113話―進め!シベレット・キャニオン
「なに!? どういうことだ! もう一度説明しろ!」
「で、ですからその……私どもも何が起こっているのか把握仕切れておらず……詳しいことは言えないのですが、濁流が起きて兵器を根こそぎ……」
リオたちが進撃を開始した頃、ザルーダの元に報告がもたらされていた。リオの作戦によってシベレット・キャニオンの入り口から中程にかけて、壊滅的な被害を受けた、と。
大枚はたいて兵器を購入したり傭兵を雇ったザルーダからすれば、到底受け入れられることではなかった。顔を真っ赤にし、報告をしに来た傭兵に八つ当たりすることしか出来ない。
「ええい、お前たちは何をやっとるんだ! 不測の事態に備えて雇ったというのに、この役立たずどもめ!」
「申し訳……あぐあああ!」
傭兵はザルーダの機嫌をとろうとするも、彼の指先から放たれた雷に貫かれ崩れ落ちる。しばらく痙攣していたが、やがて息絶え動かなくなった。
「このゴミを捨てておけ! いいな!」
「は、はいっ!」
ザルーダは側に控えていた使用人にそう命じた後、苛立ち混じりにドカッと椅子に腰を降ろした。その時、彼の背後から艶かしい声が届く。
「いけませんわ、お父様。そんなにカッカなさっては。もう少し落ち着きましょう?」
「おお、レヴェッカか。それもそうだな、急いては事を仕損じるとも言うからな」
薄いベージュのネグリジェを着た女が現れ、クスクス笑いながらザルーダに話しかける。レヴェッカと呼ばれた女は、どうやらザルーダの娘らしい。
寝起きのようで、髪は整えられておらずあちこちがハネてしまっていた。大きなあくびを一つした後、レヴェッカは目をこすりつつ話し出す。
「話は聞きましたわ。バンコ家の連中が、身の程知らずにもここを目指してやって来ているとか」
「ああ。それだけじゃない。奴らに盾の魔神が肩入れしてるようでな……早速やられたよ。谷の半ばまで壊滅だ」
忌々しそうに吐き捨てるザルーダの言葉に、レヴェッカは僅かに口角を上げる。彼女の耳にも、盾の魔神――リオの噂がいくつも届いていたのだ。
「あら、それはそれは……。なら、その子は私がお相手するわ。いいでしょう? お父様」
「構わん。捕まえてくれれば、後は好きにしていいぞ」
「ありがとうございます。ああ、楽しみ……どう可愛がってあげましょうか……うふふ、うふふふふ……」
ニヤニヤと妖しい笑みを浮かべながら、レヴェッカは戦の支度をするため部屋を出ていく。彼女は若く幼い少年を飼うことを趣味にしていた。
そんなレヴェッカは、リオの存在を知ってから密かに熱望していた。彼を自分のモノにしてしまいたい、と。そのために、レヴェッカは自ら戦線に立つことを決めた。
「ふふふ……必ず、私のモノにしてアゲルわ。可愛い坊や……」
そう呟きながら、レヴェッカは着替えを始めた。
◇―――――――――――――――――――――◇
「よし、ここまでは何事もなく到着出来たな。お前たち、まだ気を抜くでないぞ。いいな?」
「ああ。分かってるよ、親父」
レンザー率いるバンコ一族とリオは、半分ほど閉じられた崖門の前に到着していた。この先はレンザーすら内部構造を知らない未知の領域のため、グリフォンから降り、複数に別れ行動することになった。
全員が固まって行動し、罠にかかって一気に全滅するよりはいいというレンザーの判断によるものだった。負傷者を除く二十七人を三人ずつ分け、九つの班を作る。
リオはレンザーの計らいでエリザベート、エルザの二人と行動することになり、二人の元へ歩いていく。
「エッちゃん、エルザさん、よろしくね」
「ええ。こちらこそよろしくお願いしますね、リオさん。また共に戦うことが出来て光栄です」
「わたくしも……」
エルザは微笑みながらリオとハイタッチする。エリザベートも混ざろうとするも、直後に出撃令が出されてしまいハイタッチすることは出来なかった。
