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異世界に転生したら全裸にされた  作者: 狐谷まどか
第3章 奴はカムラ
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75 奴はカムラ 9

75話の描写内容を大幅に加筆修正しました。

それにあたり、75話後半の一部を76話に分割して掲載しています。


 診療所に入ると俺は極度に緊張した。

 俺たちを迎えてくれたのは、教会の助祭さまだった。


「あ、カサンドラさまの旦那さんですね?」


 ゆったりとした灰色のチュニックを着用した助祭さまが、微笑を浮かべて俺たちを見る。

 改めてみると、俺がワイバーンとの戦いで自傷を負った時、その際の犠牲者の葬儀に参列した時に顔を合わせた事があるが、それ以外で助祭さまと親しく会話をした事は無い。


「シューターです。猟師をやっています」

「またまた、今はご立派な騎士さまじゃないですか。お待ちしておりました」


 ちょっとした仕草に垢ぬけた印象がある。

 きっと田舎の生まれではなく、都会出身なのだろう。

 助祭さまの側らにはエルパコが立っていたところを見ると、カサンドラの護衛という事でずっと付いていてくれたらしい。


「エルパコ、俺の留守中迷惑かけたな。ありがとう」

「問題、ないよ。家族だから……」


 ぼうっとした顔に眼だけはすこし正気を宿して頷き返してくるエルパコ。

 助祭さまに向き直ると、こちらも真剣な顔をして俺を見据えてくる。


「さあ、奥様が奥の部屋でお休み成されていますよ。お入りください」

「あの。妻の様子というか、心の傷が残っているとかそういうのは大丈夫でしょうか?」

「心の傷、ですか?」


 質問する俺に、助祭さまが小首をかしげる。

 情けない事ではあるが、今の俺はカサンドラに拒絶されたときにどうすればいいかわからない。

 オッサンドラの暴行で男に対して拒絶反応を示すようになっていないか。

 綺麗ごとかもしれないが、俺がどういう扱いを受けるかよりも、妻にこれ以上の負担をかける方がよほど今は深刻だ。

 この世界にはこういう事態に陥った時のカウンセリングというか、そういうノウハウはないのだろうか。


「はい、例えば男が近づいたら極端に怯えるとか。そういう事はありませんか」

「どうですかね。今は治療室で香薬を焚いているので安静にしていますが」

「香薬、ですか?」

「例えば、大きな事故や事件に巻き込まれたり、戦場から帰った戦士を落ち着かせるために使うお香です」

「そういうものがあるのですか」

「はい。わたし聖堂会では治療魔法と薬学を学んでいたんです。だからそのお香はわたしのお手製なんですよ」

「へえ・・・…」


 精神安定剤みたいなものだろうか。


「本来は高貴なひとのために使うお薬なのですが、カサンドラさまは騎士さまのご夫人ですから使わせていただきました」


 特別ですからね、と助祭さまが笑ったのを見て「なるほど」と返事をした。

 香薬のおかげか知らないが、カサンドラの気持ちが落ち着いているのならそれはありがたい。

 それに俺は今、情けない態度を今はすべきではない。

 そうすれば辛い思いをするのはカサンドラである。


「とにかく今は俺自身がしっかりしないとな。家族が取り乱していてはカサンドラを不安がらせるだけだ」


 地下牢で埃っぽくなった服をパンパンと叩いて、カタチだけでもと居住まいを改める。

 すると、小声でひとり言を口にしただけのつもりだったがタンヌダルクちゃんが反応した。


「そうですねえ。わたしたちがしっかりしないとですよう」

「ああわかってる。助祭さま、妻のところに案内してください。お願いします」


 助祭さまがうなずいて、俺たちを治療室へと通してくれる。

 ドアを抜けて中に入ると例の香薬を焚く匂いが治療室の中を支配していた。

 何と例えるべきだろうか、甘ったるさと青臭さが混じった様な具合だ。

 室内を見回すと、カサンドラはいくつかある寝台の一番奥に横になっていた。

 カサンドラの上には、まるまったバジリスクのあかちゃん。

 お前も頑張ってくれたんだよな。

 そして俺たちが入って来るのを見るとカサンドラがこちらに視線を向けてくれる。


「シューターさん」

「ギイィ!」


 少々かすれた声をしているようにも見えるが、それでも気丈に振る舞っている様に見える。

