391 歓迎委員会
「スルーヌの森の中に、山荘?」
「ああそうだぜ」
「ゴルゴライに向かう道中でガーターベルトフォンギースラー正妃と会ったって事か?!」
「ガンギマリーを連れて確認に行ったから間違いないぜ。指輪にホラアナライオンと王冠の紋章があったから、王族で間違いないんだろう?」
密かに王都を離れて辺境入りしていたというガーターベルト正妃さま。
信じられない事に、それがまさかすでにサルワタ領邦に滞在していたというから驚きだ。
いや驚くべきはそれだけじゃなく、俺に領内にいたんだから灯台下暗しである。
「それが事実であるならば、こうしてはおられんではないか。直ちにみなを叩き起こして手筈を整えなければならぬ!」
当初こそ雑すぎるニシカさんの報告に要領を得なかったハーレム大家族のみなさんだったが、俺が詳しく聞いてみれば大騒ぎになったのも当然の事だった。
すぐにも寝ぼけていた頭を再起動させて、算段をはじめたのは領主奥さんである。
「カサンドラを呼べ。王族を我が領へ迎え入れるのであれば、正しい礼節の手順に乗っ取ってこれを行う必要がある。歴史書を紐解いて過去の事例に照らし合わせるのだ」
「はい、わかりましたドロシアさまあっ」
「それからガンギマリー卿はスルーヌまで歓迎使節を送り出す様にと申したんだな。誰でもいいから送るというわけにはいかぬ。家格と爵位に見合った人物を送り出さねば、歴史書に記述されて末代までハーレム大家族が笑われる事になるだろう」
「ああ、言っていたな。使節に任命するのはツンデレのマリアがいいと言っていたはずだぜ」
腕組みをしてガウンの上から熟れた胸を抱き寄せるアレクサンドロシアちゃんは、まずタンヌダルクちゃんに命じて大正義カサンドラを起こす様に命じた。
次にニシカさんからより詳しい情報を聞き出そうと質問したところ、マリアツンデレジアを使節に当てるのがいいだろうと、雁木マリは意見具申していたらしい。
「わ、わたくしですの?」
「そなたの父御は、国王の宰相を務める宮廷伯であろう」
「確かにそうですけれども」
「家格の上でも、また礼儀作法に詳しいという意味でも、ガーターベルトフォンギースラー正妃を迎え入れる相手はそなたが適任であろう。急いでその跳ね上がった髪を整えて、出立の準備を整えてくれぬか」
「か、格好はいったいどの様な姿で行けばよろしくって?」
ふうむそうだな。
俺の方向に向き直った領主奥さんとマリアちゃんである。
こちらに意見を求められても、反応に困るのだが……
「アレクサンドロシアさま。それは奥さん全員で服装を統一する方がいいの?」
「まあサルワタ貴族を印象付けるのならその方がいいだろう」
けもみみ奥さんの質問にアレクサンドロシアちゃんが応えつつ、俺の方を向き直る。
「お兄ちゃん。こういう場合は武辺の貴族として振舞うか、由緒ある王国貴族の一員として振舞うか、相手にどう見えるかとうものがあるぞ」
「あまり武闘派貴族と振舞うと、中央に腕力だけの田舎貴族と侮られる可能性がございますのよ」
「シューターさんは学もあるし強いからむつかしいよね」
「かと言って高貴な身の上を気取っても、血筋確かな家柄はせいぜいマリアツンデレジア卿ぐらいのもの。わらわとしても、どう振舞うか迷うところがあるのだ」
「アレクサンドロシアさんは、それでも辺境の由緒あるジュメェの一族ではありませんの?」
「いやしかし、王都でその氏名を知る者など皆無であったぞ……」
アレクサンドロシアちゃんとツンデレのマリアが議論しているのは、どういうおめかしで歓迎委員会を執り行うかという事だ。
俺からすればドレス姿に甲冑でいいのではないかと思うが、女性にとってはそこも重要らしい。
すでに決まっている意見があって、そちらを肯定してもらいたいならともかく。この様子では本人たちも決めかねているという感じだった。
「わたしは全裸がいいと思うわ! 裸一貫から辺境に並ぶ者無き武勇でのし上がった旦那さまの事ですもの、全裸卿の名に恥じない正装は、全裸に限りわねっ」
何を言い出すんだラメエお嬢さまは?!