レンザーは息子のヘラクレスと姪のアルメダと連れ、真っ先に門をこじ開け突入していく。リオたち以外の七班も、後に続けとばかりに突撃していった。
「……みんな行っちゃったね。僕たちも行こっか」
「ええ。そうですわね……あっ」
「よーし、レッツゴー!」
ハイタッチ出来ずしょんぼりするエリザベートの手を握り、リオは扉を蹴破って先へ進む。リオの手の暖かさを感じ、エリザベートは幸せそうに頬を緩めていた。
◇―――――――――――――――――――――◇
リオたちが先へ進むと、早速目の前に分かれ道が現れた。十四ある道のうち、八つは入り口の前の地面に印がつけられている。
恐らく、進む道が被ってしまわないように目印として刻んでいったものだろう。リオはそれを見て、首を捻りながら悩む。
残り六つの分かれ道のうち、どこへ進むかを。
「リオさん、どうしますか? 六つのうち、どこに進みます?」
「エルザ、何故わたくしではなく師匠に聞きますの? あなたわたくしの従者ですわよね?」
「この班のリーダーはリオさんなので」
自分を無視してリオに判断を仰ぐエルザにムッとするエリザベートだったが、そう返されては彼女も納得するしかなかった。リオはしばらく迷ったのち、ポンと手を叩く。
「よし! 悩んでてもみんなに追い付けないし、ここは勘に任せよう! ……ここ!」
リオは己の感性に身を任せ、一番よさそうだと感じた道を指差す。左端から六番目の道を選んだリオたちは、地面に印を書いて先へ進む。
その先に、何が待ち受けているのかも知らずに。
「曲がりくねった道ですわね……。歩きにくいことこのうえないですわ」
「そうだね。足元に気を付けて進もうね、エッちゃん」
石ころだらけのぐねぐね曲がった道を、リオたちは足を挫かないよう慎重に進んでいく。リオは定期的にカラーロの魔眼を使って罠が仕掛けられていないかチェックする。
そのおかげで、崖の壁に仕込まれていた毒矢、石ころに紛れていたトラバサミといった罠を回避することが出来た。途中、リオたちは平らな岩場で休息を取る。
「どうぞ、師匠。冷たいお水ですわ」
「ありがと、エッちゃん。ずっと歩いてたから疲れちゃったね」
「ええ。ここの道は歩きづらいですから」
足場が悪く、罠の存在もあり流石のリオと言えど普段より疲労が溜まるペースが早かった。エリザベートとエルザも汗をかいており、疲労が溜まっているようだ。
しばらく休息してから先に進もう。リオがそう二人に声をかけようとした時、三人の頭上を影が横断していった。咄嗟に上を見上げるも、上には誰もいない。
「……? 気のせいかな? 今何か通ったような……エッちゃん、危ない!」
「きゃあっ!」
直後、頭上から矢が降り注いでくることに気付き、リオはエリザベートとエルザの腰を掴んで岩場から飛び退く。固い岩を穿ち、六本の矢が突き刺さる。
「へえ、避けたのか。なかなかやるじゃないか」
「お前か! 矢を射ったのは!」
リオが振り返ると、崖の上から一人の男が飛び降りてきた。男の背中には鳥の翼が生えており、両足で大きな弓を握っている。
鳥の獣人は滞空しながらニヤリと笑う。リオの言葉に頷き、親指で自分を指差す。
「そうだ。俺の名はゼーレン。メーレナ家に雇われた傭兵だ。悪いが、お前たちにはここで消えてもらうぜ」
「なるほど。私たちを待ち伏せしていた、ということですか。ですが、残念でしたね。もうあなたはおしまいです」
「はあ? 何を言って……ぎゃあああ!」
エルザの言葉を聞き、訝しんでいたゼーレンの身体が突如として燃え上がる。エルザの先天性技能――【灼炎眼】によって燃やされたのだ。
「ぐあああっ! か、身体が……熱い……」
「片付きましたね。お二人とも、先へ進みましょう」
「え? う、うん」
問答無用で焼却され、ゼーレンは息絶えた。少し気の毒に思いながらも、リオはエリザベートたちと一緒に先へ進んでいった。