 かすれた声なのは、香薬の焚く煙のせいだろうか。

 顔色は穏やかとまでは言えないが、俺を見て拒否反応や緊張した表情というのは見られない。

 よかった。

 いや、よくないがよかった。言葉に出来ないが、カサンドラの眼は死んでいないように感じる。

 途端に、いろいろと頭の中で渦巻いていた感情を放り出して、俺は妻の元に走り出していた。

 側まで行き、しゃがみ込む。

 カサンドラはゆっくりと寝台から上体を起こそうとしたので、それをタンヌダルクちゃんが手伝った。


「……カサンドラ」

「シューターさん」


 カサンドラの手を触れてもいいのだろうか。

 可能なら手を握ってやりたい。だからどうだというのはわからないのだが、俺はそうしてやりたかった。

 けれど、カサンドラがどういう反応をするかわからないのでほんの少しの間俺の中で迷いが生じる。

 すると俺を見上げて、右手を差し出そうとした。

 握ってもいいんだ。そう思った瞬間にその手を両手で包んだ。

 優しくそう出来たかはわからないが、とにかく怖がらせない様に。


「来るのが遅くなってしまってすまない」

「本当ですよ旦那さま。ひとりで寝台で寝ていて、わたしはとても退屈でした」


 カサンドラが力なくそう笑った。

 違う、そうじゃない。そう言う事ではなく……

 上手く言葉にして説明する自信がないので、俺は必至で脳みそを動かす。

 こういう時に言葉をひとつ間違えれば、カサンドラは傷ついてしまうはずだ。

 だから正しい言葉が解らないのが怖いのだ。


「そうじゃなく。そうじゃなくて」

「…………」

「あの時、来るのが遅くなってしまったせいで。すまん……」

「キュウウウウ」

「バジルも、よく頑張って抵抗してくれたな。お前の夜泣きですぐに駆けつけられたんだぞ」

「……シューターさん、わたし」


 そこまで言ったカサンドラの瞳には、涙が溜まっていた。

 どんな効果があるお香を使おうと、そんなもので心の傷口が簡単にふさがるはずがないんだ。

 だから、俺はしっかりとカサンドラの側にいてやるしかない。

 俺はカサンドラの事が好きなんだから当然だ。


「わたし、その、あの……」

「いやいい。何も言わなくていいからね。俺はずっと側にいるから」

「はい、ありがとうございます」


 たまらず抱きしめた。

 ずっと側にいるなんて言葉はおためごかしだ。

 側にいなかったからこういう事になったんだってのはわかってる。

 言葉が無くてとにかく抱きしめる事しかできなかった俺だが、その腕の中でカサンドラが涙をこぼしながら嗚咽しているのが伝わって来た。


「義姉さん。旦那さま……」


 見ていたタンヌダルクまで俺たちのところに来て抱きしめてくれる。

 俺たちは結局、情けない事に大人三人してしばらくの間、泣き通していた。


     ◆


 俺に警戒心がもっとあれば、こんな事にはならなかったのではないだろうか。

 犯人をのさばらせていたから、こんな事になってしまったんじゃないだろうか。

 おっさんがまだ生きているという話は信じられない気分だ。

 殺してやりたかった。この手で。

 ひとを殺してやりたいなんて感情は生まれて初めて俺の中で芽生えた。

 喉笛を貫手で突き潰したつもりだったが、やはり日常的な稽古をサボっていてはいざという時に使えないぜ。


 いやいや、そうじゃない。


 あの夜、猟師小屋で見たおっさんの表情は狂気そのものだった。

 殴っても蹴っても、けろりとした顔で俺を見上げては気色の悪いニタついた顔を見せやがった。

 はっきり言って狂人の眼だ。

 

 だがおっさんには前科がある。

 俺が留守にしている時にもおっさんはカサンドラに迫った前科がある。

 あいつはあの時からおかしかったに違いない。

 思いつめて今回爆発したんだろうぜ。

 けどまてよ?

 落ち着け、時系列はどうなっている……

 おっさんの家を夜回りをした時、確かに人間がいる気配がしたはずだな。

 するとおっさんは、俺たちが監視しているのをやり過ごしてから、猟師小屋に向かったのか。


 ただの鍛冶職人にそんな気配の察知が出来るものなのか?

 そんな馬鹿な。俺だって無理だ。

 もし可能な人間がこの村にいるのなら、そのレベルの人間はまず鱗裂きのニシカ、猟師の親方ッワクワクゴロ、それに獣人のエルパコ、あとはカムラさんぐらいじゃないか。

 だったら最初から知っていたという事か?

