411 国法の抜け穴
俄かに浮上したテールオン妃の暗殺計画であるが、それが実際に可能かどうかを検証する必要がある。
具体的には、国法に乗っ取って円滑に政権交代が行う事ができるのかどうかという法例の問題がひとつ。
それから、テールオン妃の暗殺を行う際にどれだけの味方を用意できるかという問題だ。
「宮廷貴族の中にも、国王陛下の有様とテールオン妃派の専横に不満を抱いている人間がいる事は間違いありませんのよ。問題はパパを含め、その方たちは口にそれを決してせずに我慢の子に徹しているという事ですものね」
何処からともなく次々と運び込まれ、いつの間にか設置された書架を充実させていく書物の類。
そのうちのひとつに手をかけて巻物を広げてみせたマリアツンデレジアが、振り返りながらその様な言葉を漏らした。
彼女の表情は真剣そのもので、マリアちゃんはいつになく政治家の顔をしていた。
「我慢をしているという事は、今国王とテールオン妃に異論をぶつけることは得策ではないと考えているのではないだろうか、愛しいひと。ひとびとの営みと長らく途絶えた生活をしていたわたしですら、人間の機微を見て、どう振舞うのかを考えるものだ」
「そうですものね。ひとは三人集まれば互いに顔色を窺い合うと申しますもの。わたしたち、あなたの妻は常にあなたの顔色を伺っておりますのよ?」
「まさにそうだな、シューターさまはハーレム大家族の主だ。その大黒柱どのが不機嫌ともなれば、家族全体に不調和をもたらしかねないので、わたしたち妻は戦々恐々としているのだぞ」
言葉を引き取ったソープ嬢は珍しくありのままの姿、蛇足麗人そのものの格好で暖炉の前にとぐろを巻いていた。
どうやら日々降り積もる雪と寒冷な気温に悩まされて、いにしえの禁呪を長らく維持することが難しくなっているらしいのだ。
そんなソープ嬢とマリアちゃんが互いに顔を見合わせながら、クスクスと笑っているのである。
俺はというと、そんな奥さんふたりの姿を執務机の書類の狭間から覗き見て微妙な気分になった。
奥さんたちはそんな事を言うものだから、一瞬だけ俺は不安な気持ちになった。
「ま、まさか俺が奥さんたちにそんな気を遣わせていたのか?」
「そんな事はありませんのよ、あなた。ただの冗談ですもの。思慮深いシューターさまに限って、わたしどもにその様な心労を煩わせるなんてありませんものね」
「そうだぞ愛しいひと。いちいち不安がるところをみると、これは何か後ろめたい事でもあるのやもしれないぞマリアどの。義姉さんにひとつ相談をしてみた方がよいのではないか」
「うふふっ」
「あはははッ」
冗談じゃない?!
小さく背中を丸めて戦々恐々としていたら、ただふたりにからかわれただけでした!
暖炉で十分に体を温め終えたのだろうか。
ソープ嬢はぐるりと蛇足のとぐろを解くと、手にしていた書物を持って俺の方へ近づいてくる。
「愛しいひと。ちょっと気になる事があるのだが、少し教えてはくれないだろうか」
「どうしたソープさん。何か読めない文字でもあったのかな?」
「国法の王室典範についての条項を見ているのだが、王室離脱に伴う臣籍降下についての一文を見つけた」
「なになに。……王室と王族の定義、及び王室離脱に伴う臣籍降下の項、か」
「なかなか面白い事が書かれているのだが、これはどういう風に解釈すればいいだろうか?」
差し出された書物は見事に分厚いものだった。
以前、王国の歴史と法律を勉強するために領主奥さんからタンヌダルクちゃんに与えられた花嫁修業の一式に含まれていたものだ。
もともとはサルワタの開拓村に建てた屋敷の仕事部屋にあったものだが、城館が落成したのでこちらに運び込まれたらしい。
気が付けば、書架の彩に加わっていたと見えるね。
「ええと……王室の定義は国王の兄弟親子、及びその配偶者を指すものとある。元からの親兄弟と正妃・王妃にその間に産まれた子供が王室というのがわかるね」
「そこで疑問を感じたのだ、シューターさま。王族とは国王を除く王室の人間と、臣籍降下によって自動的に公爵となった者とその家族とある。臣籍降下というのは、どういう場合が含まれているのだろう。あいにくとわたしは外の世界の事は詳しくないのでな、それで質問したのだ」
ソープ嬢の表情を見やれば、至極真面目でかつ意味深な表情をしている。
すぐさま書架の前でいくつかの巻物と睨めっこしていたマリアツンデレジアに助けを求めた。
マリアちゃんは背中に俺の視線を感じたのか、巻物を棚の壺に戻しながらすぐにもこちらへ小走りにやってくる。
「オルヴィアンヌ国法表注をお読みになっておりますのね。これは王都の法学者によって解説が詳しく書かれているので、解釈が非常に楽チンですのよ」
