203話―千獣王、降臨
突如として現れたダーネシアに、リオたちのみならずワーズも目を見開く。そんな彼らを尻目に、ダーネシアは懐から小さな注射器を取り出しリオの首筋に打ち込む。
注射器の中に満たされた琥珀色の液体がリオの身体に注入されると、ワーズによって与えられた毒が浄化された。リオが驚いていると、ダーネシアは静かに語る。
「母上から、ワーズのやり口は全て聞いている。あらかじめ解毒剤を用意しておいてよかった」
「あ、ありがとう……」
リオは戸惑いながらも、ダーネシアに礼を言う。そんな彼らを見ていたワーズは、何かに気が付いたらしく嫌らしい笑みを浮かべながらダーネシアに声をかけた。
『どこかで見たと思えば……そうか、なるほど。あの女のせがれか。クフフ、大きくなったものだ』
「黙れ、クズめ。あまりにも長かったぞ……貴様の行方を追うためにグランザーム様に仕えてから二百年……ずっと、この時を待っていた。我が母を辱しめた恨みを晴らす時を!」
嘲り笑うワーズに、ダーネシアは憎しみのこもった声と視線を送る。二人の間に何かただならぬ因縁があることを感じ取り、リオたちは体力回復も兼ねてこっそり後ろへ下がる。
二人が睨み合っている隙に、傷を癒したりオウゼンの治療を行おうと考えたのだ。その思惑を知ってか知らずか、ダーネシアはワーズに向かって話を続ける。
「成果を上げる度にグランザーム様から貴様の情報をいただき……ずっと探してきた。まさかこの地に封印されているとは思わなかったがな」
『グランザーム? 今……グランザームと言ったな? 奴がこの大地にいるのか!?』
グランザームの名を聞き、ワーズが狼狽え始める。そんなワーズに対し、ダーネシアは鉄槌を向けながら淡々と答えた。
「話すつもりはない。我が母の目と脚を奪った罪……ここで償わせてくれる!」
『よかろう、ならば無理矢理にでも口を割らせるだけだ!』
リオたちをそっちのけにして、ダーネシアとワーズの戦いが始まった。触手が不気味にうごめき、ダーネシア目掛けて槍のように伸びていく。
ダーネシアは身体ごと鉄槌を回転させ、触手を木っ端微塵に粉砕してしまう。ワーズは細くしなやかな触手を作り出し、鉄槌に巻き付け攻撃を阻止する。
『これで攻撃は封じた! 一気にトドメを刺してくれるわ!』
「フン、そうはいかぬ。ビーストメタモルフォーゼ……モード・ファルコン!」
「リオくん、見て! あいつ身体が変化してる!」
四つの触手が伸びていくなか、ダーネシアは己の身体を変化させて虎の獣人からハヤブサの獣人へ変身してみせた。背中に生えた翼で飛び回り、爪で触手を切り裂いていく。
「あの虎野郎、あんな能力があったのか……。ま、それはそれとしてよ。リオ、どうする? ワーズはあいつに任せて、アタイらは一旦退くか?」
「……僕は残るよ。ダーネシアには助けてもらったし、恩は返さないとね。それに……ワーズがまだ、何か奥の手を隠してるような気がするんだ」
話し合いの結果、カレンとクイナは重傷を負ったオウゼンを連れて一時撤退することになった。リオは深淵の底に残り、ダーネシアと共にワーズと戦う覚悟を決める。
背中に双翼の盾を装着し、触手を切り刻んでいるダーネシアの元へ向かう。そして、彼に向かって共闘しようと呼び掛けた。
「ダーネシア! 僕も一緒に戦うよ! 協力して二人でワーズを倒そう!」
「その申し出、ありがたく受けさせてもらおう。……と言いたいところだが、これは己のケジメと復讐のための戦いだ。巻き込むわけにはいかぬ」
しかし、ダーネシアはリオとの共闘を拒む。自分の戦いにリオを巻き込むまいと考えているようなのだが、リオも素直にはいそうですかと頷くわけにはいかない。
ワーズの手によって殺されたテンキョウの人々の仇を討ち、騒動を終結させる……そのために、リオはここに来たのだから。飛び交う触手を避けつつ説得を続けるリオだが、ダーネシアはなかなか頷かない。
攻撃が激化し、戦いながら説得を続けることが次第に困難になってきたため、リオは説得を諦めた。その代わり、勝手にワーズと戦うことを決めた。
