82 さあこの俺に真相を語ってもらおうか
気が付けば総合得点7000ptを達成する事が出来ました。
これからも異世界村八分をよろしくおねがいします!
俺が石塔から教会堂へと戻ってくると、講堂の中は完全武装の人間たちが十数人あまり集まっていた。
ギイバタン。重たい扉を俺が閉じたタイミングで、一斉に注目が集まる。
それに驚いたのは俺の方だ。
何しろ家族とッワクワクゴロさんを呼びにはやったけれど、ここには蓑を纏った集団が集まっていたのである。
ついでに講堂の中に猟犬まで数頭いるから驚きだ。
よくも司祭さまのお許しがあったと思ったら、肝心の司祭さままで法衣の上から鎖帷子を着こんで、手槍を持っていた。
僧兵丸出しである。
止めるべき人間があれでは、だれも文句は言うまい。
「おう、速いじゃないかシューター。まだ出陣の支度は出来ていないぜ」
「ッワクワクゴロさん?! あんた何を言ってこんなに人間を集めたんですか」
「カムラの旦那が裏切りやがったというのだろう。あのひとは腕が立つだろうから猟師をみんな叩き起こして集めたんだ」
弟たちと何事か打ち合わせていたッワクワクゴロさんが俺を見て近づいてきた。
彼だけは蓑ではなくまだらの獣皮を被った防水仕様である。手には愛用の弓を持っていて、いつでも出陣出来るという格好だった。
「犯人の頭目はカムラさんという事でいいんだな」
「俺の考えが正しければ、そういう事になりますかねえ。だがまず石塔にいるマイサンドラさんを尋問したいと。裏が取れればカムラさんの身柄を押さえたいと思います」
「ふむ。お前さんがそう言うのなら、そうなのだろう」
俺の説明に、ッワクワクゴロさんはあっけらかんと納得した。
こういう時に俺に身を預けてくれるのは嬉しいけれど、これで冤罪でしたというのではまずい。
責任重大だ。
「まあ、旦那さま! とても顔色がお悪いですね」
「夏と言っても夜は冷え込みますから、そんなビショビショの格好ではお風邪をひいてしまいます」
今の俺はよほど顔色が悪かったらしい。
したたる雨雫を連ならせて、声をかけて来た妻たちを振り返った。
「バジルちゃんもこんなに水浸しになっちゃって。ダルクちゃん、拭いてあげて」
「はい義姉さん。あかちゃんおいで」
「キッキッブー」
俺が懐からあかちゃんを出してやると、それをタンヌダルクちゃんが受け取った。
バジルはあまり懐いていないタンヌダルクちゃんが手を出すといやいやをして軽く暴れて見せたが、カサンドラがニッコリわらうと無抵抗になった。
空気を読んで今は暴れている場合じゃないと思ったらしい。
「エルパコちゃん、新しい手ぬぐいをくださいな。シューターさんに渡してあげてください」
「うん、あのこれ……」
俺は手ぬぐいを受け取って濡れた顔を丁寧に拭う。
「あらましはカサンドラから聞いていると思うので、結論から言います。カムラさんの正体はブルカ辺境伯の回し者です。彼は女を利用して色々と情報を集めたり噂を流したりしながら、それらをブルカの街に報告していたみたいですね」
俺がそう言った瞬間に司祭さまが難しい顔をしてつばを飲み込んで言う。
「すると、うちの助祭たちが動き回っていたのも、カムラさんの命令によるものだったんでしょうか?」
「わかりません。今の段階ではそこまで明言出来ませんが、状況的にはそう判断せざるを得ない」
「詳しい事はあいつをとっちめればわかる事だからな。それで、カムラの行き先は休憩小屋と石塔だったか」
ごつい拳をバシバシと左手でキャッチしながら、ッワクワクゴロさんがやる気満々の態度を見せてくれた。
「はい。休憩小屋で村長さまんところの下働きの女メリアと密会をした後に、石塔に捕らわれているマイサンドラのところに、ですね」
「うむ」
「なるほど」
「休憩小屋で、どうやらメリアに地図を渡していたらしいです」
「地図、ですか?」
俺の状況報告に、司祭さまが首を傾げた。
猟師たちも困惑した顔でお互いの顔を見合わせている。
「そうです。冒険者ギルドで近頃行っていたサルワタの領地周辺のマッピング作業、その完成地図をブルカ辺境伯に伝書鳩で送るという作業をやっていたみたいですね」
地理情報は恐らく戦争をするにもスパイ行為をするにも活用できる戦略的情報だ。
きっとブルカ辺境伯も喉から手が出るほど周辺領主たちの地理情報を欲しがっているのだろう。
「ははあ、つまりあれだな。鳩を飛ばすために村長さまンところのいけ好かない下女を使っていたというわけか」
「そういう事ですね。休憩小屋でちょっと大人の関係を匂わせる様なやりとりをしていたみたいなので、たぶん想像通りでしょう」
「あの中年、確かギルドの職員になった女にも手を出していたんじゃないのか?」
けしからんな、とうごめく様に呟いたッワクワクゴロさんが鷲鼻をひくつかせて言葉を続ける。
「それでカムラの旦那はその後に石塔に向かったのか」
「ほんの数分。そうですね、息を止めていられる程度の時間で、さっさと石塔から出てきましたので、何か申し送りだけして引き返した感じです」
