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異世界に転生したら全裸にされた  作者: 狐谷まどか
第11章 明るい宮廷工作
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閑話 宮廷に吹きすさぶ風は絶えずして 3


 はじめタークスワッキンガー将軍を奴隷身分に偽装させるのは、ブルカの街を出るまでの事と俺たちは考えていた。

 しかし結果論から言えば将軍は今もってへそピアスを継続中であり、王都の検問を潜り抜ける時も俺たち全員が奴隷商人の一団という体裁を取っていた。


 ひとつはビビアンヌが、カラメルネーゼ商会発行の通商手形を持っていた事。

 将軍のへそピアスそのものは、奴隷商立ち合いであればどこでも破棄は可能なのだから急ぐ必要はないと考えて、むしろ偽装が可能なら好都合だったからだ。

 どこに敵対勢力の耳目が存在するのかもわからないのだから当然だ。


 もうひとつは頼るべき朋友となりえる伝手に、こうまでしなければ王都に将軍が帰還することが難しかったのだと訴えるための手段、といったところだろうか。

 ブルカ伯の娘であり国王の妃のひとりテールオン妃が懐妊してしまった現在は、誰が味方で誰が敵なのかもわからない。


 とにかく王都中央とテールオン妃の懐妊とが、もともとツジンの奸計によって連動していたのではないかと考えれば、不用意な事はするべきではないという俺たちの共通認識だったのだ。


「しかし王都は美しい街並みだけれど、活気という点では港街キルンや辺境のブルカと比べて劣っている様な気がするのは気のせいですかねナメルの旦那」

「国王のおわす御座所であるならば、やはり警備というのが厳重で風紀の乱れは取締りの対象なのだろう」

「そう考えると、何だか居心地があまりいい場所だとは、あたしは思えないんだよねえ旦那」


 冒険者のホルゴとクナイは、番兵たちの検問所を潜り抜けてしばらく大通りを歩いたところでそんな個人的な見解を口にしていた。

 見回せば、確かにこれまでに見た街のどれとも違う、整然と計画的に整備された街並みが広がっていて、さすがオルヴィアンヌ王国の首都とはこれほどのものかと感嘆するものがあった。

 往来もやはり多くてひとびとは普通の街よりも広く規格化された大路を通行している。

 

「馬車の数もブルカやキルンどころじゃないよナメルさん。あたしはこの街でこれから馴染めるのかちょっと怖い感じがするのさ」


 田舎から出てきた女の様な言葉を口にしながら、ビビアンヌは右に左にと首を振って驚いていた。

 ブルカは確かに辺境随一の大都会と言える場所で、リンドルやオッペンハーゲンに比べてもその賑わいは頭一つ突き抜けているものがあるだろう。

 本土から輸送されてくる貴重品の多くがブルカに集められ、そこから各領地へと運ばれていく。

 逆に周辺領地から集まった特産品もまた、ブルカから王国本土に向けて陸路や水路によって運ばれていくのだ。


「言わばこのオルヴィアンヌの都はブルカの上位互換というわけだからな。当然その規模は倍するものがあるし、将軍に聞いたところによれば一〇万都を号しているそうではないか」

「一〇万都! この街ひとつに一〇〇〇〇〇もの人間が暮らしをしているのかい? それじゃあ、あたしぐらいひとり増えたところで、何もおかしくはないよね。きっとあたしみたいに田舎から出てきた女だっていっぱいいるに違いないんだ」


 ぐるりと周囲を見回しながらビビアンヌはそんな言葉を口にした。

 王都とブルカに何かの違いがあれば王都ゆえの規律の厳しさと、後はひとつ。

 広く区画された通りのせいで、賑わいが見た目以上に下方修正されて体感してしまう事だろう。

 ブルカは時間の経過とともに増殖する様に街を外側に発展させてきた都市であるから、市壁の外側にまで集落や市街が広がっている。


 国家百年の計画に従って造成されたこの都は、そういう意味では全てが整然としているのも当然なのだろう。

 よく言えば美しい街並み、悪く言えばどこか堅苦しい雰囲気が漂っているわけだ。

 優美な石造りの建物はどれも手入れが行き届いていて、王国全土の有力諸侯たちがこぞってこの市中に王都における拠点たる邸宅を構えているのだからな。


「王都十万の臣民とは言っているが、その実際はそこまで人口がいるわけではない」


 振り返れば俺たちの後に付いてくる将軍が、奴隷にしては正々堂々とした立ち居振る舞いで俺たちにそんな事を言った。


「どういう事だいナメルさん?

