423 隠し剣、俺の嫁 2
ふたりの奥さんが方々にお出かけしてしまうと、ようやく静かになる。
満面の笑みを浮かべて俺の後を付いてくるラメエお嬢さまはともかくとして、俺は体を動かすために本館の使われていない大部屋に移動した。
そこに俺は、奥さんたちからプレゼントされた金属の天秤棒を持って向かう。
これを使って冬場に鈍りがちな体をしっかりと運動させておかなくちゃならないのだ。
守ってもらうだけで何が辺境不敗だろうか。実際は明らかにニシカさんや女魔法使いの方が俺より強いと思うのだが、世間で恥をかかない程度に体を作っておくのも大切だ。
「おはようございます全裸卿。すでに本日のお相手を務める騎士が集まっておいでですぞ」
使われていない大部屋を、仮に修練場と名付けよう。
外は相変わらずの銀世界であるから、湖城の中庭を練兵場にするわけにもいかないし、かといって本館コンコースで武芸の練習をやっているとまた衆目を集めてしまうからな。
修練場に入るとオホオの老騎士ジイが待ち受けていて、同じ様に暇を持て余したサルワタ騎士や修道騎士たちが集まっている姿を目撃した。
ダイソンにエレクトラ、それから何人かと。アップルスターの姿があったのは驚いた。
女性の修道騎士やエレクトラたちと何やら談笑をしていた様だが、俺が入室したのを見て直ぐにも深々と高貴な身の上に対する礼をしてみせる。
さすがは貴族軍人として領主をしていただけあった、所作が様になっている。
「おはようみなさん。外は相変わらずの天気で野駆けもできないと思うから、かわりに俺を獲物だと思って思う存分襲いかかってください」
「ハハハご冗談を」
「襲われるのは俺たちですよ」
修道騎士やダイソンは笑ってそんな返事をするけれど、俺の背後に控えているラメエお嬢さまは、騎士然とした表情でそれを睨みつける。
とたんに冗談を引っ込める様にダイソンは背中を丸めた。
「全裸卿、どうしてアップルスター卿がここに参加しているのかしら」
「彼女も自分の剣術が衰えない様に、体を動かすつもりになったんじゃないのかな」
「そんな事! だってアップルスター卿は、マイサンドラさんと一緒に暗殺チームの訓練を担当しているのでしょう?!」
別にアップルスター卿とラメエお嬢さまは不仲というわけではない。
どちらかと言えば、プライベートでお互いの私室を行き来していると、いつぞやアップルスター卿から耳にしたぐらいである。
最近は個人的に秘剣オレンジハゲ流の手ほどきを受けていると聞いたぐらいで、親しい間柄だと思っていたのに、
「それとこれとは別問題だわ。旦那さまを賭けてわたしたちは勝負をしているのだから、相手に警護の隙を観察されている様で、何だか嫌だわ」
「まあ、堂々としていればよろしい。いざ暗殺チームが俺を襲ってきたら、ラメエちゃんが守ってくれるんだろう? 俺の小さな姫騎士さん」
「と、当然よ! 任せてくださらないかしらっ」
毛の生えた小さなレディは、無い胸をポンと叩いて前に進み出た。
そうしておいて、アップルスター卿の方を向き直ってアッカンベーをするではないか。
アップルスター卿はそれを見て苦笑を浮かべると、こちらに進み出る。
「今日の訓練にはわたしも参加させていただきます。あちらの訓練には聖女さまが参加されておりますので、これでおあいこですよ?」
「ははあ。マリの姿が朝から見えないと思ったら、そっちに参加していましたか」
雁木マリは言わずと知れた騎士修道会総長の後継者だ。
まだ正式な引継ぎをしたわけではないけれど、実質的に彼女は盟主連合軍の誰もが総長猊下だと思っている。
有力宗教指導者の警備を騎士修道会でやっていたから、それもあってレクチャーに向かっているのかも知れない。
