉座の肘掛けをグッと握り締めていた。


 続けて王妃殿下が言葉を続ける。


「セリーヌはこの王国の誰よりも清廉で努力を惜しまず類稀な能力を身に付けました。近隣のどの国にも引けを取らない優秀な令嬢だと言えます。ただ・・・」



 そこで言い淀む王妃殿下に無礼にならないように私は一歩前に出て礼をして発言の許しを得る。


 両陛下が頷いてくれた。



「国王陛下、王妃殿下。誠にありがたいお言葉でございます。ですが私は王家の・・・その王家の奥秘教育まで受けてしまいました。アーノルド殿下との婚姻が為されないのであれば生きている事は叶わないと存じます。私の処分をお申し付けくださいませ」



 私の覚悟は、この謁見の間を波の如くゆらゆらと広がっていった。


「セリーヌ?」

 アーノルドの弱々しい声が聞こえた気がした。



 ウィストン侯爵家の家族達は初めて聞く重大な事実に衝撃を受けていた。母は父に支えられながらやっとの思いで立っている。


 奥秘は例え家族であっても話してはならない事だったから・・・私は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。



 父と母と兄が両陛下を睨んでいる。


(本当に私の家族は過保護なんだから)


 婚約破棄をされた時から死を覚悟していた。お妃教育を受ける過程で初めて王家の秘密を知った日は怖くて一睡も出来なかったけど、それを乗り越えて初めて王家の一員なんだと覚悟をしたのだから。



 あの図書館がいつも疲れた私の心を癒してくれた。あの図書館で泣いたからこそ心が落ち着けた。

そして死をも覚悟が出来たのだ。



 王家の騎士達がゾロゾロと玉座に向かっていた。


 母を支える父と兄が私の前に立つ。まるで庇うように。


 だが騎士達は私達を通り過ぎて玉座奥の天蓋をサッと開くと一斉に礼をした。


 そこには王妃殿下に良く似た青年が颯爽と立っていた。


 お母様の声が微かに漏れる。


「ラ・・・ラファエロ様・・・?」


(ラファエロ様?)

 私と兄は初めてお会いする方。

 それは王妃殿下のような美しいブロンドの髪とコバルトブルーの瞳に・・・それに鍛えられたお姿が凛々しく素敵なお方だった。


 トクン・・・


 アーノルド殿下に感じたことが無い心が弾む音を聴いた。



(あ、私とした事が恥ずかしい)



 ラファエロ様は堂々と両陛下の前に立ち臣下の礼をするといつもアーノルド殿下が座っていた次席に腰掛けた。



 国王陛下は私へ仰った。


「優秀なセリーヌを死なせる訳が無かろう。アーノルドは・・・先程・・・廃嫡に致した。後の禍根と為らぬようにするから安心しなさい。朕には子がアーノルド一人しかなく王家から頼る血筋が無かった。幸い王家の遠い血筋だった王妃の2番目の弟が優秀であり信義が厚く曲がったことが嫌いときた。この席は清濁併せ呑む事も大事だが、それはセリーヌに任せれば良いだろう」


 王妃殿下が潤んだ瞳で話を続ける。


「セリーヌ、ラファエロは最初この玉座を拒んだのよ。でもセリーヌが妃なら引き受けても良いと言うの。どう?アーノルドとでは無かったけれど私達の娘になってくれるかしら?」



 私の耳元に家族の安堵する息が聞こえた。緊張から解放されるや足の力が抜けてしまった。


 私はその場でガクンと跪いてしまう。

 すると次席に座るラファエロ殿下が飛び出して来てくれた。


「大丈夫かいセリーヌ嬢。これからは私が其方を支えるから安心して欲しい。そして時には私を支えてくれたら嬉しいのだが。どうか私からも正式にセリーヌ嬢に婚姻を申し込みたい・・・許してくれるだろうか?」


 意図を察したお兄様が私を立たせてくれて隣でそっと支えてくれた。


 ラファエロ殿下は私の前で静かに傅いた。


「セリーヌ・ウィストン侯爵令嬢。どうか私・・・ラファエロ・・・ラファエロ・ホークシリンと共に歩んで欲しい。そしてこのホークシリン王国の繫栄と安全を導く手助けをしてくれるだろうか」


 真っ直ぐに私の目を見て御言葉をくださった・・・


 ラファエロ殿下は私に命令ではなくお願いをしてくれた。


 初めて私自身を認められた事が何より嬉しくて心の奥底が激しく揺さぶられた。

 


 決してアーノルド殿下に当てつけをしたい訳でもないしラファエロ殿下が形姿が好みだったからではなく・・・本当に素直に嬉しかった。



「・・・」 

 

 家族や王族やアーノルド殿下や皆んなが私を見ている。


 王城に着いてから自分が思い憂いていた未来が消え去り新たに開かれた明るい未来に戸惑いと期待感・・・


 沢山の一気に押し寄せた感情をなんとか処理しようとする・・・


 私に出来ることは?ーー


 一番に考えなくてはならないのは誠実に国を導いて行こうとされるラファエロ殿下をお支えするのが王太子妃教育を終えた私の価値であり臣下としての務めだわ。


(ああ・・・なんだ・・・答えはたった一つしかないじゃない)


 強制された命令なんかじゃない、私が自ら責任を負うことに誇りを感じる・・・


 決心した気持ちは穏やかになった。


 私はお兄様から離れてラファエロ殿下へ微笑みカーテシーをした。そして覚悟を持って返事をする。


「ラファエロ殿下、ありがとうございます。私で良ろしければ謹んでお受けいたします」


 ラファエロ殿下は安心したように笑って私の手をとりそっと親愛のキスをくださった。


(初めてされたキスはとても優しいものだった・・・こんな気持ち初めてだわ・・・)



 ドビッシ公爵家は嵌められた悔しさに顔を歪めていた。ウィストン侯爵家をとうとう超えられなかった憤りと虚しさで抵抗する気力も無いのか引き摺られる様にして王国騎士達に連行されて行った。



 全ての出来事をアーノルドは呆然と見つめていた。


 心が痛い・・・心中は血の叫びで吠えて訴えていた。


 嘘だ・・・嫌だ・・・

 止めてくれ!セリーヌを・・・私からセリーヌを奪わないでくれ!頼む!!ーー



 なんともない・・・なんの気持ちもないと思っていたセリーヌが目の前で搔っ攫われてしまい、生きてきた中で例えようもない虚無感と喪失感が押し寄せてきて拳を強く握っていた。



 国王陛下と王妃殿下は青白い顔色で徐々に瞳から光を無くす我が子の姿をただ見ていることしか出来なかった。





最後まで読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 王妃の王家の血の入っていないよく分からない血筋じゃなく、フツーに国王の兄弟筋でいいんじゃないです?
[気になる点] んん?「王妃の弟」なら王家の血筋ではなく、従って王位も継げないのでは? それとも王妃の実家であるロータス公爵家が王家の分家筋だったとか?でもそれにしてもいきなり「殿下」として扱うのなら…
[気になる点] エピソードタイトルに誤りがあるので修正お願いします。「ウィストン侯爵家」であるはずですね。 (タイトル及び前書き、後書きは誤字報告ができません)
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