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異世界に転生したら全裸にされた  作者: 狐谷まどか
第3章 奴はカムラ
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70 奴はカムラ 4

 食堂でカサンドラと合流し、応接室で待機していたタンヌダルクちゃんとエルパコを連れて女村長の屋敷を出た。

 向かう先は領内に唯一無二の宗教施設、教会堂である。


「俺はこの土地の宗教について詳しくないが、教会堂に祀ってある女神様以外に何か別の神様を信仰している集団と言うのはいるのかな?」


 歩きながら左右に並んでいる妻たちを交互に見比べながら俺が言った。

 元いた日本では多種多様な神様がいた、はじまりの神から鍛冶の神、商売の神にトイレの神。ネットにも神様がいるらしい。

 しかし西欧や中東では唯一神が主流だろう。


「そうですね、わたしたち王国では女神様信仰が一般的ですが、ダルクちゃんたちはどう?」

「わたしたちも同じですよう。むしろ旦那さまは何を信仰されているのですか?」


 妻たちの言葉を聞きながら俺は何と応えたものかと首をひねる。

 格闘技大好き人間だし、通った様々な道場には武道の神様が祀ってあったのを覚えている。

 たとえば鹿島大明神とか香取大明神とか。

 だが、宗教はとっても複雑だ。

 おかしな発言をして家族の中に不和をもたらしてはいけない。

 郷に入ったば郷に従え。


「もちろん女神様かな」

「そんなはずはないですよ。旦那さまはずっと遠い場所からやってきた全裸を貴ぶ戦士の部族のご出身なのでしょ? きっと全裸の女神様がおいでだったはずです」


 いねーよ馬鹿。

 失礼な事を言う牛嫁に俺はムッとしながら返事をする。


「道場……戦士の訓練所には鹿島大明神という神様が祀ってあったな」

「カッシーマダイミョウジン?」

「鹿島さまだ。大明神というのは神様の尊称だと思って」

「やっぱりいるじゃないですか。カッシーマ女神様が」


 妙に上機嫌になりながらタンヌダルクちゃんが言った。

 すると今度はカサンドラが、またおかしなことを言い出す。


「それではわたしたちも、カッシーマさまを奉らないといけませんね。旦那さまの武運長久をお祈りして」

「当然ですね。カッシーマさまの礼拝所を教会堂の中に作ってもらいますよ。これからそのお願いに行くんですかあ?」

「違うから。教会堂には湖畔の城下に聖堂か礼拝堂を作ってもらおうっていうお願いだから」


 放っておくとすぐにおかしな方に話題がそれるので、俺は慌てて矯正した。

 何だ違うんですかとか、オッサンドラ兄さんに今度カッシーマさまの女神像を作ってもらいましょうとか妻たちが言い合っている。

 面倒くさいので俺は話題を変える事にした。


「エルパコは何の神様を拝んでいるんだ?」

「ぼ、ぼくは無宗教だから。お義父さんもお義母さんも宗教はお金がかかるから嫌いだったので」


 なるほど、都会育ちの猟師さんは無宗教か。

 そんなやりとりをしながら歩いていると、俺たちは周辺から様々な視線を浴びていた。

 視線の主たちは村の住人たちだった。

 主に、視線を集めているのはタンヌダルクちゃんだろう。

 頭に立派な牛の角を生やしているし、立派なお胸は男の視線を釘付けにさせるだろう。

 ついでにエルパコにも視線が集まっているのがわかる。

 この村に獣人と言えばこのふたりしか滞在していないのだから当然だ。

 そんな連中を引き連れて歩いているのだから、作業を止めてこちらに視線が集まるのはしょうがない。


「何だか失礼な視線がこっちに集まってるんですけど」

「それはダルクちゃんが美人さんだからですよ」

「そうですかねえ? 何だかわたしの胸ばかり見られている気がします、あそこの蛮族の男とか」


 そう言ってタンヌダルクちゃんが畑で農作業の手を止めていた若い男を見やると、男はあわてて視線を外して逃げて行った。

 どれだけ視線をあつめてもけもみみの方はいつも通りぼけーっと後について来る。

 俺も周辺を見回す。

 どうやら、野牛の嫁とけもみみだけに視線が集まっているわけではないらしい。

 俺にも、しっかりと視線が集まっていたのだ。


 そうこうしているうちに教会堂のそばまでやって来たのだけれど。

 ここへ来るのは何度目だろう。

 ワイバーンとの戦闘で女村長の剣で胸を斬ってしまった時と、葬式の時に来たぐらいだが。

 おや?

