409 オルヴィアンヌ王家の人々 後
「ッジャジャマのヤツが言っていたんだがよ。近頃の娼館では戦に心を汚した兵士や、商売に疲れた商人なんかをよ。年下でありながら大人の女の包容力でもって癒してくれるのが流行っているらしいぜ。つまり客をあかちゃんの様に癒しつけて、よしよしするわけだ」
ニシカさんによればそういう意味らしい。
両手を伸ばした黄色い奥さんは、スルリと俺の首にそれを回して引き寄せた。
すると俺は辺境随一の霊峰に顔をうずめる事になった。
ニシカママぁ! ぼく窒息するよっ……
「テールオンってヤツは、きっと胸がデカい女だったに違いないぜ。こうしてこうして、よしよししてたんじゃねえか? 王様をよ。どうだ相棒、癒されるか。ん?」
バブみのバブは、バブーのバブ。あかちゃんプレイか何かかな?
悪くはないがこういう事はふたりきりの時にしてほしい。
他の奥さんたちの視線が恐ろしいことになっています!!!
「ご、ご主人さま。話を戻しましょう!」
「そっそうね、胸の大きさは王政に介入する事を許す理由にはならないわよ。本来は国王の代理人として権力を分掌しているはずのガーターベルトフォンギースラー卿が、どうしてそれを簒奪されて都落ちしたのか」
「そうですねご主人さま、そこを整理しましょう。よしよしは後で自分がいくらでもしますからっ」
「あ、あたしは胸は無いけれど、お尻なら負けていないから!」
そういう問題じゃないです聖女さま!
男装の麗人とマリに促されて、俺たちは会話の筋を戻す事にした。
とても嫌そうな顔を露骨にしているガーターさまだけれど、こればかりは調べておかなければならない要件であるから許してほしい。
国王には正妻に当たる、いやかつてはそうであった王族奥さんのガーターさまがいた。
これは間違いないの無い事実である。
ガーターさまはこのファンタジー世界における通例に照らし合わせるならば、王家の家政一切を取り仕切ってた事になる。
ところが彼女は見ての通りの箱入り娘であり、事実上その任を放棄していたに等しい。
であるならば、彼女に代わってそれを取り仕切っていた人物がいたという事になるのだが、
「その辺りはアルフレッドが握っていたのよ」
「アルフレッドが?!」
「あれでアルフレッドはキルン侯爵家の末席におりますものね。王家の家政について一任していましたから、その辺りの事はアルフレッドに聞けば詳しいはず」
つまりこの元正妃さまは、王家の家政については側近であるアルフレッドに任せきりで、何も知らなかったという事だろう。
本人は蝶よ花よの王宮暮らしをしていて、国王とも仮面夫婦みたいな事を続けながら今に至ったのか。
「知らない内にわたしは孤立していたの。気が付けばテールオン妃があのひとの秘書の様にいつも側にいる様になって、わたしはあのひとと入れ違いで王宮と後宮を行き来する生活になったのよ!」
つまりその王家の家政に対する無関心さを、テールオン妃あるいは背後に見え隠れしているツジン卿によって突かれたという事だろう。
テールオン妃にバブみを感じた国王は、きっと懐かない猫の様なガーターさまよりも、テールオン妃をママの様に慕ってイチコロだったのだ。
「歴史を紐解けば、国王の正妃ともなれば臣民の国母とも言われるほどであるのに。わたしは残念でなりませんの」
呆れた顔のマリアちゃんに、ニシカさんが同意する。
そればかりかマリやベローチュまで追従するではないか。
「まるでポンコツだぜ」
「王国の正妃だった人間がここまでポンコツだったとは。あたしは呆れたわ……」
「その点、自分はポンコツではないのでご安心を、ご主人さま」
「あ、あの、ガーターベルトフォンギースラー奥さまは、完璧な美貌をお持ちではないですか。完璧ですよ!」
誰も同情しなかったものだから、アップルスター卿があわてて意味不明なお世辞を口にした。
確かに、ガーターさまは完璧なツン顔美人だね。
それだけは間違いのない真実です!
