269話―剣魔神エルカリオス・ソルドレイド
エルカリオスの身体を炎が、オルグラムの身体を電撃が包み込む。炎は燃え盛る火柱へ変わり、エルカリオスの全身を覆い隠してしまう。
一方、電撃はほどなくして拡散し、黄金のウロコを持つ半人半竜の姿になったオルグラムが現れた。背中に生えた翼を広げ、左右の手には変わらず剣と盾を持っている。
「久しぶりだな、この姿になるのは。一万と六千年ぶりか」
「なんて、凄いパワー……。離れてても、オーラを感じる……」
静かにつぶやきオルグラムを見ながら、リオは相手の力の強大さを感じ取り戦慄する。その時、火柱が霧散し、リュウの化身となったエルカリオスが現れた。
竜の胴体を模した紅蓮の鎧を身に付け、背中には一対の大きな翼が生えている。右手だけでなく、左手にも長い紅の直剣を持ち二刀流のスタイルにチェンジしているようだ。
「……待たせたな。剣の魔神、エルカリオス・ソルドレイド……推して、参る!」
「来い。最強の魔神よ。お前を倒し、封印してやろう!」
半人半竜の二人の戦士は、互いにそう叫んだ後激突した。紅と黄金、二つの刃が乱れ舞い、激しい金属音が響き渡る。それぞれの信念を賭けた、最後の戦いが始まった。
「フッ! ハアッ!」
「なかなか……やるな!」
手数で勝るエルカリオスだったが、攻防の両面が安定しているオルグラムを攻めきれずにいた。対して、オルグラムは絶え間なく滑らかに攻撃してくるエルカリオスの隙を見出だせず、防御に専念することしか出来ない。
互いに必殺の一撃を放つ機会を狙いつつ、着実に攻撃を重ね、ダメージを蓄積させていく。炎と雷が弾け飛び、美しい残光を残し消えていった。
(このままではらちが明かんな。死にかけとはいえ、この力は脅威すぎる。時間をかければ、確実にこちらが削り負ける……早く決着を着けねば!)
(くっ……もはや、炎も消えかけか。時間をかければかけるほど、力が消えていく……。遊んでいる余裕はない。全力を以て……この男を倒す!)
奇しくも、エルカリオスとオルグラムの思惑が一致した。短期決戦で相手を仕留める。その意思の元に真っ先に動いたのは、オルグラムの方であった。
刀身に雷を宿らせ、エルカリオスへ切っ先を向ける。直後、電撃が拡散しエルカリオスへ襲いかかっていく。
「受けてみよ! ドラゴニック・サンダードーム!」
「兄さん危ない!」
拡散する電撃に飲み込まれていくエルカリオスを見ながら、リオは思わずそう叫ぶ。が、攻撃を成功させたはずのオルグラムは即座に技を中断し後ろへ下がる。
その直後、電撃のドームの中から燃え盛る炎に包まれた二振りの剣が現れ、X字状の斬撃が放たれた。揺らめく火炎の軌跡を残しながら、剣は電撃のドームを切り裂き破壊する。
ドームが消滅した後、僅かに鎧が焦げたエルカリオスが歩み出てきた。全く堪えていないようで、平然とした様子で剣を構えオルグラムに突撃していく。
「いい電撃だった。私にとってはマッサージ程度の刺激だったがな」
「……化け物め! ならばこれならどうだ! ドラゴニック・シェイバー!」
凄まじい耐久力を持つエルカリオスに、電撃はほぼ意味を為さない。そう直感したオルグラムは、純粋な剣の一撃で葬ることを決めた。
神速の突き、そこからの切り上げという二段構えの攻撃を繰り出し、エルカリオスを仕留めようとする。が、突きを剣で弾かれてしまう。
「くっ……」
「キレはある。だが、まだ遅い。見せてやる、本物の突きというものを! フレアソード・スパイラル!」
エルカリオスは剣に魔力を込め、刀身に炎の螺旋を纏わせる。そのまま素早く踏み込み、魔神の膂力を乗せた突きをオルグラムに食らわせた。
盾を構えて攻撃を防いだオルグラムだったが、完全に勢いを殺すことが出来ず、大きくよろめいてしまう。そこへ、追撃の袈裟斬りが放たれた。
「食らえぃ!」
「ぐうっ! まだだ!」
二連続の斬撃を受け、黄金のウロコに亀裂が走る。それでも致命傷には至らず、反撃を仕掛けてきた。突きと切り上げ、袈裟斬りの嵐が繰り出され、エルカリオスを襲う。
全力の攻撃を皮一枚残して避けつつ、エルカリオスは必殺の一撃を叩き込むチャンスを狙い力を溜める。そうはさせまいと、オルグラムは盾を地面に叩き付け、煙幕を張る。
「目眩ましか、ムダなことを。私には第六の感覚がある。例え目を潰し耳を塞ごうが無意味! ドラゴン・センサー!」
石畳が爆破され、濃い黒煙がオルグラムの姿を覆い隠してしまう。煙の中から奇襲を仕掛けるつもりであることを見抜き、エルカリオスは神経を集中させる。
