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異世界に転生したら全裸にされた  作者: 狐谷まどか
第11章 明るい宮廷工作
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400 ガーターベルトフォンギースラーさまの貴重な花嫁修業 4

 俺の背後には、猟師になって冬を越した数だけワイバーンを仕留めたというベテランの女猟師がふたりも控えているのだ。

 そう言って聞かせておけば、ガーターさまも安心するだろうか。

 ギュっと皮手袋越しに強く握りしめる彼女の不安そうな表情が、視界の端に写り込んでいる。


「男は度胸、女は覚悟。いざとなれば頼れる家族がいるからドンと行こうじゃないか」

「あ、あなたが頼りになる存在だとは言って下さらないのね全裸……」

「頼りになるかどうかは、自分の眼で見て確かめてくれればそれでいい。まあ囮役に頼りも糞も無いか。ははは」


 地面は数十センチ余りの雪が敷き詰められている。

 普段通りに歩こうとすればズボズボと足を取られて上手くいかない事は間違いなしだ。

 けれどもそこは辺境に住まうファンタジー世界の住民の知恵で、藁を巻き付けたブーツが少しばかりの機動力を補助してくれる。

 それに、多少は歩き慣れていればどうという事は無いぜ。


「手を離したら駄目ですからねお嬢さん。じゃあ行くか」

「え、ちょっ、わたしはまだいいとは言ってな――」


 彼女の不安な気持ちを他所に俺は大きく足を踏み出した。

 深く雪の奥底にある地面を叩く様にして蹴り上げ、そして一気に加速する。

 腰に差した刃広の剣が鞘ごと揺れたが気にしない。

 引っ張り上げる様にしてガーターさまを伴って平地の方に走り出すと、すぐにも視界の先にいたワイバーンは俺たちの存在を目視したらしい。


「来いよワイバーン、餌なんか捨ててかかって来やがれ!」


 目一杯、とにかく注目を自分に集めるために腹の底から叫んで見せた。

 すると首をもたげた若き雌の飛龍は、たくましい足で啄んでいたオオジカの胴体を押さえつけながらこちらに殺意の表情を向けてくるのだ。


 瞬時にして俺の中に緊張感が駆け走った。

 手を握る、と言うよりはお互いの腕を握りあう様に俺がガーターさまを握り直した次の瞬間。

 想像していた通りに首を引っ込めたワイバーンの雌は、そこで大きな溜めを作った直後に地鳴りの様な咆哮を巻き散らしたのである。


「ドオオオオオオオオオンン!」


 それはいつ聞いても肢体を震撼させる恐怖の旋律だった。

 ガーターさまの体はその瞬間に完全に硬直し、鉄でも引っ張っている様に急に重たくなって俺の機動力を奪いにかかる。

 急ブレーキをかけられた様に加速はそこで失われて、俺もつんのめりそうになりながらあわてて足を踏ん張ったのだ。


「おお、最高に恐怖するラブコールだぜ。けど俺はあいにくい奥さんが怖いので、勝手にハーレム大家族を増やす事はできないんだ。悪いな、何事も順番が大切なので、まずカサンドラの許可を――って、来やがったな?!」


 大地を震わせる地獄の旋律を巻き散らした直後。

 ワイバーンのそれによって木々の上に積もっていた雪がバサバサと落ちるのが見えた。

 俺は必死で注意を引き付けるために、わけのわからない口上を続けていたけれど、おかげでそれが敵対する存在であるとワイバーンに印象づけられたのだろうか。


 若い雌の飛龍は怒り狂った様に足元の獲物を後方に蹴り飛ばしながら、体の向きをこちらに完全に向けたのである。

 こうなればやる事は簡単だ。

 一目散に逃げるため、重厚な金属の重しの様に棹立ちになっているガーターさまを見やると。


「あ、ああっ。あう……」

「ちょっとの辛抱だ。悪く思うなよっ」


 強引に俺は腕を彼女のお尻の下に回し、抱きかかえて逃げ出す体制に入る。

 距離にして一五〇メートル以上はあるはずだから、一気に加速されてもさすがにすぐに追いつかれるという事は無い。

 魔力の籠った咆哮によって確かに恐怖を感じてはいたが、こう何度も経験していれば克服できないものではない事を俺は知っている。


 逆にはじめてその洗礼を受けた王族奥さんにしてみればこの態度も当然だろう。

 案の定抱きかかえてみれば、彼女のお尻の辺りが生暖かい何かの水分でヒタヒタに満たされていたんだからな。

 アレクサンドロシアちゃんを姉とも慕うだけはあって、ジョビジョバの一族に仲間入りしたというわけだ。


 ゴブリンもエルフも、いにしえの魔法使いたちの時代から生きる姉妹と言うわけか!


