49 野牛の一族 前編
「支度が出来次第、お前たちは村長の屋敷まで付いて来い」
畑仕事の後、俺は呼び出されていた村長の元に出かける身支度をしていると、ギムルがやって来て夫婦そろっての呼び出しを命じた。
俺が今後の事について、女村長たちと何か打合せすると言うのならわかる。
もともと今日は女村長の屋敷に出かける話だったしな。
ところがカサンドラも一緒にというのはどういう事だろう。
俺たち夫婦はそろって顔を見合わせて「すぐに後を追いかけます」とギムルに返事した。
ひとつ思い浮かんだのは、おっさんの事である。
しばらくカサンドラとの接見を禁止する旨を女村長から言い渡されていた件で、何か説明があるのかもしれない。
そう思った俺が、慌てて出かける支度をしていた新妻に質問をしたところ、とても慌てた顔をしあとに咳払いをして、俺にこう言った。
「そういう事があったのは事実ですが、オッサンドラ兄さんは結果的にわたしには指一本触れていません」
「もちろんカサンドラの事は信じているからいいんだが、カサンドラ自身は本当に俺でよかったのかってちょっと思った」
「シューターさん」
「ん?」
少し俯き加減のカサンドラが、けれど意を決したように言葉を続けた。
「……むしろ、わたしが結婚のお相手ではご不満でしょうか? わたしは身寄りもない貧乏な猟師のひとり娘ですし、その。鱗裂きさまの様に立派な体もしていませんから。もしかしたら昨晩もご満足していただけなかったのではないかと」
何を言っているのだ奥さんは。
「とんでもない。俺はカサンドラが奥さんでとても果報者だよ」
「キュイイ!」
ほら、朝から元気なバジルも同意してくれているではないか。
「あ、ありがとうございます、ありがとうございます」
「いやありがたがられても気恥ずかしいな……むしろ俺は、おっさんと結ばれる方がカサンドラには幸せなんじゃないかとずっと思っていたぐらいだ」
貫頭衣の上からポンチョを羽織ったカサンドラを、ベッドに座ったまま照れながら眺めて俺がそう言った。
すると、カサンドラはきっぱりと口にする。
「オッサンドラ兄さんとはただの従兄妹同士です。とてもいい人で頼りになるお兄さんでしたが、結婚は村長さまや親族の大人が話し合って決めるものですから、それに不満はありません」
「本当に?」
「ほ、本当です。時々ちょっといやらしい眼で見られるのが恥ずかしいですけれど……」
俺が糞壺にまたがったカサンドラをガン見していた件を言っていたのだろうか。
「そういうところもありますが、今はお慕い申し上げております……」
かわいい。好き。
しかし、だからこそいたたまれなくなった俺は頭を下げてごめんなさいをした。
こら、俺の指を噛むんじゃないバジル。
◆
女村長の屋敷にやってくると、裏手には昨日村に到着したばかりだというのに野良着を身に着けて農具を手に持った開拓移民の家族が集まっていた。
どうやら村の幹部が指示をしながら、新たに与えられた畑を耕すところらしかった。
「お前たちはぁ、これから新たな畑の候補地をぉ――」
女村長やギムルたちが姿を現すまで少し耳を傾けていたが、今年一年は納税が免除され食料が保障される代わりに、村の西側に新たな開墾地を設けるという内容を話し合っていた。
ちょうどジンターネンさんの畜舎の水替えをするのに利用していた川の向こう側という事らしい。
この村は将来の発展を見越してなのか、村勃興の常道にのっとって川側にあるというだけでなく、長年かけて村全体を囲む様に用水路を掘削していたのである。
用水路の方は所詮はこの世界のひとの手で掘削した人工河川にすぎないので、一間あまり約一・八メートル程度の細い水路だがね。きっと後日そちらの外苑も開墾されるな。
「これ、わたしたちも呼び出されたという事はお手伝いをする流れなんでしょうか?」
「どうだろう。俺ならあり得るけど、カサンドラに力仕事はなぁ」
聞けば俺が留守中に張り切り過ぎて、畑仕事の最中に軽く腰を痛めたと言っていた。
さすがに事情を知っている村の人間が肉体労働をさせるだろうか。
すると俺たちの背後から筋骨隆々のギムルが姿を現して声をかける。
「お前たちはこっちに来い。別の用件がある」
「先ほどはどうもギムルさん」
俺が挨拶をすると、隣の新妻も頭をペコリと下げた。
付いていく途中、チラリと別の集団が何やら鎌を手に話し合いをしている姿も見えた。