「それにわたしも個人的に、ご油断なされていない閣下の本当の武芸というものを拝見したいと思っていましたから」
「そ、そんな事を言って。あなたもマイサンドラさんたちにここで見た事を報告するつもりなんでしょう! マドゥーシャさんみたいに?!」
ニシカさんから今朝がた寝室であった女魔法使いとモエキーおねえさんのやり取りを、どうやら毛の生えた少女は聞いたらしいね。
かわいらしく敵意剥き出しにしながらアップルスター卿に喰ってかかると、彼女は俺の背中に隠れた。
「切磋琢磨ですよラメエ卿。ハーレム大家族内における全ての合法的ルールに従ってわたしたちは戦うのです。これは妻たちの戦争です!」
「や、やっぱりそうなのね?! わたしも負けないわっ」
ノリノリのアップルスター卿は、こちらもノリノリのラメエお嬢さまに対して宣言しやがった。
俺を得た者はご褒美を貰えるというルールだが、俺を得るというのは具体的にどういう事なのか、俺自身はまだ聞かされていない。
どうなったら俺が奪われた事になるんだろう。
そんな話はさておいて、さっそく集まったみなさんと稽古をはじめる事にした。
やる事は秋頃までゴルゴライの領主館なんかでやっていた、武芸の稽古そのものだ。
全員で軽く剣の素振りや型をやりながら、細かな構えや動きの指導をしたりする感じである。
むかし俺が沖縄古老の道場で、師範代をしていた頃にやっていたアレだ。
相手は非番の連中で時間はたっぷりあるとは言っても、冬場の日中は短いので無駄はできない。
俺も一緒になって剣の運びや、天秤棒を使って足さばきの練習を繰り返したところで、軽く立会稽古をする流れになった。
「へへ旦那。俺は旦那に指摘を受けてから、ずっと下半身を鍛えてきたんだぜ?」
そんな事を言って最初に俺の相手を志願してきたのはダイソンだった。
この冬、とにかく足腰を鍛える事を中心に体力作りに励んで来たらしく、いざ構えてみると体の重心がしっかりと低い。
上半身で剣を振り回そうとはせずに、以前よりもずっと腰の据わった構えをしているのが見て取れた。
なかなか様になっているじゃないかと感心したところで、彼が奇声を上げて木剣を振るう。
もともとダイソンの得物は長柄の鉞だったと思うが、今のところは基本に忠実に剣術を中心に稽古していたらしい。
「おら! いきますぜっ」
過去に手ほどきしたいくつかの型を応用しながら、ズンと間合いを密着させる様に接近を試みてくる。
大柄な体を利用して上段に構えたところから、叩き付ける様に俺に剣を振るう。
体格に勝る彼がそれをやるとなかなかの勢いが備わっていて、体重の乗った一撃がいい感じに伸びてくるではないか。
ギリギリまでそれを引き付ける様に見極めたところで、俺も木剣でそれを受け流しながら体の位置を入れ替えた。
すぐにも反撃して一本を取ってしまっては面白くないだろうから、二の手をどうするのか観察するために距離を取った。
ダイソンが俺たちの仲間に加わったのが初夏の頃合いだったから、そこから熱心に稽古をやって半年近く。
彼は以前よりも体を器用に畳みながら反撃に転じて、そこからズイと片手の大突きを見舞って来た。
巨躯を生かした圧倒で、ふたたび俺に迫って来るのに俺は少しばかり舌を巻いた。
すぐさま剣を添えて側面に体を移動させながら、今度は俺からその背中に斬りかかってみせる。
そうするとダイソンは焦りながらもすぐに距離を取って、俺と彼の位置関係を自分のやりやすい間合いに持ち込もうとしていた。
俺はさほど手ほどきをしたわけじゃないけれど、それでもエレクトラ辺りと切磋琢磨して、動きが格段に良くなっている!