「国法表注? 国法の注釈本という事か」
「ええそうですのよ。表紙をご覧になって下さいな」
俺はマリアちゃんに言われるまま、ソープ嬢の差し出した分厚い書物を引っくり返した。
金属の金具と豪華な革でこさえられたカバーには、この土地の文字で確かに「オルヴィアンヌ国法表注」とタイトルが記されていた。
印刷技術など存在していないこのファンタジー世界の事だから、人力によって筆写された量産品のひとつなのだろうが、
「王都の法学者が注記を入れたものというわけか。ふむ、臣籍降下の項目にも特記事項があるね」
「これによれば、王室の一員となる条件は国王の兄弟親子と婚姻関係を結んだ場合とあります。同様に王室を離脱する条件は他の人間と婚姻を結んだ場合と……あらまあ、ソープさんは面白い注釈を発見されましたのね?」
「どういう事だマリアちゃん。わかる様に説明してくれないか」
俺が怪訝な顔をすると、ツンデレのマリアとソープ嬢は何かの閃きを浮かべた表情で眼をキラキラさせているではないか。
勢い込んで身を乗り出したマリアちゃんは、そのまま注釈の一項目を指さしながら言葉を受け取る。
「ガーターベルトフォンギースラーさまの事ですのよ、あなた。彼女はキルン侯爵家令嬢という立場から、国王陛下とご結婚した事によって王室の一員となりました」
「それはわかる、うん」
「しかる後に、ガーターさまは王都を捨てて辺境まで下向して参りました。そこでシューターさまと出会って結婚宣言を先日の晩餐会で行いましたのよね?」
「ああそうだね。俺もよくわからないうちに奥さんの一員となって、花嫁修業とかやってたね」
正確に言えば、ガーターさまの花嫁修業は現在進行形で継続中である。
しかし一定の成果を示すために、先日は猟果のワイバーン肉を使った残念な宮廷料理が振舞われたところだった。
俺の奥さんとして、ハーレム大家族の一員として花嫁修業はこれからも続く。
「つまりガーターさまは現在、王室を離脱している事になるのですけれども。それと同時に今現在もまだ王族の一員であると解釈できるんですのよ?」
「俺と結婚したから王室の一員ではなくなったが、解釈に照らし合わせると臣籍降下した事になるので今のガーターさまは公爵相当の王族地位にいるという事になるのか?」
そんな屁理屈みたいな法律の解釈がまかり通るものなのか。
「いやいやいや、そんな都合のいい事はないだろう?!」
「……」
「…………」
「き、きみたちは本気でそんな解釈がまかり通ると考えているのか?」
「「コクコク」」
けれども。
この事について最初に質問をしたソープ嬢しかり、俺にこんこんと説明をしてくれたマリアツンデレジアしかり。
どうやらここに何かの光明を見出した事は間違いない様だった。
「王国の過去の歴史を振り返れば、もしかするとこうした場合の事例を回避するための国王裁定が残っているかも知れませんの。けれど、それが記されていない場合はどうとでも解釈できますのよ?」
「……」
「大切なのはガーターさまが今現在も、王族の一員であるという事ですの。王族であれば、継承順位こそ最底辺かも知れませんけれど、継承権そのものは持っているという解釈は十分にできますのよ」
「…………」
「さらに加えていうなればだ、愛しいひと。王族の家族もまた王族の一員という解釈が成り立つのではないか、王室典範にはその様に書かれているではないか」
絶句する俺にソープ嬢がなおも畳みかけたのだ。
本当かよオイと俺は突っ込みたい気持ちでいっぱいになったのだが、熟れた胸を押し付ける様に迫って来たソープ嬢とマリアツンデレジアの表情は本気そのものだ。
「わたしはこの解釈は成り立つのではないかと思うのだ。どうだマリアツンデレジアどの?」
「いけますのよソープさん! 国王陛下にご退位頂いた後には、ガーターさまを新たな王位に付けて、いよいよ全裸王朝が成立するんですのっ」
「全裸王朝。嗚呼、何て甘美な響きだろうか! 何れその王族や諸侯にはラミア族の血を引く我が子らも加わる事だろう」
より一層、眼を輝かせたふたりの奥さんは、さっそくこの国法の抜け穴的解釈を突くことは可能かどうか確認しようという事になった。
こういう事に一番詳しいのは、ハーレム大家族において賢くもようじょである。
丁度、役人たちの政務を監督していたッヨイさまの元へ俺の手を引っ張ってふたりの奥さんは向かったわけであるが、
「そんな解釈がつうようすれば、簡単に国家転覆がなりたってしまうのです。マリアねえさまと、ソープねえさまは冷静になった方がいいょ」
黙って最後まで説明を聞いていた賢くもようじょは、側で全裸役人の監督を補佐していたモエキーおねえさんと老騎士ジイとともに、大きなため息をついたのでした。
