112話―スプラッシュ・ストライク!
「報告します、レンザー様。メーレナ家当主ザルーダは、シベレット・キャニオンの各地に大砲やバリスタを設置しています」
「ふむ、だろうな。私がザルーダの立場ならそうする。して、その数は?」
「はい。兵器の数は……」
作戦会議が始まり、偵察班がレンザーへ報告を行う。谷のあちこちにある死角に、大砲やバリスタといった迎撃兵器が設置されているのだという。
実際、偵察班も半数近くが大砲やバリスタの攻撃を受けて負傷してしまっていた。彼らの報告を聞き、レンザーは顎を撫でながら考え込む。
「ふむ……兵士による攻撃はほぼなかった、か。ザルーダめ、傭兵を雇う金をケチったか……あるいは本邸の守りを固めさせているかのどちらかだな」
「俺もそう思います。ザルーダはずる賢いですから、恐らく傭兵を雇った上で何かしら策を講じているかと」
レンザーとヘラクレスの言葉に、一族の戦士たちも賛同する。もう一度偵察し、詳しい罠の配置を調べようかという案が出たその時、リオは閃いた。
危険な偵察をせずとも、谷に仕掛けられた兵器や罠を機能不全に陥らせることが可能な作戦。かつてロモロノス王国で決行した、例のアレを――。
「レンザーさん、僕ちょっといい作戦を思い付きました!」
「ほお? 面白い、話してみろ」
レンザーだけでなく、ヘラクレスやエリザベートをはじめバンコ一族がリオの話に耳を傾ける。あまりにも突拍子もない、それでいて魔神ならではの策に、皆度肝を抜かれた。
「わっはっはっはっはっ! そいつはいい! ザルーダの驚く顔が目に浮かぶようだわい! ようし、私の勅命だ! その作戦の決行を認めようじゃないか!」
「わたくしも賛成ですわ! ……それにしても、師匠ったらあの時そんな凄いことをしていらしたのですね……」
当主の鶴の一声で、リオの案が採用された。リオは早速準備をするため、谷の入り口へ近付いていく。その後ろ姿を見ながら、ヘラクレスはエリザベートにささやいた。
「エリザベート。お前の彼氏ってとんでもないな」
「か、かれ……!? し、師匠とはまだそんな……もう、ヘラクレスったら!」
「へぐっ!?」
恥ずかしがるエリザベートの右ストレートの直撃をみぞおちに食らい、ヘラクレスは崩れ落ちる。それを見て、エルザは深いため息をついた。
◇―――――――――――――――――――――◇
「ここらへんでいいかな……界門の盾を置いて、っと」
シベレット・キャニオンの入り口を形作る両端の崖にぴったりくっつくように、リオは巨大な界門の盾を作り出す。もう一つ、普通サイズの界門の盾を作り出しその中に飛び込む。
リオが向かったのは、かつてガルトロスと邂逅したロモロノス王国近海にある無人島だった。三つ目の界門の盾を作り出し、一つ目の巨大な盾とリンクさせる。
「よーし、やるぞ! この前みたいに海水で押し流してやる! そーれ!」
ニヤリと笑いながら、リオは三つ目の界門の盾を開き海の中に投げ込んだ。彼の作戦……それは、少し前に行った海水による掃討戦法であった。
ユータム島の結界を守る魔族兵たちにしたように、大量の海水をシベレット・キャニオンに流し込んで大砲などの兵器を一網打尽にしてしまおうと考えたである。
「そーれそれ! どんどん流れろ、海水ー。悪い奴らを押し流しちゃえー! かいもーん!」
二つ目の界門の盾を開き、シベレット・キャニオンの様子を見ながらリオは楽しそうに歌う。魔力を操作し、リオはいよいよ一つ目の盾を開く。
抗うことの出来ない強大な自然の力が、メーレナ家に襲いかかろうとしていた。
◇―――――――――――――――――――――◇
「……来ないな、バンコ家の奴ら。何をやってるんだろうな」
「さあ。さっき、偵察に来たっぽい奴らが通り過ぎていきましたけどねぇ」
