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夢のカフェを開いたものの、店はJKたちのたまり場になるようです  作者: 春野 安芸
第1章

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012.ご褒美


「むぅ……。むぅ…………」

「…………」


 遥の家に乗り込んでから数日。

 学校の難所である中間テストを終えた金曜日のこと。


 俺はいつものように客も来ない喫茶店業に励み、そんな俺をカウンターで深浦さんが肘を付いて眺めていた。

 カウンターを挟んで向かい合うような体勢。普段ならいつものテーブル席に座るか俺の隣で椅子に座っているかするところを、今日は何故か真正面からじっと見てくる。

 その真っ直ぐな視線に耐えられず遠くの家具へと視線を向けていると、彼女が何か唸るように発する音が耳に届いた。


「…………どうしたの?深浦さん」

「なんでもないですよー。 むぅ~……」


 なんでもないと言いながらむくれる姿は明らかに怒っているよう。

 一昨日遥の家に行ってからずっとこうだ。あの日帰る時も針のむしろで、翌日には治ってると思ったけど、まさか継続とは。


 ちなみに本日の遥は、学校が終わってすぐ家へ帰ったらしい。なんでも退学はナシになったとはいえ、赤点を取ったものだから母親直々に勉強を見ると。

 …………ガンバレッ!


「そ、そうだ。 深浦さんのテストはどうだった?」

「…………まだ今日の2教科は返ってきてませんが……どうぞ」


 少し考えた後にバッグから取り出すのは、テストが収められたであろうファイル。

 数にして7枚ほど。基本5教科に加えて新たに2教科。そういえば遥の点数は把握してても、彼女の点数は一つも聞いてなかったな。


「ありがと。 …………うわっ!87点92点…………95点まで。 すごい、すごいよ深浦さん!!」

「そ……そうですか? ありがとうございます……」


 あまりに見ない点数に驚くと、彼女は髪を弄くりながら目をそらす。

 頬を膨らませて不機嫌そうだった表情はどこへやら。顔を伏せながら少し照れた仕草を見せてきた。


 しかし、称賛するだけの点数はある。

 全てが80点以上で一部90点をも超えた点数をも取っていて、彼女の頭の良さを実感させられる。平均が低かったらしい英語も、丁度80点で踏みとどまっていた。


「すごいなぁ……俺の高校時代は90なんて取ったことないからなぁ……」

「そうなんですか?」

「そりゃ難しいでしょ。 せいぜい……サービス問題ばかりのテストでようやく80超えるくらいだったし」


 そう。俺の学力は決して良くはない。

 悪すぎる……というわけではないが、テストの点に関しては平均まわりをうろちょろするのが精一杯だ。

 クラスメイトにも成績優秀な人はいたが、全教科80以上取る人はみたことがなかった。


「そうですか……。私ってすごいんですね……」


 彼女は小さく呟いてから顔を伏せる。それはカウンターに置かれたコーヒーカップと向き合い、水面に映る自分と向き合うよう。

 茶色の髪が垂れ、暫くそのままジッとしていると、何を思いついたのか彼女はバッと顔を上げて俺をまっすぐ射抜いてくる。


「マスター!」

「ん?」

「マスター! その……私も遥さんに勉強を教えて自分の分も頑張ったので…………ご褒美を、くれませんか?」

「ご褒美? まぁ俺があげれるものならいいけど……何がほしいの?」


 俺の問いかけに彼女は真っ直ぐだった視線が由来で一瞬逡巡する。

 しかし何度か深呼吸したかと思えば、カウンターから立ち上がってカウンターにバンっ!と手をつける。


「その……明日……デザート! デザートを明日おごってください!!」

「デザート?それくらい全然いいけど……なんで明日? 今からでも何か出そうか?」


 明日?

