110話―バンコ家とメーレナ家
エリザベートと共に、リオはバンコ家当主レンザーの部屋へと向かう。レンザーは何か書類を書いており、リオとエリザベートが入ってきたことに気付いていない。
「おじ様? 師匠がお見えになられましたわ」
「……」
「……おじ様?」
レンザーはエリザベートに声をかけられても反応しなかった。よほど集中しているのだろう、凄まじい勢いで羽根ペンを動かしている。
何度も声をかけ、ようやくレンザーはエリザベートたちの存在に気が付いた。
「む、いたのかエリザベート。おお、それにリオくんまでいるとは。今日はどんな用事かな?」
「いきなり来ちゃってごめんなさい、レンザーさん。実は……」
突然の来訪にも関わらず、快く出迎えてくれたレンザーにリオはバンコ邸を訪れた理由を告げる。メーレナ家との仲介役をしてほしいと告げられ、レンザーは顔をしかめた。
「……奴らとの仲介役か。済まないがそれは出来ん。つい先日、メーレナ家当主ザルーダが我々に宣戦布告してきたのでな」
「宣戦布告……?」
レンザーの言葉に、リオは目を丸くしてしまう。エリザベートは知っているようで、詳しい話をリオに語って聞かせる。
「はい。昨日突然、メーレナ家から使者が来ましたの。わたくしたちバンコ家を滅ぼすと伝えてきましたわ。真なる神の目覚めがどうとか言っていました」
「使者はその場で斬り捨ててやったわい。対応に出たエルザを暗殺するつもりだったようだからな」
エリザベートの説明に合わせ、レンザーは忌々しそうに言葉を付け足す。彼らの話を聞き、リオはこれまで感じてきた嫌な予感の正体に気付く。
どういう理由があるかは知らないが、メーレナ家はファルファレーに味方し、四大貴族の中で最も武芸に秀でたバンコ家を潰すつもりでいるようだ。
(……参ったな。なんだか面倒なことになってきちゃったぞ。でもこのままじゃ目的を達成出来ないし、レンザーさんには恩もあるから……よし、手助けしよう)
リオはロモロノス旅行を手配してくれた恩返しと鍵の確保のため、レンザーに加勢することを決めた。その旨を伝えると、レンザーとエリザベートは大喜びする。
「そうかそうか! いやー、リオくんがいてくれるなら百人力……いや、千人力だ! な、エリザベート」
「ええ。わたくしもまた師匠と一緒に戦えて光栄ですわ!」
根っからの武人気質全開な二人に、リオは苦笑いをする。レンザー曰く、一族の戦士たちを招集して三日後にメーレナ家の本拠地を攻めると言う。
「それまではここを自分の家だと思ってくつろいでくれ。なんなら、エリザベートの部屋で暮らしてもいいぞ?」
「ちょ!? な、なにを言い出しますのおじ様は!」
「あはは……それはちょっとまずいかな……」
冗談混じりにそんなことをのたまうレンザーに、エリザベートは顔を赤くし、リオは苦笑いをするのだった。
◇―――――――――――――――――――――◇
エルヴェリア大陸南端、メーレナ家の拠点がある険しい谷、シベレッド・キャニオンに大量の兵器が運び込まれていた。谷底の通路を見下ろせるやぐらの上から、一人の男がその様子を見下ろす。
「ふふふ、素晴らしい眺めだ。大砲にバリスタ、毒ガス生成器……これだけの兵器があれば、バンコ家を滅ぼすのは容易いだろう」
「あまり慢心するな、ザルーダ。向こうには確実に盾の魔神が味方するぞ」
「おお……! 偉大なる神の子よ! 我が元へ来ていただけるとはなんたる僥倖!」
やぐらにいた男――メーレナ家当主ザルーダ・メーレナに、後ろから声がかけられる。彼が振り向くと、そこには神の子どもたちの一角、ジェルナが立っていた。
ザルーダはひざまずき、恭しく頭を下げる。敬意に満ちた眼差しを向け、両腕を斜めに交差させながら挨拶の言葉を述べようとするも、手で制止された。
「前置きはいらない。今回は様子を見にきただけだ。勇み足は身を滅ぼすからな。……しかし、この短期間でよくこれだけの兵器を揃えたものだ」
「我が一族は各国で孤児院の経営や慈善事業を行っておりますので……。寄付金がたんまりと懐に入るのですよ、たんまりとね……」
感心するジェルナに、ザルーダは悪どい笑みをうかべながら答える。各地で行っている慈善事業の見返りに、多額の資金を受け取っているのだ。
そのため、その資金の一部を着服し、様々な兵器を取り揃えるために貯めていたのである。いつの日か、ファルファレーからの指示があるその日まで。