 それなら誰かが情報を漏らしたという事にならないか。

 ニシカさんやッワクワクゴロさんを疑うのは馬鹿げているし、エルパコはずっと俺の側から離れていなかった。

 どういう事ですかねいったい……


「義姉さん、少しお疲れになったのかお休みになったみたいですよう」

「お、おう。そうか」


 思考の深層を泳いでいた俺に、タンヌダルクが声をかけてくれた。

 治療室の簡易椅子に腰かけてカサンドラの顔を見ているうちに、彼女はいつのまにか眠ってしまったらしい。


「とにかくカサンドラの命が無事でよかった。それがまず何より大事だ」

「はい、旦那さま。命あってのものだねですからねえ」


 おっさんは妻を襲った。これは間違いない事実だ。

 そしておっさんの家には、誰かがいた。これもしっかり記憶に残っている。


「なあ、タンヌダルク」

「え、ちょ。急に改まってどうしたんですか?」

「おっさんの家は、誰かすでに家探しをやったのかな?」


 気がかりな点をタンヌダルクに聞いた。

 俺が石牢に幽閉されている間に何か動きがあったかもしれない。


「ええとそれなら黄色い蛮族のひとがゴブリンを引き連れていきましたよ」

「ニシカさんが?」

「そう、ニシカさんです」


 おっさんの家から何か出てくるかもしれない。

 これで少しでも事件の真相がわかればいいが……

 そう思いながら視線をふと移すと、部屋の壁にもたれかかって腕を組んでいたエルパコが見えた。

 このけもみみは俺が留守中もずっとカサンドラを守ってくれていたのだ。


「エルパコも、少し休憩するか。今は俺がカサンドラの側にいるからな」

「……シューター、さん」

「ん?」

「外、誰かが大人数でこっちに向かってるよ」


 組んでいた腕を解いて、窓の外を指差すエルパコ。

 この診療所は教会堂の施設の一部だけあってガラス窓がふんだんに使われている。

 俺は簡易椅子を立ち上がって外をみやると、ぞろぞろと女村長を先頭にッワクワクゴロさんやニシカさんといった村の幹部格の人間たちがやってくる姿が見えた。

 目指しているのはもちろん俺たちのいる診療所だ。

 何か事件に進展があったのかもしれない。


「ぼくは、このまま義姉さんの側に、いるから」

「お、おう。すまんな。ちょっと行ってくる。タンヌダルクちゃんもここにいなさい」

「はい旦那さまっ」


     ◆


 治療室を出ると、助祭さまが女村長たちと何やら話し込んでいた。


「これはこれは村長さま、みなさま」

「司祭はおるかの。わらわが面会に来たと伝えてもらえるか?」

「はいっただいま。司祭さまは今礼拝所でお勤め中です。執務室の方でお待ちいただけますでしょうか」

「うむ。それでは待たせてもらおう」


 助祭さまは女村長たちに頭を下げた後、俺たちにも気が付いて一礼すると講堂の中を駆けて行った。

 しばらくそれを見送った後に俺は振り返って女村長を見やる。


「村長さま、おりいってお願いがあるのですが」

「シューターどうした」

「俺の勝手なお願いだという事はわかっているのですが、少しの間だけでもカサンドラの側にいてやりたいと思っているのですが」


 建設現場の殺人と放火の犯人を追いかけている時に、こんな事を切り出すのは申し訳ない気持ちはある。

 俺は現場の警備責任者だったし、今は引き続き犯人捜しの責任者である騎士とやらだ。


「ふむ。カサンドラも辛いだろうから、そうしてやるのがよい」

「え、よろしいのですかね」


 微笑んだ女村長が俺を見上げてそう言った。


「わらわも女だぞ。同じ目に合えば恐ろしいし、夫に側にいてもらいたいと思うのは当然だ」

「あ、ありがとうございます。ありがとうございます」

「そのカサンドラの様子はどうだ?」

「妻は少し落ち着いた様でいまは寝ていますね。何と言ったかな、薬のお香の安静効果でも少しは効いたんでしょう」


 香薬の事を思い出して俺が口にする。

 このファンタジー世界のアロマというか、ここは異世界なのだから実際に魔法的効力のあるお香なんだろうさ。


「その様なものがあるのか。聖堂会の連中は色々と面白いものを持っているの」


 意味深な笑みを浮かべた女村長が俺を見上げた。

 そしてアゴでニシカさんに指示すると、同じ様に眼帯女まで不敵な笑みを浮かべているじゃねえか。

 何かの包みを突き出してニシカさんが口を開く。


「おいシューター。おっさんの家から面白いものが見つかったぜ」

「何ですかこれは」

「いいから見てみろよ。きっと色々と納得するものが出てくるだろうぜ」


 ニシカさんの差し出した包みを開くと、中から出てきたのは見覚えのあるものだった。


「雁木マリの持っていた、カプセルポーションの注入器具?」

「それがおっさんの部屋からみつかった」

「と、いう事は、おっさんは犯行当日にこれをキめていたのか……」


 顔面を殴られても崩れないニタついた笑い顔。

 蹴られてもまるで痛みを感じていない様なあの態度。

 おっさんは、騎士修道会が使っているという、カプセルポーションを使っていたのか……


「あともうひとつ。隣町に嫁いでいたはずのオッサンドラの姉が、奴の家から見つかった」

「?」


 どういう、事だ。

 新たな情報に俺の頭が理解に追いつかず、混乱していた。



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