表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/311

52話―裏切り者の末路

 カレンたちがトリカブトと戦っていた頃、ハールネイスではバゾル大臣へのデモが行われていた。リオによって救われたスレッガの住人たちが扇動し、城に大勢のエルフが押し掛ける。


「バゾル大臣を出せー!」


「俺たちを騙し続けていた大臣を許すなー! 引きずり出して袋叩きにしてしまえ!」


 エルフたちは酷く激怒していた。長い間異種族への偏見を自分たちに植え付け、いいように操ってきたバゾルへの不満が一気に噴出したのだ。


 本来ならば、彼らを抑え鎮圧せねばならない立場にいる兵士たちもデモに加わっていた。リオの活躍を間近で見ていた、ということもあったが、それ以上の理由が兵士たちにはあるようだ。


「バゾル大臣を探し出せ! すでに女王陛下と元老院からの許可は降りている! 大臣を捕まえて断罪するのだ!」


 リオたちがハールネイスを経った後、女王セルキアは密かにバゾルの身辺調査を部下に命じていた。ローズマリーが引き起こした暗殺計画を調べるうち、彼女の中に疑惑が芽生えた。


 最初の襲撃からローズマリーが死ぬまでの間、一切姿を見せなかったバゾルが敵を引き入れていたのではないか……セルキアの考えは的中した。彼の部屋から、複数の手紙が見つかったのだ。


「我が同胞たちよ! 私はあなたたちを拒むことはしません。むしろ、共にありたいと思っています。バゾルは長い間、歪んだ思想をこの国に根付かせていました。今こそ、その思想を打ち破る時なのです!」


 城の中から現れたセルキアは、デモ隊の前に立ちそう宣言する。リオに助けられてばかりではいけない。自分たちの問題は、自らの手で決着を着ける。


 そう決意した彼女は、自ら先頭に立ちバゾルを捕縛するため行動を起こしたのだ。デモ隊と合流した彼女は、城の中に彼らを招き入れる。


「バゾルの部屋からは、魔王軍の幹部とやり取りをしていた手紙が見つかっています。ハールネイスへの侵入方法や、私の暗殺の段取り……全てが記された手紙が」


 廊下を進みながら、セルキアはデモ隊に説明を行う。兵士たちは先行して城内を制圧し、バゾルの逃走を封じるために見張りにつく。


「大臣のやつ、そんなことまで……女王様の暗殺まで狙うなんて許せねえ! 必ず見つけてとっちめるぞ! なあみんな!」


「そうだそうだ! 兵士たちから聞いたぞ。大臣のやつ、俺たちの救い主であるリオ様を散々罵倒したんだって。絶対に許さねえぞ!」


 こん棒を持ったデモ隊のメンバーは、バゾルのリオに対する仕打ちを兵士たちから聞き怒りを募らせる。バゾルを見つけたらただじゃ済ませない。


 並々ならぬ決意を固め、城中を探し回る。一方、バゾルは自身の側近たちを引き連れ、城を脱出するために地下に作られた水路を進んでいた。


「クソッ、私としたことが抜かった……! 女王に手紙を見つけられるとは! あのぼんくらになら見つかることはないと思っていたのに!」


 複雑に張り巡らされた水路を進みながら、バゾルはブツブツと独り言を呟く。杜撰な管理をしていたわけではなかったが、セルキアには手紙を見つけられないだろうとタカをくくっていた。


 結果、己の慢心のせいで計画が暴かれ、こうして逃亡することになってしまっていた。もっとも、誰もバゾルに同情することはないだろう。全て彼の自業自得なのだから。


「大臣、追っ手がすぐそこまで迫っています。このままでは捕まるのも時間の問題かと……」


「クソッ! 忌々しい! 全てあの獣人のガキのせいだ! あいつさえいなければ私がこの国を乗っ取れたものを!」


 苛立たしげに壁を殴りつけながらバゾルは叫ぶ。彼は長い間、ユグラシャード王国を乗っ取るための計画を進めていた。セルキアの母、先代女王の殺害に始まり、多くの悪事を重ねたのだ。


 魔王軍に寝返って王国の各地を襲わせ、屍兵の材料を集める手伝いをした。エルフたちに差別思想を植え付け、異種族への敵意を高め他国への侵略戦争への賛同を集めるための工作も行った。


「あと少し……あと少しで我が計画が成就したというのに! 元老院への働きかけも、先代の殺害も! 全て無駄になってしまったではないか!」


 長い年月をかけて王国の権力を一手に集め、最後にセルキアを暗殺して王位を奪う。その後、魔王軍をハールネイスに引き入れエルフと屍兵の軍団で他国へ戦争を仕掛け、世界を手にする。


