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異世界に転生したら全裸にされた  作者: 狐谷まどか
第3章 奴はカムラ
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78 奴はカムラ 12


 治療室の寝台で寝ているはずのカサンドラが、隣の診察室で話し込んでいた俺と司祭さまのもとに顔を出した。

 もしかすると俺たちの声が大きくて睡眠妨害をしてしまったのかもしれない。


「これはすまんことを。起こしてしまったか?」

「いえ、大丈夫です。横になっていたら司祭さまとシューターさんのお話の内容が聞こえて来たから……」


 扉の前に立っていたカサンドラを支える様に、あわててタンヌダルクちゃんが側に駆け寄って来た。

 すぐにぽかんとした顔のエルパコまでが顔を出す。

 よくよく考えてみると、うちの一家のみんながこの診療所に全員集合していたのである。


「あの、それで。シューターさんにお話が……」


 改めて寝ぐせの付いたうかない顔をしたカサンドラがそう言った。

 俺は急いで立ち上がると、こちらに近づいて来るカサンドラを自分が座っていたイスに座らせる。


「どうしたのかな、お話しというのは」

「実は、悪い事とは思っていたのですが、おふたりがお話しされている内容が隣の部屋まで聞こえていたんです。それで気になった事があったので、お話しておこうと思いまして……」

「ほほう? ゆっくりでいいから話してごらん」

「はいシューターさん。ひとつは、マイサンドラ姉さんの事です」


 マイサンドラと言えば、おっさんの姉でありカサンドラから見れば従姉にあたる人間だ。

 カサンドラを暴行したあの夜が明けておっさんの自宅を家宅捜索したところ、隣の村に嫁いでいたはずの人物マイサンドラが、どういうわけか出戻りをしていたという事だったはずだ。


「マイサンドラ姉さんは、とても押し出しの強いひとでした。おじさんとおばさんが早くに流行病で亡くなってしまったので、マイサンドラ姉さんがお父さんの見習いをしながら女手ひとつでオッサンドラ兄さんを育てていたんですね」

「お義父さんの見習いという事は、猟師だったのかい?」

「はいそうです。もともとわたしたちの家族はみんな猟師だったので」


 なるほどなあ。

 俺は話の先を促すために、言葉を挟まずにうなずくだけに留めておいた。


「けれど、やはり猟師というのはあまり安定する職業じゃないですし、オッサンドラ兄さんが年頃になった時は手に職を持つようにと、マイサンドラ姉さんが兄さんを鍛冶職人の見習いになる様にと決めたんです」

「決めた、という事は強制的にかい?」

「はい。何でも家の事はご自分ひとりで決める性格でしたので、オッサンドラ兄さんのお仕事についても、村長さまと掛け合ったり、鍛冶職人の親方にお願いしたり、兄さんにはお話しせずに決定したそうですよ」


 だからオッサンドラ兄さんはとても嫌そうな顔をしていましたけれど「姉さんには逆らえないからな」と悲しい表情で言っていたのを覚えています。

 カサンドラは過去の事を思い出しながら、そんな風に言葉を続けた。

 なるほど、何となくおっさんがどうしてカサンドラに気があったのか、だんだんわかって気がする。


「きっと義姉さんがお優しいひとだから、そのマイサンドラさんと反対の性格の義姉さんがいいと思うようになったんですね、強姦ドラさんは。けしからん蛮族ですね!」


 タンヌダルクちゃんは大きな胸を揺らして腰に手を当てると、俺の代わりにプンスカ怒った。

 たぶん俺もそう思う。

 おっさんは自分の姉より大人しい性格で押しに弱いカサンドラなら、自分に同情してくれるとでも思っていたのだろう。


「そ、そのあたりの事はわたしにもわかりません。ただ、マイサンドラ姉さんはとても信心深いひとでした。いつも女神様への祈りを欠かさず、猟に出る前には教会堂の前まで足を運んでいました」


 そういう話は女村長の説明の中でも出てきたはずだった。

 隣で静かに話を聞いていた司祭さまは、申し訳なさそうに俺を見る。

 たぶん彼の記憶の中ではあまりマイサンドラの事は記憶に残ってなかったのかもしれない。教会堂の前までという事は、礼拝所の中まで何かの理由で入らなかったという事だろう。