 向こうから、ずいずいと歩いて来るひとがいる。

 ジンターネンさんだ。

 手には例によって木の棒を持っていて、肩は吊り上がっている。

 怒気を含んだ表情で俺を一瞥して来た。


「こんにちはジンターネンさん」

「ふん。挨拶なんてどうでもいいんだよ。あんた、今は村の騎士をやってるんだって?」

「そうなんです。みなさんのお引き立てのおかげで」

「だったら騎士は村長さまのもとで、警備責任者をやってるんだろう? 村のみんなが怖がっているんだよ、いったいどうしてくれるんだい!」


 どうしてくれると言われても、犯人は俺じゃない。


「ただいま絶賛、犯人の洗い出し作業を実施中です」

「何が絶賛だい!」

「アヒィ!」

「あんたがこの村に現れてから、村はめちゃくちゃになってるんだよ!」

「ごめんなさい、ごめんなさい」


 村人たちの注目が集まる面前で、俺は棒切れで叩きまわされた。

 慌てて俺をかばう様にカサンドラとタンヌダルクが止めに入る。

 さっきまでぼんやりしていたエルパコまで駆け出して、ジンターネンさんを引き剥がしにかかった。


「村のみんなは言っているよ。あんたが現れた途端に村にワイバーンが現れるし、野牛の一族まで現れた。今度は殺人だよ。あんたは疫病神だ! 祟り神だ! 出ていけ!!」

「失礼ですねあなたは何なんですか! このひとは村長さまに命じられた、仮にも騎士ですよ!」

「騎士なんてよく言うよ。こいつが村に現れた時は全裸の浮浪者だったんだよ。村で仕事を与えてやって生かしてやったんだ。それなのに街に行けば奴隷にされるし、騎士になれば無能の固まりで村人は殺されちまったんだよ!」


 タンヌダルクちゃんが反論した事は焼け石に水だった。

 ジンターネンさんの叫び声とともに、村人たちが続々と集まってくるじゃないか。

 最悪だ。最悪のパターンだ。

 このまま放っておくと暴動になってしまう。

 だが女村長の任命責任にならないだけましか。

 どうやって切り抜けるんだ。


「出ていけ! あんたのせいで村人が死んだんだ。あんたがこの村に来て何人ひとが死んだと思ってるんだい!」

「そうだ、全裸は出ていけ!」

「奴隷の分際で騎士とかふざけるな!!」

「落ち着いてください。必ず近日中に犯人を俺の手で捕まえます!」

「とにかく、中に入ってしまいましょう」


 カサンドラが慌てて教会堂の扉を開ける。

 俺たちは急いで教会堂の中に飛び込んで扉を閉めた。


「みんな無事か、ちゃんといるな?」

「何なんですかあのおばさんは。これだから蛮族は駄目なんですよ!」

「ジンターネンさんのいう事はもっともなんで、気にする事は無いよ……」

「気にしますよ! 疫病神だなんて、非論理的すぎますよう!」


 とにかく落ち着いて、目的の司祭さまと話をしなければならない。


「失礼します。司祭さまはおられますか?」


 誰もいねえ。講堂の中はがらんどうみたいだ。

 するとエルパコがけもみみを動かして指を差した。

 講堂の脇にある扉に俺たちの視線が集中する。


「あっちに、ひとの気配がするよ」

「おう、行ってみよう」


 とにかく急いで扉の前に移動する。

 もしも村人たちが教会堂に突入してくる様な事があれば、司祭さまにおすがりするしかない。

 まさか剣を抜いて連中を威圧するのは悪手だ。


「失礼します、村長さまのご命令で司祭さまにお話があってまいりました」

「おお、これは失礼した。すぐに開けます」


 扉の向こうからややくぐもった声がして、やがてその扉が開いた。


「やあいらっしゃい。ええと確かあなたは猟師の何と言ったかな」

「シューターです。騎士のシューターです」

「そうだった。シューターさま、この度は騎士叙勲おめでとうございます」

「ありがとうございます、みなさまのお引き立てのお蔭で」


 俺はいつもの様に低姿勢で司祭さまに頭を下げた。

 下げながら、例によって視線だけは外さずに観察をする。

 四十絡みの皺だらけの顔をした壮年の男が、司祭さまである。

 騎士修道会という組織を持っている様に、この世界の宗教家というのは若い時に軍事教練でも受けているのか、彼はなかなか居住まいが立派だ。

 むかし俺がお世話になっていた沖縄古老の空手道場にも、サラリーマンをやりながら訪ねてくる中年空手家は何人かいた。

 まさにそんな感じの、年齢のわりにキリっとした体格である。


「あなたが有能だから村長さまがお命じになられたのです。ところで外が少し騒がしい様ですが?」

「実はですね。ちょっと村のみなさんからお叱りを受けていたところでして。湖畔の建設現場でひとが殺されたでしょう。犯人が未だに捕まっていないものだから……」

「それは災難でしたね。さあこちらにおかけになってください」


 俺たちは司祭さまに招かれて、応接セットの木のソファに腰を掛けた。

 どうやらここは司祭の事務所といった感じだろうか。


「それで村長さまからのお話と言うのは、どういったご用件でしょうか」

「実はですね、折り入ってお願いがあるというのは……」


 俺が居住まいを改めて司祭さまの方に視線を向けた時。

 ちらりと彼の掌が視界に飛び込んできた。

 司祭さまの手には、真新しい剣を握った時に出来る様なまめが存在していたのだ。

 

 俺は何かを悟った様な気がした。


 


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