8 嫁がまだ懐かないのは俺が全裸だからか(※ キャラ絵あり)
ゴブリンの猟師ッワクワクゴロは勇敢だった。
ブッシュの中に身を潜めて弓を引きしぼったかと思うと、流れる様な動作で矢を放ち、それは一頭のメスコボルトに吸い込まれていった。
群れで移動中のコボルトたちは、一瞬何が起きたのか理解できなかっただろう。
「コギェー!!」
甲高い悲鳴がメスコボルトから飛び出した。
冷静なッワクワクゴロさんは続けざまに、足元に用意していた次の矢をつがえて放つ。
この間おそらく五秒あまりだろう。
コボルトの群れは間違いなく混乱していた。
狙われた若いメスコボルトは二射目ですぐに倒れてしまい、すぐそばに居た子供たちは母親に駆け寄る。
ボスと思しきひときわ大きなオスコボルトは、手に持っていた棒切れを振り回して辺りを見渡していた。
ボスコボルトの視線が止まる。
その先にブッシュに身を潜めた俺がいたのである。
「よしシューター、いくぞ!」
三射目を射ち放ったそれは、近くにいる別のコボルトに刺さる。
俺はというと手槍を片手にがむしゃらに突進するのだった。
ブッシュに潜んで数時間、打ち合わせの時にッワクワクゴロさんから言われた事は、一度射かけたら勢いで押しまくれという事だった。
コボルトは非常に警戒心の強い生き物である癖に、一方でとても注意力散漫な連中らしい。好奇心が優っていて普段は面白いものを見つけると夢中になる事があるのだとか。
とんでもない矛盾だが、猿人間ゆえの習性だろう。
そして話には続きがある。
個々では弱いジャッカル面の猿人間コボルトは、それ故に群れで生活をした。そして道具を使う事で身を守るのだが、どうにも勝てない相手と出くわすとパニックになるのである。
ッワクワクゴロさんは「コボルトは小知恵がまわる」と言った。つまり恐ろしい事に出くわして頭で必死に考えると、結果的に自分が襲われた後にどうなるか想像して恐怖するのだ。
勝ち馬に乗っている時は小狡く強いくせに、負けるとなると思考停止する。まるで人間みたいなヤツもいたもんだ。
だから俺はおもいっきり暴れる様に連中の前に躍り出た。
ここでコボルトどもに余計な時間を与えると、小賢しい知恵を働かせて反撃に出てくるかもしれない。それを防ぐためである。
「ホゴボゲェ!」
何かの単語だろうか、コボルトのボスが咆えると、数頭が付き従って俺の方に向かってくる。
逆に若いのやメス、子供の個体は逃げ出そうとする。
俺は手槍を低く構えると、先頭になって突っ込んできたまず一頭のコボルトの胸をブスリと刺してやった。
嫌な感触だ、こんな感触は過去の武道経験でもしたことが無い。肉は吸い込まれるように手槍の刃を受け止めた。
すぐさまそれを抜く。そうしなければ筋肉が凝縮して抜けなくなるのではないかと考えたからだった。
モノの本によれば、刺されたり撃たれた瞬間の人間というのは筋肉が委縮して変な動きをするらしい。
だから俺は手槍を抜き様に周囲を警戒しながら、すぐにそいつとの距離を取った。
「シューター、ボスが来るぞ!」
声に反応して見れば、俺よりも上等そうな腰巻きをしたボスコボルトが、木の棒きれを武器に襲い掛かってくるところだった。
しっかりと木の先端をとがらせてくる。
コボルトはただの猿人間ではなかった。少なくとも猿人なみの文化享受があるらしい。
「うおっ! こいつ早ぇ」
しかも力は強そうだ。
木の棒が地面にたたきつけられた時、おもいきり泥が舞った。なかなかの勢いじゃないか。
だが倒す必要はない。相手を恐怖に陥れればいいのだ。
「おらエテ公、食らえ!」
こういう時は威勢がいいのは大事なことだ。叫びながら、ぞうきんを絞る様に柄を両手で握り込んで、さらにボスコボルトめがけて突き出すと、それすらも避けられる。