けれども、
「お、王族だけで何十人もいるわけだし、あのひとの妃だって片手で数えられるほど少なくはなかったもの。細かな実務は側近のアルフレッド無しではできなかったのよ?!」
言い訳をするガーターさまに、マリアちゃんが追撃の一手を放つじゃないか。
「あなたが国王との間に子を成さなかったのが、すべての問題ですのよ」
「…………」
「夫婦生活は普通にしていたのでしょう?」
「新婚当初はいざ知らず、子供がなかなかできないとわかって、あまりそういう事は……」
何を考えているかわからない王様の悲しい表情で、レスになってしまったのだろうか。
「そ、それに、あのひとは基本的に奉仕される側の人間だったので……」
なるほどマグロは王様の方だったのか。
ご奉仕精神がまるでなさそうなジャジャ馬のガーターさまとは、極めつけに相性が悪そうだ。
「ああヤダヤダ。愛の無い夫婦ってのは最悪だなおい、なあ相棒?!」
「やはり夫婦の愛は大切ですのね……」
「そうですね、ご主人さまと自分たち妻は、確かな家族の絆で繋がっているから安心です」
「こ、子宝は女神様からの授かりものと言うわ。女神様の聖使徒であるあたしが言うんだから間違いないわよ! 何だったら妊活補助のポーションも調合するから安心しなさいっ」
俺とガーターさまが顔を見合わせてキョトンとしていると。
湯船につかった奥さんたちが、今度は口々に励ましの言葉を口にしたのだった。
「順番を無視して全裸のあかちゃんを孕むなんて以ての外です! カサンドラ義姉さまより先にそんな事をしたら、義姉さまに追い出されて、わたしはここにも居場所が無くなってしまうではないですか?!」
「わかってるよ! 俺だって大正義カサンドラを怒らせたら大変な事になるから、間違ってもきみに手出しはしないぞ!」
「何ですって?! そ、それではこの高貴な身の上のわたしには、手を出さないつもりなのですか?!」
ガーターさまは怒り出した。
意味不明な口上で怒っているのだが、本人は理解しているのだろうか。
するとニシカさんが問いかける。
「おいガーター。お前さんはあかちゃんが欲しいのか欲しくないのかどっちなんだよ?」
「わたしを母親にしなさい! これは高貴な身の上のわたしからの命令よ! た、ただし順番はしっかり守って、序列の最後の方でいいわっ。せめてあのひとに、わたしは幸せに子供を授かったという事だけはしめしたいものっ」
「そ、そうか。幸せになろうな……」
「もちろん幸せになります、当然です!」
俺も何を言っているのかわからないが、ますます王族奥さんの弁は意味不明だった。
わけがわからないよ!
◆
やあみんな、癒されているかい。
癒しって何だろうね?
ところで俺はバブみについて体験をしているところだ。
右隣には難しい顔をしたカサンドラが、反対の左隣にはタンヌダルクちゃんがニコニコ顔でいる。
正面には何故かエルパコが俺に膝枕をしているし、背中にはマリアツンデレジアが俺にお胸を押し付けている。
「あのう。ほ、本当にこれでよろしいんでしょうか?」
「ニシカさんの話が本当なら、これできっと合ってますよ~。うふふ」
「シューターさんあんまり動かないでよ。シューターさんの息子がぼくのお腹でもぞもぞしているよ」
「これは絶対に間違っていると思いますの。だってあなた、全然嬉しそうな顔をしていないじゃありませんの?!」
ニシカさんの伝文を聞いたツンデレのマリアが、その話をカサンドラへと報告した。
するとなぜか興味津々になったタンヌダルクちゃんが詳しく話を聞かせてほしいと、ニシカさんのところへ走ったわけである。
当のニシカさんは城下で聞きかじった程度の事を、例の如く適当を吹かして説明したのだが……
その説明があまりにも適当だったために、この場に集まった奥さんたちは会話の断片からそれを再現すべく頑張りつつバブみケーションを実施したのだ。
「ニシカさんによれば、殿方が年下の女性に母性を感じるという有様を指してバブみという事でしたよう。わたしたち妻は全員、旦那さまより年下なので、バブみが感じられるはずです!」
「わ、わたしは年増女なのでただの母性になってしまうかもしれません」
「シューターさん、あんまりゴソゴソしないで欲しいな。ぼくのシューターさんとお揃いのものが擦れて妙な気分になったらどうするのさ」
「そ、その。これは普段、寝室でシューターさんに抱かれているのと、何が違うのでしょうか?」
もちろんバブみを体験するのには正当な理由がある、そうだ。
バブみを感じて国王がどうしてテールオン妃に心を許したのか、その心理を探るためである。
しかし現状では奥さんたちに全裸でお胸や、そうでない場所を擦り付けられたりしているだけで、まるで何か心の変化が起きた様には感じない。
バブみとはいったい何なのか。
俺にはまだそれが理解できないままであった。
「駄目ですかねえ。まだ旦那さまは、わたしに母性を感じないですかぁ?」
「こ、こんな事をしても意味があるとは思えないのですが。むしろわたしは今、シューターさんに異性を感じてしまっています。これでは旦那さまを息子とは思えませんっ」
「わたしの年齢が年齢だけに、あなたに幼さのある母性を感じてもらえないんですのね。クスン……」
「し、シューターさん。ぼくのお乳を吸ってみると、あかちゃんの気分になれるかも知れないよ」
やめてくれ。
俺を挟んで奥さんたちが、俺を揉みくちゃにする。
てんで好き放題、あれでもないこれでもないと奥さんたちがぴいちくぱあちく議論しては、俺を寝かせてみたり膝枕をしてみたり。
しまいには全裸で考え込んだ奥さんたちが、俺の事などそっちのけで議論をはじめたではないか。
「……バブみというのは、もしかしたら行為をさすのではないのかもしれません。ふとした仕草に母性や包容力を感じると言った、そういうものなのでは……」
「そうですわね。閣下をよしよししても、喜んでいるのは閣下の息子だけですもの。それでは意味がありませんのよ……」
「だったらぼく知ってるよ、シューターさんがふたりきりの時にぼくに甘えてくるあれが、バブみなんだ。だからぼくは、シューターさんとバブみケーションができているよ」
「そんなはずはないですよう! 旦那さまは男らしいから、幼児退行が足りていないのです!」
寒いし、そろそろ服を着てもいいかな?
