臨時生徒会長 その4
俺の頬がボレロの柔らかい生地に触れた。
そっと触れているだけなのに、布の向こう側に女の子の膨らみがあると思うだけで心臓がバクバクする。
顔を上げると、生徒会長が俺を見ていた。
俺の頭の位置が生徒会長の胸辺りなので、見上げている格好になる。
表情はこれまでと同じく、優しく微笑んでいる。
デコの言っていたことは本当だったのだ。
こんなことが許されるのか?
俺はテツの掟を思い起こし、その細部までを確認した。
【女の子を押し倒してはいけない】という掟はない。
だがまて【人の嫌がることをするときは良く考えてから】というのもある。
人の嫌がる事はするなって? いや、悪いことをしていたら嫌がられても止めるのだ。
葛藤する俺を、生徒会長が優しく見守ってくれる。
これは、嫌がっていないよね?
ならばそう、女子の胸というものは、なんというかこう。
その柔らかさが大事であり、ならば触れるだけではなく顔を埋めてなんぼだと思うのだ。
俺は意を決して谷間に向かって顔を振りかぶった。
むぎゅう。
柔らかい感触が顔に触れる。
それは、白くて細い。
生徒会長の両の手のひらが俺の顔につっかえ棒をしているのだった。
*
「はい。ここまで」
生徒会長の無情な仕打ちに俺は非難の声をあげた。
往生際の悪い俺の顔は、生徒会長に抑えられたままだ。
「どーひてでふか?(どうしてですか?)」
「デコ様からの連絡は碇矢くんを抱きしめるまでなの。それと胸に向かって顔を振りかぶる姿が馬鹿っぽかったから」
生徒会長はそのまま俺を押しのけるとベッド脇の丸椅子に移動した。
表情が冷たい。
唇もさきほどまでの微笑みではく真一文字に結ばれている。
そこに、さっきまでのふんわり系おねえさんは居なかった。
「さっきまでと少し雰囲気違いますよね?」
「自分を偽るのは疲れるわ」
「演技ってことですか?」
その答えとして、生徒会長は足を組んだ。
お嬢様の座り方としては相応しくないし、ふんわり系お姉さんとしてはエロティックだ。
「確認ですけど、生徒会長は俺の言うことを聞いてくれるんですよね?」
「あら? 何のために?」
え?
何のためってそれは……何か根本的な部分がガラガラと崩れる音がする。
「俺がご主人さまなんでしょう?」
「あれはデコ様から、碇矢くんに年上バブミ処女ビッチを楽しませろと言われてたからよ」
そこま本当なんだと、安心してしまった。
「あれ? そのデコが子分で俺が親分なんですよ。だから俺の言うことを聞いてくれんじゃないんですか?」
「違うわよ。あくまでも私のご主人さまはデコ様よ」
なんだよそれ。
俺がご主人さまだって一緒だろ!
「だったら、いまデコに連絡するから待ってろよ」
俺たちの友情エロパワーを見せてやる。
何をさせてやろうか?
『おっぱいを揉ませろ』
俺は送信したその画面を生徒会長に見せつけてた。
気まずい一分ほどの待ち時間を挟んで、生徒会長はスマホを操作しはじめる。
デコからのメッセージに返信をしているのだろう。
「俺とデコの友情を舐めないでもらいたいですね」
しかし、震えたのは俺のスマホだ。
『デコのおっぱいでヤンスか? オヤビンがどうしもと言うなら別にいいでヤンスよ? ただ、オヤビンとこれまで通り友達でいられるか自信はないでヤンス』
違うわ!
なんで同級生男子の胸を揉まなきゃらないんだよ!
『違う、お前のじゃない。俺たちの友情はこれまでどおりだから! 生徒会長のおっぱいだよ』
今度こそしっかり書いた。
生徒会長は俺が惨めにもデコに泣きつくのを足を組んで見ている。
悔しいがお嬢様校のワンピースで足を組むなんて事が、今のクールな生徒会長にはよく似合った。
「おくったぞ」
俺はまた送信済みの画面を生徒会長につきつけた。
「あなた達の友情って性別を超えるのね? そういうの嫌いじゃないわ」
そこは見ないで!