「たいへん申し上げにくい話なのですが、猟師の方たちはその、村では鼻つまみ者というところもありまして。恐らく朝の祈りに訪れている村人とあまり顔を合わせるのがお嫌だったんでしょうな、そのマイサンドラさんは」

「なるほど、そういう風に見えるのか。それでマイサンドラさんはおっさんに猟師にはなるなと言ったのかも知れないな……」


 思案しながら俺が頭の中を整理していると、カサンドラが「はい」と返事をした。


「だから、そういう事もあってわたしのお父さんはオッサンドラ兄さんとわたしが結婚する事は無いと、そう言っていました。猟師の家系は猟師を受け継ぐものですから」


 とすれば、マイサンドラさんはおっさんに裏で「お前はカサンドラと結婚するんだ」と日々洗脳でもさせる様に毎日言っていたのかもしれないな。怖い洗脳。


「しかし元猟師のマイサンドラさんは、結局村の外に嫁いでいったのですねえ」

「そうなんですダルクちゃん。そのご結婚をお決めになったのも姉さんご本人でした。狩猟に出た時に立ち寄った村の男性と結婚したんだとか。わたしはその、マイサンドラ姉さんの押し出しの強さが苦手でしたので、詳しい話は聞いていませんが……」


 聞いている限りだと、マイサンドラさんはとんだお転婆さんである。

 おっさんの事は死んでくれと思うほど許し難い存在だが、ある一面では同情したくなるのも事実だ。


「話はわかった。多分そのマイサンドラさんはすでに村長さまによって捕縛されているだろうから、詳しい話は後日聞く事が出来るだろうな」

「はい。とても気性の荒いひとなので、気を付けてください」

「ありがとう、ありがとう。カサンドラはもうゆっくりしてくれていいからね」


 俺が妻を気遣ってそう口にしたところ、まだ何かあったらしい。


「あのっ」

「どうしたかな?」

「もうひとつ気になる事があったんです。ねえ、ダルクちゃん?」

「そうですね旦那さま。旦那さまは村長さまの屋敷で下女をしているメリアという女を知っていますかあ」


 村長の屋敷のと言えば、いつもの俺にだけは気さくにしてくれない若い女のことだろうか。


「名前は知らないけど、気立てのよさそうな女の子のことなら知っているよ。カムラさんの顔を見るといつも女の子の表情をしていた気がする。あとギムルの旦那にも以前はニコニコしていたな」


 俺がそう言うと、ふたりの妻は激怒しはじめた。


「そうです、それですよ! あの女はとんだ女狐ですよう旦那さま。村の偉い男には色目を使う癖に、何かと言うと地位だ職業だと目先の詰まらない事にばかりこだわるんです」

「メリアさんは、シューターさんの事を全裸奴隷と言いました。これは許せません。どうせよそ者を騎士叙勲させるなら、シューターさんではなくカムラさまの方がいいとも。わたしの事を言うのはしかたがありませんが、優れた人物のシューターさんを悪くいうのは妻として許せません」

「そうですよう。許せません!」


 ふたりがそろって俺に主張する。

 嬉しいやら、困惑するやらで俺は困ってしまった。だって俺が全裸だったのは事実だし、今も奴隷身分なのも事実だし。

 でも、対外的には今もってそうみられているという事だな。


「そんな事を、いったの? 義姉さんに」

「そうですエルパコちゃん。あのひとは敵なので義姉さんに近づけてはいけませんよ」

「わかった……」


 妙なところでエルパコまで鋭い顔をしてタンヌダルクちゃんの言葉に反応している。

 司祭さまもビックリしているから、話がこれ以上脱線してはいけないので軌道修正せねば。


「わかったありがとう。君たちの気持ちは夫として嬉しいよ。それでカムラさんがどうしたって?」

「カムラさんは優れた冒険者で、村の冒険者ギルドの長だから、カムラさんこそ騎士になるべきだと言ったのですよう、あの女狐が。そしてその妻はわたしがふさわしいみたいな事を、ぬけぬけと!」


