88 雁木マリは尋問の手を緩めません (※イラストあり)
本編頭に、マテルドさんよりいただいた鱗裂きのニシカさんのキャラクター設定イラストをご紹介させていただきます!
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雁木マリによる尋問は苛烈を極めた。
助祭が聖なる癒しの魔法の使い手である事を上手く利用して、体に傷を負わせることで魔法を使わせるのだ。
そうする事で危機反応が働き、助祭の意思に反して体が怪我を自己修復させようとする。
この状態で自白ポーションを打ち込むものだから、助祭マテルドはポーションに対する抵抗力を阻害されて自白してしまうのである。
時には興奮促進のポーションを投与されたり、攻撃性を促進させるようなポーションなど、様々な薬責めをする事で、助祭は徐々に口を割ったのである。
「そもそも聖なる癒しの魔法を使えるという事で精神力の高い彼女は、かえってそのせいで複数のポーションの効果を発揮する土壌があったのよ。おかげでひとつひとつの効能にリソースを割かれた彼女の体は、簡単に落ちたというわけね」
平然とした顔で説明した雁木マリである。
異教徒の教化は騎士修道会の得意とするものだと語った司祭さますらも、顔面蒼白で雁木マリのやり口を見守っていたのだから、相当手慣れたものだったのだろう。
「いや本当に参考になりました」
「そう? 司祭も手強い捕囚がいる時はこの手を使えばいいわ。この女の様にご禁制の複合ポーションなんて使わなくても、ありものを上手く掛け合わらせれば人間なんて簡単に操れるものよ」
マリは別に得意気になって語ったわけではないけれど、俺と女村長は顔を見合わせながら背筋を寒くした。
「もし捕虜になるようなことがあれば、わらわは躊躇わず死を選ぶ事にしよう」
「カムラが殺してくれと言った意味が何となく今ならわかりますね」
俺が最後に止めをさした美中年カムラ。
彼は決して雁木マリに尋問されることを想定していたわけではなかっただろうけれど、大なり小なりこういう事をされるのだと知っていたのだろうさ。
◆
さて、雁木マリの尋問を受けた助祭の言葉によれば、彼女の出自というのはこういうものだった。
ブルカ辺境伯の一族に名を連ねる、街の有力者のひとりベネクトの娘という事であったらしい。
ベネクトには五人の子供がおり、後に助祭となるマテルドはその末娘だった。
「……兄は家督を相続する立場で王宮に出仕しました。姉たちは他の高貴なご身分の方たちに嫁いでいきました。わたしは末の娘だったので、ブルカ聖堂会へ父から送り出されました」
聞けば、辺境一帯の豪族たちというのは一族の末弟妹がいた場合、修行と称してブルカ聖堂会に子を送り出す事が半ば慣例になっているらしかった。
モノの本によれば、日本でも武士や貴族の家督継承者でない者が寺院の修行僧になる事は珍しくなかったはずである。
この世界の騎士修道会と似た組織である中世の宗教騎士団にも、やはり貴族の子弟たちが多く送り込まれていた様である。
宗教騎士団の場合、それぞれの地域出身ごとに騎士隊を組織する事になる場合があるそうだ。
かの有名なロードス騎士団でも、フランス出身者で構成された騎士隊や、イタリア出身者の騎士隊などがあったと、何かの文献で読んだ気がする。
してみると、彼ら送り出された有力者の子弟たちというのは、宗教騎士団の中でも本国の利益代弁者であったらしい。
「つまりお前は、ブルカ辺境伯の身内として騎士修道会の中で発言権を求めて信徒となったのか」
「……はい、わたしは聖堂会の中で起きた情報を辺境伯さまに逐一お届けする様にと、父から命じられていました」
なるほど、これが助祭マテルドのスパイとしての役割であったらしい。
本来ならば騎士修道会の中枢に出世して、ブルカ辺境伯にとっては決して無視できない武装教団である騎士修道会の情報を横流ししてもらう事が理想であったのだけれど、
「わたしは早い段階で聖なる癒しの魔法を使いこなせるようになったので、騎士修道会で軍事訓練を受けた後に、助祭としてこの村に派遣される事になってしまいました」
