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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

ラブソングス

標本

作者: 間咲正樹
掲載日:2022/12/09

「うふふ」


 部屋の壁一面に飾ってある昆虫の標本を眺めていると、思わず口角が上がる。

 アゲハ蝶、カブトムシ、コオロギ、ギンヤンマ、等々――。

 昆虫のフォルムというのは、見れば見るほど美しい。

 いくら眺めていても飽きないわ。

 私はそれらの標本の中央にある、一つだけ中身が空のケースに右手を当て、感慨にふける。

 ――その時だった。


「お嬢様、そろそろ夜会のお時間です」


 侍女のアレハンドラに声を掛けられ、すっと現実に戻された。


「ええ、今行くわ」

「……相変わらず、圧巻の光景ですね」


 無機質な表情で標本を見つめながら、アレハンドラが呟く。


「うふふ、そうでしょ」


 本心ではどう思っているかはさておき、そう言われるのは悪い気はしない。

 さて、今日は大事な大事な夜会。

 気を引き締めないとね――。




「フェリシア、ただ今をもって、君との婚約を破棄する!」

「……」


 宴もたけなわとなった夜会の最中。

 私の婚約者であり、侯爵家の次男でもあるカルロス様が、唐突にそう宣言した。

 カルロス様には男爵令嬢のマルガリータさんが、庇護欲をそそる憂いを帯びた表情でしなだれかかっている。

 会場中の貴族の視線が、一点に集まる。


「いったいどういうことでしょうかカルロス様? ご自身が何を仰っているか、ご理解なさっておいでですか?」

「ああ! ああ!! 十二分に理解はしているともッ! 僕はな、もう君みたいな何を考えているかわからない、不気味な女はウンザリなんだッ! 今この瞬間から僕は、マルガリータと真実の愛を築く!」

「嗚呼、カルロス様、嬉しい」


 二人はその真実の愛とやらを確かめ合うように、熱い抱擁を交わした。

 まるで三文芝居みたいなクサい遣り取りに、会場がシンと静まり返る。

 だが、当の大根役者二人は自分の演技に酔っているのか、それらの冷たい視線に気付く素振りすらない。


「……今一度お考え直しくださいカルロス様。これは私たちだけの問題ではなく、家同士が決めた政略結婚なのですよ? このことは、カルロス様のお父様はご存知なのですか?」

「フン! 僕ももう成人している身だ! いちいち父上にお伺いなど立てずとも、自分の人生は自分で決めるさ!」


 思春期特有の万能感がそうさせているのか、カルロス様は自信満々だ。


「左様でございますか。そういうことでしたら、私からはもう何も申し上げることはございません。本日はこれにて失礼させていただきます」


 私はうやうやしくカーテシーを取る。


「フン、帰れ帰れ! もう君の顔など、二度と見たくもない!」

「……。行くわよ、アレハンドラ」

「……はい、お嬢様」


 何か言いたげな顔のアレハンドラを従え、私は会場を後にした。




「……お嬢様、カルロス様がお一人でいらっしゃってます。何でもお嬢様に、大事なお話があるとか」

「あら、そう?」


 そして夜会から一夜明けた朝。

 私がいつも通り標本を眺めていると、アレハンドラから声を掛けられた。

 うふふ、思ってたより早かったわね。


「今行くわ」


 鼻歌交じりに玄関へと向かう。




「嗚呼、フェリシア!」


 玄関に出向くと、そこには左頬を赤く腫らしたカルロス様が、涙目で立ち尽くしていた。

 あらあら、せっかくの綺麗なお顔が台無しね。


「私に何か御用でしょうかカルロス様? 私たちはもう、他人になったはずでは?」

「そ、それは……! ――昨日は本当にすまなかったッ! この通りだッ!」


 カルロス様は唐突にその場で土下座し、額を地面に擦りつけた。

 あらあら。


「どういうことですか? どうか事情をご説明くださいませ」


 私はカルロス様の肩に手を置き、優しく語り掛ける。


「じ、実は……、昨日帰ってから父上に君との婚約を破棄したことを話したら、普段は温厚な父上が、烈火の如く怒ってね……」

「まあ、ひょっとしてそれでお父様に殴られてしまったのですか?」

「そうなんだよ……。あんなに怒った父上初めてで……、もう僕は、怖くて……」


 顔を上げたカルロス様は、既に半泣きだ。

 嗚呼――。


「だから言ったじゃありませんか、これは私たちだけの問題ではないと」

「うん、僕が間違っていたよ。もうマルガリータとはキッパリ別れる。これからは一生君だけを大切にすると誓う。――どうか僕と、もう一度だけやり直してほしい」


 カルロス様の瞳は、まるで暗がりで母親を求める幼子のようだ。

 うふふ。


「さて、どうしましょうか。これでも今回のことで私は、深く心が傷付いたのです。いつかまたカルロス様に裏切られるのかもしれないと思うと、不安で夜も眠れるか――」

「そんなッ! お願いだから僕を信じてくれフェリシアッ! もう僕には君しかいないんだ! 僕の残りの人生は、全て君だけに捧げると約束するよ! 僕が約束を破った時は、僕の手足をもぎ取ってくれても構わない! だからどうか……、どうか……」