かまうものか。右に左に現れた別のコボルトを威嚇する様に手槍を大きく振り回した。すると、
「ラッテンコボゥ!」
ボスコボルトは大きく咆えて後退すると、そのまま俺が手槍で仕留めたコボルトを引きずって、森のさらに奥に向けて逃げ出したのである。それに続くオスコボルトたち。
サルワタの森に静寂が戻った。
「さすがシューターは戦士の出身だけあって、やるじゃないか」
俺は肩で息をしながら、ッワクワクゴロさんを振り返った。
ッワクワクゴロさんも今は獲物を手槍に変えていた。周囲を警戒しながらも、ゴブリンよりもさらに小さな成獣コボルトを一体足で転がしていた。
「若いメス一頭に、このオス一頭か。独りならせいぜいがメスだけのところだったが、お前がいてくれたお蔭で潰せるえさが倍になったぜ」
「いやぁさすがにこういうのははじめてだったので、俺も内心ビビリましたよ」
「そうか? なかなか様になった動きだったぞ」
「ッワクワクゴロさんひとりのときは、どうやってコボルトの群れを相手にするんですかね。一頭は確実に弓で仕留めるとして、その後はどうするんですか?」
「一射加えたら即座に手槍に持ちかえて、何も考えずにボスコボルトに飛びつくんだよ。あいつらが小賢しい事を考えるよりも早くボスに傷をつけてやるんだ。雑魚は相手にしねぇ」
そうすれば群れ全体に恐怖が伝播して、ヤツらは勝手に逃げ出す。
ッワクワクゴロさんは悪魔顔に白い歯を浮かべて笑うと、即座にナタに獲物を持ち替えて、一頭のコボルトを潰した。
「ああ、わざわざ迎え撃つ必要はないわけですか……」
「そうだな。お前はご丁寧にボスコボルトの取り巻きも相手をしていたが、ああいうのはスピード勝負だぜ」
「すいません」
「次からボスだけ目もくれずにやるんだ。ボスはどのみち体格もいいから、ゴブリン族の俺では互角がいいとこだ。けど不意打ちをすれば傷ぐらいはつけてやれるからな。怪我をするとコボルトはすぐヘタレるから、あとは今日と同じ流れだぜ」
こんな大立ち回りをしたのは、むかし焼肉屋でバイトしていた時に酔ったお客さん同士が喧嘩をはじめて大暴れをしたのが最後だろうか。止めに入ったところを二発殴られたので制圧したら、俺は店をクビになった。店長は元気にしてるかな。
一頭のコボルトはすでに首元にナタを差し込まれていて、ドバドバと鮮血を垂らしていた。
そのまま転がったコボルトの足を持つと、ッワクワクゴロさんは容赦なく引きずりながら移動する。
「それは何をしてるんですかね」
「血の臭いを撒いているんだ。仕掛け罠をつけるぞ、荷物を持ってこい」
ッワクワクゴロさんが解説してくれる。俺はあわてて自分とッワクワクゴロさんの道具をかかえて後を追った。
◆
仕掛け罠は単純なものだった。
一般的には括り罠と呼ばれる、獲物が足を引っ掛けると紐がしまるタイプの簡単な罠だ。
さすがにオオヤマネコ相手に安っぽい紐では対抗できないので、括り罠は金属をこよって作った丈夫なワイヤーだった。
ただし構造は、獲物が触れると反応するタイプとかそういうのではなく、原始的にキュっとしまるだけのものだ。
この世界の文明度合ではこれが限界なのかもしれない。あるいは予算の関係か。
トラバサミでもあればもっと効率はいいんだろうが。後で質問してみよう。それでも、
「なかなかよく考えられてますね」
「単純な構造だが、ワイヤーがしまった状態で獲物が暴れれば脚に食い込む」
「複数仕掛けるんですか」
「単純なだけに、数で勝負するんだ。仕掛けたスネアに、落ち葉をかけていく、そしてスネアの先端を杭か木の幹に縛り付けておけば完成だ」
俺は素直に感心しながらッワクワクゴロさんの作業を手伝った。
