150話―そして、一つの神話が終わる
ファルファレーを滅ぼし、リオはふうと息を吐く。その時、パチパチと拍手をしながら、グランザームがゆっくりと前に進み出てくる。
「おめでとう。これでファルファレーは完全に滅びた。よく戦い抜いたものだ」
「グランザーム……」
リオは魔王と対峙する。長い沈黙が場を支配し、アイージャたちは固唾を飲んで成り行きを見守る。しばらくして、グランザームは目を細め手を差し出す。
魔王が握手を求めている。リオがそう理解するまでに、十秒を要した。
「貴公のおかげで、この大地は滅びから救われた。魔を束ねる者として礼を言おう。盾の魔神……リオ・アイギストスよ」
「どういたしまして。グランザームの協力があったから、僕たちは勝てたよ」
二人はそう言葉を交わしながら、互いの手を握る。しかし、これで全てが終わったわけではない。ファルファレーは滅びたが、二人の戦いはまだ続くのだ。
握手を終えたグランザームはリオから離れ、マントをひるがえしながら歩き去っていく。その途中、ピタッと立ち止まり、振り返ることなくリオに告げる。
「我が友にして宿敵よ。我らは一月の間侵攻を止める。力を蓄えるがいい。互いに全力を発揮し……再び戦場で相まみえよう」
「……うん。絶対に負けないよ」
リオの言葉に頷き、魔王は歩みを再開する。途中、ファティマとすれ違ったグランザームは、彼女だけに聞こえるよう小さな声で呟く。
「ファティマよ、造物主として命じる。お前はもう自由だ。お前自身が望むがままに生きるがいい」
「……ありがとうございます。グランザーム様」
ファティマはそう言葉を返し、小さくお辞儀をした。グランザームは闇の門を作り出し、魔界へ帰っていく。全てが終わり――リオは大声で仲間たちにただ一言告げる。
「みんな……帰ろう!」
「おおー!!」
リオの言葉に、アイージャたちは応える。偽りの神が倒れ、大地はあるべき姿を取り戻した。
◇―――――――――――――――――――――◇
それから十日が過ぎた。レンザーがそれまで隠し伝えてきた歴史の真実をエリルと共に公表し、ベルドールとラグランジュの名が大地の民全ての知るところとなった。
聖礎エルトナシュアにて大規模な工事が行われ、二人の神を讃える大聖堂が建立される。未来永劫、かつて大地を救った二人の偉業がこの地で語り継がれていくのだ。
「……長かった。ここまで……とても」
「……うん。二人も喜んでくれてるかな」
大聖堂の中に、エルカリオスの幻影とリオの姿があった。二人は一言呟いた後、何も言わず黙って長椅子に腰掛ける。しばらくして、エルカリオスは話し出す。
「……新たなる弟よ。私はこの地の守護者になろうと思う。もう二度と、ファルファレーのような者が現れぬよう、石碑を守る。永遠に」
「そっか。やっぱり、大地に降りるつもりはないんだね」
「……ああ。これは私のケジメだ。それに、この大聖堂の維持管理する者も必要だろうからな」
そう言うと、エルカリオスはリオの方へ視線を向ける。
「それより、行かなくていいのか? メルナーデとやらに話さねばならぬことがあるのだろう?」
「あっ、そうだった! じゃあ、また後で!」
リオは猫耳をピンと立て、慌てて大聖堂を立ち去る。フォルネシア機構へ向かったリオは、真っ直ぐ総書長の執務室へと走っていく。
「メルナーデさん、エルケラさんはどこ!?」
「……来たのね。あの娘は専用の部屋で待機させているわ。神々の審議が終わり次第、事象の地平へ追放されるのよ」
エルケラの居場所を尋ねるリオに、メルナーデは落ち着いた口調でそう答える。緊急時を除き、大地の民と接触してはならないという観察記録官の掟を二度も破ったエルケラは、追放処分を下された。
リオは自分たちの恩人であるエルケラを助けるため、直談判しに来たのだ。かつて、ベルドールとラグランジュが大地を救うため行動したように。
「……リオくん。残念だけれど、私にも今回ばかりはどうにも出来ないわ。神々は掟を破る者に容赦はしないから」
「でも……あんまりですよ! エルケラさんは、僕たちのために頑張ってくれたのに……。このまま指を咥えて見てるだけなんて出来ません! メルナーデさん、どうにか出来ませんか!?」
