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落ちぶれ聖奏師の告白

 エルヴィスはミュリエルと恋仲になり。

 公爵家は零落し。

 セリアの名は、悪女として囁かれている。


「……私、陛下に言われていたの」


 気が付けば、言葉が唇からこぼれていた。

 ずっとずっと、胸の中で押し殺していたものが、なけなしの理性を叩き潰して外へと飛び出してくる。


「妃に、なってほしいって」

「セリア――?」

「私ね、エルヴィス様とお付き合いしていたの」


 それを口にしたとたん。

 二年間、無理矢理栓をしていたものが決壊し、どっと溢れてきた。


 セリアの告白を聞いたデニスは、戸惑ったような眼差しを向けてくる。


(妄想だと思われてもいい。思いこみの強い女だと思ってくれてもいい)


 ただ、聞いてほしかった。


「筆頭になってすぐくらいから、エルヴィス様は夜、聖奏師の仕事部屋に来られるようになったの。最初は、書類の確認をお願いするだけだった。でも――キスされた。愛していると言われた。いつか妃になってほしいと言われた」


 嬉しかった。

 それまでは、若く麗しい国王の姿を柱の影からこっそりと見るだけだった。

 彼に重宝される聖奏師であればそれで十分だと思っていたのだから、愛を告げられて驚いた。けれど――驚き以上に、嬉しかった。


「いつか皆に公表するまでは、秘密の恋人でいてほしいと言われたの。……私、子どもだったのね。秘密、なんて言われる自分に酔ってしまったの。ミュリエルとの勝負の話が挙がったときにも、エルヴィス様は私を信じてくださった。絶対に負けたくないから、必死で勉強をした」


 だが――負けてしまった。


「たとえ私がミュリエルより格下であっても、エルヴィス様はきっと私を認めてくれる。きっと引き留めてくれるって期待していたのよ。でも、あの方はそれ以降私と会おうとなさらなかった。……ふふ、それもそうよね。公爵家追放、筆頭の身分剥奪、城内での評判は最悪。――こんな女と交際する意味なんてないものね。それだったら、私より若くて可愛くて有能なミュリエルを選ぶのが――当然、よね」

「セリア」

「……今でもひょっとしたらって、期待してたの。きっと、きっと、エルヴィス様は、本当は私のことを好いてくださっているって。……馬鹿よね。エルヴィス様は私のことなんてどうでもいいどころか、あんな嘘まみれの噂を肯定、して――」

「セリア」


 それ以上は言えなかった。

 ベッドに腰掛けていたセリアの体がぐいっと力強く引っ張られ、デニスの胸に抱き留められていたからだ。


「……よく、言ってくれた。言うのも思い出すのも辛かっただろう、セリア」


 デニスが喋るたびに彼の逞しい胸筋が震えているのが、彼の胸に押しつけられた頬から伝わってくる。


 二年前、王都を去るときにもこうして彼と抱擁を交わした。


 だが――あの時とは全く違う。

 力強さも、ぬくもりも、彼の体中から伝わってくる想いも。


「ずっとずっと疑問には思っていたんだ。君は一体、誰を見つめているんだろうって。君はなぜあんなに頑張っているんだろうって。君の心の中に居座っている野郎は誰なんだろうって。……国王だったのか」

「ん……」


 こくこく頷くセリアのつむじに、柔らかい吐息が掛かる。

 デニスの左手がセリアの後頭部に宛われ、慰めるように優しく撫でられた。


「そりゃあ、必死になって当然だね。……セリア、まだ国王のことは諦められない?」

「……わか、らない」


 諦めたい。

 諦めなければならない。

 若さの過ちなんてすっぱり切り捨てたい。

 カビの生えた恋心なんて踏みつけて、笑い飛ばして、前に進みたい。


 デニスの抱擁が一旦解ける。

 腕が離れて寂しい、と漠然と思ったのもつかの間。

 彼の大きな手のひらが両肩に添えられ、目と鼻の先で藍色の目が瞬いていた。


「何度も言っているだろう? 僕は子どもの頃から君のことを知っている。君がどんなに努力家で、一生懸命な子だってことかは、国王なんかよりずっとよく知っている」

「デニス……」

「すぐに切り替えろとは言わない。でも、君は今このグリンヒルで新しい幸福な日々を送っている。君を必要とする人が、君を愛する人が、君を慕う子たちがいる。そうだろう?」


 デニスの言葉によって、セリアの脳裏にグリンヒルの皆の顔が脳裏をぎっていった。


 セリアを受け入れてくれたマザー。

 陽気で頼もしい傭兵たち。

 セリアと一緒に仕事をし、お喋りをする仲であるフィリパ、エイミー、マージ。

「セリア姉ちゃん」と慕ってくれる子どもたち。

 情に厚くて優しい、グリンヒルの町の住人たち。


 そして――セリアを肯定し、励まし、理解してくれるデニス。


「……うん、みんながいる」

「そうだろう? 君ならきっと、前を向ける。王都の噂なんて、鼻で笑ってやろう。……笑っていて、セリア。僕は……君の笑顔が、好きだから」

「んっ……」


 不意打ちの「好きだから」を食らったが、嫌だとは思わない。

 とくん、と控えめに心臓が鳴る。


「……ありがとう、デニス」

「元気になれそう?」

「うん……でも、もうちょっとだけ、弱いセリアでいてもいい?」


 明日からは、頑張るから。

 子どもたちと一緒に遊び、フィリパたちと一緒に仕事をし、皆の前で竪琴を奏でるいつものセリアに戻るから。


「今日くらいは、意気地なしなセリアでいても……いい?」

「もちろん。明日から笑顔になるために、たくさん弱音を吐いてたくさん泣いていいよ」


 デニスの笑みが優しくて。

 頭を撫でてくれる手のひらが愛おしくて。


(……ああ、やっぱり私は)


 デニスのことが、好きなのだ。


 二年間胸の奥で澱み、濁り、拗らせていた恋心が、少しずつ解けてゆく。

 しぶとくセリアの心にしがみつき呪っていた枷が外れ、新しいぬくもりが生まれる。


 ずっとずっと名前を付けることを恐れ、迷い、知らないふりをしていた。


 デニスが好き。


 あふれ出したその想いに身を任せ、セリアは泣き明かしたのだった。

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