進撃
グロスハイム軍と合流して、約一月。
ファリントン王国の各地で遭遇したファリントン軍を撃退し、近隣住民の理解を得ながら進軍したディートリヒたちはついに、王都ルシアンナに到着した。
(久しぶりの王都……か)
王都が見下ろせる小高い丘の上に立ち、ディートリヒは感慨もなく思う。
十年間暮らした場所だ。
もう少しは郷愁や寂寞の思いに駆られると思ったのだが、何の感情も湧いてこない。
(それも当然か。僕にとっての故郷は、グロスハイムだけだ)
そう思った矢先、緑の丘で過ごした一月間のことが思い出されそうになり、ディートリヒは舌打ちして瞑目する。
(あれは、ほんのひとときの幻のような時間だった。……忘れないといけない)
もう、自分があの暖かい場所に戻ることはないのだから。
それだけではない。
瞼を開け、ディートリヒは強固な城壁で囲まれた城下町を睨み下ろした。
グリンヒルどころか、ディートリヒは生まれ故郷に戻ることすら叶わないのだ。
ディートリヒがデニスとして十年間過ごした城。
(ここが、僕の墓場になる)
王都だけあり、各地方の砦とは比べものにならないくらい警備を厳重にしているようだ。
「いかがなさいますか、コンラート様、ディートリヒ様」
王都の状況を報告した斥候に問われ、コンラートは隣に座るディートリヒを見やった。
「……王城は王都の中央にある。門は東西南北四カ所にあるようだけど、王城に突撃するならどの門を使うにしても、市街地戦を覚悟しなければならないね」
「そうですね。できるなら非戦闘員である一般市民を争いに巻き込みたくはないのですが……そううまくはいかないでしょう」
「軍の影響が弱い地方都市ならともかく、王都で暮らす人に投降や脱出を呼びかけるのは難しいだろうね」
「呼びかけ、市民がその声に応じようとしても軍が許さないでしょう」
なにせ、自分たちの傷を癒してくれる聖奏師さえ、敵軍の手に落ちるくらいならとためらいなく殺す連中だ。グロスハイム軍に投降しようとする国民がいれば、容赦なく斬りかかってくるだろう。
「となると、短期決戦を持ち込むばかりだな」
「そうですね。……コンラート様は王都の外で待機していただきます。私が突撃部隊長となってファリントン軍を蹴散らし、王都まで進軍します。コンラート様には、逃げまどう市民への呼びかけをお願いしたいです」
十年間暮らしていただけあり、ディートリヒは他の者よりも王都や王城の知識が深い。いずれ自分たちが攻め込む際に有利になるようにという思いで、今まで王都の見回りや王城の警備を行ってきたのだ。
「ファリントン軍は、グロスハイム軍に私がいることを知らないでしょう。知っていたとしても、たかが一般兵風情と、見下しているはず。……突破口に使うのは、東門がよろしいでしょう」
「東……ですか。私が見た限りでは、四つの門の中でも最も頑強そうに思われましたが」
斥候の意見に、ディートリヒは頷きかけた。
「そう見えるだけだ。だが実のところ門の修繕費まで資金が回っていなくて、見た目だけなら立派な東門は常に後回しにされていたんだ。他の門はやや粗末な感じがするが、あれには鉄板の裏打ちやややこしい構造のかんぬきなどを使用している。東門は、見た目こそでかくて立派だが、重装騎馬兵隊で突撃すれば突破できるはずだ」
「……内情を知っているからこそ、分かることだね」
コンラートは満足そうに頷き、東門突破の方針を皆に告げた。
グロスハイム軍は一旦、王都の南側に陣を張った。
「ファリントン軍も、兵力を南部に集中させている模様です」
斥候の報告に、ディートリヒはコンラートと頷き合った。
もちろん、南部に陣を張っているのはフェイクだ。南門から突破すると見せかけた騎馬兵は一気に東側まで回り、警備が薄手になっている東門を突破する。
ディートリヒを隊長とする突撃部隊はそのまま王城へ突き進み、遊撃隊が東門付近でファリントン兵を迎え撃つ。コンラートの護衛も兼ねた後方部隊は東門から少し離れた場所で足を止め、王都から逃げ出してきた市民などがいれば迎え入れるようにする。
「……君と行動を共にできるのもここまでだね」
コンラートに声を掛けられ、ディートリヒは馬上で振り返った。
王子とは思えないほど地味な装いのコンラートはディートリヒと視線をぶつけると、寂しそうに微笑んだ。
「グロスハイムで君と共に過ごした十年間、そして君がファリントンで過ごしていた十年間。君がいてくれたからこそ、私たちはここまでやってこられた」
「何をおっしゃいますか。私たちが祖国奪還のために動いてこられたのは、コンラート様の存在があってこそです」
そう言ってディートリヒは笑う。
主君とは対照的に、本日の彼はきらきらしい衣装を纏っていた。
白銀の鎧に、深紅のマント。
左腕に装備した盾には、グロスハイム王家の紋章が刻まれている。
「コンラート様、どうかグロスハイムを――そしてファリントンをよろしくお願いします」
「ディートリヒ――」
「あなたの友であり、臣下でいられたことを、名誉に思います。……ご武運を」
その一言で、コンラートはディートリヒの決意を聞き届けたようだ。
彼は悲しそうな笑顔を引っ込め、重々しく頷いた。
「……ああ。国のことは任せてくれ、ディートリヒ――いや、コンラート王子」
昼過ぎ。
王都の南側に陣を張っていたグロスハイム軍が動きを見せた。
ファリントン軍は最初、南門の向こう側でほくそ笑んでいた。
南門は外見こそやや貧相だが、頑丈な鉄板で裏打ちされており最新の馬止めも至る所に設置している。何も知らないグロスハイム軍は門を突破できずに歯がみし、そうしている間にファリントン軍の攻撃を受けるのだ。
だが、どうしたことか。
南門直前でグロスハイム軍は急に進路を変え、東門の方角へと疾走していったという。
王城付近の高い城壁は防御には向いているが、敵情視察には向かない。見張りが異変を告げたときには既に、グロスハイム軍は王都の南東角を曲がってしまっていた。
ファリントン軍が狼狽し、慌てて東門へと移動している間に門が突破された。
突撃部隊は騎士の鎧にも馬にも刺付きの装甲を取り付けており、見た目の割に脆弱な東門は何度も体当たりされた結果、錠前が吹っ飛んでグロスハイム軍の侵入を許してしまったのだ。
「全軍、王都東へ!」
「コンラート王子を討て!」
案の定ファリントン軍は、ひときわ目立つ見目でグロスハイム王家の紋章入りの盾を装備しているディートリヒを見て、コンラートだと勘違いしたようだ。
(いや、勘違いではない。僕は、『コンラート』だ)
ディートリヒは兜の下で薄く笑い、声を張り上げる。
「グロスハイムの同胞たちよ! 悪の国王を討つために、いざ参らん!」
ディートリヒの声を受けて、グロスハイム軍が地鳴りのような鬨の声を上げる。
ファリントン軍は、十年間大人しく従属していたグロスハイム軍がこれほどまでの豹変を見せるとは思っていなかったのだろう。事実、ディートリヒが城にいた頃、「グロスハイムなんていざとなったら一日で潰せる」とうそぶいている連中を目にしたことがあった。
だが、グロスハイムは弱っていたのではない。
反撃の時が来るまでひたすら堪え忍んでいただけなのだ。
(僕は王子。グロスハイムのコンラート王子だ)
剣を抜き、ディートリヒは一瞬だけ瞑目する。
全ては、美しき祖国のために。
そして、後方部隊で待機するコンラートのために。




