閑話 花嫁修業 ~カサンドラの場合 中編
前回の閑話についてですが、プロットの変更に伴い大幅に加筆修正を加えました。
まだお読みでない方は、そちらの方もぜひお目を通していただけると幸甚です!
「カサンドラさま、あんたは騎士の妻だ。騎士と言えば貴族の末席だよ」
「は、はい。そうですね」
「貴族なら読み書き計算ぐらい出来ないと恥ずかしいね」
「シューターさんの妻として恥ずかしくない様に、がががっ頑張ります」
その日も夫とダルクちゃんを送り出した後に村長さまのお屋敷に向かいました。
すると村長さまの警護をなさっている冒険者のお姉さんが、わたしに読み書きを教えてくださるのだそうです。
今は誰も使っていない食堂に案内されると、麻紙を用意されて、文字の書き写しをする勉強です。
「まずは文字を覚えようか。あたしでも覚えられるぐらいだからすぐに出来るよ」
「ほ、本当でしょうか?」
「ああ本当さ、見ても覚えられないからこういう時は書いて覚えるんだ」
「わかりました。あの書き方とかお作法はあるのでしょうか?」
「文字なんて読めればいいんだよ。書き方なんてどうでもいいさ、まず書き写しな」
「はい」
冒険者のお姉さんはエレクトラさんと言うそうです。
少しお話をするようになったのですが、エレクトラさんはシューターさんが街からスカウトして来た方なのですね。
「あのひとは強いねえ。あたしが知っている限り、あんなに強いひとは街でも聞いた事が無い。ただ全裸を貴ぶ部族というのがいけないだけだ」
「シューターさんも、さっ最近はお召し物を着ていますから。全裸なのはお家にいる時だけですよ?」
「やっぱりシューターさんも故郷が恋しいのかな?」
「どうでしょう。旦那さまはあまり故郷のお話をされませんので」
時々ですが、朝になるとお家の入り口から外を眺めている事がありました。
遠い故郷を思い出してみているのでしょうか。
そう思って夫に質問をしてみると「あそこで村長ンとこの下女がウンコしてるよ」と言っていたので、たぶんそういう事は無いと思います。
あまりジロジロ見るのは失礼ですよとたしなめようとしたら、夫はおびえた顔をして家の中に逃げ込んでしまいました。
わたしの顔はそんなに怖いのでしょうか。
後でシューターさんに頂いた手鏡で顔を見てみましたが、いつもの顔をしていたと思うのだけれど。
近くの植え込みでで用を足していたのは、畑を挟んで向かい側の農家の娘さんでした。
年頃は確かわたしとおなじぐらいで、今は村長さまのお屋敷で行儀見習いをやっておられるメリアさんです。
気さくなルシアさんと違って、鼻つまみ者のわたしにはあまり話しかけてくださらないので、あまり詳しくは知りません。
「どうした、手が止まってるじゃないさ」
「ごめんなさい。ここで下女をされているメリアさん」
「ああ、あの朗らかな娘がどうしたんだい」
「わたしのお家のお向かいさんなんですけれど、あまりお話しした事が無くって」
「そうなのかい? あんたが騎士さまの若奥さんだから、身分違いだと思って遠慮しているんじゃないかな」
「そうだといいのですが」
わたしたち親子とお話をしなかったのは、何も今に始まった事じゃありませんからね。
◆
そんなあまり交流の無いメリアさんと会話する機会を得たのは、その数日後でした。
その日は夫の二人目の妻であるダルクちゃんを連れて、村長さまのお屋敷に来たのですが。
まだ村にやって来て日の浅いダルクちゃんが、ひとりで村の中を歩くのは大変です。
もと猟師だったわたしたち家族に嫁いで来たというだけで白い眼で見られるのに、ダルクちゃんは野牛の一族の若い女性ですし、その族長の妹さんです。
普通に接していれば年の近い妹みたいな女の子なので、姉妹のいなかったわたしはとても嬉しかったです。
ダルクちゃんもわたしの事を「義姉さん」と呼んでくので、張り切っちゃいます。
そんな、性格は普通の女の子ですけれど、ダルクちゃんには立派な牛角が頭に生えていました。
いち度さわってみたいなと思っていたところ、夫がダルクちゃんの頭や角をなでなでした際に「角を触ってもいいのは旦那さまだけなんだからねっ」と言っていたので、わたしは触らなくてよかったです。
村の中を歩いていても、鼻つまみ者のわたしとよそ者のダルクちゃんがふたりして歩いていると、とても注目を集めます。
わたしはもう慣れてしまったので監視される様な目線を浴びてもあまり気になりませんが、まだ村に来たばかりのダルクちゃんは困ったような顔をしていました。
「何ですかぁあのひとたちは。失礼じゃないですか! ずっとわたしたちの事をジロジロと見てくるんですよ」
「ダルクちゃん、声が大きいです」
「でも義姉さん、あんな態度を取られたら、わたしじゃなくたって怒っちゃいますよ? ひとを見世物みたいに!」
困ったのじゃなくて怒ってたのですね。
けれどもわたしは騎士シューターの正妻です!
