69 奴はカムラ 3
結局のところ、犯人捜しは振り出しにもどってしまった。
剣の扱いに手慣れている人間で、湖畔のお城や集落建設に否定的な人間は誰か。
考えてみたところもっとも有力な存在が外部からの移民、その中でも特に有力なのが美中年カムラだった。
けれどもふたを開けてみれば、美中年にはギルドに雇い入れた若い女たちと逢引をしていたという、アリバイが存在していた。
そもそも見張りを殺害したのは剣の扱いに慣れた存在だが、ひとりで建設途中の建物を燃やすには時間がかかり過ぎるので協力者がいるのだ。
何か見落としているものは無いかと、湖畔の作業小屋で俺は頭を悩ませていた。
「そもそも、怪しいと言えば移民が全員怪しいんですよね、旦那さま」
「まあ疑い出せばいくらでも怪しいやつは出てくるだろうな」
俺にぶどう酒の瓶を差し出しながらタンヌダルクちゃんがそう言った。
本日のお留守番担当はカサンドラである。
というか、どうやら女村長に命じられて何事かごそごそとどこかで作業しているらしい。
「見張りのゴブリンを殺したという犯人も、冒険者に限った事ではないからな。つまり、開拓移民の中に剣の心得がある人間が紛れ込んでいてもおかしくない」
「ふうん。そうですよねえ」
タンヌダルクちゃんは俺の木のコップにぶどう酒を少し注いでくれた後、自分にもそれを入れて外を眺めた。
ひとりなら瓶をラッパ飲みするところだが、族長の一族として育ったタンヌダルクちゃんはやはり文化人、そういう事はしない。
作業小屋は三方を木の板でかこった粗末な建物だ。
けれど壁のない外が見える場所から、人足たちの作業風景をぼんやりと眺める事が出来た。
安っぽい簡易椅子に腰かけた俺が外を眺めていると、村や集落の農夫、それから労働ゴブリンに犯罪奴隷たちがせっせと資材を運んでいた。
「犯罪奴隷は、夜になると鎖につながれて、使っていない畜舎の中ににぶち込まれる」
「そうですね」
「つまり連中の中に殺害犯や協力者がいるという事は考えられない」
「そうですかね? 実は魔法使いの犯罪奴隷が中にいて、それが出来るかもしれませんよ。実は蜂起するその日のために潜伏しているとは考えられませんかあ?」
「蜂起!」
つまり、刑務所の暴動みたいなのを起こして集団脱走でも狙っているという事か。
「まあそれも考えられるが、もっと有力な線を当たった方がいいだろう」
「そうですね」
「労働ゴブリンの線の方が有力だしな」
「そうなんですか?」
「タンヌダルクちゃんはゴブリンについて詳しく知っているかな」
「いいえ。蛮族が使役している、わたしたちで言うところのオーガみたいな種族だと理解しているぐらいかな。ちがいますかあ旦那さま?」
だいたいあってるけど、あんまりゴブリンたちの前でそういう事は言わないようにねっ。
仮にも俺が仕えている女村長はゴブリンハーフだし、猟師の親方であるッワクワクゴロさんも職業上俺の上司みたいなものだしな。
君主や上司を使役するなんてとんでもない。
そのあたりを慌てて説明すると「蛮族の領主さまってゴブリンの血が流れてたんですかあ。気を付けます」と納得顔をしながらタンヌダルクちゃんが頷き返した。
よしこれでいい。
「ゴブリンでも才覚に恵まれるやつは、生まれ故郷を出て街に出て冒険者になったりするらしいよ。冒険者というのは鎖帷子姿でうろついているひとたちね、カムラさんみたいな」
「美中年さんですね」
「そう、美中年みたいなひとたち。その冒険者で人生失敗して労働者になっちゃったゴブリンが、村の移民の中にいてもおかしくはないだろう」
「言われてみれば、そっちの方が有力ですねえ」
暑いのでコップのぶどう酒をちびちびやりながら言葉を続ける。
「移民の連中と労働ゴブリンには特に監視が付いていたわけではないからな。犯人を絞り込むのなら、この線がいいんじゃないかと思っている。後は、」
「後は?」
「犯人と言うのは、犯行現場に戻ってきて自己アピールをするというらしいぜ」
俺も詳しくは知らないが、実際の事件なんかでも事件が発覚してから犯人が現場に様子見をしに来ることがあるらしい。
よくサスペンスな小説やドラマではそういうシーンがあるけれどな。
実際に自分が行った犯行がどの様にあつかわれているのか。心の中で知りたくてしょうがないのである。
そんな事をしているより、少しでも逃げりゃいいのにとは思うけれど、まあ理解できなくはない。
「そんな事をしたら犯行がばれちゃうんじゃないですかあ?」
「きっと不安でしょうがないんだろうぜ」
「ふむ。確かにそうかもしれないけれども」
「自分がしでかした放火がどの程度の被害をもたらしたか、確認するためには人足の中に混じってる方がいいからな。理に適ってる」
「旦那さまって蛮族のわりに賢いですねえ」
蛮族は余計だよ!