 それくらいワザワザご褒美にしなくても言えばすぐ出すのに。

 バイトとはいえ普段から熱心に動いてくれる彼女だ。痛手にもならない。


 しかし彼女は意図が違うようで、首を振りながらもう一度俺と目を合わせる。


「そうじゃなくって…………。 明日の土曜日!私と一緒に街へ行きましょう!お店を閉めて!!」


 意思の籠もった瞳がまっすぐ俺を見る。それは決意の表情と、必死の願いが込められていた。





 ◇◇◇◇◇◇





「ふぅ…………」


 人混みの溢れる街の片隅。

 待ち合わせスポットとして名高いこの場所に、私は1人彼を待っていた。


 大牧 総さん………。

 私を助けてくれた、大切な人。マスターになってからも側に居て、何気なくも大切な日々を共に送ってくれている。


 今日はそんな彼と、人生初の、大切なデートの日。


 今日のために身の着も必死に考えてきた。

 ああでもないこうでもないと、昨晩必死に考えてから3時間。ようやく決めたのはシンプルで相手に気負わせない、普通の格好。


 英文字が入った七分袖のシャツに、黒と白と白茶色のチェック柄スカート。

 ホントはもっと気合の入った服装にしたかったけど、マスターに余計な気を負わせたくないから。自然体で接してほしいから。


「でも……早すぎちゃったかな…………」


 手首に巻いた時計をちらりと見て天を仰ぐ。

 まだ涼しさの残る、5月末の晴天。雲ひとつない澄み切った空に私はゆっくり目を閉じて、はやる心を落ち着かせる。

 待ち合わせ時間までまだまだ30分は残っている。心を落ち着かせるには十分――――


「ぉ~~い」


 彼のことを考えるたび高鳴る心臓を抑えようと深呼吸していると、ふと遠くから聞き覚えのある声が届く。


 誰だろう……?彼ではない。

 ここは有名な待ち合わせスポットだし、誰かに似た声がしてもおかしくない。もし知り合いなら……適当に受け流そう。


「ぉ~~いっ!」


 段々と声が近づいてくる。

 この声……本当に聞き覚えがある。つい最近、よく聞くようになったような……明るく、ハキハキした、私には持ってないものを持っている友達の声……?

 でも彼女はここに居るはずが…………。


「お~いっ! レミミーン!!」

「ぇ…………遥さん!?」


 最近呼ばれるようになったあだ名が耳に入り、思わず深呼吸していた目を開いて目を向けると、大きく手を振りながらこちらに駆け寄ってくる女の子の姿が目に入った。

 ホットパンツに黒いシャツ、ジーンズシャツを羽織った元気で明るい、彼女の姿が。


「レミミンっ! おはよっ!」

「遥さん!? なんでこんなとこに!?」


 その突然の登場に、私は驚きを隠せないでいた。

 昨日約束を取り付けた時、遥さんは居なかったはず。それなのにどうして……


「およ? 夜メッセージ送ったじゃん! マスターに今日のこと聞いたからアタシも行っていい?って~!」

「ぇ…………あ、ホントだ…………」


 慌ててスマホを開くと、アプリにはその旨を聞く遥さんのメッセージが。

 きっと昨日服を決めるのに大忙しで、決まった途端疲れて眠ってしまったのが原因だ。通知が見えなかったのも寝ぼけた頭で一瞬見て、そのまま眠りに落ちたのだろう。


「今日は楽しもうねっ! レミミン!!」

「じゃあ……マスターは……」

「マスター? 駅で会ったよ! ほら、あそこに…………お~いっ!マスター!!」


 彼女の指差す方向を見れば私達の姿を探しているのか、キョロキョロと辺りを見渡す愛しいあの人の姿が。

 遥さんが大声を出すと同時に私達を見つけたようで、小走りでやってくる。


「せっかくのデートが…………はぁ…………」


 遥さんは好き。遊んだことはないけれど、きっと楽しめるだろう。

 でも、それとこれとは話が別。 今日はマスターと2人きりで楽しむ予定だったから、思わぬ予定の変化に誰にも聞こえぬ声量で小さくつぶやく。


 私の言葉は誰の耳にも届かず風に流れて消えていき、頭を切り替えて彼をまっすぐ見つめる。

 少し離れた場所にいる彼の目の前には、駆け寄っていったのか遥さんの姿が。 私も負けじと、そんな2人の元へ足を踏み出すのであった。

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