こちらはどうやら雑草を切り取る作業を割り振られているらしい。
集まった人間は村に連れてこられたゴブリン労働者とへそピアス集団、つまり犯罪奴隷である。最後にもうひとり、見慣れた顔があった。
もじゃもじゃだ。おっさんがどういうわけかその集団に加わっていた。
その姿に気が付いたのか、カサンドラが不安そうに俺の腕に手を回しながら顔を見上げて来た。
おっさんは俺たちに気が付くとこちらを睨む様に見ていた。
「こういう時、どうしたらいいんでしょう」
「あまり顔を見るな。向こうも思うところがあるだろうからね」
俺たちは草刈り集団を無視する様にギムルの後に続いた。
「今日集まってもらったお前たちには、我が村に冒険者ギルドの出張所を立ち上げるにあたって村周辺の詳細な調査を行ってもらいたい」
ギムルを中心に街からやって来た美中年カムラ、それからギムルと先行して村に入ったエレクトラにダイソン、そして移民団の護衛だった冒険者たちが集まっている。
その他にも猟師の親方になって最近ご機嫌のッワクワクゴロさん、この界隈一の巨乳ニシカさん、それに俺の先輩である猟師たち複数人がここで顔を突き合わせているという次第である。
それに街からやって来た猟師が一名。
どちらかというとこの中で、猟師としても村人としても新参者の俺や素人丸出しのカサンドラは、この場で浮いた存在であろう。
「地図を作成するという事だがね、猟師総出で協力して参加するという事になったら狩猟の方はおざなりになってしまう。その点はどうするんだねギムルの旦那」
「ある程度は我慢するしかないだろうが、まず手始めに村と周辺集落を繋ぐ道とその一帯だけは、早めに終わらせておきたい。以後については交代で猟師を差し出してもらえばよい、全員が毎日出猟しているというわけではないのだろう」
猟師親方としては当然の質問をッワクワクゴロさんがしたところ、難しい顔をして小さなゴブリンの親方を見返した。
「まあそうだがね。村長には協力した事で猟果がイマイチだと言われない様にクギを差しておいてくれ」
「当然だ」
ギムルが相変わらずぶっきらぼうな口調で言うと、その言葉を受け取る様に美中年が手を上げて口を開いた。
「続きは俺から話そう。ここに集まっているみんなはこの村の地元猟師と、外からやって来た新参者の俺たちだ。特に冒険者諸君にとって、地理的条件を理解しないまま冒険者として活動するのは難しい。今後この村のギルドの基幹要員となってもらう必要があるからだ」
茶髪ロングをかき上げながらカムラが言葉をいったん区切った。
「簡単ではあるが、ここに昨夜のうちに用意した村周辺の見取り地図がある。それぞれにパーティーを作ってもらい、各員でマッピングをやってもらいたい」
「面子分けはどうするんだ」
「ここにいる冒険者の数は村の人間が二人、それから街から来た人間が八人の十人だ。街から来た人間と猟師とでパーティーを組んでもらうのがいいな。猟師は何人いる?」
「使える人間は俺を含めてここにいる五人だけだ。周辺集落にもあと数人はいるが、そっちは狼を退治するのにどうしても今手が離せないと言うので、好きにさせている」
「それならッワクワクゴロさんは除いて、猟師ひとり冒険者ふたりのパーティーでいいだろう」
「どうする、俺やカムラの旦那は置いておいて、そうするとこの道沿いにいちパーティー、それからこっちにひとつ、ここにもひとつ――」
それぞれの代表者が顔を突き合わせて見取り図をにらめっこし始めた。
どうやら俺とカサンドラ、それからニシカさんはこの探索には加わらないみたいだがどういう事だろう。
もうひとり加わる予定が無い街から来た猟師が、ぼんやりと様子をうかがっていた。
これまであまり接点が無かったので、俺はあまりよく観察する事が出来なかった。
しかしこの街から来た猟師には、特筆すべき特徴がひとつあった。
銀の髪色をしていた小柄な人間なのである。
このファンタジー世界にいくらか馴染んできた俺だったが、こういう髪色をした人間はこの村にはいない。
かわりに何度か街で見かけたような気がするが、それはゴブリンであったり人間であったり。
だがこの街から来た猟師は違った。
まず間違いなくひとでもゴブリンでもない。
なぜなら頭に耳が付いていたからである。
けもみみというやつだ。そして尻尾がある。
いいね!