ここで甘い顔をしていては、夫に恥をかかせてしまいます。はじめての第一夫人としてかわいい義妹を躾なければまりません。
わたしがしっかりしなくっちゃいけません。
「あまり外で揉め事を起こすと、旦那さまのお立場が悪くなってしまいますよ。わたしもダルクちゃんも騎士さまの妻なのです。堂々としていればそれでいいのですよ」
「さすが義姉さんです。かっこいい!」
ダルクちゃんはわかってくださいました。
そうやって村長さまの屋敷までやって来たところ、メリアさんとルクシちゃんがそこで待っていたのでした。
「メリアさん、ルクシちゃん。おはようございます」
「はじめまして、おはようございます。騎士シューターの妻、タンヌダルクです」
わたしが挨拶をすると、隣でダルクちゃんも元気よく挨拶をしてくれました。
それに応えていつも話をしているルクシちゃんも「おはようございます。わあ、野牛の一族の女性はおっぱい大きいですね! さわってもいいですか?」と元気よく挨拶をしてくださったのですが、
「……陽はもう十分に昇っています。村長さまがお待ちです、お急ぎを」
わたしたちを見比べるとメリアさんは、あまり感情のこもらない声でそう言いました。
「はい。失礼しました。ダルクちゃん行きましょう」
「わかりましたぁ」
「下級とは言え貴族の末席なのですから、妻たるあなたたちはしっかりしてもらわないと困ります」
「ご、ごめんなさい」
お屋敷に入る間際にそう言われて、あわててわたしは謝罪しました。
そして村長さまの書斎に招かれてメリアさんが退出する間際。
確かにわたしは彼女がこう呟いたのを耳にしたのです。
「ふん、成り上がり者とよそ者が偉そうに」
やはりメリアさんは、わたしたちの家族を快く思っていなかったようです。
ダルクちゃんがわたしたちの領内における掟をお勉強するというので、村長さまの書斎に彼女を残して退出しました。
すると廊下で待っていたメリアさんに連れられて、食堂に案内されました。
夫は今頃、エルパコちゃんたちと一緒に早朝の畑仕事をしているはずです。
わたしたち妻の仕事は毎日交代で夫と一緒に現場に出かける事です。
今日はわたしの当番ですけれど、お出かけにはまだ時間がありました。
「お仕事までまだ時間、あるんでしょう?」
「はい。まだ少しは余裕があります」
「それならカサンドラさま。少しわたしたちとお茶でもしない?」
「ええ少しだけなら」
わたしたちの事をあまり快く思っておられないメリアさんにお茶に誘われてびっくりしました。
年の近い同性のお友だちが出来るのはとても嬉しい事です。
ダルクちゃんやエルパコちゃんがお家にやって来た時は、シューターさんとのふたりっきりの生活がしばらく続くと思っていたので悲しい気持ちになりましたが、家族が増えてしまうと別の気持ちが出来ました。
今まであまり猟師のご家族やオッサンドラ兄さんぐらいとしか交流が無かったので、もっと社交的にならないとって思ったのです。
騎士たる夫はこれからも村のために忙しくお仕事なさるでしょうから、正妻たるわたしも、しっかりしないといけません。
食堂にやってくると、すでにわたしたちが来る事を予測していたのでしょうか。
ルクシちゃんが屋内の炊事場から暖かいヤカンを片手にして食堂に入って来たのでした。
「さあお座りくださいな。村長さまがおられないときは、食堂はわたしたち下女も自由に使っていいのですよ」
「はい、じゃあまずカサンドラさまに、それからメリアさんにお茶を。最後にわたしにもっと……」
お茶はこの村では貴重品です。
行儀作法をこのお屋敷で学んだ際に村長さまに教えていただいたところによると、セージ、ローズマリー、ラベンダーを煎じたお茶は、体内の毒を洗い出してくれる効果があるのだそうです。
それから、おねしょをする小さな子供にも効果があるらしく、だから村長さまはいつもこれを飲んでおられると言っていました。
どういう意味でしょうか?
とても酸っぱい味がするのでわたしはあまりたくさんは飲めません。
「それじゃお作法にのっとっていただきましょう」
「いただきます」
「いただきまーす」
わたしたちは並んで陶器のティーカップを持ち上げると、少しだけ口に含んで香りを楽しみました。
ひと口だけなら、とても酸味が口の中に広がって美味しいです。
ふた口の飲むと、さっぱりとした味わいで口の中に清涼感で満たされました。
高貴な身の上の方は、これにお菓子などを一緒に食べられるそうですが、わたしたちは行儀見習いの立場ですし、わたしも下級貴族の正妻といってもシューターさんは奴隷です。
貧乏なのでそこまではしません。
夫には早く立派な騎士さまになっていただかなくてはいけませんね。
「さて、と。ひといきついたところで、あなたに質問したい事があったのよ。騎士婦人さま」
「何でしょうかメリアさん?」
「まどろっこしい事を言うの、わたし嫌いだわ。だから端的に言います」
高価なティーカップをテーブルに置いたメリアさんが、わたしの方をじっと見つめて来ました。
何でしょう。とても嫌な気持ちになります。
これから切り出される事はきっとよくない事だとわたしはは確信しました。
「あなた、身の程をわきまえなさい」
身の程を、わきまえる。
わたしはその言葉を口にしたメリアさんの真意を、耳にしたその瞬間には理解できませんでした。
次話において、読者さまにとって大変ご不快に思われる可能性のある描写が書かれております。
寝取られ展開、強姦展開などお好きでない方は、申し訳ございませんがこのままブラウザバックなされるか、ご了承の上で次話の展開に進めていただくことをお願い申し上げます。