そしてデコからの命令待ちタイム。
「スマホ鳴ってませんか?」
「どうかしらね?」
もう一分くらいは経過した。
「メッセージが来てないか確かめてくださいよ」
「いや。デコ様の命令は聞くけれど、スマホのメッセージ確認をするのは私の自由でしょ」
「なんで、こんな事になってんだよぉ!」
「短気な男の子はモテないわよ?」
「生徒会長!」
「臨時ね」
そんなのアリか。
だが俺は諦めない。
なにもデコだけが俺の熱い思いを伝える手段ではないのだ。
「臨時生徒会長。お願いがあります」
「いってごらんなさい」
「これはデコには関係のない、俺からのお願いです」
正面突破。
「おっぱいを触らせてください」
これぞ男の正攻法である。
ここまで散々、欲望をダダ漏れにしてきたのだ。
いまさら何の体裁を保つ必要があるだろうか?
「男らしい!」
生徒会長の反応は意外にも好感触だ。
「そうね。碇矢くんは玉砕覚悟のつもりかも知れないけれども、意外とそうでもないのよ」
その勢いに俺は乗る。
「そうです。この短時間でも俺はおっぱいに値する男。一目惚れならぬ一目おっぱいもあり得る男です」
「その自信やめたほうが良いわよ? 私もそこまで惚れっぽくはないし」
残念な返答ではあるが、生徒会長の微笑みは変わっていない。
「でもそうね。連理の臨時生徒会長としてなら碇矢くんの偉業に報いる事はやぶさかでないわ」
俺の偉業ってなんだよ?
転校してきたばかりだぞ?
「自覚がなさそうね。そうねぇ、対価としてはどのくらいかしら? 純潔くらいあげてもいいかもしれない」
あれ?
純潔ってなんだっけ?
俺が生徒会長からもらえそうなものリストにその単語はない。
別のボキャブラリには入っていそうだが、今は関係ないだろう。
「純潔って……なにか感染防止の単語でしたか? 消毒用アルコールみたいな?」
「碇矢くんはもっと勉強しないとダメね」
「ダメな男ですいませんね。それで生徒会長がくれる純潔ってなんですか?」
「処女よ」
*
生徒会長の言葉に俺は固まった。
「あらやだ。命令もされていないのに処女ビッチの演技を提供してしまったわ」
いや、今のは素だったぞ。
「今度はどんな方法で俺をからかおうってんです?」
「失礼ね。でも、あなたの貢献に臨時生徒会長として何かご褒美を個人的にあげようと思うくらいの感謝はしているのよ」
生徒会長が足を組み替えた。そして両手で自身を抱きしめる。
「私の処女くらいの価値はあると思う」
「俺、何かしましたか?」
「それは自分の目で確かめなさい」
「もらっても良いんですか?」
「んー」
凄い悩んでいる。
そんな境界線上なの?
俺は、生徒会長が初めてを捧げてもいい基準の境界線上にいるの!?
生徒会長は悩んだ末に両手をボレロに添えた。
胸の膨らみが強調される。
カチューシャのときもそうだったが、生徒会長は両手で触れるのが癖のようだ。
「碇矢くんは男の子だから、筋肉ルーレット出来るわよね?」
筋肉ルーレットは元お笑い芸人、今は筋肉の専門家になった「なかやまきんに君」さんの芸で左右の大胸筋を使ったルーレットだ。
学会からもこの世で唯一、完全にランダムな結果がでる装置だと言われている
信用に値する乱数発生装置なのだ。
俺は筋肉ルーレットの作法に従って正式なポーズをとってみた。
右手を曲げて力こぶを作り、腕をレバーのように押し下げる。
左右の大胸筋が上下を繰り返し、最終的に上がった状態を維持した大胸筋が当たりとなるのだが……
だがしかし、俺の薄い大胸筋はルーレットを初めてはくれなかった。
そもそも大胸筋って何処の神経で動かすんだ??
「無理ですね」
「あら残念。今日から腕立て伏せね」
あんなのはムキムキマッチョでないと出来ないだろう。
「生徒会長は出来るんですか? 出来ないなら腕立て伏せします?」
「出来るわよ。よく見てなさい」
マジですか?