「下界のことは興味ないが……なるほど、お前がやり手だということは分かった。しかし、兵器ばかりでは盾の魔神には勝てん。奴は我々の上を行く発想力がある。奇想天外な策を使われればとうなるか」
「偉大なる神の子よ、その点も抜かりはありません。我が一族が経営していた孤児院の記録を調べたところ、見つけましたよ。盾の魔神……リオが暮らしていた孤児院の記録をね」
ジェルナはザルーダの手腕を誉めるも、懸念事項を伝える。それに対し、ザルーダは懐から筒を取り出し、その中に納められた紙を見せる。
「ほう。見せてもらおうか」
「どうぞ、こころゆくまでご覧ください」
ザルーダから紙を受け取り、ジェルナは孤児院で書かれた記録
に目を通す。記録には、以下のことが記されていた。
『本日付けで、新たに一人の哀れな子が当院に引き取られた。リアボーン王国の遺臣を名乗る者が連れてきた赤ん坊だ。彼の話はいささか信じがたいものの、親無き子を守り育てるのは我らの勤め。リオという赤ん坊を預かり、育てるものとする』
記録を読み終え、ジェルナは無言で紙をザルーダに返す。記録を発見するまでの苦労を延々と語る彼を無視し、ジェルナは思考を巡らせる。
「……ええ、苦労しましたよ。なにしろ、見た目が変わってるせいで照合するのが……」
「ザルーダ。その孤児院に勤めていた者が今どこに住んでいるか分かるか?」
「へ? ……ああ、なるほど。そういうことですか」
はじめはジェルナの意図を汲めずきょとんとしていたザルーダだったが、少しして彼女の企みに気付きニヤリと笑う。ジェルナの脇腹を肘でつつきながら、意地の悪い笑みを浮かべる。
「くふふふ。なるほど。そういうことですか。分かりました、我が一族の情報網を使って探し当てましょう」
「任せた。フフ……盾の魔神よ。お前の優しさが己を滅ぼすのだ……覚悟しておくがいい」
やぐらの上で、ザルーダとジェルナは高笑いをする。二人の笑い声は、いつまでも谷に響いていた。
◇―――――――――――――――――――――◇
「……そっか。そっちは無事に鍵を手に入れられたんだね」
「うん。一悶着あったけどね」
その日の夜、リオは界門の盾を使ってクイナを呼び寄せ情報交換を行っていた。二人が無事ゴッドランド・キーを確保出来たことをリオは喜ぶ。
一方、クイナはリオがメーレナ家とバンコ家の戦争に介入することを知り、心配していた。長年忍として活動してきた彼女の勘が、危険信号を灯しているのだ。
「ねえ、リオくん。拙者やカレンと代わってもいいんだよ? 無理にメーレナ家と接触しなくても……」
「ありがとう、クイナさん。心配してくれて。でも大丈夫だよ。何があっても絶対勝つから。それに、レンザーさんに恩返ししたいんだ」
へにゃりとした、いつもの柔らかな笑みを浮かべながらリオはそう答える。クイナはリオの言葉を聞き、ふうと息を吐く。そして、懐から一枚の御札を取り出した。
「ん。じゃあ、せめてこれを持ってって。拙者特製の忍術が仕掛けられたお守りだよ」
「ありがとう、クイナさん。……そういえば、カレンお姉ちゃんはこれからどうするって?」
「ユグラシャード王国に行くってさ。あっちの結界が消えたって噂があってね、真偽を調べるって」
御札を受け取った後、リオはカレンとクイナの今後の予定を聞く。ユグラシャード王国に向かう予定であることを告げ、クイナは笑う。
少しして、クイナはあることを思い出しポンと手を叩く。懐から水色の宝玉を取り出し、リオに向かって差し出す。
「あ、そうだ。これリオくんに返すね。拙者ももう魔神になったし、宝玉ももういらないからさ」
「うん。……今さらだけど、凄い話だよねえ。クイナさんが牙の魔神になっちゃうんだもん」
そう呟きながら、リオは水色の宝玉を受け取る。ジャスティス・ガントレットを出現させ、手の甲の穴に宝玉をゆっくりと近付ける。
宝玉から水色の蒸気のようなものが立ち昇り、ひとりでに穴に収まった。ガントレットを通じて水の力がリオの身体を駆け巡り満たしていく。
「ん、いい感じ。ありがとね、クイナさん」
「気にしない気にしない。さてと、拙者はそろそろ帰るね。カレンがうるさいから」
「うん。なにかあったら連絡するね」
宝玉を返した後、クイナは界門の盾を通ってカレンの元へ帰っていった。それを見届けたリオはベッドに寝転がり、籠手に嵌め込まれた三つの宝玉を眺める。
――メーレナ家との鍵を巡る戦いが、すぐそこまで迫ってきていた。




