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第二談 松浦香里奈

 オーディションでは他の子のルックスは見ないようにしてきた。

 卑屈になってしまうから。

 でもライラーには嫌でも目を惹きつけられた。この子は絶対にオーディションに受かる、と直感した。

 でも負けたくないって、気合いを出した。


 ママにねだって連れて行ってもらった理沙さんのライブ、私、かぶりつくように見てたんだよ。

 理沙さんの創設したアイドルプロジェクト「No Cap」の、かわいいじゃないカッコイイアイドル。そのコンセプトは、かわいくない私にとって救済だった。


 自分がアイドルって顔じゃないのはわかってる。

 でもラップとダンスをやりたかった。ちっちゃい頃から体に染み込んだヒップホップダンスと、理沙さんのラップをまねしまくったスキル。


 ラップもダンスも、私にとっては戦うことだ。


 大好きなママとパパが離婚すると決まった夜、私はダンススタジオに駆け込んで「一晩ここで踊らせて」と先生に泣いて頼んだ。十四歳のあの夜、踊り狂って、私の才能は開花した。


 私にしかできないダンスとラップで戦って生き抜く。


 オーディションに受かった時は、喜びと恐怖が入り混じった気持ちになった。

 私以外全員、かわいくて美人で。


 私はライラーの引き立て役になっちゃうのかな。彼女の隣に立つのが怖かったのに。


 ライラーはダンスも歌もラップもできて、最高の人柄だった。頼りになるし優しい。トラブルにもすぐ対応してくれる。


 彼女こそNo Capのリーダーにふさわしい。わかってる。でも、その事実を飲み込めなかった。


 ジヨンは完璧な正統派美人、美々子は猫目のクール美人、千世は華奢で可愛い女の子。そしてスタイルも良くて顔立ちのはっきりしたライラー。


 アイドルはルックスをジャッジされる。無数の目に晒され、少し太っただけでもディスられる。それを覚悟していたのに。


『No Capに一人だけブスいるよね』

『みんなビジュいいのに一人だけ残念なのいる』


 SNSでエゴサーチするたびに見つかる、私へのルックスへのヘイト。見なかったことになんてできなかった。でもみんなの前では平気なふりをしてた。


 その言葉は、私の中で何度も反芻された。


 インスタやXのコメントにも「かわいくない」「一人ブスがいる」という言葉はなくならなかった。私を追い詰める悪意を感じて、息が苦しくなった。


 なんで、同じ悪口繰り返すの?


 逃げ道はなかった。ジヨンも「なんで韓国人がいるの?」「在日は帰れ」といった悪質なコメントを受けていた。


 まだ十代の私たちは、それにどう対応していいかわからない。


 事務所がアンチコメントを消してくれたけど、心に刺さったトゲは抜けない。ジヨンは「気にしないよ」といつもの笑顔で言った。そう言える彼女がうらやましかった。

 私は気にする。


 二枚目のシングルがようやく出せて、握手会の時、私は握手を飛ばされた。


 ライラーとは握手して「がんばってね」とすごく笑顔で言ったのに、その横にいた私にはすっと手をひっこめて冷たい目で見た。そしてその人は何事もなかったようにまた笑顔に戻って、千世とジヨンと握手をした。


 あ、私ってNo Capにいらないんだ。

 理沙さんが大好きで憧れて、努力してオーディションに受かったのに。そのあとのファンの対応で、私は弾かれた。


 握手会のあと、みんな焼肉行こうってはしゃいでた。私は体調悪いからと先に家に帰ることにした。すると全員が「じゃあ今日は家でピザパーティーしよ」と言い出した。


 メンバーはみんな、眩しいぐらいにいい子で、私の卑屈さが痛かった。

 リビングでみんながピザを何にするか楽しそうに話しているのを見ていると、「脱退」が頭をよぎった。


「ねぇ、あのファン酷かったよね。香里奈とだけ握手しなかった。あんなあからさまに態度悪いの最低。あの人はうちらのファンじゃねーから」


 ライラーがドスのきいた声で言い、獣のようにピザにかぶりついた。


「あれはムカつく」


 美々子が低い声で言う。


「…………私とも、笑顔じゃなかった。手がかすれただけだったよ」ジヨンが目を伏せて言ってから、すぐ笑顔になった。「でも気にしない! 他の人はすごく応援してくれて、ハッピーだったから」