そりゃそうだよね。
王位継承順位というのは、そういう時のために定められているのである。
いくら王様が退位したからと言って、継承順位が明らかに低そうなガーターさまとか俺とか(ガーターさまも俺も王族の血は一滴も引いていない)が、王様を名乗って諸侯を従える事はできないだろう。
「いい考えだと思いましたのに……」
「法的には成立可能ではないか、養女の君。何がおかしいのだ?!」
「それだったら新たな王朝を興した方がナンボか早いというものだぜ。落ち着いたか奥さんたち……?」
「むむっ」
「残念でなりませんのよ」
諦めきれないマリアちゃんとソープ嬢は悔しがっていたけれど、
「どれぇがいう事はもっともなのです」
「と言うと、ッヨイさま?」
「新しい王国をつくる事はむつかしいのだけれど、ドロシアねえさまがいうとおりに、大幅な自治権を持った領邦を認めさせるために、ガーターさまの王族としての権威を主張する事は可能かもしれないのです」
ところがッヨイさまは、ソープ嬢とマリアちゃんの主張から何かを見出したみたいだね。
戦争には落としどころが常に必要だという事は、アレクサンドロシアちゃんの戦争決意の中にも存在していた。
独立独歩の自主権を手に入れる事ができれば、戦争の勝利条件は満たしたことになる。であるならば、
「少なくとも辺境を束ねて半独立の領邦として、辺境諸侯を束ねる事は、これで可能になるのかも知れないのです!」
「ほほう、確かに王族の一員を妻に迎え入れた全裸卿の率いるサルワタ領邦。これならばリンドル子爵家やオッペンハーゲン男爵家、ベストレ男爵家も表立って反論する事はないでしょうな」
「これはもう事実上の独立国家の様なものかもです。後ろ盾に岩窟王国があるとなれば、尚更将来が安泰かもです。いいかもです!」
ッヨイさまの主張に今度は俺やソープ嬢、マリアちゃんがポカンとする側だ。
じいさんやモエキーおねえさんもこれには賛同したらしく、白い歯を見せてウンウンと頷いていた。
「少しこの方向で国法の隙を付いて諸侯に反論されないか、精査してみるとよいかもしれないのです」
「わかりましたのよ。他の法律家が記した注釈本と、歴史書の過去の事例を照らし合わせて、大幅な自治権を持った領邦の成立経緯を調べてみる事にしますの!」
ッヨイさまとマリアちゃんは顔を突き合わせて、いそいそと俺の執務室へと走っていくのであった。
「愛しいひと、わたしは今とてもいい仕事をした気分だ」
「そ、そうかい。俺は今、何か刑事裁判の逆転無罪を強引にもぎ取ろうとしている弁護士の気分だよ」
「? シューターさまはたまに、おかしな事を口走るな。しかしわたしたち家族の未来に福音をもたらしてくれる予感を見つけたのはよいことだ」
ウンウンと微笑を浮かべながらひとり納得するソープ嬢に、俺はたまらず苦笑を浮かべてしまった。
国法の問題は俺の手を離れてしまった様なので、今のうちにやるべき事がもうひとつ残っているのだが……
「テールオン妃の暗殺が実際に可能かどうか、検証する作業だったな」
「エルパコどのの話によれば、今その辺りの協議をベローチュどのとアップルスター卿がやっているそうだな」
「じゃあそっちに顔を出してみる事にするか。場所はどこかな?」
ふとソープ嬢と俺が話し合っていると。
モエキーおねえさんがそれについて教えてくれた。
「ええと、親衛隊長はコンコースでアップルスターさんと剣術稽古をやっているかもです」
「剣術稽古? 何でまた」
「何でも、貴族軍人出身のテールオン妃はそれなりに剣術の冴える方かもなので、確実に暗殺するためには手の内を研究する必要があるかも、と言っていたかもです」
「手の内の研究ねえ」
テールオン妃の身代わり役をやっていたアップルスターさんも、貴族軍人として振舞うために武芸の心得はあるんだったか。
しばらく雪の降る毎日が続いていたので、城館の庭に出て武芸の稽古みたいな事はやっていない。
そうなると練習の場所は、館内で一番広さのある本館のコンコースという事になるのだが……
「?!」
「い、いったいこれはどうなっているんだ……?」
果たしてコンコースまで俺とソープ嬢がやって来たところ。
ちょうど抜剣したアップルスター卿と、男装の麗人が相互に剣を構えて睨み合っている最中だった。
その隅でけもみみと見学していたニシカさんが、腕組みを解いて俺に声をかける。
「よォ、シューターこっちだこっち! 今からちょうど秘密の剣技をりんごスターが見せてくれるそうだぜ。隣に来いよな」
いったい何がはじまるんです?
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