 興奮気味のタンヌダルクちゃんがフンスと鼻息荒くすると、胸がぶるりんと身震いした。

 あまりの興奮気味からちょっと話を盛ってるんじゃないの? とカサンドラを見る。

 毅然とした態度のカサンドラはしかし、しずかに首肯した。

 という事は、タンヌダルクちゃんが言っている事はおおむね事実という事だろう。


「お話には続きがあります。メリアさんもまた信心深い方で、いつも朝のお祈りをしていたのを子供の頃に見たことがありました。彼女はお向かいさんの農家のひとなので」


 カサンドラがそう言ったところで、司祭さまがてきめんにバツの悪い顔をしていた。

 どうやらそれも事実であるらしい。


「め、メリアという村娘の事は存じております。騎士さまのご夫人が仰る様に信心深いひとでしたが」

「でしたが?」

「近頃は村長さまのお屋敷に行儀見習いに出ておられたので、教会堂まで足を運んだことはありませんでしたよっ。その点だけは信じてください騎士さま」


 司祭さまとしても、この上事件と教会堂が関係づけられるのは、この場の責任者としては大弱りなのだろう。

 しかし事実は事実として見逃すわけにはいかない。


「つまり、助祭さまとメリアさん、それにマイサンドラさんの三人の接点が出て来たじゃないですか。信心深いという一点で。この事は例えば村長さまとか、ッワクワクゴロさんとかは知っているのか?」

「わかりません。知っているとは思うのですが、そこまでお考えが至っているかどうかは、わたしには……」


 俺の言葉に返事をしている途中で、だんだんとカサンドラの表情がうかないものになってきた。

 どうしたのか。心なしか顔色もよろしくない。


「か、カサンドラ大丈夫か?!」

「義姉さん?!」

「し、司祭さま、つっ妻を助けてくださいよ!」

「わっわかりました。とにかく寝台に連れていきましょう」


 俺たちはあわてて崩れ落ちそうになるカサンドラを支えて、急ぎ治療室の寝台に運び出すのだった。

 さっきまで表情はさほど悪くなかったのに、いったいどういう事だ畜生め。


「……し、シューターさん」

「しゃべるんじゃないカサンドラ。今夜はずっと俺も側にいるからな、とにかく今はじっとしてなさい」

「はい……」


 とにかく無理をさせてはいけない。

 やはりおっさんに酷い目にあわされて心だけでなく体も弱っているのだ。


「それとエルパコ」

「うんっ」

「今の話、村長さまかッワクワクゴロさんを捕まえて、伝えてくれるようにしてくれるか。たぶん犯人特定までもう少しだ。けど俺はここを動けない」

「わかった」


 俺が短く伝えると、けもみみをぴんと立ち上げたエルパコがこくりとうなずいた。


「苦労をかけるな。よろしくたのむ」

「家族だから、当然だよ……」


 寝台の側を離れていくエルパコを見送って、カサンドラの手を握った。


「タンヌダルク奥様、すいませんが向こうから水を持って来て下さい。カサンドラ奥様にはどうやら熱があるようだ」

「了解ですよ。お水だけでいいですか?」

「それと手ぬぐいも!」

「はいっ」

「あとは、脈も計っておきましょう。ああくそう。こういう時に助祭がいたらどれだけ助かるか、彼女は聖なる癒しの魔法がとても優れていたのに……」


 司祭さまはそんな文句をこぼしながら妻のもう片方の手を取って脈を計りだした。

 いやいや。助祭が犯人の一味だと思われるのに、そんなやつにカサンドラの事を任せておくなんてどうかしてる。

 そもそも、昼間はあんな穢れなきすまし顔をしておいて、おっさんに禁制ポーションを渡していた様な奴だぞ……

 そう思うと何もかもが怪しく感じてくるものである。

 部屋の中で治療のために焚かれている香薬も怪しいし、ほんとうにしっかり妻に施術をしてくれているのかも怪しい。

 雁木マリが村に到着したら、しっかりと再診察してもらった方がいいんじゃないのかね。

 ちくしょうめ! 

 どうしてこの世界は優しくないんだ……


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