諦めるよう諭すメルナーデに、リオはそれでもと食らいつく。その時だった。メルナーデは顔をしかめ、目を閉じてぶつぶつと何かを呟き始める。
「……はい。審議が終わったのですね? え? そのようなこと……いえ、分かりました。本人に通達します」
神々との交信を終えたメルナーデは、パチンと指を鳴らす。すると、別室に閉じ込められていたエルケラが執務室に転移させられ姿を現す。
リオが口を挟む前に、メルナーデは処分の内容を告げる。
「エルケラ。あなたの処分が決まったわ。二度に渡る掟破りをしたあなたは、事象の地平に追放される。いいわね?」
「……はい。覚悟の上です。でも、後悔はありません。あの子たちの大地を……キュリア=サンクタラムを救えて……私は、満足です」
エルケラはリオの方を見ながら、朗らかな笑顔を浮かべる。そんなエルケラに、メルナーデは驚くべきことを告げた。
「そう。なら、あなたには大地の民としてキュリア=サンクタラムに転生してもらおうかしら」
「えっ……」
「ええーー!?」
メルナーデの言葉に、エルケラよりもリオの方が驚愕してしまう。事象の地平に追放される、確かにそう言ったのを聞いているからだ。
「メルナーデ総書長、それはどういう……」
「今回の騒動で、事象の地平にいる異神たちがおイタをしたみたいでね。当面の間、全ての時空から隔離することになったとさっきの交信で伝えられたの」
狼狽するエルケラに、メルナーデはそう告げる。異神たちの活動がこんな影響を及ぼすなど、リオには思いもよらないことであった。
「だからエルケラ、代わりにあなたには下界に降りてもらうわ。勿論、観察記録官としての記憶は全て消去し、転生という形を取ってもらうけれど」
「……じゃあ、エルケラさんは僕たちの大地で生きられるの?」
リオの言葉に、メルナーデは頷く。それを見たエルケラは、力無く座り込んでしまった。どれだけ気丈に振る舞っていても、事象の地平に追放されるのは怖かったのだろう。
「よかったね、エルケラさん。事象の地平に追放されなくて」
「……ええ。リオさん。私が生まれ変わって、あなたとまた出会えたら……その時は、私もあなたの仲間にしてくれますか?」
「うん。約束する。絶対に、友達になろうね」
エルケラの言葉に、リオはそう答える。それを聞いたエルケラは満足そうに微笑み――光の粒となって消えた。心残りがなくなったリオは、フォルネシア機構を後にする。
いつの日か、生まれ変わったエルケラと再会出来る日を夢見ながら。地上に戻ったリオは、その足で旧ケリオン王都へ向かう。
「ここにいるかな……あ、いたいた。おーい、エリルさーん!」
「あ……リオさん。用はもう済んだのですか?」
「うん。いい結果に終わったよ」
かつて宮殿があった場所に、大きな霊園が造られていた。ファルファレーたちに殺された者たちの眠る地として、各国が資金を出し合ったのだ。
エリルは父であるケリオン王の墓前に花を備え、報告をしていた。リオがファルファレーを打ち倒し、根絶やしにされた民の仇を討ったことを。
「……リオさん。改めて、本当にありがとうございました。あなたのおかげで……みな、安らかに眠れるのですから」
「ううん、気にしないで。僕は当たり前のことをやっただけ……」
その時、エリルはそっとリオに口付けをする。唇同士が触れあうだけの、軽いキス。エリルにとって……それは、ファーストキスだった。
「……今の私には、これくらいしかお礼が出来ません。ですが……いつの日かこの国を復興することが出来たら、その時は……また正式に、お礼をしますね。そ、それでは!」
茹でダコのように顔を真っ赤にしながら、エリルは走り去っていった。リオは頬を朱に染め、走って行くエリルの背中をずっと見送っていた。
◇―――――――――――――――――――――◇
――ベルドールとラグランジュ、そしてファルファレー。かつて世界を救った二人の神と、邪悪なる偽りの神の神話は、今幕を降ろした。
旧き神話が終わり、一つの物語が終幕の時を迎える。しかし、まだ全てが終わったわけではない。旧き者たちの遺志を継ぐ者たちの、新たなる神話の幕が上がるのだ。今、ここから。