「つまりは美称というわけか。実際には十万弱といったところで、地方から出入りする諸侯の領軍などが移動する事もあるので、キリのいい語呂でそう呼んでいるといったところだろうな。違うか将軍」

「ナメルどのの言うとおりだ。付いてこい、ひとまず宿となるアテがあるので、そこに向かおう」


 将軍はニコリともせず生真面目な顔のまま俺たちにそう言うと、場所を入れ替わって先導すると宣言した。


 俺たちのやって来た場所は、王都外周を守る城壁からさほど離れていない市街地の一角だった。

 密集した民家があるのではなく、あちらこちらには家庭菜園の様なものも散見されて、この辺りは市民階層の住まう場所らしい。

 それがどう将軍と関係がつながるのかと疑問に思っていたが、近くに王国軍の駐屯地が見えるに至って納得した。


「この先に元貴族軍人をしている知人の屋敷がある。いや屋敷と言っても、貴族の邸宅を想像してもらっては困るがな。今は引退して後継指名を済ませ、ここで隠遁している人間だ」


 将軍は王都勤務い時代の知古を頼る事にしたらしい。

 元貴族軍人だという事を考えれば、かつての上司か年の離れた同僚だったのだろうか。

 貴族である事は間違いない様だがこの様な市民階層の生活区に住まっている事を考えると、さほど気取った性格でも無いのかも知れない。


「どうしようナメルさん。あたしはお貴族さまのお作法なんて知りはしないのだけど」

「馬鹿野郎。俺も元をただせば由緒正しい熊獣人の貴族だし、ワッキンガー将軍も同様だ。お前は普通に俺たちに接している、今さらつまらない事でつべこべ気をもむんじゃない」

「そうだよビビアンヌさん。旦那が言う通り、世の中お貴族さまにもいろんなひとがいるからさ。全裸の旦那なんて、奥さんだけじゃなくて使用人にも腰が低いんだからさ。あはは」


 緊張の面持ちをしたビビアンヌを窘めたところ、クナイは笑って同調してくれた。

 あの全裸野郎は確かに見た目は腰の低すぎる、慇懃無礼な男だった。

 慇懃だが無礼なのは、あの男が内心で別の事を考えているのがわかるからだ。

 腰の低そうな態度で相手の油断を誘って、それでいながら武器を取れば厄介な人間だ。


「貴族にもいろいろいるというのはその通りだな。公明正大に考えて、彼女には正々堂々とした態度をしていればそれでいいだろう」


 彼女? これから尋ねるのは女性の元貴族さまなのか。

 将軍が思わず漏らした言葉に少し驚いたところで、この男は一軒の邸宅前で足を止めると、勝手知ったる風に庭の門を潜ったのである。

 将軍は貴族の屋敷を想像するなとは言ったが、十分に立派な佇まいの大邸宅だ。

 違和感があるのは庭に家庭菜園が広がっている事だろうか。


「す、すげえさすが宮廷貴族のお屋敷だぜ」

「ホントだよ……」

「俺が住んでいたゴルゴライの領主館より、遥かに豪華な屋敷だ」

「な、ナメルさん。あたしまた緊張してきちゃったんだけどっ」


     ◆


「……忘れかけていた男の顔を、久しぶりに見たと思えば。きみは何という格好だ」


 迎えられた屋敷の居間にいたのは、妙齢の女性だった。

 小柄で華奢で、凡そ元は貴族軍人だった人間には見えない人物。

 目を大きく見開いて、へそピアスで奴隷姿の将軍をまじまじと観察しているのも当然だろう。


「詳細はこれから話すが、まずは彼らを紹介したい。辺境のゴルゴライ準女爵アレクサンドロシア卿の配下の者たちだ。ホルゴどの、クナイどの、それからナメルどのとビビアンヌどのだ」

「アレクサンドロシア? ゴルゴライ領はハメルシュタイナー卿が領地経営をしていた場所だと思ったが、はていつ頃代替わりしたというのだね。しかもアレクサンドロシア卿と言えば、あのアレクサンドロシア卿か」


 ワッキンガー将軍によれば家督を後継に譲って隠居生活をしているという話だったが、跡目を譲る子供がいる年齢にも思えない。家族や母親をやっている様な雰囲気をこの屋敷から感じられなかったのだ。

