195話―テンキョウ脱出作戦
翌日。宮に泊まり込んで脱出の準備をしていたリオたちのところに、予想外の人物が現れた。なんと、数少ない真っ当な意識を持つ貴族、カラスマが手助けに来たのである。
「カラスマ? 何故ここに来たのじゃ」
「ほほほ。いやなに、とある者らから頼み込まれての。ミカドの手助けをしてほしい、とのう。ある程度は事情は知っておりまする。さ、麻呂についてきてくりゃれ」
ハマヤに問われ、カラスマは笑いながらそう答えた。リオたちは信用していいのか迷ったものの、カラスマからは邪悪な気を感じなかったため、ひとまず信じることにした。
カラスマはタマモたちに宮の裏門へ行くように言い、自分も同行する。一行が裏門に到着すると、そこには一台の大きな牛車が待機していた。
「この中に、空の大箱がある。ミカドよ、その中に隠れるがよかろ。そうすれば、相手を欺けましょうぞ」
「む……少し汚いが仕方あるまい。安全策を採ろうぞ」
ハマヤは蓋を開け、箱の中に入り丸くなる。リオたちも牛車の中に押し込まれ、大きな布を被せられた。牛車が出発し、しばらく揺られた後リオたちはカラスマの屋敷に到着する。
屋敷の中に入り、ようやく箱から出られたハマヤのところに、一人の青年が近付いてくる。その青年は、先日の騒動の時に中庭にいた元腐敗貴族の一人であった。
「む、お主は……。いつも中庭で遊びほうけている者ではないか。何故カラスマの屋敷におるのじゃ?」
「はい、実は……」
ハマヤに問われ、青年は答える。先日の騒動を直接見て、このままではいけないと心を改めたこと。自分たちだけではどうにも出来ないため、カラスマに事情を話し協力を求めこと。
それらを聞き、リオは気まずさを覚える。反乱を企てた貴族の男との戦いのなか、視界の端に人らしきモノを捉えてはいたが、一部始終を見られていたとは思っていなかったのだ。
「うう、恥ずかしい……。全部見られてたなんて思わなかった……」
「いえ、あなたの勇姿と言葉で、まろは目が覚めました。この国を守るために、それに何より、これまでないがしろにしてきたミカドへの罪滅ぼしのために……自分に出来ることを精一杯しようと、そう思ったのです」
そう語る青年の目には、正義の光が宿っていた。彼の言葉に偽りはないと確信し、ハマヤは深々と頭を下げる。自分のために危険を冒してくれたことに、深い感謝を示した。
「……ありがとう。そちのおかげですんなりここまで来られた。感謝するぞよ」
「いえ、頭を上げてください。さあ、これからの計画を練りましょうぞ」
青年の言葉に頷き、リオたちはこれからの作戦を練る。ハマヤの脱出に関しては、カラスマの屋敷の地下にある秘密の通路を使うことに決まった。
一方、仙薬の里についての話も議題に上がった。反乱を目論む者たちが魔王軍と繋がっている以上、仙薬の里にも何かしらの攻撃を仕掛けている可能性が高いからだ。
「里には麻呂が行こうぞ。少し予定が早まるくらい、問題はないからの」
「じゃあ、僕たちも行きます。ハマヤくんから許可証も貰ってますから」
リオはそう言いながら、ハマヤに書いてもらった書状を取り出す。それを見たカラスマはリオの同行を認め、今後の動きについて話がついた。
カラスマと共にリオとダンスレイルが仙薬の里へ向かい、カレンとクイナはハマヤとタマモを連れテンキョウを脱出する……という役割分担が決まる。
「お姉ちゃん、くーちゃん、気を付けてね」
「おう。任せておきな、しくじりゃしねえよ。絶対にな」
「ばっちりリオくんの屋敷まで送るからね!」
そう言い残し、カレンたちはハマヤとタマモ、護衛を買って出た貴族の青年を連れ地下通路へ向かった。それを見届けたリオたちは、仙薬の里へ向けて出発する。
牛車に乗り込み、カラスマとその護衛数人と一緒にテンキョウの通りを行くリオとダンスレイルは、ハマヤの無事を祈りつつ外の様子を窺う。