しかし、あれだね。
タンヌダルクちゃんは先日も思ったけれど、なかなか頭の回転が速いんじゃないかと思う。
こうして色々と話を振ると食いついて来るし、理にかなった回答も返してくれる。
カサンドラは俺の最愛の初妻ではあるけれども、彼女はどちらかと言うとイエスマン、いやイエスレディーだ。
だいたい俺が言った事に「はい」か「わかりました」という感じで返事をして、疑う事を知らない。
そんな風に思いながら側らのタンヌダルクちゃんを見上げると、角の横から突き出した牛耳をプルプルと小刻みに振るわせて、小首をかしげながら俺を見てきた。
「どうしましたか旦那さま?」
「いやぁタンヌダルクちゃんは、俺のところに嫁いできて何か不満は無いのかなと」
「不満ならありますよ! 家が狭いから寝台で寝ると起きている時よりよけいに疲れちゃうんです」
「ああそうね。もうすぐ新居が出来るから我慢だね」
藪蛇な事を聞いてしまったと俺は後悔した。
「けど、旦那さま辺境最強の全裸を貴ぶ戦士さまですからねえ。自慢の旦那さまです」
「うおっほん。俺はもう全裸じゃないから、そういう事は言わない様に」
「よく言いますよ、家に帰るとすぐ服を脱ぎたがるくせに」
「だって夏だぞ、暑いんだもん」
冷房も扇風機もないんだからしょうがないじゃん……
そう言われてとても嫌そうな顔をしてしまった俺に、タンヌダルクちゃんは「もー旦那さまったら」ところころ笑って見せた。
カサンドラはお淑やかな少女という感じだが、こうしてみるとタンヌダルクちゃんは利発な少女だ。
うちの同居人であるエルパコは寡黙な少女、もとい男の娘といったところかな。
そんな話をしていると、向こうの方からエルパコが、ギムルを連れてやってくる姿が見えた。
「シューター、ああそのまま座ってていい」
軽く手を振りながらやって来たギムルさんは、勝手に俺の隣にある簡易椅子に腰かけた。
「どうでしたか、人足たちの様子は」
「駄目だな。せっかくこの二十日ほどの作業が全部台無しになったと、あちこちで文句を言っている」
テーブルに置かれていたぶどう酒の瓶に手をかけたギムルが無造作に栓を抜いて口に運ぶ。
タンヌダルクちゃんがあわててコップを差し出そうとしたが、それは手で制止されてしまった。
相変わらずのいい飲みっぷり。
「ぷはっ。村長は今日中に作業再開と犯人を見つけ出せと言っていたが、それは可能か」
「再開の方はご覧の通りはじまっていますよ。けど、犯人はね。正直難しい」
「目星は付いていないという事か?」
「ええとですね。エルパコ」
俺がそう言ってけもみみを見やると、ぼんやりと外を眺めていたエルパコが反応してこちらを向いた。
耳を何度か動かしたのは、周辺を探ったからだろう。
狐獣人ではなかったけれど、やはり何かの捕食動物系男子なのだ。
「大丈夫、だよ」
「よし周囲に聞き耳を立てている人間はいない、と」
俺は改めてギムルに向き直った。
「俺が想定していた犯人というのは、冒険者ギルド長のカムラさんです。剣の実力はたぶん俺と同じか上ぐらい、街から来た人間でギルドから派遣されたというのも、場合によっては村長さまと敵対する立場が送り込んだ工作員かと思ったぐらいです」
「ふむ」
「それに俺たちが面接したエレクトラやダイソンは、領内のマッピング中に何者かの視線を感じたと言っていました。カムラさんはそれを黙殺して、村長には報告しなかったそうです」
「ではカムラが犯人で決まりではないか」
鼻息を荒くしたギムルが、ドンとぶどう酒の瓶をテーブルに置いて立ち上がろうとした。
「まあ待ってください。けど、あの美中年は殺人放火事件があった夜にギルドの若い女たちとしけ込んでいました。つまりアリバイがあるんです」
「なら誰だ犯人は」
「わかりません。だから困っているんですよ」
「フンっ」
ギムルは鼻息を荒く噴き出すと、またぶどう酒の瓶を片手に持ってぐびりとやった。
「まあ怪しい事には違いはないので、監視を付けましょうかねえ。むしろ犯人がいると思われるのは移民の中じゃないかと俺たちは話し合っていたんです」
な、とタンヌダルクちゃんの方を向くと、こくりと彼女がうなずいた。
とりあえず熟練の冒険者カムラの監視役をさせるなら獣人エルパコが適任だろう。
何獣人かは結局わからずじまいだが、今もこうしてぼけーっと立っている様に見えて周辺だけは警戒している。
「カムラさんの監視はエルパコにやってもらうとします。俺も夜は村の人間たちが怪しい動きをしないか、チェックをする様にしますね。ニシカさんには声をかけておいた方がいいかな」
「野牛の一族から警備の人間を借りてきている。訓練を受けた兵士を五人だ。それに洞窟の入り口にも常時ふたり立っているので、監視は十分だろう」