 この居間だって書物や巻物に溢れかえっていて、整理整頓とは程遠い有様だ。


「全裸の旦那が好きそうな女性だ」

「そうだね、人妻好きの全裸の旦那なら間違いなく口説いているだろうね」

「ナメルさん、全裸のお貴族さまというのはそういうお方なのかい?」

「知らん、俺に聞くなっ」


 確かに俺が知っている限り、あの全裸が嫁に囲っている人間は大年増ばかりだ。

 売女騎士は三度目の結婚をした様な売れ残りで、リンドル御台もカラメルネーゼ商会の会頭もそうだ。

 しかし今はそんなことなどどうでもよく、将軍と女のやり取りの方が重要だ。


「ジュメェの氏族たるアレクサンドロシア卿で間違いない。貴公は何も聞いていないのか」

「わたしを誰だと思っている。現役を引退して家督を返上した女だぞ。宮廷と関わりも無くなって久しいのだ。そういう事は後継者の弟どもに相談してくれないか」


 テーブルの上に広げられていた書物を拾い上げながら、眼の前の女主人はそんな事を言った。

 大きなため息ひとつを溢すと、ワッキンガー卿は苦り切った顔で俺たちに向き直ってこう言葉を続ける。


「俺の元同僚で、貴族軍人時代は各部隊で軍監を務めていた騎士爵のアンナルビーズ卿だ。彼女ならば知恵を頼るに間違いのない人物だ。また口も堅い」

「どうも諸君。ご紹介に預かった、ワッキンガーくんの元婚約者のアンナだよ」

「「「?!」」」


 元婚約者?!

 まさかの発言に俺たちは顔を見合わせて眼を白黒させたが、一番嫌そうな顔をしているのはワッキンガー卿だった。

 彼はあえてそれを避けた発言をしたが、女はあえてそれに言及した。

 ワッキンガー卿が口が堅い女だと言った側からこれなので、先が思いやられる。


「婚約者だったと言っても親同士が決めた事で別にこの男と何かがあったわけじゃないから男性諸君も安心してくれ。ちなみに現在恋人募集中だ」

「その話はよしてくれ。俺は真剣に将来を考えたが、貴公はまるで相手にしなかったのだ」

「公明正大が大好きなきみのために、正々堂々お断りだと言ったじゃないか。きみは糞真面目とことんつまらない男だからな。そういうのは王国軍務めの時代にもう飽きたのさ」

「……!」


「で、今さらこのアンナに何をさせようって言うのだね?」


 小柄な女アンナルビーズは、ずんと俺たちの前に身を乗り出してそう問うた。

 それに対してタークスワッキンガー将軍は、


「ブルカ辺境伯ミゲルシャール卿が、ブルカ駐屯の王国兵団を攻め滅ぼした。ガーターベルトフォンギースラー正妃が王宮を出奔した今、宮廷政治はブルカ伯の娘テールオン妃を中心にまとまりつつある。王政の正道を取り戻すために、貴公の知恵をぜひとも聞かせてもらいたいっ」


 立ち上がり居住まいを改めると、貴人に対する礼を取りながらそう言ったのである。


「いいけど条件があるね」

「な、何だ。むかしの好だから可能な範囲で条件に沿う様、努めよう」

「行き遅れのこのアンナに素敵な紳士を紹介してくれないか。そろそろ畑を耕して書物を読みふける生活には飽きてきたところだったんだよ」

「俺はどうだ?」

「駄目だねえ。朴念仁はお引き取りを願おうか、それともいいアテはないのかい? 好奇心をくすぐられるよな紳士は」

「噂に聞いた女神様の守護聖人という男がいるが、どうか」

「いいねえ守護聖人。聖使徒さまとお近づきになれるなら、またとない機会だ」


 そんな苦い顔をした将軍を見れば、まだこの女に未練がある事は間違いない。

 ついでに俺に身を寄せた将軍はこうも呟いた。


「全裸卿はハーレム大家族を号して年増女を好んでいるそうだが、公明正大に言って見合いの相手に推薦して大丈夫だろうか」

「お、俺に聞くな。本人に直接頼めっ」

「むむっ、公明正大に言ってそれしかないか……」


 そんな俺たちのやり取りを面白そうに見つめているアンナルビーズは、白い歯を見せて笑った。


「その全裸卿という守護聖人がアンナのお見合い相手なんだね。いいねえ、楽しみだ」


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