第一談 立花美々子
アイドル事務所が火災被害、人気上昇中の五人組のガールズアイドルグループ「NoCap」のメンバー四人が死亡した。
火災発生時、アイドルの少女たちは地下のダンススタジオで練習中だった。火災は隣の飲食店から発火し、延焼して地下にいた少女たちは逃げ遅れて一酸化炭素中毒で死亡した。
「メンバーは死んでません。火災で死んだなんて嘘です」
事件直後、生き残った一人がNoCapのX公式アカウントにポストしたが、一時間後に消去された。
第一談 立花美々子
リリイベで吐いちゃった。もう克服できたと思ったのに、これが初めてのリリースイベントじゃないのに。しかも衣装を汚してしまった。Tシャツはアルバムの赤いバラがメンバーの数だけ描かれている五本のデザインで、黒地だからよかったけど、スカートは白だから黄色っぽい吐瀉物で汚れて落ちない。
目の端から涙が出る。
なんてみっともないんだろう、私、こんなんでアイドルでクールなラッパーなんてやっていけるのかな。
「あのさ、このミニスカ、うちらのコンセプトに合ってなくない? なんかヒラヒラしてて、色だって白でしょ。うちらNoCapのカラーって赤か黒なのにさ」
私がトイレで吐いたものを流し、必死に衣装を洗っていると、リーダーのライラーが衣装の文句を言い始めた。
「だからさ、思い切ってボトムは私服にしよ。美々子が今日履いてたレザーのショートパンツ、イケてるじゃん。あたしも今日のダメージデニムのショートパンツ気に入ってんの。香里奈の黒のプリーツミニスカもいいし、ジヨンの赤チェックミニスカも可愛い。千世はデニムスカートでね。今日、みんなめっちゃ足出してきてんの、統一感もあるしキャラも出てるし、絶対にこの白のひらひらミニスカよりいいって」
ライラーは笑って言う。
「…………ごめん、私がまた、吐いて」
「はぁ、謝んないでよ。せっかく、このスカート変えて下さーいって言えるチャンスくれたじゃん。ね、トラブルって絶対にチャンスだから。あたしがマネに言ってくるから、みんな着替えておいて」
ライラー、彼女はいつだって真っ直ぐで堂々としている。
アーモンド形の聡明そうな目、高い鼻筋、スレンダーで首が長く、黒髪のショートボブがよく似合う。
彼女の説得でマネージャーの冨田さんも、プロデューサーの理沙さんも納得してくれた。
ショッピングモールのCDショップの前、小さな特設ステージに私たちは私服のボトムで立った。
いつもより踊りやすい。
集まったお客さんはそんなに多くなかったけど、ずっと追ってくれているファンの方がわざわざ遠くから来てくれた。
「今日の衣装、すごくよかったです。みんなの個性がよく出てて。ますます好きになったよ! 三枚目のシングル、おめでとう。アルバムまで頑張ってね、応援してるよ」
握手会で、私たちをずっと応援してくれてるファンの愛美さんが笑顔で褒めてくれた。愛美さんはほっぺのふっくらした可愛らしい丸っこい二十代の女性で、「NoCapの曲を聴くと労働意欲が湧く」とよく公式インスタにコメントをつけてくれる。
ずっと私たちを知っているファンの人が、衣装がいいって褒めてくれたのが何より嬉しかった。
「ね、言ったでしょ。今後はさぁ、うちらも衣装の注文しようよ。なんか衣装のコンセプトいまいちだなーって思ってたの。衣装って大事なのにさ」
ライラーがWEGOの丈の短いシャツを私の体に当てて言う。
リリイベ後、私たちは帽子を被ってショッピングモール内のショップを見て回った。
「わかるわかる、衣装は着たいって思ったのを着たいよねぇ。今日は私服で踊れて、なんか気分上がったの。自分で選んだ服でみんなの前で踊れてハッピー」
ジヨンがニコニコ笑う。「ハッピー」は彼女の口癖。
彼女は正統派の美人だ。膝位置の高い細くて長い足、ストレートの黒髪はサラリと華奢な肩にかかっている。一番年上で十九歳。
「骨格ごとに似合う衣装にして欲しいよね。私、骨格ストレートだからウェーブのジヨンの衣装似合わないから」
香里奈が編み込みの三つ編みの毛先をいじりながら言う。彼女は一重で切れ長の目、ふっくらとした唇をしている。私と同じ十七歳だ。
「それそれ、私とライラーの身長差とかさ。低身長でも似合う衣装がいい」
一番年下の十六歳、小柄な千世が頬をふくらませる。
丸くて大きな瞳、小さな鼻と口でとても愛らしい顔で、センター分けのショートカットがよく似合う。
「わかった、みんなの意見を理沙さんに伝えるよ」
「さっすが、リーダー」
ジヨンがライラーに抱きつく。
私たちは幸せなんだと思う。
伝説の女性ラッパー坂口理沙が立ち上げたアイドル事務所のオーディションに受かった。
それだけじゃなく、個性的でみんなすっごく努力家でチーム想い。そしてライラーという心強いリーダーに恵まれたこと。
ライラーはなんでも一人でできる。
歌もラップもダンスも、MCだってうまい。一人で事務所に直談判もできる。
NoCapというグループに入らなくても、彼女一人でアイドルやれたかも。
ライラーは私たちと一緒にいてくれる。たった十八歳でどうしてそんなに堂々としていられるの?
