231話―神々の取り引き
時はさかのぼる。リオとレケレスがラッゾ領へ旅立った後、エルカリオスは一人、エルトナシュアの大聖堂で瞑想にふけっていた。
「……ほう、これは。珍しい客が来たものだ」
何者かの気配が近付いてくることに気付き、エルカリオスはまぶたを開け窓を見上げる。すると、大聖堂の中に真っ白な鳥が一羽入ってきた。
鳥はエルカリオスに気が付くと、真っ直ぐ降下してくる。そして、クチバシを開きいきなり話を始めた。
「おっ! あんたか、噂の魔神っつーのは! 俺はスチュパリオス、創世六神に仕える聖なる鳥だ。実はとある神の命令であんたらを探してたんだよ! いやー、早いうちに見つかってよかったよかった!」
「……やはりか。そんな気配はしていたが……創世六神の御使いよ、私たちに何用だ?」
エルカリオスが問うと、スチュパリオスは何故魔神を探していたのかについて話し出す。曰く、鎮魂の園から脱出する者が現れたため、闇寧神ムーテューラが捜索に乗り出したらしい。
が、脱走者は巧妙に気配を消し、どの大地に逃げ延びたのか分からず探しようがない、とのことであった。他の五人の神にバレれば、ムーテューラの進退に関わる。
そこで、ムーテューラは魔神たちに協力を要請するため、スチュパリオスをパシり……もとい使いとして派遣した、ということであった。
「ホント、鳥使いが荒いのなんの……。こっちはいろんな大地に行ってへとへとだっつーのよ、全く」
「ふむ、なるほど。……創世六神に恩を売っておくのは悪くない選択だ、協力してやろう。で、脱走したというのはどんな者だ?」
「脱走したのは確か……えーと……そう、オリアって奴だ。元々とある大魔公の妻だった奴だが、死んだ後捕まえて鎮魂の園の底に閉じ込めてたんだよ。そいつの髪の毛持ってきたから、これで探してくれ」
スチュパリオスは早口にそう捲し立てると、どこからともなく一本の髪の毛を取り出しエルカリオスに渡す。どうやら、この髪に宿る魔力をたどれということらしい。
かなりの無茶振りではあったが、魔神の長兄たるエルカリオスにとっては至極簡単、朝飯前の行いであった。髪の毛を握り、目を閉じて神経を集中させる。
(さて、この髪の持ち主は……!? 何だと、この大地……それも、リオたちが向かっている場所と反応が近いではないか! ……この邪悪な魔力、魔王軍の手の者に違いない)
オリアの居場所を探知したエルカリオスは、心の中で仰天してしまう。まさか自分たちの大地、キュリア=サンクタラム……それも、リオたちのすぐ近くにいるとは思わなかったのだ。
が、そのおかけでエルカリオスは一つの確信を得ることが出来た。鎮魂の園から脱走した者は、まず間違いなく魔王軍に与する者だと魔力の波長で分かった。
「……見つけた。奴はこの大地にいる。それも、我が弟妹たちのすぐ近くに潜んでいる」
「おおっ! もう見つけたのか! よくやってくれたぜ、これで焼き鳥にされなくて済む……」
ホッと胸を撫で下ろすスチュパリオスを見ながら、エルカリオスは考える。例の脱走者はリオたちがなんとか出来るとして、問題はその背後にある魔王軍の思惑だ。
どうしてもそれを確かめたくなったエルカリオスは、ふととあるアイデアを閃く。目の前にいる鳥に、偵察してきてもらおうと考えたのである。
「……鳥よ。私が協力したのだから、礼をするのが筋というものだろう? 一つ、頼まれてはくれまいか」
「あん? いいぜ、何でも言えよ。出来ることはやってやらぁ」
「では、魔界に行って敵の作戦内容を調べてきてくれ。脱走者を捕まえるのに役に立つだろうからな」
「ま……そんくらいならお安いご用だ。んじゃ、行ってくるぜ」
了承したスチュパリオスは大聖堂を飛び立ち、魔界へ向かっていった。それから数日後……リオがジールと決闘をしている頃、彼は戻ってきた。
そして、グレイガの元に潜伏して得た情報を彼に伝える。スチュパリオスからもたらされた情報により、今後のエルカリオスたち魔神の行動方針が決まった。
「……よし。リオたちの救援は私とダンテで行く。アイージャたちは帝都に残し、守りを固めさせる。万が一、脱走者が来れば……神影が到着するまで時間を稼がせればいい」
スチュパリオスが神域へ戻った後、エルカリオスはそう呟く。こうして、彼らは動き出した。グレイガの野望を挫き、オリアを捕縛するために。
◇―――――――――――――――――――――◇
そして、時は戻る。スチュパリオスからもたらされた情報を元に、下天の準備を終えたムーテューラは、神影として大地へ降り立った。
オリアを倒し、再び鎮魂の園へ封印するために。
「さあ、こっからは泣く子も黙る処刑ショーの時間だゴラア! あーしに恥かかせた報いをよぉ、たっぷり受けろやこの【ピー】野郎が!」