 カルロス様の端整な(かんばせ)は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。

 ……ふぅ。


「――わかりました。今回だけはあなた様のことを許しますわ、カルロス様」

「ほ、本当かいッ!」


 途端にカルロス様の表情に、パアッと光が射す。


「ただし、今言ったことはくれぐれもお忘れなきよう。いいですね――次はありませんよ」


 カルロス様の肩に置いている手に、ミシリと力を入れる。


「わ……わかった、よ……」


 一転、カマキリに睨まれたキリギリスのような顔になるカルロス様。

 うん、これでよし。


「さあ、アレハンドラ、カルロス様がお帰りになるわ。見送って差し上げて」

「……承知いたしました、お嬢様」


 そそくさと私に背を向けるカルロス様を、私は微笑ましく見守った。




「うふふ」


 部屋の壁一面に飾ってある昆虫の標本を眺めていると、思わず口角が上がる。

 アゲハ蝶、カブトムシ、コオロギ、ギンヤンマ、等々――。

 昆虫のフォルムというのは、見れば見るほど美しい。

 いくら眺めていても飽きないわ。


「お嬢様、カルロス様をお見送りしてまいりました」

「そう、ご苦労様。カルロス様はどんな様子だった?」

「それはもう、心から安堵しておいででした」

「うふふ、それはそうでしょうね」

「……恐ろしい方です」


 途端、アレハンドラの声のトーンが下がった。


「あら、何のことかしら」

「――今回のことは、全てお嬢様の手のひらの上だったのでしょう?」

「……」


 アレハンドラの猛禽類のような瞳が、ギラリと光る。


「お嬢様はカルロス様に婚約を破棄されることをわかったうえで、敢えてマルガリータ嬢がカルロス様に近付くのを見過ごしていたのです」

「……何のために?」

「カルロス様をお嬢様だけに依存させるためです。現に今回のことでカルロス様は、一生お嬢様に頭が上がらなくなりました。カルロス様がお嬢様の手のひらから逃げ出すことは、二度と叶わないでしょう。――まるでこれらの標本のように」


 アレハンドラは壁一面の標本を、憐れむように見つめた。

 うふふ。


「さあ、どうなのかしらね」

「……失礼いたします」


 折り目正しく一礼してから、アレハンドラは部屋から出て行った。

 一人になった部屋で私は、標本の中央にある一つだけ中身が空のケースに右手を当て、感慨にふける。

 ――これでやっと、最後のピースが嵌まったわ。

 私は改めて、壁一面の標本をぐるりと見回す。

 アゲハ蝶、カブトムシ、コオロギ、ギンヤンマ、等々――。

 それらの昆虫はどれも例外なく、()()()()()()()()()()()()()


 ――嗚呼、やはり昆虫は、この姿が一番美しいわ。



2022年11月15日にマッグガーデン様より発売の、『悪役令嬢にハッピーエンドの祝福を!アンソロジーコミック②』に拙作、『コミュ症悪役令嬢は婚約破棄されても言い返せない』が収録されております。

もしよろしければそちらもご高覧ください。⬇⬇(ページ下部のバナーから作品にとべます)



2022.12.18追記

挿絵(By みてみん)


「砂臥 環」様からファンアートをいただきました!

誠にありがとうございます!!!

砂臥 環様の


「私はか弱き乙女ですので。」


https://book1.adouzi.eu.org/n9599hy/


も、是非ご高覧ください!

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©MAG Garden
― 新着の感想 ―
[良い点] おお! ナイスホラー! 近々、キャプションに「カルロス」と書かれた標本が並ぶのですね……。 お見事。
[良い点] 動けなくなったキリギリスが漸く収まりましたね。
[良い点] 達磨状態の女性に興奮する殿方も一定数いますからね。 その逆があったとしても、何も不思議ではありません。 あ、そういうゲームが昔ありました。 エンディング名は「ありますよねぇ・・・・?」だっ…
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