毛の生えた少女は得心顔で身を乗り出して、甲冑をきしませながら提案する。
するとニシカさんはこのやり取りを見ていてさぞ面白かったのだろう、ニヤニヤ顔をして酒の肴にしていやがった。
「そんな事は許されませんよラメエ奥さま。妻のひとりがその様に振舞うのであれば、他の妻たる自分たちも同じ様に全裸でなければならなくなります。それに、さすがに季節は冬の真っ盛りですから、遠路スルーヌまで全裸でお迎えに向かうマリアツンデレジアさまが凍死してしまう事になりますから」
血相を変えておかしな事を口走ったラメエお嬢さまを窘めたのは男装の麗人だった。
全裸を貴ぶ一族の妻であったとしても、それは別館の中だけに致しましょう。などと言葉を重ねて説得する。
「いっ言われてみればそうね。じゃ、じゃあ旦那さまだけ全裸でいてもらいましょう」
「全裸なんて以ての外だよ?!」
とうとう我慢しきれなくなったのか、ニシカさんはゲラゲラと吹き出し笑いをしはじめた。
それを無視して俺は言葉を続ける事にする。
「マリアちゃんは王都中央における式典とかで身に着ける様な服は持っているかい」
「確か嫁入り道具の中にありますのよ、使う事は無いとたかをくくっておりましたし、ちょっとサイズが……それを身に着けて?」
「そうしてくれ。どうせうちは奥さんが一杯いるわけだし、出自も様々だ。みんなそれぞれの立場に見合った格好を身に着けてもらう事にすればいい」
「わかりましたのよ。それでは急いで支度を整えてまいります。爺、爺はおりませんの?!」
「「はいこちらに!!」」
リビングルームの右と左の端にいた別々の老人が、ほぼ同時に反応した。
ひとりはマリアツンデレジアに王都から下向して仕え続けている家令の爺さんで、もうひとりはラメエお嬢さまの育ての親である老騎士ジイである。
ややこしい事この上ないが、ふたりとも通称がじいなので、どうしようもないのだ。
「じいは下がっていなさいよねっ」
「失礼しましたラメエお嬢さま」
「わたしはこれで失礼いたしますの。じい、わたしの部屋で埃を被っている行李の中から、殿上の際に身に着ける衣装を用意なさいましな。確かあったはずですわっ」
マリアちゃんは立ち上がって「ごめんあそばせ」と微笑を向けると、お腹周りを気にしながらペタペタと触れつつリビングルームを退出していった。
家令の爺さんも深々と頭を下げて、出ていく。
「ふと思ったんだけどさ」
「何かしら全裸卿?」
「あのひとたちは男だけど、何で別館に入る事が許されるんだ?」
この別館には何人も許可なく男が立ち入る事を家族のルールで禁止されていたはずだ。
芸術家のヘイヘイジョングノーさんが別館のテラスにいた事もあったが、ゴブリン三兄弟のッジャジャマくんは不法侵入の疑いで酷い目にあわされていたからね。
そこのところについて、本日の警備責任者らしいラメエお嬢さまに質問したところ、
「ンなもん簡単だろうがよ」
「ニシカさんはご存じなのですか?」
「おうよ考えるまでもねぇ。じじいどもはもう枯れて久しいから、出入り自由の扱いを受けてるんじゃねえのか?」
「違うわよっ!」
その発言は、いつものニシカさんの適当な嘘っぱちだったらしい。
◆
男子禁制のグラード別館に、どうして男が出入りできるのか。
聞けばきっちりと別館の渡し廊下前で、彼らは許可を取って入っているという事だ。
ややこしいふたりのじいさんたちの場合、老騎士ジイは任務中のラメエお嬢さまの付き添いとして基本的に一緒に行動しているので、これは別行動をしなければ問題なし。
マリアちゃんが連れてきた家令は、彼女自身が呼び出したというわけである。
「ちなみにマリアちゃんの家令のお爺さんの正式な名前を知っているひとは、誰かいないかな?」
「さあな。わらわは老人を側に仕えさせる趣味が無いので、興味の範疇外だった。くっくっく、はべらせるなら爺さんよりは若くてたくましいお兄ちゃんパパがよい」