議論に熱中した奥さんたちの事を置いて、寂しくなった俺は寝室を出た。
あの調子ではしばらく俺は放置されたままになるだろうから。
そんな風に思いながら別館の廊下を全裸で歩いていたところ、
「全裸卿、ちょうどいいところにいたわ! って、昼間から全裸とは珍しいわね?」
「何か寝室でカサンドラたちに捕まえらえて、バブみの実験というのをさせられたんだ。まさか身包み剥がされて昼間から全裸になるとは思わなかった。……びえっくしょい!」
廊下でばったり出会ったラメエお嬢さまを前にして。
俺は大きなくしゃみをひとつ飛ばして、鼻をすすった。
「この手ぬぐいを使いなさいよね! 全裸を貴ぶ部族でも、寒いことはあるのねっ」
「寝室にいる奥さんたちが、俺の名前を出して会議してるからだろ」
そう言えば、このファンタジー世界に来てから妙に寒さに対して耐性が付いた気がする。
女神様の祝福が本当にあって、全裸属性でも付与されたんじゃないだろうか?
たぶんそういう事は無いだろうから、視覚や聴覚なんかの五感が冴える様になってきたみたいに、何かこのファンタジー世界への順応が徐々に働いてきているのかも知れない。
「いにしえの魔法使いが残した伝承によれば、お馬鹿は風邪を引かないそうよ! つまり全裸である旦那さまはお馬鹿じゃないって事が証明されたわけね!」
「むかしの偉い魔法使いはいい事を言った。全裸なんて馬鹿みたいな格好だけど、馬鹿ではないわけだ。あはは、びえっくしょい! ……ずびっ」
「もう、いつまでもそんな格好をしているからいけないのよっ。こっちに来なさい、わたしも奥さんとして旦那さまのお世話ぐらいしなくっちゃ」
くしゃみをした俺を見て、あわて手をを引っ張るラメエお嬢さまである。
毛の生えたばかりの少女ではあるけれど、いったん俺の奥さんであると自覚を持ってからは毛の生えはじめたばかりの少女とは思えないぐらい甲斐甲斐しいところを見せてくれる。
「ほら、閣下はサルワタ貴族の重鎮、ハーレム大家族の大黒柱なんだから。上等なおべべを着て本館に向かってもらわないといけないのよね」
「あ、ありがとう。ヒモパンぐらい自分で結ぶから」
「遠慮なんてしなくていいわ。わたしに任せなさい……ほらできたわね。それから上着っ」
これじゃあ俺があかちゃんに戻ったみたいな気分だ。
着替えを奥さんたちの誰かが手伝ってくれる事はあるけれど、さすがにパンツぐらいは自分で結んでいる俺である。
何だか小さなお母さんに甘える、おままごと気分を味わったところで俺はふと気が付いた。
「どうしたのかしら旦那さま」
「なるほど、これがバブみか……」
「?」
いや、何でもないよ。
きっと本当のバブみとはちょっと違うのかも知れないが、ラメエお嬢さま。
彼女はきっといい母親になれる違いないなどと俺は想像してしまったわけである。
「ラメエお嬢さまが将来母親になった時は、安心だなと思って」
「な、何を言い出すのかと思えば?! わたしはしばらくあかちゃんは授からなくても平気だわ! その前に義姉さまのあかちゃんを、そうでしょう全裸卿?!」
俺の手を引っ張って執務のために本館へ向かう途中。
顔を朱色に染めたラメエお嬢さまは、年頃の毛の生えた少女らしくいやいやをしてみせた。
「あ、あまりわたしをからかったりしたら、らめよ! そんな事を言っても晩酌のお酒は増やしてあげないんだからねっ」
そんなぁー。
小さな俺のかわいい奥さんが、子供を叱りつける様な口調でピシャリと俺の手を叩いた。
とは言っても、十分に子供らしいところもあるのだ。
「でも、あかちゃんを授かる具体的な時期については、じいと相談しておくわ! 最低ふたりは欲しいわねっ」
「そこは俺と相談してじゃないんだな? あはは」
「こ、子供扱いしないでよね!! 大人の貴婦人としてわたしを扱いなさいっ」
バブみについて作者はまだ理解が及んでいないかもしれません…