リオの作戦が決行されたとも知らず、谷底に潜伏している傭兵たちは呑気にお喋りをしていた。谷の構造を熟知しているザルーダの指示を受け、彼らはバンコ一族を待っていた。
死角に潜み、大砲やバリスタに気を取られている敵へ不意打ちを仕掛けようと待機していた彼らの耳に、遠くから水の音が聞こえてくる。少しずつ音は大きくなり、そして……。
「た、隊長! なんですあれ!? 大量の水が迫ってきます!」
「なっ……!? お前ら逃げろ! 上だ、崖を登れえっ!」
音のする方を双眼鏡で見ていた傭兵の叫びに、隊長は即座に指示を下した。隊長を含め部隊の半数はなんとか第一波を切り抜けたが、何人かは水に呑まれ消えてしまう。
「クソッ、バンコ家の連中め……一体何をしやがった!? こんな大量の水をどうやって……」
なんとか崖の上に逃げ延びた隊長たちは、谷底を流れていく大量の水を見下ろしながら呆然とする。悪いことに、凄まじい量の水がぶつかったことで崖の一部が崩落してしまっていた。
そのせいで崖の上に設置されていた大砲やバリスタの半数が水に呑まれ、岩壁に叩き付けられ破壊されてしまった。その様子を見たリオは、予想以上に作戦が上手くいったことを喜ぶ。
「よーし、いい感じだぞ。傭兵さんたちは気の毒だけど……戦いだし仕方ないよね……。さーてと、流れていった海水はどうなったかな?」
逃げ切れず濁流に呑まれた傭兵たちを気の毒に思いながらも、リオは界門の盾を操作して水が向かう先を見る。谷の半ば、まだ偵察班が到達していないポイントは大慌てだった。
なにしろ、突然大量の海水が流れ込んできたのだから慌てるのも無理はない。見張り用のやぐらは押し流され、谷底に仕掛けられていた毒ガスを発生させる魔道具も壊れてしまう。
「崖門を閉じろ! これ以上水が流れ込めばメーレナ家の本宅が甚大な被害を受けるぞ!」
「氷魔法が使える者はありったけの魔法を放て! 水を凍らせて押し止めろ!」
谷の入り口近辺にいた部隊とは違う傭兵たちが、海水を止めようと奮闘していた。それを見たリオは、これ以上水攻めをするのは悪手だと考え攻撃を止める。
右の拳を握り締め、ジャスティス・ガントレットに嵌め込まれた水色の宝玉の力を発動させる。すると、それまで勢いよく流れていた海水の勢いがピタッと止まった。
それまでの勢いが嘘だったかのように海水は退いていき、巨大な界門の盾を通して海へ戻っていく。完全に水が退いたのを見届けた後、リオは界門の盾を閉じる。
「これでいいかな。僕もエッちゃんたちのとこに戻ろう」
リオはエリザベートたちが待つ本陣へ戻り、界門の盾を消去する。
「あの、師匠? 先ほど、あの大きな盾の向こう側から水が流れる音が……かなりの勢いで聞こえてきたのですけれど……」
「うん。実はね……」
若干顔をひきつらせながら問いかけてくるエリザベートに、リオは何をやったのか説明する。あまりにも大がかりかつダイナミックな作戦に、その場にいた全員が唖然としてしまう。
……ただ一人、レンザーを除いて。
「だぁーっはっはっはっはっ! こいつは傑作だ! お前さん、本当に最高だな! 我が一族の策士でも、そんなぶっ飛んだ作戦は思い付かんぞ! いや、ますますお前さんを気に入った!」
「えへへ、ありがとうございます」
レンザーに絶賛され、嬉しさのあまりリオはふにゃりとした笑顔を浮かべる。その笑顔に、エリザベートをはじめレンザー家の女傑たちはハートを射抜かれてしまう。
「師匠……なんと可愛らしい笑顔……うふふ……」
「ええ。私もそう思います」
何はともあれ、リオが決行した作戦のおかげで脅威の大半が排除された。レンザーは号令をかけ、いよいよシベレット・キャニオンへ攻め込んでいく。
「行くぞお前たち! メーレナ家当主、ザルーダを討つのだ!」
「おおー!」
グリフォンに跨がり、バンコ一族は進撃する。戦いの火蓋が、切って落とされた。