「では、村長さまに報告に上がりましょうかね」
俺たちは密談を終えると、作業現場を応援でしばらく湖畔に残るギムルさんに任せて女村長の屋敷に向かった。
◆
「湖畔の見張りは、ギムルさんが連れて来たミノタウロスのみなさんがやってくれる事になっています」
「そうかありがたい。野牛の族長には礼の手紙を書くゆえ、明日にでもギムルに持たせるとしよう」
「それから怪しいと俺たちが踏んでいたカムラさんですが、エルパコに監視役をさせようと思ってます。彼なら耳もいいし、ある程度身を守る事も出来ますからね」
「彼女、な」
執務室の安楽椅子に座った女村長に俺は説明をしていた。
俺がエルパコを彼と呼ぶと、またいつかみたいにアレクサンドロシアちゃんが修正を加える。
「確かに女の子みたいな外見ですが、男の子ですよ。息子も付いていたし」
「ふん、何度も言わせるな。あれは女だ」
俺がズボンの股間をいじりながらそう言うと女村長はそれを見て鼻で笑った。
エルパコが狐獣人と言うのなら幻術か何かでお股の息子を偽装しているという線もあったかもしれないが、狐じゃないのでこれは消えた。
「アレクサンドロシアちゃんもわからないひとだな。息子が付いてたんですよ息子が」
「その息子は立派だったか。ん?」
「いやまあ皮を被ってかわいらしい感じでしたね。って、今はそんな事はどうでもいいだろ!」
領主さまを相手につい興奮して俺は声を荒げてしまった。
「わからないひとなのはお兄ちゃんのほうだ。わらわとて領主である前に女だからな、あいつはメスの眼をしているし間違いないぞ。それで、村の中の監視はどうするんだ」
「そこです」
「お兄ちゃんが怪しいと踏んでいる移民全員に監視を付けるなんて出来ないぞ」
「そこは俺とニシカさんで交代で村の中を見回りするとしますよ」
「そうすると昼も夜も起きている事になるが、大丈夫かの?」
そこである。現状では圧倒的に人材が足りていない。
特に信頼できる腕の立つ人間が不足しているのである。
そこで俺は提案した。
「街から応援を呼びましょう」
「冒険者か。しかし身元の知れない冒険者をこれ以上呼び込んでも、わらわのライバルの息のかかった連中を招き入れる事にしかならんのではないかの」
「そこです。なのでアレクサンドロシアちゃんがッヨイさまに手紙を書いてください」
「ほう、その手があったか」
ブルカの街に残ったッヨイさまと雁木マリは、街の周辺で暴れまわっているオーガたちの追跡調査をギルドから依頼されていたはずだ。
「その依頼ですが、結論はもう出ていますよねえ?」
「ミノウタウロスどもがこの湖畔の洞窟に移住する際に解雇したのが原因だろう」
「その点を手紙にしたためてですね、ッヨイさまにギルドへ報告してもらうんです」
「さすがお兄ちゃんだ。いい案だ」
「ありがとうございます、ありがとうございます」
俺はペコペコと頭を下げた。
「ッヨイさまは雁木マリという騎士修道会の聖女さまとパーティーを組んでおられるので、雁木マリを味方に付ければ騎士修道会を味方につけたも同然ですよ。ついでに湖畔の城下に立派な礼拝所か聖堂でも作らせればいいんですよ。そうすればブルカ伯と言えども手出しできませんよね?」
「なるほどそれは名案だ!」
まだブルカ伯と決まったわけでも無いが、大物には大組織で対抗するのがいい。
ポーションジャンキーの雁木マリが聖女と言うのもお笑いだが、全裸で聖堂に降臨したのだからしょうがない。
一方俺は、全裸でサルワタの森に降臨したがな!
「じゃあお兄ちゃん、ちょっと教会堂に行って司祭に手紙を書いてもらう様にしてくれ。湖畔に礼拝堂を建設したいので援助してくれる様に書き添えてもらうのだ」
「わかりました、じゃあ行ってきます。あ、ところでうちの妻はアレクサンドロシアちゃんのところに来ていますよね?」
「ああカサンドラか、それなら食堂辺りで読み書きの勉強をしているところだろう。エレクトラが教えているはずだ」
女村長は立ち上がると俺をいざなって食堂に向かった。
読み書きの勉強? 何でまた。
「騎士の正妻たるもの、教養は必要だろう。お前は字が読めないらしいから代わりに手紙を書くこともあるだろうからな」
「ああそうでした。俺も勉強した方がいいですかね?」
「確か野牛の嫁も文字は書けるのだろう? そちらは妻たちに任せて、お前は犯人を必ず殺せ」
食堂の手前。
俺の方に向き直った女村長が、鋭い視線でそう言った。
「俺が、犯人を」
「そうだ。お前はわらわの領民にその実力を示して、納得させる必要がある。わらわの叙勲した騎士は確かに有能であったと。カムラが相手だろうが、他の誰であろうが、必ずお前の手で殺すのだ」
俺はゴクリと生唾を飲んだ。