 それがバゾルの思い描いていたシナリオだった。エルフを至上の存在とし、それ以外の種族を奴隷として使役する世界帝国を築く。その夢は、儚く消え去ったのだ。


「ああ、本当に苛立たしい! おい、鍵を寄越せ! この先の鉄格子を抜ければ城から出られる! 魔王軍と合流して、ほとぼりが冷めるまで身を潜めるのだ!」


「残念なことですが、それは出来ませんね。裏切り者のバゾル大臣?」


 その時、バゾルたちの目指す方向から女の声が響く。側近たちが身構えると、通路の奥からエルザが姿を現した。


「貴様は、人間の小娘の従者!? 何故この通路に!?」


「教えてあげましょうか? 女王陛下と相談して、あらかじめここで待ってたんですよ。城から逃げ出そうとするあなたを捕らえるためにね」


「ぐうっ……! お前ら、この女を斬り捨てろ! 数はこっちが有利だ、いけ!」


 逃げ道を失ったバゾルは、エルザを殺して逃れようと部下たちに命令する。側近たちは腰から下げた剣を抜き、エルザ目掛けて殺到する。


「死ねえええ!」


「あらあら、怖いですね。でも、私……あなた方のような小者如きに獲られるほど、安い命は持っていないんですよ」


 ニコニコ笑いながらそう言うと、エルザは目を見開き側近たちをジッと見つめる。エルザの瞳が紅に輝くと同時に、側近たちの身体が炎に包まれた。


「うぎゃああっ! な、なんだ!? 身体が勝手に燃えるうう!」


「熱い! 熱い! 誰か火を消してくれええ!」


 側近たちは通路を転げ回ったり、水路に飛び込んで火を消そうとする。が、火が消えることはなく、側近たちは苦しみ抜いた末に消し炭と化して息絶えた。


「な、なんだ!? 今のは一体なんなのだ!?」


「知りたいですか? なら冥土の土産に教えてあげましょう。あ、メイドだから冥土と掛けてるわけではありませんよ? 今のは私の先天性技能(コンジェニタルスキル)、『灼炎眼』の仕業ですよ」


先天性技能(コンジェニタルスキル)……だと? バカな、そんなバカな……」


 ニコニコと笑みを浮かべたまま、エルザはバゾルの元へゆっくり近付いていく。それに合わせてバゾルも一歩、また一歩と後退するも、すぐに追い付かれてしまった。


「当然ですよ。私が先天性技能(コンジェニタルスキル)を持っていることは、お嬢様と旦那様しか知りませんから。私の能力、『灼炎眼』は目視した者全てを燃やす炎の魔眼。誰一人、私の眼からは逃れられないのですよ」


 そこまで言うと、エルザはすうっと目を細める。獲物を前にした肉食獣のように、殺意に満ちた冷たい視線がバゾルを貫く。


「覚えていますか? あの日……あなたはリオさんだけでなくお嬢様も侮辱しましたね。その罪……バンコ家当主レンザー・バンコに代わり……私が断罪してあげましょう。エルフたちと共にね」


「ヒ……あ、あ……」


 己の敗北を悟り、死の恐怖が脳裏をよぎったバゾルは情けなく失禁する。通路内に広がる悪臭にエルザは僅かに顔をしかめたが、少しして表情を正す。


 バゾルの襟首を掴み、ひきずりながらセルキアたちの元へ裏切り者を連行していった。


「己の欲望のために罪無き者を苦しめたあなたに与えられる裁きはただ一つ。苦しみと屈辱に満ちた死だということを思い知りなさい。バゾル」


「ぐ、うう、ぐうう……」


 その後、エルザに完膚なきまでに心をへし折られたバゾルは大人しくセルキアたちに引き渡された。エルフたちから石を投げられ、こん棒で袋叩きにされる彼を助けようとする者はいなかった。


「バゾル。ユグラシャード王国女王としてあなたを裁かせていただきます。ですが、それはリオさんたちがここへ戻ってから。それまでは、民を欺き苦しめた罰を受けなさい」


 セルキアはそう宣告した後、バゾルを十字架に張り付け街の広場に放置した。バゾルはスレッガやハールネイスの住民たちから罵倒の言葉を浴びせられる。


「私は……私は、ただ……頂点に立ちたかっただけなんだ……」


 そんな呟きを口にするも、耳を傾ける者は誰もいない。自殺を防止する魔法をかけられ、彼は長い苦しみの中で生き恥を晒すことしか出来ないのだ。


 リオたちとキルデガルドの戦いが最終局面に向かっていくなか、一人の愚者が断罪されたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] バゾル「私は……私は、ただ……頂点に立ちたかっただけなんだ……」 アンタみたいな奴が上に立っちゃいけないんだよ。バゾル
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