「くっ、そうはいかないわ。あなたも串刺しにしてあげる! 隠された月の槍!」
ドレスを脱ぎ捨て、至るところに刃が着いた鎧をあらわにするムーテューラに、オリアは切り札たる不可視の槍を連続で叩き込む。
「あぶねぇ、逃げろ!」
カレンはそう叫ぶも、ムーテューラは逃げるどころか動く気配すら見せない。そして、見えざる槍が彼女の脇腹を、心臓を、首を、頭部を貫く。
ダメ押しとばかりに、さらに螺旋を描く炎の渦が放たれムーテューラを飲み込む。息もつかせぬ怒涛の攻撃で、為すすべなく倒されたと思われたが……。
「……それで終わりかよ、このゴミクズが。あーしにゃ傷一つないねえ、ピンピンしてらぁ」
「!? 嘘、有り得ない! そんなバカなこ……がはっ!」
炎が消えると、そこには無傷のムーテューラが残忍な笑みを浮かべながら立っていた。オリアが動揺している間に、闇寧神影は目にも止まらぬ速さで動く。
そして、オリアのみぞおちに鋭い膝蹴りを叩き込んだ。
「てめえはバカか? あーしは神影……大地に派遣された神の影。本体じゃあねーんだ、どんな大火力の攻撃をくらってもよぉ、キクわきゃねーだろがこのダボがぁ!」
そう叫びつつ、ムーテューラはオリアの頭を掴み執拗に膝蹴りを叩き込み続ける。相手が血を吐いても、攻撃の手が止むことはない。
ついには相手を引きずり倒し、馬乗りになって顔面にパンチの嵐を見舞う。両手にはいつの間にか小さな鉄球が握られており、女神という肩書きからは想像も出来ない残虐ファイトを繰り広げていた。
「うわ……えぐー……。あんなの、拙者だったら絶対やられたくないよ……」
「闇寧神ムーテューラ……キレると怖いね、エル兄さんとどっちがヤバいかな……」
「……これは兄上を越えるやもしれんな」
自分たちが苦戦を強いられた相手を、いとも容易くリンチするムーテューラを見て、ダンスレイルたちは各々の感想を漏らす。三人もれなくドン引きしており、顔が青ざめている。
――リンチの対象が自分じゃなくて心から安堵した。三人は後にリオに対してそう語った。
「う、ぐ……まだよ! まだ切り札はあるわ! プチ・ムーンバーン!」
このまま倒されるわけにはいかないと、オリアは力を振り絞りとっておきの切り札を放つ。炎をまとった小さな月がムーテューラの目の前に出現し、すぐさま弾ける。
鋭く尖った魔力の破片と、呪われた炎の欠片が広範囲に飛び散り、さらにムーテューラへ向かって自動で移動し全身を貫く。ここまでされれば、無傷では済まないが……。
「へえ、ちったあやるじゃねえかよ。でもなあ、そんなんで止まるほどあーしは根性なしじゃねーんだよ! オラッ、【ピー】を【ピー】して臓物ぶち撒けてやらあ!」
「そん、な……私の、最大の技が……がふっ!」
確かに、オリアの攻撃は大きなダメージを与えていた。が、そんなことは関係ないとばかりに、ボロボロになったムーテューラは攻撃を続行する。
全身の至るところにポッカリと穴が空いた状態で狂ったように笑いながら拳を振るう姿は、間違いなく夢に出てくる凶悪さを醸し出していた。
「ぐ、うあ……」
「もうねんねか? じゃ、てめえはもう鎮魂の園にぶち込んでやる。二度と脱走出来ねえようにバラバラにしてからな! 開きなぁ、アビスゲート!」
もはや万策尽きたオリアは抵抗する出来ない。そんな彼女に引導を渡すべく、ムーテューラは闇寧神の権限により、鎮魂の園へ繋がる扉を呼び出した。
地面から大量の目が着いた紫色の扉が現れ、門が開かれる。すると、門の向こうから干からびた手が無数に伸び、オリアの身体を掴む。
そして、彼女の身体を引きちぎりながら扉の向こうへと連れ去っていく。
「ぎゃあああ! 放せ、放せえぇ! あんな場所に戻るなんていやあああ!」
「そうはいかねぇんだよ。生者と死者はなぁ、同じ場所にいちゃいけねえんだ。それが、太古の昔から定められたルールだ。神も闇の眷族も大地の民も、逃れられねえんだよ! 閉門!」
オリアが門の向こうに消えると、ムーテューラは叫ぶ。ゆっくりと門が閉じ、オリアは再び死者として鎮魂の園へ封じられた。
「……あー、やっと終わった。これでよーやく枕を高くして眠れるな! うん、めでたしめでたし」
「あ、あのー……ちょっといいですかねぇ?」
「んじゃ、かーえろ」
「ちょ、無視!? 拙者のこと無視!?」
スッキリした表情を浮かべるムーテューラに、クイナが恐る恐る声をかける。が、ムーテューラはそれを無視し、さっさと神域へ帰ってしまった。
「……勝つには勝ったけどさ」
「なんだか、納得いかぬのう」
神が去った後、ダンスレイルとアイージャは、そう呟きながらため息をつくのであった。