「あの、シューターさん……」
「ウオっほん。げふん」
俺の側に立っていた妻が、とても嫌そうな顔をして俺を見上げていた。
◆
「さてシューターとカサンドラ、お前さんたちにはニシカとそこのお嬢ちゃんと一緒に湖の畔に行ってもらうからな」
猟師と冒険者に役割を割り振ったッワクワクゴロさんが、俺たち残り物の方にやって来て白い歯を見せた。
何だか最近のッワクワクゴロさんは親方株を手に入れて貫禄が出て来た様に思う。
悪魔顔のちっちゃいおっさんだったのに慣れてみると渋みのあるゴブリンの小さな巨人みたいに見えてくるから不思議だ。
「何だよシューター。あんまりジロジロ見るんじゃねえ、話しにくいだろが」
「そうですね、失礼しました」
「さて俺たちで行く先というのは湖畔なわけだが、実はちょっと困った事があってな」
毛皮のチョッキを引っ張って居住まいを改めたッワクワクゴロさんである。
どうやら聞いてみると、俺たちがいない間に深刻な事実が発見されたというのだ。
「ニシカ。お前が前に村を襲ったワイバーンを倒したあの洞窟の前の草原、覚えているか」
「ああもちろんよく覚えているぜ。というか、ここいらの森の中はわざわざひとでをやって調べなくとも、オレ様の頭の中にはしっかりとマップが出来上がっているぐらいだ。お前ぇらも面倒臭い事を考えるもんだな」
「まあそれはいいだろう、村に来たばかりの連中には地理感を覚えさせるという役割があるんだ。それよりも、だ」
不機嫌に鷲鼻をひくつかせたッワクワクゴロさんが、ため息交じりに言葉を続けた。
「あそこにあった洞窟な、どうやらダンジョンになっているらしい」
「あ? 何だって?」
驚いたのはもちろんの事、ニシカさんである。
何しろサルワタの森一帯の事は何でも知っているという自負心がある彼女の事だ。
知らないうちに自分の庭にダンジョンがひとつ出来上がっていました、では納得がいかないだろう。
「それはオレ様たちが村を留守にしている間にそうなったのか」
「いや、そうじゃない。どうやら長い事あそこには誰も入っていなかっただろう。ワイバーンもあの洞窟には数年ほど近寄っていなかったはずだ。違うか?」
「ああ確かにそうだぜ。前にあの洞窟に入り込んだワイバーンはオレ様自身で中に入って仕留めたからな。その時は間違いなく他にダンジョンの主という様な奴はいなかったはずだ」
「それは俺も覚えているよ。一緒に入ってワイバーンを解体したんだからな。前回はどうだ?」
「この前の馬鹿デカいワイバーンの時は、洞窟に入る前にシューターとしっかり仕留めただろう。……なるほど、その時にはすでに何か得体のしれないやつが、そこに住み着いていたというわけだな」
部妙な顔をしたニシカさんが、考え込む様にして大きな胸を抱いて腕組みした。
うん、とても大きい。
ついでに隣のけもみみの銀髪猟師を見ると、まるでまな板何もない。
最後に新妻を見ると……
「……
「…………」
無言で見つめ返された。
そうだね、今は真面目な話をしている時だったね。
「まだ確認はとれていないんだが、ギムルの旦那が連れて来たふたりの冒険者と、俺があの辺りを見回っている時に、蛮族の集団がどうやら住み着いているのが分かった」
「蛮族?」
蛮族という言葉に俺とニシカさんが顔を見合わせる。
黄色は蛮族、などと俺がニシカさんを最近からかっていたものだが、まさかニシカさんと同族の黄色い長耳エルフが住み着いている、という事はないだろう。
「お、オレは関係ないぜ。妹もちゃんと家で大人しく待っていたからな」
「じゃあ何者なんでしょうねえ」
「ずばり野牛の一族だ」
ッワクワクゴロさんが唐突にそう言った。
本日はお仕事で終日お留守にするので、予約投稿をさせて頂きました。
次回投稿予定は本日夕方18時になります。よろしくおねがいします!




