105話―湿地帯の戦い
リオとバギードの戦いが終わった頃、クイナはローレイにしがみつき街から離れようとしていた。街中で【魔念】を使われれば、甚大な被害が出るからだ。
「くっ、この! いい加減離れろ!」
「やーだよ! このまま一緒に、街から出てもらうから!」
ローレイはクイナを振り払おうと、あちこちを飛び回り激しく身体を揺さぶる。が、糊で張り付けたかのようにクイナはピッタリくっつき離れない。
彼女が使った忍法、『小判鮫の術』によるものだ。クイナは時折ローレイの軌道を修正しつつ、あらかじめカレンと決めておいた合流ポイントへ向かう。
「くうっ、いい加減に……」
「カレン、来たよ! おもいっきりやっちゃって!」
「まっかせろい! いくぜ、雷転の鎚!」
とある路地の裏まで来たところで、クイナは大声で叫ぶ。すかさず物陰からカレンが飛び出し、ローレイに向かって鉄槌を叩き込んだ。
不意打ちを食らったローレイは、バチバチと静電気を弾けさせながら、溶けるように消えていく。カレンの持つ魔神の力で、街の外に転移させられたのだ。
「どうだクイナ、あいつはどこにいる?」
「ん。問題ないよ、バッチリ街の外にいるよ」
「そっか。へへ、リオの真似すんのも楽しいもんだな」
クイナはローレイの身体に自分が着ている忍装束の帯の一部を張り付け、居場所を探知出来るようにしていた。無事街から追い出すことに成功し、カレンは笑う。
「よっし、リオのためにもあいつをぶっ倒さねえとな! いくぜクイナ。歯ぁ食い縛れよ?」
「……出来るだけ優しくね?」
カレンはそっとクイナに雷転の鎚を振り下ろし、ローレイのいる場所へ転移させる。続いて自分の頭にも振り下ろして街の外へと向かう。
三人が飛ばされたのは、帝都の北東にある湿地だった。転移した弾みにしりもちを着いてしまったカレンは、尻に触れる水の冷たさに飛び上がってしまう。
「うおっ!? つめた! クソッ、なんつーとこに飛んでんだよもう……もう用ないし、雷転の鎚は消しとくか」
「ぬうっ……貴様か。妙な真似をしおって……! なるほど、バギードと引き離しておけば楽に勝てるという魂胆か」
先に転移させられていたローレイは、カレンとクイナの作戦に気付き嘲笑う。二対一の状況でも、自分が負けるとは微塵も思っていない。
そんな自信に満ち溢れたローレイに向かって、クイナは腕を組み逆に笑い返す。ニッと口角を吊り上げ、隣にいるカレンをチラッと見る。
「勝てるさ~。だって……こっちは抜群のコンビネーションがあるもんね!」
「そういうことだ! もう二度とオイタ出来ないように、てめぇはここで始末してやる!」
カレンはそう叫び、金棒を呼び出してローレイに突撃する。それを見たローレイは、クイッと手をひるがえす。すると、湿地帯の水が浮かび上がり、壁に変化した。
「チッ、邪魔な壁だな! ぶよぶよして攻撃が効かねえ!」
「ムダなこと。私は父より頭脳を与えられた。お前たちのやろうとしていることなど、手に取るように分かる」
「そうかよ、んじゃいつまでそんなこと言ってられるか見せてもらおうかな!」
せせら笑うローレイにそう啖呵を切った後、カレンは一旦飛び退きクイナの元へ戻る。カレンは左手を背中に回し、あらかじめ決めておいたハンドサインをする。
それを見たクイナは、素早くブリッジの体勢を取り膝でカレンを受け止めた。そして、摩訶不思議な忍の妙技を発動し、さらなる攻撃を行う。
「それじゃあいくよ、カレン! ゴブリン忍法……『帷子飛燕の術』!」
「む……? 何をするつもりだ?」
ローレイが訝しむなか、クイナの着ている忍装束がもこもこと盛り上がる。装束の内側に着込んでいる鎖帷子の形が変化し、二人の下半身を包み込んでいく。
そして、あっという間に大砲の砲身へと変化してしまった。
「面白い手品だ。子どもにはさぞ人気だろうな」
「ふーん。言っとくけど、ただの手品でもこけおどしでもないからね? これはね……本物の大砲なのさ! いけー、カレン!」
「うおっしゃあ!」
クイナは曲げていた脚を伸ばし、勢いよくカレンを射出する。砲弾のように飛び出したカレンは、水の壁を突破しローレイにぐんぐん迫っていく。
「このまま叩き潰してやる!」