ちょっと怖そうな男の人にもまっすぐ意見を言えるの?
ファンのよくない行動を、どうしてそんなに落ち着いて注意できるの?
ライラーは遠くから見ていたら、きっと嫉妬で焦がれていたかも。あの子みたいに美人で強くて才能があったらって。
でも、彼女は私たちのグループのリーダー、近くにいると、とっても暖かい。
リリースイベントで吐いてしまったのを、機転で乗り越えさせてくれたライラーのお陰で、私は以前より本番前にナーバスにならなくなった。初めての大きな音楽番組に出た時も、びっくりするぐらい冷静でいられた。
私たちは「かわいいアイドル」じゃない。
こんなアイドル売れない、とずっと言われ続けてきた。
だけどプロデューサーが存分にラッパー時代のコネを使い、いい曲を提供して、バンドも一流の人を呼んでくれた。
私たちはそのステップを懸命に登ってきた。
かっこいいアイドルになりたかった。
そんな夢、かわいいが主流のアイドル界では無理かと思ったけど、ただひたすら目の前にある壁の先を求めて走り続けてきて、ついにきた。
念願のサマーソニック大阪の出演が決まった。
一番小さなマッシブステージだけど、私たちを知らない興味ない人も来てくれるかもしれない。
フェスの出場は大きなチャンスだ。
「ライラーってお母さん大阪の人なのに、関西弁じゃないんだねー。サマソニ大阪、来たでーって関西弁で言いたい」
千世が言うと、ライラーは顔をしかめた。
「私はなぜか関西弁喋れないの。おかんいわく、下手な関西弁喋るぐらいなら話すなって言ってた。千世、あんた関西弁の才能ねぇわ」
ライラーの言葉に私は笑う。
「なにそれー、これから才能伸びるかもじゃーん」
ダンス練習室の床に千世が寝転ぶ。つられるようにジヨン、香里奈も倒れた。サマソニ大阪に向けて私たちのダンスレッスンはより過酷さを増した。新曲のダンスは特に振り付けが難しい。
夏のフェスでやり切るために体力作りも大事だ。
みんな疲れていた。時計を見るともう夜の八時。
「はらへったー」
香里奈がふぬけた声で言う。
「あ、理沙さんから外に呼び出しだ。ちょっと出てくるね」
ライラーがスマホに応答しながら、地下のダンススタジオの階段を上がっていく。また彼女、痩せたな。人には頑張りすぎてケガするな、と言いつつ、ライラーが深夜や早朝に一人でダンススタジオに来て練習しているのを私は知ってる。
「晩ご飯、昨日のカレーをドリアにしない?」
香里奈が言う。共同生活をするようになって彼女の自炊力に助けられている。
「いいねぇ、チーズ乗せちゃう」
「私、チーズだめ。ダイエット中だもん」
「千世ちゃんの体のどこに痩せなきゃいけないお肉があるんですかぁ〜」
ジヨンが千世の薄いお腹をくすぐり、やめてよぅと言いながらけらけら千世が笑う。それを、子犬がじゃれてるみたいで可愛いなというような目で香里奈が見ている。
「あはは、もう。ダラダラしてないで、ライラー帰って来る前にちょっともっかい動き合わせよう」
私が言うと三人はすぐ立ち上がる。
「よーし、あともちょいがんばろ。疲れてるけど、あともう一回」
「よし」と香里奈が鏡の前に立つ。
「この後、チーズカレードリアがハッピー」
ジヨンが呟き、「もうチーズの話やめてー」と千世が笑いながらストレッチをする。
もう一回、あともう一回。
そうやって練習はいつも続いていった。
夢中で気づかなかったんだ、異変に。
そして、それから……深く眠ったんだ、私は。
――――そして、ついに私たちはサマソニ一日目、マッシブステージに立つ。
ライラーは黒のタンクトップに、黒いショートパンツに網タイツ、黒いブーツで背筋を伸ばして立っている。黒髪のボブショートから、金髪のポニーテールに変身した。
よく似合ってるよ、ライラー。
さあ、私たちをステージに連れて行ってね。