「……どう? 何が変わったところあるかな?」
「今のところは大丈夫そうだね。むしろ、宮の方で騒ぎが起きてるかもしれないよ」
「そうだね、いつまでも隠してはおけないし。気付かれる前に逃げ切れればいいけど……」
リオとダンスレイルは、外に声が漏れないよう小さな声で会話をする。二人の予想は的中し、宮では反乱を目論む貴族の一派がハマヤを探していた。
「ミカドがいないぞ!」
「くそっ、逃げられたか! 刺客からの連絡が途絶えた時点で嫌な予感がしていたが……」
尺八や三味線に偽装した暗器を持った三人の貴族たちがミカドを連れ去ろうと宮に現れるも、すでにリオたちが先手を打っていたため失敗に終わった。
カラスマたちが協力していることを知らない三人は、宮の中を行ったり来たりしてハマヤを探す。しかし、とうの昔にもぬけの殻になっている宮を探しても意味はない。
それを理解していない三人は、ブツブツ文句を言いながら右往左往する。
「くそっ、失敗した……警邏の連中を退散させるんじゃなかった。三人では探しきれん」
「全くだ。今から呼んでも他の貴族たちに怪しまれ……ん? この部屋の襖だけ開かんぞ」
しばらく宮の中を探し回った貴族たちは、とある部屋の襖だけ固く閉ざされていることに気付く。この部屋にハマヤが隠れているかもしれないと踏み、どうにかこじ開けようとする。
しばらく格闘した後、三人はようやく襖をこじ開けることに成功する。しかし、部屋の中にいたのはハマヤではなく……瀕死の状態のまま放置された仲間であった。
「こ、これは……!」
「ミカドめ、もう気付いておったか! このままでは……仕方ない、仙薬の里にいる魔族たちに連絡を!」
虫の息の仲間を助け出し、三人は宮を飛び出す。拠点として使っている屋敷へ戻り、本格的にハマヤの捜索を行おうとするも……全て遅かったと知るのは、後のことである。
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「よし、外には出られたな。これならアーティメル帝国まで戻れそうだ」
「だね。んじゃ早速……ゴブリン忍法『水境転界』の術!」
無事地下通路を通ってテンキョウから抜け出したカレンたち。クイナは地面に大きな水溜まりを作り出し、リオの界門の盾と同じ力を与える。
すると、水面にリオの屋敷前の路地の景色が移り、空間が繋がる。カレンたちが飛び込もうとしたその時……上空から声がかけられた。
「待たれよ。そのまま進ませるわけにはいかぬ」
「なんだ、てめぇは?」
上空から降り立ったのは、ヤツデの葉で作られた扇を手にし、山伏のような格好をしたカラスの頭を持つ獣人だった。背中に生えた漆黒の翼を折り畳みながら、獣人はハマヤを見つめる。
「……ふむ。すでにテンキョウを脱していたようだな。なるほど、道理で何の連絡もないわけだ」
「お主、魔王軍の者じゃな。裏切り者どもと繋がっておる奴らであるな?」
「その通り。こうして定期的にテンキョウの近隣に来て情報交換をしていたが……今回はそれが功を奏したようだ」
ハマヤを見ながら、カラスの獣人はニヤリと笑う。このままハマヤを捕らえることが出来れば、手柄を独り占めすることが出来るからだ。
「へっ! わりぃがそうはならねぇな。アタイらがいる限り、このボウズにゃ手は出させねえ」
「ほう、大きく出たな。これだけの数を前にしても……同じことを言えるかな!?」
カレンが啖呵を切ると、カラスの獣人は翼を広げ羽ばたく。すると、いくつもの羽根が抜け落ち分身になった。数十人の敵に囲まれ、ハマヤは萎縮してしまう。
「む、むう……。これだけの数、本当に勝てるのか……?」
「安心しなって。クイナ、ボウズのお守りは任せた。あの烏野郎はアタイがぶっ潰す」
「御意!」
カレンは金棒を呼び出し、不敵な笑みを浮かべる。雷を司る魔神の大暴れが、今始まる。




