184話―その出会い、予想外
お風呂から上がったリオたちは、部屋に運ばれてきた夕飯を食べていた。初めて着る浴衣や、ヤウリナ独特の『ワショク』にリオは驚きっぱなしであった。
「うー、ぽろぽろ落っこちちゃうー」
「あはは、やっぱりまだリオくんにはハシでの食事はちょっと早かったかな? じゃ、拙者が食べさせてあげる。はい、あーん」
「あーん」
リオは初めてのハシに悪戦苦闘し、結局クイナに食べさせてもらうことになった。一方、ダンスレイルはカレンやクイナのやり方を見てすぐにハシの使い方を覚えてみせる。
それどころか、カレンやクイナに引けを取らないレベルで器用にハシを使いこなしていた。夕飯の煮魚の骨を丁寧に取り、身の部分を欠片も残さず完食してしまう。
「すげえな。浴衣も器用に着ちまうし、ダンスレイルって結構物覚えがいいなぁ」
「まあね。一度見たものはあっさりやり方を覚えられるのさ。これでも、兄妹で一番要領がいいんだよ。さ、リオくん、次は私がこのホウレンソウのオヒタシを食べさせてあげるよ。あーん」
「あーん」
クイナとダンスレイルにご飯を食べさせてもらうリオの姿は、まるで巣の中で親鳥を待つ雛のようだった。しっぽをふりふり、耳をぱたぱたさせながらご飯を食べる姿に、カレンは思わず口元が緩む。
(あー、可愛いな。嬉しそうにしっぽ振ってよ……よし、アタイも食べさせてやるか)
自分もリオに餌付けしようと決心したカレンだったが、気が付くと自分のお膳から料理が全部消え去っていた。クイナが全部リオに食べさせてしまったようだ。
それに気付いたカレンは額に青筋を浮かべるも、リオの前かつ食事中のため怒りを抑える。後でクイナのみぞおちを殴ろうと決意しつつ、リオに声をかけた。
「どうだ、ヤウリナのメシもなかなか旨いだろ? リオ」
「うん。このオコメって凄く美味しいね! アーティメルでも食べられたらいいのになぁ」
すっかり白米の美味しさに魅了されたリオは、ニコニコ笑いながらそう口にする。そんなリオを見ていたカレンは、口元に米粒がついているのを見つけた。
「リオ、口元に米粒がついてるぞ。ほら、取ってやるから」
「ありがと、お姉ちゃん」
口元を拭ってもらい、リオはお礼を述べる。食事を終えた後、リオたちはお膳を部屋の外に出し布団を敷く。が、ここで一つ問題が発生した。
押し入れの中に布団が二組しか入っていなかったのだ。女将に問うと、残りは洗濯中なのだと言う。仕方なく、二つの布団をくっつけて寝ることになった。
「ちっと狭いが……ま、仕方ねえか。リオ、暑くないか?」
「大丈夫だよー、暑くなったら拙者が冷やしてあげるからね」
「うん、ありがと」
ぎゅうぎゅう詰めでちょっとだけ暑い状態ながらも、リオはカレンたちの温もりを感じ心が安らぐ。軒先に吊り下げられた風鈴が揺れる音を聞きながら、眠りに落ちていった。
◇―――――――――――――――――――――◇
翌朝、スッキリ目を覚ましたリオたちは着替えを終え宿を経った。女将から西海岸地方の地図を貰い、次の目的地へ向かってあぜ道を進む。
一面に広がる田んぼでは、農夫たちが田植えを行っていた。カエルがケロケロ泣く声が響くなか、リオたちは帝国では見られない景色に心を躍らせる。
「あの人たち何やってるのかな? 手足どろんこだけど何を持ってるんだろ?」
「あれはねえ、田植えって言って苗を植えてるんだよ。苗が稲に成長して、そこから精米してお米になるのさ」
「そうなんだぁ……。お米、また食べたいなぁ」
クイナの説明を聞きつつ、リオはポツリとそう呟く。どうやらすっかりお米が好きになったようだ。そんなリオに微笑みかけながら、ダンスレイルは懐から竹の革の包みを取り出す。
「ふふ、そう言うだろうと想ってね。女将に頼んでオニギリを作ってもらったんだ。お昼ご飯に食べようじゃないか」
「オニギリ!? うん! 楽しみ!」
リオの年相応のはしゃぎっぷりを見て、ダンスレイルたちは顔をほころばせる。しばらくあぜ道を進むと、ようやく大きな街道に出ることが出来た。
地図を確認すると、街道を東に進んで行けば大きな里にたどり着けるらしい。リオたちは街道を行く旅人たちに紛れ、東の方へと歩いていく。