「それでお前は、このサルワタの開拓村領について情報を辺境伯に報告していたというのだな」
それについて助祭は曖昧な返事をした。
何もそれは自白ポーションの効き目がイマイチだったからではない。
特に辺境の外苑に存在している様なサルワタには、ブルカ辺境伯が欲しがる様な目ぼしい情報など何もなかったからである。
「そういう態度を取られると、わらわの領地経営を何か馬鹿にされたような気分になるな」
「流行病で先代村長さまが亡くなった後は、開拓の促進よりも復興の方が大変だったでしょうから、これはしょうがないね」
「そうね。ドロシア卿が村の開拓を一気に拡大するつもりで私財を貯め込んでおられたおかげで、辺境伯に眼を着けられなかったともいえるわ」
女村長と俺の会話に、マリが振り返って言い添えてくれた。
確かにそうだ。
女村長の話を聞いていれば、これまでは川の堤防を整備したり、用水路を張り巡らしたりと、まだまだ村の内側に向かって領地経営をやっていたのだ。
なるほどと首肯した司祭さまが、チラリと助祭さまに眼をやりながら言葉を口にする。
「ところがワイバーンの一件をひとつの機会にして大規模な移民を募集した。それが冒険者ギルドを経由してブルカ辺境伯の耳に届いたというわけですな」
「そうか、なるほど。冒険者ギルドというのはその土地の領主が形式上運営している組織だったっけ?」
俺がふと思い出してそういう事を口にすると、同時に雁木マリと女村長がうなずいた。
「そうね。冒険者ギルドはその土地の領主の出資によって運営されているものだから。ドロシア卿、今はブルカの冒険者ギルドの出張機関という位置づけだったのかしら?」
「うむそうだ。カムラが言うには、まずはギルドの立ち上げをブルカ冒険者ギルドの支所として行い、後々に人員を拡充して領内の独立したギルドとするという話を聞いておった」
「後々に人員を拡充して、か。つまりブルカ伯の息のかかった人間をこの村に送り込む事を考えていたんだわ」
ふたりの女が顔を突き合わせて思案している。
「おいマリ、助祭さまがもともとカムラと面識があったのか聞いてくれないか?」
「わかったわ。助祭マテルド、どうなの?」
「……いいえ、わたしは存じ上げませんでした。ただ、先行して村に入っていたマイサンドラから、カムラさまが来ると」
なるほど、マイサンドラはもともとこの村の住人だったわけだし、連絡役としてこの村へ密かに侵入していたのか。
「マイサンドラが村に戻って来ていた事は、村の人間たちも気付いてはいなかった様だとわらわは聞いている。夜中に出入りして、昼間は村の周辺で監視任務をしていた様だからな」
「それで俺やエレクトラたちが不審な追跡者の存在を察知していたのか」
「いかにも腕は確かで実力もありそうな冒険者のカムラが、その事情を知っていてエレクトラの上申を握りつぶしたのはおかしいと思っていたけれど。そういう事情があった訳だな。得心がいったぞ」
女村長がふんふんとうなずいた。
初見のカムラはいかにも優れた冒険者然としていたけれど、やはり情報収集を任される人間というだけあってそれは事実だったわけだ。
「お前の最終的目的とは何だったの? お前の信仰とは何?」
「わたしの目的は、神のご意思に従い一族に繁栄をもたらす事」
「なるほど、この女狂ってるわね」
事もなげに雁木マリがそう告げたあと、彼女の同僚たちによって助祭は眠りにつかされて尋問は終了した。
◆
納屋を出た俺たちは女村長の執務室に移動する。
その途中で久しぶりに、野牛の一族たちと談笑している青年ギムルの姿も見かける。
「シューター、犯人を見事に討ち取ったそうだな」
「おかげさまでこちらも怪我を負ってしまいましたがね」
「だがお前は運がいい。騎士修道会の聖少女さまというのが治療に当たってくれたのだろう」
チラリと鼠色の法衣姿をした雁木マリを見やって、筋骨隆々のギムルがそう言った。
何だ、ギムルはマリみたいな和風美人がタイプなのか?