他の奥さんがいる前で上目遣いを向けてくる残念なアレクサンドロシアちゃんだ。
そうして俺が油断したところで領主奥さんはニシカさんと体を寄せて、何かヒソヒソ話をはじめた。
ついでにラメエお嬢さまも手招きしたものだから、何か秘密のお話があるらしい。
気になって俺も耳に意識を集中させようとしたところで、何故か男装の麗人が話しかけてくる。
そして何故か反対側から、これまで黙っていたエルパコもやって来る。
「ご主人さま、エルパコ奥さま。歓迎使節を送り出す一方で、領内一円に触れを出さねばならないでしょう」
「どういう事だ?」
「過去に王族が地方などへお成りなさった際は、王族をお迎えするにあたって領民たち総出で迎え入れたと言います」
「江戸時代にあった大名行列のお作法みたいなものだろうか」
「?」
行列の妨げをする者は斬捨御免、つまり飛脚や産婆の様な緊急の人間でもない限り、大名の行列の前には下馬して土下座をしながら迎える必要があると。
俺がその事を説明したところ、
「いえ、女神様の住まわれる土地ほど厳しいものではありませんが、臣民は王族をむやみに直視してはならないというしきたりがございます」
「なるほどね。貴いお方という事だね」
「無学の臣民が何を言い出すかもわからないので。行列が過ぎるまでは無言という事にもなっております」
「ふむ。じゃあそれぞれの村に早馬を飛ばして、領民のみなさんを纏めてもらう様に、手配してくれるか」
「ぼくがサルワタまで行ってくるから、ベローチュがクワズまでお願いできるかな。先々で歓迎使節と合流して、そのままアレクサンドロシアグラードに入城すればいいと思うよ」
「それはよろしゅうございます。一隊を率いて、街道整備をしっかりとしておきましょう」
もう大丈夫かな?
なんてエルパコが小声で呟いたのが聞こえたかと思うと。
明らかにけもみみ奥さんと男装の麗人が目配せをし合ったのが見えたのだ。
「臣籍降嫁ともなれば、これはハーレム大家族はじまって以来の結婚だからな。庇護を求めてきた以上は、何としてもお兄ちゃんとガーターを言いくるめて懇ろにするのだ」
「ガーター何とかは、野郎がちょうど好きそうな年増の人妻だろう。夜ふたりきりにしたらすぐに食いつくぜ」
「もう一度確認だ、ガンギマリーどのは腹案があると申していたのだな?」
「ああ、目配せで任せていろって顔をしてたぜ。間違いねぇ」
「聖女さまにお任せしていたら問題ないわねっ!」
コホン……
俺が咳ばらいをひとつすると、密談をしていた奥さんたちはニッコリ作り笑いを浮かべてこちらを見た。
何を秘密の話し合いをしていたのかな。ん?
「さ、さてわらわはブリトニーにお乳をやらねばならん。やはり乳母に任せておる様では、母親失格だからの。あっはっは」
「シューターよかったじゃねえか、みんなで新しい嫁さんが逃げない様にしてやるからよ!」
「ニシカ義姉さま、それ以上いけないわっ」
何事も無かった様に解散した密会奥さんたちは、逃げる様にしてリビングルームを後にした。
そうして入れ違いに身支度を整えたカサンドラが、不思議そうな顔をで入室してくる。
一緒に顔を出したタンヌダルクちゃんは、ニコニコ顔で寝起きのようじょの手を握っていた。
「あのう、いったい何が起きたのでしょうか? 王都にいるはずの王様のお妃さまが、サルワタ領内へお越しとの事でしたけれども……」
「簡単な事ですよう義姉さん。旦那さまのご威光があまねく蛮族の領地に伝わったので、助けを求めて正妃さまがやって来たという事ですね!」
「ガーターベルトフォンギースラー正妃さまは、領内に入ってしまわれていたのですねどれぇ?」
ちょっと待ってくれ、一度に色々言われると混乱する。
何が起きているのか俺にもわかる様にまず整理して、ひとつひとつ話し合おう!