「人が増えたな。リオ、気を付けな。こういう時にゃよくスリが出るんだ。財布をスられないようにしろよ」
「うん、分かったよお姉ちゃん」
カレンに忠告され、リオは財布をしっかり懐にしまう。よくよく周囲を観察すると、何人か怪しい身なりの者が旅人の中に紛れ込んでいた。
恐らく、カレンの言うスリだろう。リオは彼らの動向を警戒しつつ、先へと進むが……。
「ん? あれは……。まずいね……リオくん、一旦端っこの方に下がるよ。お貴族さんの行列だ」
少しして、クイナが前方から多数の武士に警護された牛車が近付いてくるのを見つけ、リオたちに声をかける。リオは素直に従い、道の端に下がった。
クイナが座り込み頭を下げると、その真似をした。見れば、旅人たちも同じように頭を下げている。その少し後、行列の先頭にいる武士が歩いてきた。
「下々の者よ、頭を下げぃ~! こちらにおわすは近衛大将、オウゼン・タチカワ様なるぞ~」
武士の言葉に、カレンは顔をひきつらせる。リオが首を傾げると、カレンは衝撃的な一言を呟いた。
「オヤジ……! なんでンなとこにきてんだよ……ミヤコにいねえとダメな身分のクセに!」
「ええ……むぐっ」
思わず大声を出しそうになったリオの口を、慌ててカレンが押さえる。が、すでに遅く武士に目をつけられてしまった。
「そこな者らよ! 無礼であるぞ! ……ん? その身なり、この国の者ではないな。面を上げい」
「あ? その声……なんだ、コウマかよ。ひっさしぶりだなぁ、結構出世してンだな」
「な、何故私のことを……? ハッ! ま、まさか! 貴女はオウゼン様のご息女、ミナカ様!?」
「その名前で呼ばれンのは久しぶりだな……。九年ぶりか、元気してたか?」
どうやら、カレンとこの武士――コウマは知り合いらしい。リオたちが呆気に取られている間に、コウマは行列の後ろの方へ走っていく。
しばらくして、牛車から一人のオーガの男が降りてきた。真っ赤な紋付き袴を身に付け、太刀を腰に差した偉丈夫はコウマと共にカレンの元にやってくる。
「娘よォォォォォ!! 会いたかったぞォォォォォ!! すっかり立派に……ぐふっ!!」
「っせーんだよこのバカオヤジ! 何こんなとこに油売りに来てんだ!」
勢いよく突っ込んできた大男に対し、カレンは叫びながら顔面に華麗な膝蹴りを叩き込む。男は背中から地面に倒れた後、何事もなかったように立ち上がり笑いだす。
「ガーッハハハハ!! その威勢やよし! よく帰って来てくれた! 迎えに行こうと思ってこっそりミヤコを抜け出てきた甲斐があったわ!」
「……相変わらず子煩悩ですねぇ、オウゼン様は」
そう呟きながら、コウマはやれやれとかぶりを振る。大笑いした後、オウゼンはぽかーんとしているリオへ目を向け、パッと顔を輝かせた。
「おお!! もしかして君がミナカが手紙に書いていたリオという子か!」
「え? あ、は、はい……」
「やっぱりそうか! ようこそヤウリナへ! 歓迎しようじゃないか!」
目の前で大笑いするオウゼンに対し、リオは軽い恐怖心を抱く。何しろ、オウゼンは三メートルをゆうに越える筋骨隆々の巨漢なのだ。
自分に敵意がないとはいえ、少し萎縮してしまうのも無理のないことであった。
「なんだか……愉快な人だね。カレンの父親は」
「その一言で済むかなぁ……」
ダンスレイルとカレンがひそひそ話をしていると、オウゼンは何かを思い出したらしくパンと手を叩く。コウマの方へと振り返り、命令を出す。
「目的は果たした! テンキョウへ帰るぞ! まずはエンリャンの里で帰りの物資を買う。他の者たちにも伝えろ!」
「ハッ。かしこまりました」
コウマは頷き、他の武士たちにオウゼンの命令を伝えに行く。オウゼンは再びリオの方を向き、カレン共々手招きする。
「君たちは俺と一緒に牛車に乗るといい。いろいろ話を聞きたいからな。そっちの二人には馬を貸そう。一緒についてきてくれ」
「ま、いいか。行こうぜ、リオ。なぁに、取って食われたりはしねえからよ」
「う、うん……」
おっかなビックリといった状態で、リオはカレンと一緒にオウゼンについていく。牛車に乗り込むと、行列は来た道を引き返し始める。
予想外な形でカレンの父親との邂逅を果たしたリオは、エンリャンへ向けて牛車に揺られるのだった。