「シューターさん、こっちだよ!」

「いつでも狙撃できるから、遠慮なくこっちに走り込んで来いッ」


 遠く、エルパコとニシカさんが合図を送ってくれたのが確認できた。

 森の枝葉がかかっている先まで走るのは、人間でも容易ではないはずだが、ワイバーンにとってみればさらに動きを阻害される場所に違いない。


 咆哮を喰らってからこっち、完全にパニックになったガーターさまは俺の腕の中で暴れた。

 どう説明したらいいだろうか、まるで海で足をつってしまい、大混乱に陥った要救助者が助けに来た人間を道連れに暴れて溺れている様な感じだろうか。


 不味い、さすがに不味いぜ。

 奥さんたちがこの先で弓を番えて待ち構えてくれているのがわかっているのに、それでも背後から大きな風圧を感じると、それだけで俺までパニックになりそうになる。


 振り返るだけでも速度を減じてしまう事になるので、それはやってはいけなかった。

 俺は死に物狂いになって全力疾走し続け、より大きくなる風圧と威圧を背中に浴びせかけられながら、木々の狭間の中に飛び込んだ。


 この時ワイバーンは、その一瞬だけ飛び上がって頭上から攻撃するか、そのまま駆け出して俺たちに背後から突進するのかわずかな逡巡を見せたという。

 獲物を足元に残していたのも若い飛龍の雌が判断を鈍らせた理由だったのかも知れない。


 とにかくその瞬間も俺はガーターさまを抱き上げて走り続けていたし、雪の中を駆けて機動力が遅くなるのは人間もワイバーンも同じ事だ。

 ズドンズドンと思い切り大地と雪を蹴り上げて走り出した時には、そのわずかな逡巡で得たチャンスで俺は家族のすぐ側までやって来ていた。


「不味いわ、突進力を奪うために攻撃するしかないわね」

「わかってるぜ。オレ様の一撃であいつを弱らせる、マイサンドラもいけるか?」

「わたしを誰だと思っているの。お前の師匠ってところを見せてやるわ。誘導しなさいッ」


 短いやり取りが聞こえて、進路上の左右に飛び出したマイサンドラとニシカさんが、互いに弓を構えて矢を放ったのだ。

 すれ違った瞬間に俺は雪の中に埋没していたらしい、石か何かに思いっきり爪先をぶつけてしまった。


「わあっ全裸!」

「ちっ、強く抱きついてくれ!」


 悲鳴を口にしたガーターさまの腕が俺の背中にひしりとしがみつく。

 次の瞬間には俺が頭から飛び込む様に、雪原に体を転がしてしまう事になる。

 だが俺の体は、かつて自分がスタントを経験していた事をよく覚えていて、ガーターさまを体の内側で庇いながら、咄嗟に片手で雪上を叩く様にしてグルリと転がった。


 さすがに雪の下に何があるのかはわからないので、雪の中に体を叩きつけた時にはしたたかに背中を痛めてしまったがね。


「肺に二発入れたぜ」

「血で溺れて動かなくなるまで、間があるわ!」


 急激に回転した視界の中で、大きくなったワイバーンの姿と左右に飛び退った女猟師奥さんふたりが見えた。

 次の矢を番えながら駆けているベテラン猟師奥さんたちとは別に、後方から飛び出してきたけもみみが果敢に長弓を番える姿があった。


 はじめて扱うという事もあって、力一杯引くのが精一杯で狙いまでは甘い。

 けれどもそこはニシカさんが得意にする風の魔法で、適当な狙いで放たれたそれも暴走するワイバーンの肺臓あたりを狙って確実に刺さる。


「ドオオオオンン、グオオオオオオオオオンン!」


 まだそれだけの怒りを示せる事が出来るのか?!