「お見事な手つきで」
「毎度の事だからな。トラバサミがあればもっと効率がいいんだが、あれは国法で領主の許可が必要になっている」
俺が質問するよりも先にッワクワクゴロさんが教えてくれた。やったね。
なるほど、元いた世界でもトラバサミは強力すぎて非人道的であり動物愛護観点からもよろしくないので、特別な許可がないものは所持も購入もできないと聞いたことがある。
「つまり大物、ワイバーンを倒すなんて時だけは使用許可が下りるぞ」
「なるほど。それで領主さまはどこに?」
このあたり一帯の村々を束ねる領主さまがいるわけだな。どこかに城でもあるのだろうか。いよいよこの世界がファンタジックに感じてくる俺だった。
「村長の屋敷にいるに決まっているだろう」
「?」
「村長が領主だ。あのひとは騎士爵の叙勲を受けているからな。このあたりの支配者さまだぞ」
「そうなんですか?」
「この辺りは辺境の開拓地帯だからな。当然だ」
まじかよ。村長ってあれで騎士さまか。
女騎士という事はくっ殺せ! とか言うのかな。オークに捕まったら。
先々が楽しみである。
「おいシューター、何で股間を押さえてるんだ? もう一匹を別の場所にしかけにいくぞ」
「何でもないですハイ、行きましょう」
俺の息子は多感なんだよ。
◆
サルワタの森の二か所に括り罠を仕掛け終わると、ッワクワクゴロさんがひと仕事終えたという顔をした。
「今日のところはこれで帰るぞ」
「もう帰っちゃうんですか? 兎とかとらないんですかね」
「帰りに見かけたらな。スネアにリンクスがかかるまで、しばらく様子見だ。血の臭いが森に広がるまで時間がかかるからな」
ひと仕事を終えたッワクワクゴロさんは、またもとの様に口数が多くなって色々と話をしてくれた。
やれ「カサンドラとはもう寝たのか?」とか、「子供は何人欲しいんだ、ん?」とか、「しばらく新婚生活を楽しみたいなら、避妊のために司祭さまを紹介してやる」とか言ってきた。
だから俺は「まだですねぇ。まずはお友だちからスタートです」とか、「あ、でもウンコしているところは見ましたよ。夫婦だから恥ずかしがらなくていいのに、すごく嫌そうな顔をしてました」とか適当に返事をした。
家に帰り着くと、新妻のカサンドラは特に俺を待ってなかった。
「ただいま~。煙突から煙が出ていたけど、そろそろごはんかな?」
「……!!」
立てつけの悪い猟師小屋のドアを強引にあけながら俺が話しかけると、寝台に横になっていたカサンドラさんが驚きの表情を浮かべていた。
何やら両腕を股にはさむようにして、丸まっていたらしい。
「お、おかえりなさい……」
「ただいま。あれ、料理していたんじゃないの?」
「はっはい。今はお湯を沸かしていました。体を洗うのに……」
「ああいいね、さっそく使わせてもらうよ」
さっそく俺は狩猟道具を背中から降ろした。まずは全裸になって体をきれいきれいしましょうね。
水を浸していた丸い木の桶に、俺は「あっちっち」とか言いながら鍋を手にしてお湯を流し込んだ。
はじめカサンドラはそんな俺の作業を見ていた。
しばらくすると義父の形見のチョッキを俺が脱ぎ始めたところで、側まで来てそれを受け取ろうと手を伸ばした。
けれども。
彼女の手と俺の手が触れた瞬間に、何故か手を離して逃げてしまった。
少しだけカサンドラの指先がねっとりと濡れていた。
「……ッ」
「?」
そして視線を背けて部屋の隅に移動してしまう。
何なんでしょうね。何で手が湿っていたのかな?
この子ぜんぜん懐かないよな。やっぱり村長に命じられて結婚とか嫌だったんだろうな。
吉田修太、三二歳で新婚二日目。
嫁がまだ懐かないのは俺が全裸だからか。




