47 ぼくたち幸せになります
やあみんな、新婚ホヤホヤで単身赴任するハメになった吉田修太だよ。
三二歳、新婚一か月とちょっと。
久々に嫁の顔を見るというので、俺の心は年甲斐も無く高鳴りを覚えていた。
ぽっ。
屋敷の奥にある厨房で、女たちの声が聞こえる。
恋愛結婚でも見合いをしたわけでもなく、村長の命令によってなされた結婚だ。
仮にそうだったとしても俺自身はカサンドラを奥さんとしてしっかり心の中で迎え入れていた。
しばらく離れ離れになっていたのもあって、余計に奥さんが恋しかったもんね。
カサンドラはどうかな?
俺が留守にしている間、苦労をかけただろうな。
何か問題事は無かったかな?
俺の顔を見て、久しぶりに会えたことを嬉しそうな顔をして喜んでくれるかな?
村を旅立つ最後の時の顔を想像すれば、手を振ってくれたのを思い出す。
懐かしさと、拒絶した時の怖さ。
それから愛おしさの様なものがない交ぜになって俺はきっと気持ち悪い顔をしていただろう。
女たちのいる厨房へ、覚悟を決めて首を突っ込んだ。
「すいません。うちの妻がこちらにいると聞いてきたんですがね?」
「あ、シューターさん」
厨房に飛び込んだ矢先、俺とカサンドラは視線を交差させてしまった。
栗色の長い髪に白い肌で、相変わらず質素な貫頭衣を着た格好で、手に寸胴鍋を持っていた。
するとカサンドラはとても嫌そうな顔をして俺から視線を外してしまった。
あれ、やっぱり妻は俺と久々に逢うのが心底嫌だったのだろうか。
違うぞ待て。
嫌そうな顔はともかくとして、カサンドラの白い顔がちょっぴり朱色に染まっているのを俺は目撃した。
「何だいこら、何をボサっと立ってサボっているんだい。今日は新しい村人たちが街から腹を空かせてやって来たんだから、突っ立ってる時間なんてありはしないんだよ!」
棒切れを持った神取しのぶみたいなおばさんが、俺のかわいい嫁を折檻しようとする。
ジンターネンさんである。
「すいません、すいません。俺が余計な事をしたせいで、ホントすいません」
「何だいあんたは。へそピアス? 奴隷が偉そうに口答えをするなんていい度胸じゃないのさ!」
慌てて俺がカサンドラとジンターネンさんの間に飛び込んだところ、容赦なくジンターネンさんが俺の腕をしたたかに殴りつけた。
筋肉の発達している場所をわざと叩いて、抵抗力を奪う叩き方だった。俺は空手経験者だからわかる。
「痛い、わりと痛い。やめて」
「うるさいよ! 村の人間に楯突く奴隷なんてのは、見せしめが必要なんだ。どうせ移民団から逃げ出してきたんだろう」
「シューターさん! ジンターネンさんやめてください、このひとはわたしの夫です!」
すっかり俺の事を忘れていたのだろう、ジンターネンさんはへそピアスだけで俺を判断して棒切れで折檻するものだから、カサンドラが慌てて俺の事を止めに入ってくれた。
今度は俺と妻の立場があべこべである。
そこに騒ぎを耳にしたギムルがぬっと姿を現した。
後ろには俺たちが街で雇った冒険者の半裸男ダイソンと、おっぱいがついたイケメンのエレクトラを連れていた。
早く助けてくれ!
「何をやっているのだお前たちは」
「ギムルさん助けてください、ジンターネンさんが酷いんです」
「ばあさんが酷いのは昔からだ。我慢しろ」
にべもない事を言ってギムルがジンターネンさんを俺から引き剥がすと、騒ぎを鎮めて次々と命令を飛ばしはじめるではないか。
「手の空いている者は出来上がった鍋を外に運び出せ。村に来た街の連中は全部で五〇人弱だ。エレクトラたちも食器を運び出すのを手伝ってやれ。それからカサンドラはもうこれで上がっていい」
「あの、ギムルさま」
ギムルさんが不満そうなジンターネンを無言の圧力で押さえつけながら、言葉を続けた。
「シューターと家に帰っていいぞ。それから食事も特別にここから持って帰れ」
「……あの、いいんですか?」
「そういう嬉しそうな顔は俺に見せるな、この男に見せてやれ」
「あの、ありがとうございます。ありがとうございますっ」
妙に親しげにギムルと妻が顔を見合わせて会話をしていた。
最後にはどこかでよく耳にするやら口にするやらな言葉まで飛びだした。
「というわけだシューター。暑苦しい顔はしばらく見たくないので、今日一日は家から出てくるなよ。明日にまたここへ来い」
珍しく白い歯を見せたギムルは、おもいきり俺の背中をバシリと叩きやがった。
ジンターネンさんから俺を救い出したのがよほどご機嫌だったのだろうか。
しかし俺たちが蒸かした芋をもらって屋敷を出ていくところ、我慢していたジンターネンさんの激怒する声が耳に飛び込んできたのである。
「誰がばあさんだって? 誰に物を言ったのか、教育してやるよ!」
ばあさんは昔からああだったのかな? ギムル諦めろ。
◆
「これは街で人気があるという柄の布地で、こっちは紫、こっちは赤の布だ。カサンドラはいつも質素な服を着ているから、たまにはこういう服をきるのもいいと思ったんだよね」
「……はい」
持ち帰った荷物を狭い自分用のシングルベッドに広げながら、俺は得意満面の笑みで説明する。
「それからこれはな。街で俺が仕事をしている時に、お世話になったご主人さまからいただいた、ありがたい魔法のランタンだ。ちょっと痛いが、ランタンに自分の血を入れてセットすると、魔力を吸い上げて油が無くても燃え続ける優れものなんだよね」
「…………はい」
どれもカサンドラのために購入したものだが、一部は俺のために服を作ってくれたりしたら嬉しいかな。
「どういうわけか壊れてしまって、俺以外の血を入れても反応しなくなったみたいなので、もらってきたんだよ。これでもう、俺がいる限り俺たちは油がなくても夜は明るく過ごせるよ。明るい夜の家族計画、なんちゃって……」
「…………えっと」
「あと君にはこれをあげよう。ベニバナの色素で作った口紅だよ、商人が言うには肌の白い女性にはこの色が似あうというので買って来たんだ」
「…………シューターさん!」
カサンドラは、いつもはどちらかと言うと控えめ。
いや、あまり俺と口を利くのも嫌そうな顔をしていたように、村を出発する前の記憶には残っていたはずだ。
さほど新婚生活に時間を費やしていなかったけれど、それは覚えている。
それが今はとても嫌そうな顔をして、少し膨れた顔で俺を睨み付けていた。
「はい、シューターさんです」
「わっわたし、まだシューターさんにおかえりなさいをしていません……」
ああ、今わかったわ。
俺ずっと勘違いしていたわ。
カサンドラのとても嫌そうな顔を、俺はまじまじと覗き込む。
するととても嫌そうだけど、その嫌そうには様々な表情が見え隠れしていたのである。
今はどんな理由でとても嫌そうなのかな?
いや考えるだけ野暮な話だ。
だから俺はカサンドラの方に向き直ると、そっと彼女の両肩を腕で抱き寄せて口を開いた。
「ただいま、俺の奥さん」
「はい。おかえりなさい、シューターさん」
その後、俺の息子が爆発した。
リア充だからしょうがないよね!