「もういい、それなら勝手にワーズと戦わせてもらうから! 食らえ! シールドブーメラン!」
『ぬぅ、邪魔をするな小僧!』
二対一の状況になったワーズは、リオを排除するべく闇のレーザーを放つ。脱出するクイナたちに攻撃が当たらないよう、リオは不壊の盾を作り出し攻撃を防ぐ。
その隙を突き、ダーネシアはワーズ本体へ肉薄し爪による一撃を叩き込んだ。ワーズの四つある顔のうち、老婆の顔にクリーンヒットし苦悶の声を上げさせる。
『ぐおおおおおお……!! おのれぇぇ、青二才がぁぁぁ!!』
「もっと苦しめ。我が母のように!」
ダーネシアは追撃を叩き込もうとするも、触手に阻まれ後退を余儀なくされる。リオもカレンたちを触手から守るため、ワーズから遠ざかる羽目になってしまう。
少しして、触手でリオたちを遠ざけているワーズに変化が現れる。ダーネシアに潰された老婆の顔の代わりに、丸々と肥えた頬をした男の顔が現れたのだ。
「あ、あれは……!?」
「奴は無数の怨霊の集合体。一つの顔を潰しても、奴の内部に眠る別の怨霊が現れるせいで、一つ二つ潰した程度では死ぬことがない。厄介な奴なのだよ」
驚くリオに、ダーネシアがそう告げる。さらに、ワーズも醜悪な笑みを浮かべ二人に声をかけてきた。
『その通り。だからこそ、我らと名乗っているのだ……! さあ、くだらぬ話はこれで終いだ。お前たち二人とも……ここで始末してくれる!』
己の秘密が明らかになってなお、余裕の笑みを浮かべるワーズは、二つの触手を変化させ巨大な剣にする。剣からは黒い液体が滴っており、リオに嫌な予感を抱かせる。
「あの剣……」
「間違いなく、猛毒が塗られているだろう。だが、己には効かぬ。この二百年、ずっと奴を研究し続けてきたからな。ビーストメタモルフォーゼ……モード・トータスネーク!」
ダーネシアは地面に降り立つと同時に、己の中に眠る獣の因子を呼び覚ます。翼が根元から抜け落ち、背中に分厚く頑強な甲羅が現れ、両肩に蛇の頭部が生える。
リクガメの獣人となったダーネシア目掛けて剣が振り下ろされるも、千獣の王はその場から動こうとしない。うつ伏せになり、首と手足を甲羅の中に引っ込めたのだ。
『バカめ、そんな甲羅で我らの攻撃を防げるものか!』
「出来るとも。貴様の剣で、我が甲羅は両断出来ぬ! トータス・シェル・ディフェンス!」
『なっ……バカな!?』
剣が甲羅に直撃し……ダーネシアの言葉通り、砕けたのはワーズの剣の方だった。ワーズが動揺している隙に、リオは触手に奪われていたダーネシアの鉄槌を奪い返す。
そして、急降下して地面に降り立ち、鉄槌を振るってゴルフのようにダーネシアをワーズ目掛けて飛ばしたのだ。ダーネシアは両肩の蛇の口を広げ、牙を光らせる。
「受けてみよ、ワーズ! トータス・シェル・ディスカス!」
『ぐっ……ごあああああ!!』
リオとダーネシア、二人の即興連携攻撃が炸裂し、ワーズの本体を捉えた。四つの顔のうち、目と口を縫われた女の顔に攻撃が直撃し大ダメージを与える。
「やった、かな?」
「……随分と無茶な横槍を入れてくれるものだ。まあ、おかげで本体を叩けたからよしとしよう」
攻撃を受けてバランスを崩し、倒れていくワーズを見ながら二人はそんな会話を交わす。不倶戴天の敵同士ではあるが、ワーズという脅威を前に絆が芽生えはじめていた。
そんな二人の耳に、ワーズの声が響く。
『ムダなことを……。顔を一つ潰したところで、我らを滅ぼすことは出来ぬ! 我らは全にして個、個にして全なのだから!』
ワーズを完全に仕留めるには至らなかったらしく、再び起き上がってくる。どこまでもしぶとく、執念深く復活するワーズを前に、リオとダーネシアは不敵な笑みを浮かべた。
「……そろそろ、怨霊退治を完遂させねばなるまい。リオと言ったな、まだ戦えるか?」
「もちろん! ピンピンしてるよ!」
リオは鉄槌をダーネシアに投げ、持つべき者に返す。リオとダーネシア、そしてワーズ。彼らの命を賭けた戦いは、クライマックスに差し掛かろうとしていた。