すると、煙の中にいるオルグラムの気配をはっきりと感じ取ることが出来るようになった。視覚や聴覚に頼らない、気配を捉える能力を以て、迎撃を行う。
「食らうがいい! ドラゴニック・シェイバー!」
「ムダだ! フンッ!」
「何っ!?」
煙の中から飛び出し、奇襲を仕掛けたオルグラムだったが、すでに迎撃の準備を整えていたエルカリオスに迎え撃たれる。素早く飛び上がり、エルカリオスは相手の背後へ飛ぶ。
「受けてみよ! フレア・スラッシャー!」
「くっ……まだだ! ウィングナックル!」
「ムダだ!」
背後からの致命の一撃を防ぐべく、オルグラムは翼を広げビンタを放つ。が、そんな苦し紛れの一撃などエルカリオスに効くわけもなく、翼を両断される。
「ぐあっ……」
「そろそろ終わりにしよう。じきに、炎も消える。その前に……全てを、終わらせる! 出でよ、断罪の剣!」
オルグラムを蹴り飛ばして地面に倒した後、エルカリオスは二つの剣を合体させ巨大な剣を作り出す。翼を広げて大空へ飛び上がり、眼下の全てを見る。
最後に見る、大地の景色。そして、愛すべき家族の姿。それらを目に焼き付け、死出の旅の供とした後、エルカリオスは勢いよく降下していく。
「これで終わりにしよう。この戦いを……我が命を! プロミネンス・ジ・エンド!」
「くっ……ここで敗れるわけにはいかぬ! ドラゴニック・スレイル!」
エルカリオスとオルグラム、それぞれの最強の奥義がぶつかり合う。炎の流星となったエルカリオスと、雷を纏う黄金の剣が激突し火花を散らす。
激しい押し合いの末に、オルグラムの持つ剣の刀身に亀裂が走っていく。命を賭けたエルカリオスの力に、耐えられなくなり始めたのだ。
「バカな! 剛魔覇竜剣にヒビが入るなどあり得ぬ!」
「あり得るさ。私の全てを込めた一撃だ。オリハルコンであろうと、砕け散るのみ! これで……終わりだ!」
「ぐっ……がああああああ!!」
剣が完全に砕け散り、エルカリオスの攻撃がオルグラムの胸を貫いた。断末魔の叫びが途絶えた後、最後の竜騎士はゆっくりと崩れ落ち、仰向けに倒れる。
長い戦いが、ついに決着したのだ。エルカリオスは微笑みを浮かべた後、崩れ落ち片膝を突く。彼の身体は、命は――もう、限界を迎えていたのだ。
「兄さん!」
「エルカリオス様!」
リオとエリザベートは、エルカリオスの元へ駆け寄っていく。偉大なる兄の最期を、看取るために。エルカリオスは顔を上げ、二人を見つめる。
「……リオ、エリザベート。私は勝ったぞ。この兄の姿……よく見ていたか?」
「うん、見てたよ。全部、ぜんぶ……ずっと、見て、た……」
そう答えるリオの頬を、涙が伝い落ちていく。エリザベートも嗚咽を漏らし、必死に涙を堪えている。そんな二人を見ながら、エルカリオスは笑う。
もう、思い残すことは何もない。後へと続く道は開かれた。全て……リオたちが、継いでくれる。そう思っていたのだが……。
「見事な、ものだ……。剣の魔神よ、お前に敗れるのなら……私に、悔いはない」
「お前、まだ生きて……」
驚くべきことに、まだオルグラムには微かに息があった。彼はもはや根元にしか刃が残っていない剣を手に取り、切っ先を自分へと向ける。
そして、己の胸を切り裂き、温かな鮮血をエルカリオスに浴びせたのだ。
「貴方、何を!?」
「聞け、娘よ……。私の身体には、これまで屠ってきた竜の血が流れている。竜の血は、命の源。死の淵にいる者に、生きる力を与える……。その者も、しばらくは生き長らえよう」
その言葉通り、少しずつ塵になり始めていたエルカリオスの身体が、元へ戻っていく。竜の血を浴びたことで、新たな命の火が灯ったのだ。
「……魔王の配下よ。何故私を助ける? お前たちにとって、敵を一人葬る絶好の機会だったのだぞ」
「戦ってみて、分かったのだ。お前のような傑物を死なせてしまうのは惜しい、と。だから……これは、私を倒した褒美だと……思うが、いい……」
そう言い残し、オルグラムは息絶えた。彼の顔には、満足げな笑みが広がっている。エルカリオスは小さく礼の言葉を呟いた後、アイージャたちが封印されている結晶をもぎ取る。
「……はからずも、生き延びてしまったか。ならば、やることは一つ。リオ、そしてエリザベートよ。共に帰ろう。我らを待つ者たちのところへ」
「うん!」
「はい!」
エルカリオスは、リオたちと共に宮殿へ帰っていく。偉大なる炎は、再び灯った。されど、その炎はもうエルカリオスの手にはない。エリザベートへと、受け継がれるのだ。
新たなる剣の主として。