成長を感じられるというのは、上から目線で失礼かもしれないが嬉しいねっ。
「やるじゃないか」
「旦那、俺だって騎士サマだからこれぐらいの事は成長してるんですぜ!」
「じゃあこれには付いてこれるかな」
「へ?」
俺がブラフをかけるつもりでそんな言葉を口にした途端。
明らかに警戒したダイソンはさらに距離を取ろうと後方に飛び退った。
だがそれは俺の簡単な隙を作るキッカケにすぎず、彼が距離を取ろうとするよりも早くその懐内へ入り込もうと加速した。
「俺は騎士ダイソンだ、そんな脅しには屈しない!」
剣を素早く担ぎ上げて大上段から斬り伏せる姿勢を見せる。
だがそれに囚われてヒッと巨躯に似合わず身を縮めるダイソンに体当たり気味に接近。
ドンと受け立ちをした瞬間に激しい衝撃が走ると、彼は顔をしかめながら押し返すべく必死に抵抗した。
そこで俺は体の軸をずらして、足をかけてやる。
「うわああ、殺される!」
たまらずダイソンが転がって顔を庇う様に手を交差させると、二度ばかりその腹をポンポンと木剣の先で叩いてやった。
「以前よりも動きはずっと良くなっているから、勝負の最中は自分のペースを崩さない様に立ち回る事だ」
「おおなるほど。わかりやしたっ」
手を差し出して彼が起きるのを手伝ってやると、ダイソンは大きな体を丸めながら感謝の言葉を口にした。
ありがとうございます、ありがとうございます。
いえこちらこそ、ありがとうございます。
「ダイソン卿もなかなかやるじゃない! 下半身を鍛えてから、剣の伸びが以前よりもよくなっているわっ。次は脇を締めて突きの練習をするといいわよ。突きはとっても難しいの、こうして、こうよ!」
「そりゃどうも、ラメエ奥さま。突き、ですね!」
「今度わたしが手ほどきをしてあげるから、もっと強くなって旦那さまの様になりなさいっ」
「全裸にですかい?」
俺の代わりにラメエお嬢さまが、ダイソンにアドバイスを送っている。
それは俺が言いたかった台詞なのに奪われてしまったじゃないか……
仕方ないので、師匠ッぽい捨て台詞だけ言い添えておく事にした。
「……コホン、これからも精進する様に!」
「へいっ」
次のお相手は先程エレクトラと談笑していた女性修道騎士だ。
満面の笑みを浮かべながら俺の前に進み出ると、ゆっくりと高貴な身の上に対する礼を取って見せた。
「シューターさま。お手合わせをよろしいでしょうか?」
「ああ構わないよ」
「先ほどの勝負を拝見しておりましたところ、組討ちも織り交ぜておいででした。わたしも自由にやってもよろしいでしょうか?」
「ここは部屋の仲だからさすがに魔法は禁止だけれど、きみが思う様にやってくれていい。どちらかと言うと俺も遠慮がいらないので、やりやすいしね」
「ありがとうございます。ではそうさせていただきますね、ふふっ攻め立てててよろしいでしょうか?」
「ああ構わないよ。どちらかと言うと、そちらの方が俺もやりやすい」
俺はこのファンタジー世界流の騎士道を学んだ人間ではないので、おおよそ本来の貴族軍人みたいな綺麗な戦いとは程遠いかも知れない。
現にダイソン相手に足をかけて転がす様なところを見せたので、それで彼女は組討ちを使ってもよいのかと聞いたのかも知れない。
それと……
騎士修道会の装束にしては胸元が強調されている。
大きく胸開きになる様に細工がされていて、寄せて上げた胸の谷間の自己主張が激しい!
そんな風に思っていると。
一礼の後、女性の修道騎士は剣術で言うところの正眼、俺を見据えながら正面構えに相対したのである。
なかなか隙の無い構えをしている様で、実戦経験もそれなりに積んでいるのかも知れないと思った。
微笑を浮かべたまま俺の方を眺める様にしていると、彼女はふと俺の視線に気が付いたのか顔つきを変える。
「では参ります!」
ベ、別に大きなおっぱいが剣術の邪魔になりはしないかとか、そんな事は思っていないんだからねっ。
おっぱいにに気を取られているうちに、油断して隙を見せたわけじゃないんだからねっ。
するすると体を接近させた女性修道騎士は、正面構えから手首を返して俺の胴体を斬り薙ごうと剣を走らせる。
一瞬の外された視線をついたその一撃にはキレがあって、反応がもう少し遅れていれば掠られる可能性があったぐらいだ。
しかし一撃は軽い。
剣を弾き上げる様に呼応したところで、けれど彼女はなおも密着してきた。
すわ肉弾戦を挑むのか?!