「態度悪いのヤダよね」


 千世がうなずく。


 私はアンチコメントのフラッシュバックに襲われた。引っ込められた手。ああいう手が私をブスってスマホに打ち込んでるんだ。

 感情の発火は突然にやってくる。


「…………なんで、わざわざ言うんだよ。あれ酷くて忘れたかった、触れてほしくなかったのに」


 奥歯を噛み締める。


「あんたたちに、私の苦しみなんてわかんないよ! みんな美人でかわいいのに、私はブスだから! あのファンはブスの私と握手したくなかったんだよ。アンチコメントいっぱいきてるの、知ってるよね。ビジュよくないと、アイドルって認められないんだ!」


 私は怒鳴った。荒い息をして泣くのを我慢してた。

 グイッと両肩をつかまれた。


「自分のこと、ブスって言ってんじゃねーよ!」


 ライラーが私より大きな声で怒鳴った。


「なんだよ、あんたにわかるわけないじゃん! 自分で自分のことブスって認めないと仕方ないじゃん、こんだけ言われて!」


 私はライラーのTシャツの胸元をつかんだ。


「ムカつくの! 見た目ディスって、ちゃんとあんたの実力を見ようとしない奴が許せない。アンチコメント書いてるやつ、全員殴りてぇよ!」


 ライラーは顔を真っ赤にして怒鳴った。


「ムカつく、ほんとムカつく。ちゃんと香里奈のこと見てないのに、ファン面する奴なんて大っ嫌い! 許せないんだよ、あんたに『私はブス』なんて言わせた奴らがさ!」


 ライラーは瞳を震わせて怒鳴り、顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくった。私は唖然とした。


 ねぇ、なんでそんなに本気で怒ってくれるの。

 私らって結局は他人なのに。同居生活してから「家族みたい」ってライラーはよく言うけど、私はそうは思わなかったのに。


「…………私、さっき脱退すること考えてた」


「ダメ」


 美々子が即答して、私の真正面に立った。ライラーは大きな声で泣いているけれど誰もなぐさめず、千世もジヨンも私のすぐ傍に立つ。


「香里奈が脱退したら、私たちのダンスのキレがなくなる。リードダンサー香里奈がいなくなったら、No Capじゃなくなる」


 美々子は落ち着いた声で、でも泣きそうな顔で言った。


「そうだよ、お願い、一緒にいて。これから私たちがアンチコメントからあなたを守るよ。ずっと気づいてあげられなくてごめんね」


 ジヨンがそっと私を抱きしめる。


「ライラーよりももっともっと、私は香里奈へのアンチコメントにムカついてるから」


 千世は可愛い顔を、怖い顔にしていた。


 みんな、本気で、私のこと。


「ありがとう…………脱退しない。私のことちゃんと見てくれる四人がここにいるから」


 私は泣いているライラーを抱きしめた。


 リーダーだからって理沙と二人だけで話すところが嫌い。美人で性格よくてオールラウンダーパフォーマンスできるところ、嫌い。勇敢で諦めないところが嫌い。頼りになるところも嫌い。


 けれど。


「怒ってくれて、ありがとう。リーダー」


 ライラーは、No Capのかけがえのないリーダーだ。

 私たちを夢の舞台にリードしてくれる。

 彼女の隣で自分を誇れるようになったとき、私は本当にカッコイイアイドルになれる。


 泣いたらお腹空いたねって、そのあとはピザを六枚も頼んで食べすぎて動けなくなって、リビングで全員、寝落ちしちゃったんだよね。起きたときに「これイベントで笑い話にしよう、ピザ食い過ぎ事件」とジヨンが大きく笑って、私もみんなと一緒に笑った。


 ――――アウェーなステージほど私は燃える。夏フェスは私たちのことを知らない人も観客になる。売れ出し始めたばかりの私たちの真価を問う視線に晒されることを、恐れてはいけない。


 インスタへのアンチコメントは人気のたびに増えていった。

 でも、もう気にしない。

 かわいいアイドルじゃないと売れない――それを覆す。みんなが見たことのない鮮烈な私たちは、胸を張る。

 高くまで飛んだら地上は見えないよね。

 そうでしょ、リーダー。


 さあ、もっと飛ぼうよ。


 あの日から髪を伸ばして、金髪のポニーテールになったライラー。あんたほんとにキレイだよ。

 あんたなら、乗り越えられるよ。

 

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