「次期村長さま、あたしはプライベートであまり聖少女と呼ばれるのが好きではないのです。よろしければ名前で呼んでくださらない?」
「そうか、ではガンギマリーどの」
「ええ、ギムルさん」
雁木マリが完璧なよそ行きスマイルでギムルを見上げながらそう言った。
なかなかこの世界の貴人的な作法を見せつつ、会釈して見せるマリ。
作法は完璧なのだが、袖を通した法衣の胸元は限りなく絶壁に近い断崖であるのが多少残念だな。
ちょうど食堂でぼんやりと俺を待っていたエルパコの胸元と見比べる。
こっちは紛うことなき断崖絶壁だ。
「なにもないな」
「?」
俺のひとり言に不思議そうな顔をしていたエルパコの事は置いておいて、雁木マリを改めて観察した。
「それで、傷の経過はどうなのだ。もう動けるのか」
「あたしから説明します。シューターは今、体内の血が足りない状態なので、造血ポーションを投与しています」
「血が足りない状態なのか。大丈夫なのでしょうか、ガンギマリーどの」
「ええそうね。血そのものは足りない状態だけれど、体の傷はしっかりと塞がっているので、しばらくは栄養を取って、休養する必要があるわ」
雁木マリがそう説明してくれると、ギムルは「なるほど」とうなずいていた。
まあ休養させてもらえるのは願ったりかなったりだけどな。
「しかしギムルさんが顔を出しているのは珍しいですねぇ。しばらく湖畔の建設現場で頓営されていたんじゃないですか」
「嵐の影響で村や周辺の集落も、それからミノの街も大変な事になっているのでな。いったん作業現場の警衛は解散して、居留地とこちらに兵を振り分ける事になったのだ」
なるほど、すでにミノタウロスの中でもしっかりとリーダーシップを発揮しているらしいギムルさん。
聞けば屋敷の外にもいくらかのミノ兵たちが待機しているらしい。
「外はそんなにヤバいのですか」
「うむ。お前の古い家の方も屋根がみんなやられてしまった。この夏の嵐は例年より特にひどかったので、周辺の集落もかなり屋根や壁をやられたという家が出ているらしい」
「まじかよ。俺、倒れているうちに新居に運び込まれたんですがね、何かッワクワクゴロさんのご家族とか、ニシカさんとかが引っ越してきたんですよ」
「そうか我慢しろ」
身も蓋も無い口調でギムルが言い切った。
そして雁木マリも説明を続けてくれる。
「そうね、教会堂の方にも村の避難者を受け入れてもらっているから、これはしょうがないわ」
「知らなかったそうなのか」
「大工の親方に見せてもらった集落の見取り図に、湖畔に建設を予定している石造りの家があっただろう。いずれはそこが終の棲家となるのだから、それまでの我慢だ」
少しマリの様子を気にしながら、ギムルがそう答えてくれた。
やっぱり気があるのだろうかと少しカマをかけてみる。
「ギムルさん」
「む、何だ」
「嫁探しの方は順調ですか?」
「そっその事か。タンクロードの紹介で、何人かと見合いをした」
「いいひとはいましたか」
「う、うむ。まあまあ、だな」
「へえ、ギムルさんもお見合いをされたの?」
「そうなんだよ。野牛の一族からはタンヌダルクちゃんが俺のところに。俺たちの村からはギムルさんが野牛の一族のところに行ったんだ」
まだギムルさんはお相手を探しているところなんだけどな。
その見合いの話題は気になるのか、雁木マリも興味深そうに筋骨隆々の青年を見上げた。
「野牛の女性はどなたも情熱的ですからねえ、きっと幸せになれますよギムルさんも。」
「そっ、そうだな」
「結婚、ね……」
「だがギムルさんは次期村長さまですから、これは貴族の子弟だ。貴族一門なら複数のご夫人をという可能性はあるのでしょう?」
「だ、黙れ。結婚は一生の事だから大事にじっくりと考えたい」
ちょっとからかい過ぎただろうか、ふたりの様子を見比べながら質問を飛ばしまくっていると、ギムルはやがて赤面して慌てた様子になってしまった。
一方の雁木マリは何か繰り言をぶつぶつ漏らしてる。
「貴族なら複数の夫人は、確かに当たり前よね……」
何だ、結婚はまだ考えてないとか言っていたくせに、マリも少しはギムルに気があるのだろうか。
などと思いながら様子を伺うと、どんぐり眼を伏せがちにしながら頬を少し膨らました様にして、マリが俺の方をチラチラと見て来るではないか。
何、俺の方に興味があるの?
マジで?
「諸君待たせたな、これより善後策を協議したいと思う。でははじめようかの」
雁木マリと視線が交錯したところで、ッヨイさまを伴った女村長がドレスをなびかせながら食堂へと登場したのだった。
俺は慌てて頭を切り替える。
一同領内の幹部揃っての作戦会議のはじまりである。