もしかして鍛えているタイプ?
たしかにふんわり系を捨てた今の生徒会長ならジム通いをしていても不思議ではない。
俺は生徒会長の大胸筋を凝視する。
会長は体をゆらゆらと左右に振った。
それに合わせて膨らみも揺れる。
「ほらね」
これは筋肉ルーレットじゃない、だっておっぱいは……
「筋肉じゃなく脂肪でしょう」
「贅肉と言ってほしいわ。贅沢なお肉よ。最高級和牛並よ」
おいおい、いくら生徒会長でも自分のおっぱいを過信しちゃいませんかね?
俺は財布を取り出した。
「500円分だけ売ってください」
「高級肉だから先っぽくらいしか買えないわよ」
先っぽとか言うな。
むしろそこが最高級部位なんだよ。
「もしかして、タピオカチャレンジとかも出来ました?」
「出来なかったわ」
俺は、こんなに大きくても出来ないのかと、タピオカチャレンジの難易度の高さに驚きを隠せなかった。
「言っとくけど、アレが流行った頃は私まだ中1だったのよ」
生徒会長は名誉を守りきった感を出している。
「そのリベンジとして、成長した私は筋肉ルーレットに挑むのよ。筋肉ルーレット、スタート」
いや、大事な掛け声はそこではない。なかやまきんに君さんに謝れ。
そんな俺の思いを無視して筋肉ルーレットが始まった。
生徒会長は俺を見たまま真顔で筋肉ルーレットの作動音を口ずさむ。
「テテテテテ…テ…テ」
体を揺すりながら「右だと思ったでしょ? でも残念やっぱり左」みたいな顔をした。
だが、俺はどっちが当たりか聞いていない。
「……テ!」
緊張の一瞬! みたいにドヤ顔をされても知らないものは知らないのだ。
「右だわ碇矢くん」
「そう言われても、右が当たりかハズレか知りません」
「そういえば言ってなかったわね。じゃハズレにしましょう。碇矢くんに処女はあげません」
「じゃ」ってなんだよ当たりだったのか!?
「ほら、私は臨時生徒会長でしょう? 臨時処女ならあげていいけど? その場合、碇矢くんは臨時脱童貞ね」
「ありがとうございます。さっそく生徒会長に童貞を捧げたと自慢して回ります」
「臨時を忘れないで」
説明が面倒くさすぎるので自慢する気はない。
「でもね、そのくらい感謝しているのは本当。デコ様もそう思っているから私を用意したのよ」
「だから何なんです? 俺の偉業って。まったく思い当たらないのですが」
「せっかくだから自分の目で見てほしいな。いつになるかはまんぼう次第だけど」
*
午後の授業を知らせるチャイムが鳴った。
そういえばすでに予鈴が鳴っていたのだ。
「やば遅刻。生徒会長も急がないと駄目でしょ?」
生徒会長は俺を無視してスマホをチェックする。
スマホチェックは相手に失礼とか言ってなかったか?
「あらやだ、デコ様からメッセージが来てたわ。全然気づかなかった」
いまさらこのタイミングで!?
そう言って優しいお姉さんスマイルを称えて、両手を俺に向けて広げて見せる。
「碇矢くん。さぁこの胸に飛び込んでいらしゃい」
この女、時間切れになってから言いやがって。
「あら、来てくれないの? 寂しいわ」
「遅刻しますよ!」
「私は午後の授業無いもの。生徒会室に行くだけ」
「ちくしょう、遅刻は俺だけか。考えてみたら5分しか無いのに脱童貞もなにもなかった」
「碇矢くんなら5分でも出来るわ、自信を持って」
その自信は持ちたくない。
「もう時間がないので行きます」
「廊下を走っちゃダメよ? この学校にはこわーい監視係がいるから」
「わかってます」
加藤先輩に見つかっては大変だ。
俺はネクタイの首元を緩め、保健室の扉を開ける。
「生徒会長」
「臨時ね。なに?」
最後にこれだけは言っておこう。
「楽しい時間でした。ありがとうございます」
つづけ
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