「そうはいかんな。ほれ」
「うおっ!?」
ローレイが手を横に振ると、魔念によってカレンの軌道が手の動きに沿って反らされてしまう。少し離れた草地に飛んでいったカレンを見て、ローレイは嘲笑った。
「そんなものか? 所詮は下等生物、安っぽい手ばかりだな」
「随分失礼な物言いだね。拙者もカレンも、そこまで言われたら……怒っちゃうかな!」
遠距離からの攻撃は全て無意味だと悟ったクイナは、鎖帷子を元に戻し走り出す。ローレイは足元の水草を無数の蛇へと変化させ、クイナを襲わせる。
「食い尽くせ、蛇よ」
「おっと、やられないよ! 【空斬離之御手】発動!」
自身の先天性技能を発動させ、クイナは手刀で水草蛇をスパスパと両断していく。それを見たローレイは舌打ちし、さらに蛇の数を増やしていると……。
「さっきはよくもやりやがったな! お返しだおらあっ!」
「チィッ……ぐっ!」
戻ってきたカレンが金棒を振り上げ、ローレイに向かって勢いよく振り下ろした。渦巻く空気の盾を作り出して攻撃を防ごうとしたローレイだったが、それより早くカレンの攻撃が炸裂した。
「おのれ……! 調子に乗るな!」
「そうはいくかよ! 雷斬の鎚!」
カレンは襲いかかる無数の水草蛇を倒すべく、魔神の力を発動する。金棒の持ち手側の先端から鎖が伸び、小さな鎚が作られていく。
鎚頭部分には円形の刃が取り付けられており、叩くより斬ることに主眼を置いた形状になっていた。カレンは鎖を左手で掴み、勢いよく振り回す。
「オラオラオラあっ! ぜーんぶアタイが刈り取ってやるよ! 伸び放題な雑草は処理してやるぜ!」
「いいよいいよー! カレン、このまま挟み撃ちだ!」
それを見たクイナは位置を調整し、ローレイを挟み撃ち出来るよう体勢を整える。ローレイは水草蛇を操りながら、忌々しそうに舌打ちをした。
爪先に魔力を集中させ、水面に勢いよく突っ込む。水面に立った小さな波が段々大きくなり、二人の足をとって転ばせる。
「わっ!」
「うおっ……て、やべえ!」
「ほれ、これでも食らえい!」
クイナは完全にバランスを崩して派手に転び、カレンはどうにか踏みとどまった。それを見たローレイは、カレンを優先して攻撃を行う。
掬い上げるように腕を振り上げ、水の塊を飛ばしてカレンを上から押し潰してしまった。水草とは違い、雷斬の鎚ではどうにも出来ずカレンはもがく。
「だあっ、クソッ! この水、まとわりつくんじゃねえ!」
「フッ、その状態では自慢の雷も使えまい。自ら感電死するようなものだからな」
まだ完全に力を使いこなせていないカレンは、自分の作り出した電撃への耐性を持っていない。故に、水の塊をはね除けようと電撃を出せば、自分が先に感電死してしまう。
カレンが大雑把な攻撃しかしてこないことに気付いたローレイは、的確に雷を封じる手段を採ったのだ。
「さて、お前は後でゆっくり料理してやるとしよう。まずは……あのゴブリンからだ」
「うわっ! このっ、離して! 離してったら!」
クイナはローレイが操る二つの水の触手に手足を掴まれ、逆さ吊りにされてしまう。水面を滑るように移動し、ローレイはクイナの目の前に立つ。
「さて、下等生物よ。お前はこんな拷問を知っているかな? 延々とただ水を飲ませ続ける……吐ことが暴れようが、決して止めない。そんな拷問を」
「何を……もがっ!」
ローレイの言葉にクイナは嫌な予感を覚え、拘束から抜け出そうとするも遅かった。三つ目の水の触手が現れ、先端から大量の水を落として無理矢理クイナに飲ませ始めたのだ。
クイナは息を吸おうとするも、流れ落ちる水が口や鼻に入り呼吸が出来ない。息苦しさに悶えるなか、愉快そうなローレイの声が彼女の耳に届く。
「ハハハハ! いい顔だ。素晴らしい苦悶の表情だよ。さあ、もっと苦しめ! もっと足掻け!」
(ダメ……このままじゃ、窒息する……。この水さえ、どうにか出来れば……それだけの力が、拙者にあれば……!)
意識が遠退き始めるなか、クイナは心の中で悔しそうにそう呟く。次の瞬間、彼女の忍装束から水色の光が放たれる。
「ぐっ……! なんだ、この光は!?」
光はクイナの視界を塗り潰し、全てを水色に染め上げていった。