「それでは、情報漏えいを警戒して口封じをしたという様な事は考えられませんね」
「カムラの態度を見て居た限りでは、マイサンドラさんを殺したとは思っていませんけど。人数も集まった事ですから様子を見に行きますか。聞きたい事もありますからね」
司祭の言葉に俺がそう言うと、ふたりは静かにうなずいた。
「それで、どうするつもりなのだ」
「人数を集めたので、カムラを取り押さえます。だがその前にマイサンドラから証言を取っておく事だ」
猟師のひとりが質問した事に俺が答えた。
「尋問をして罪を自白したのなら、カムラも言い逃れが出来ないでしょうな。それにこの人数なら一気にカタを付ける事も出来ますな」
カプセルポーションの注入器具を改めながら、司祭さまがそう言った。
まさか「尋問」などという物騒な言葉が司祭さまから飛び出すとは思わなかったので驚きだ。
いや、この世界にはまともな科学検証や調書なんてものは作成しないんだ。
尋問で強引に自白に追い込むのだから、当たり前の事か……
罪人にも優しくない世界だぜ。いったい誰に幸せな世界なんだろうね。
「その注入器具を何に使うんですかねえ司祭さま」
「何にって、もちろん尋問ですよ。本当はカムラを捕縛した時に自白させようと思っていたのですが、それより前に使う事になりそうだ」
「な、なるほど……」
「相手に苦痛を与えるカプセルポーションもありますから、安心してください。犯罪に手を染める狂信的な女神様の信望者には、普通の拷問では駄目ですからね。これならばどんな精神の強い信者でも、女神様の前に罪を認めるでしょう」
自白剤でも中に入っているカプセルを検品しながら言う司祭さまはちょっと怖かった。
だが普通に質問して答えてくれなさそうなマイサンドラさんには、効果てき面だろうね。
何しろ彼女は熱心な女神信望者だというし。
「そ、それでは行きましょうか」
「はい旦那さま!」
俺が一同を見回して出立を口にすると、元気よくタンヌダルクちゃんまで蓑を被った姿で返事をした。
手にはご丁寧に俺が渡しておいたメイスまで持っている。
「お、奥さんたちは危険だからお留守番をしていなさい」
「そんなあ。わたしも武器の扱いは得意ですよ?」
「カサンドラの側に誰かいてやらないと不味いだろう。武器の扱いが得意というなら安心だ」
「はい、ダルクちゃんの事はお任せください」
気病み上がりのカサンドラが、あべこべにタンヌダルクちゃんの腕を取って任せてくれと言ってくれた。
そして俺たちは互いにうなずき合うと、吹き荒ぶ夜の嵐の中を石塔に脚を向けたのだ。
◆
教会堂を出て一同そろって石塔を目指した。
雨風は先ほどよりもさらに強くなって、路端に並んでいる暴風林の枝葉を激しくこすりつけているのが見えた。
歩きながら常夜灯の燈った夜の石塔を見上げるけれど、視界の先に見える石塔は横殴りの雨でぼやけていた。
まるで呪われた魔界にでもやって来たような気分だな。
さしずめゴブリンたちを率いて歩く側らのッワクワクゴロさんは魔王だ。
ちょうどまだら模様の獣皮外套を羽織っているので、よりそういう蛮族臭というか悪党臭が出ていると思ったのは内緒だ。
「その毛皮がリンクスのものですか」
「そうさ。俺が仕留めた中でもかなり大きいものの皮でこさえたんだ。お前さんも今じゃ騎士さまだからな、今度いいのが捕れたら献上してやるよ」
献上という言葉に苦笑しながらも気を引き締め直す。
さて、家々の並びを過ぎて防風林の細道を抜けた辺りで、村の中央付近にある広場あたりにやってきた。
石塔まで遮るものが無いというそこに、黒い影がふたつ見える。
「よおシューター、オレ様をのけ者とはいい度胸じゃねえか。ん?」
鱗裂きのニシカさんだ。
今回は急いで人間を集めるのが目的だったから、村の外にある集落に住むニシカさんにまで声をかける予定が無かったはずだ。
ニシカさんの側らに立っているゴブリンを見つけて、俺はッワクワクゴロさんに振り返った。
「俺の弟をひとりニシカの使いにやったんだ。のけ者にするとこの女はスネるからな、後が怖い」
「んだと猿人間、聞こえてるぞ」
意地の悪いッワクワクゴロさんの言葉にニシカさんがムキになっていたけれど、本人はポーズだけで文句を言ったらしい。
この場ではあまり使い道がなさそうな長弓も一応は用意しているらしい。
役者は勢ぞろいというわけか。
「村長さまには申し訳ないが、マイサンドラさんから証言を取った後に、冒険者カムラを捕縛します。何しろ村長さまの屋敷の下女がカムラと通じているところを見ると、どこから我々の情報がカムラに伝わるかもわかりません」
「そうだな。村長には後で何とでも説明するのがいいだろう。ただあの方は激情家だから、お怒りになると誰が鎮めるのかという話だが」
「わかってますよ。それは俺がやればいい」
ッワクワクゴロさんの言葉に俺は笑って返事した。
俺は村の警備責任者らしいからな、騎士で奴隷だけど役割は果たさねばなるまい。
大丈夫、お兄ちゃんの頼みなら妹はきっと聞いてくれるはずだ。