 俺がそんな風に驚きを隠せない中で立ち上がったところ、必死の形相のガーターさまも俺の手を借りて自ら立ち上がる。


 王族奥さんは伊達じゃない。

 芯まで折れた様子も無く、恐怖を感じながらも震えながら立ち上がると、即座に助け舟に入ったけもみみと手に手を取って、さらに森の奥まで逃げる意思を見せたのだ。


 暴れるワイバーンを制御しながら、森の中を右に左にと駆けるニシカさんとマイサンドラ。

 ワイヤーが設置されているものだから、追いかけるワイバーンもあっという間に翼をボロボロにしている様子だ。


 後方まで少し下がったところで俺もけもみみと一緒に戻ろうとしたところ、ゆるゆると動きを鈍くした雌飛龍が、苦しそうに、だが最後まで殺意の衝動を巻き散らしながら立ち向かおうとしている姿が見えた。


「残念だったな。お前ぇはよく頑張ったが、この鱗裂きのニシカさまだけじゃなく、ベテランをこれだけ揃えた相手に挑んじまって、運が無かったって事だ。悪く思うなよ。ん?」


 力ないかぶりつきを雪上でも軽快な回避でヒラリとかわしてみせたニシカさんは、腰後ろから素早くマシェットを引き抜いて、飛びつく様にワイバーンの首根にある動脈を断ち斬った。

 ドバドバと鮮血が雪上に巻き散らされるのを目撃して、やっと、ようやくガーターさまはへたり込んだのである。


「全裸、わたしは助かったの? 全裸ぁ?!」

「ああよしよし、ガーターさまはよく頑張りました。サルワタの猟師はこれを独りでできる様になれば一人前の飛龍殺しらしいけれど、こんな事が得意なのはあのふたりだけだから、地元でも」

「花嫁修業はこれで終わりよね? もうわたしは死にそうにならなくてもいいわよね? ねえ全裸?」


 これだけ勇気を見せる事が出来れば、もう十分に花嫁修業ぶんの研修は受けたと言ってもいいでしょう。

 すがる様に改めて俺に抱き着いてきたガーターさまだけれども、もはや氷の微笑などどこにいったものか。

 えぐえぐと嗚咽を漏らしながら、俺にひっしりと身を預けて真底安堵の涙を流すのであった。


「何やってるんだガーターさま。獲物を仕留めたら素早く解体する、これは猟師の基本だぜ?」

「こんな寒い場所でお股を湿らせると風邪を引いてしまうよ。きみはシューターさんに感謝するといいよ、お漏らしすると思っていたから、パンツの替えを持ってくるように、僕は言いつけられていたんだ」

「旦那に甘えるのは結構だけれども。こういう事はふたりきりの時にするのが家族のルールなのを知らないのかしら、この女は? それに何事も順番が大事だわ。この女、順番も守る気が無いみたい」

「なんでぇマイサンドラ。結局あんたも、自分の番が来るのを楽しみにしているんじゃねえか?」

「た、楽しみになんかしてないんだから。勘違い発言するんじゃないわ?!」


 意地の悪い猟師奥さんズは、俺たちの側にニヤニヤしながら近づいてくると、そんな言葉をガーターさまに投げかけて来る。

 まあ放心状態のガーターさまは、そんな猟師奥さんズの意地悪には気にも留めずに、生きている事の幸せを俺の胸の中で実感しているみたいだけどね。

 それよりも。

 珍しい事にニシカさんがマイサンドラをからかっている不思議な光景がそこにあって、ガーターが濡れた頬を掌で拭いながら、ちょっとおかしそうに笑っている姿がある。


「もう大丈夫か、ガーターさま?」

「ぜ、全裸。獲物を解体する指導をわたしになさい。猟師は獲物を仕留めたら解体するのが基本なのでしょう?」


 その前に、ジョビジョバをしたらパンツを交換するのが基本だぜ。

 おしめの交換はブリトニーで練習したから、ひとりでもできますよね?



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