などと俺が色めきだった次の瞬間に、あろう事か彼女は微笑を浮かべたままに右手が木剣の刃を握っている。
え、ちょ?! 本物の剣では絶対にできない持ち方をしながら俺の剣を押し返すじゃないか!
そのまま肩からぶつかる様に俺へタックルをしかけてきたのである。
「はああっ!!」
「くそっ」
互いに勢いよくドカンとぶつかったが、さすが武装教団の修道騎士だ。
女性でも力負けをしない。いや競り負けないコツを知っている様に振舞って、俺はあわてて後方に下がりながら距離を取った。
そしてバルンとお胸が揺れる。
しかし。
あの顔に浮かべている微笑は、単純に気さくな人物だからいつもニッコリしているというわけじゃない。
笑っていれば、少々ほくそ笑んでも表情を読み取る事ができない!
「まだまだっ! 行きます!」
妙なところで舌を巻いていると、距離を詰めた彼女が追いうちの撃剣を振り子のように左から右から畳みかけてくる。
基本練習が行き届いていると見えて、動きが奇麗だ。
あべこべに俺が反撃に転じると、今度は剣を真逆に持ち替えて、剣の鍔で俺の剣先を見事に引っかけて払いとしてしまった。
こりゃ柔軟な思考だ。
確かに木剣は本物の長剣ではないのだから、本物と同じ様に扱う必要なんてないわけだ。
今回は何をしてもいいと俺から言質を取ったのだから、俺もこの木剣の使い方に文句を言う事はないしな。
けれども彼女が優勢だったのはそこまでだ。
ニッコリ笑顔からややきつい、勝利の微笑めいたものを浮かべた瞬間に構えを改めた彼女は剣を突き出してきたけれど。
女性修道騎士が木剣を剣として扱わなかったのだから、俺もそれに従う必要はない。
「えっ?! わわっ」
彼女が両手を前に突きを出してきたところで、俺はそれを掴んで引き倒しにかかった。
さすがに笑顔のままではいられなかった。
女修道騎士は驚きの表情のまま俺に引き寄せられて、倒れそうになったところを抱き留めた。
ただ抱き留めたのでは意味がないので、素早く彼女の腕を取って捻り上げ、地面に押し付け制圧だ。
「ま、参りました」
「発想は面白かったので、色々と工夫をしてみるといいかも知れない。俺も意表を突かれた」
「閣下の意表を突くことは確かにできました……」
む、胸に見とれたって事じゃないからね?!
本当だからね?!
助け起こす際にクスリと耳打ちされた俺は、バツの悪い顔をした。
エレクトラとアップルスター卿は視界の端でヒソヒソ話をしているし、ラメエお嬢さまは自分の無い胸をスカスカして憮然とした顔をしている。
この次は他の修道騎士か、アップルスター卿辺りが志願してくるかと思っていたら。
そうではない別の人物が前に進み出たのである。
「ご主人さま、次はわたしにお手合わせをさせていただけないでしょうか?」
はて、眼の前に進み出た少女。
武芸の鍛錬をするために動きやすい貫頭衣にタイツという軽装をしているけれど。
その顔に見覚えがあるけれども、戦士という風格はまるで漂っていない。
ど、どちら様でしょうか。
「……剣術の心得があるのかな?」
「いえ、ハーレム大家族へご奉公に上がりはじめてから、ご家中の方にご指導いただいています」
「しょ初心者?!」
「ご主人さま。わたしは使用人に過ぎませんが、ご主人さまのご家族をお守りするために別館に詰めている立場です。少しでもご主人さまのお役に立ちたいので、ぜひ手ほどきをお願いします!」
名前を憶えていなかった後ろめたさと、真剣な眼差しでそんな事を言う少女に圧倒されて。
俺はちょっと怯んでしまった。
「わっわかった。お相手しましょうか」
「はい、ありがとうございます!」
何の邪気も無い笑顔でそう言われたら、お相手しないわけにはいかない。
そういう事ならちゃんと手加減はするけどね。
よし、俺の胸に飛び込んできなさい!




