44 フリーター家に帰る 4
「騎士修道会よ! 武器を捨てて大人しくしろ!!」
風を切って颯爽と姿を現した雁木マリが、路地裏に踏み入った瞬間にそう宣言をした。
俺たちはちょうど、奴隷商会に雇われたチンピラ冒険者たちを相手に暴れていた直後である。
すぐにも両手を上げて無抵抗の意志を示した俺だった。
けれどニシカさんの方は呑気なもので、緩慢な動きで冒険者どもを峰で打ち据えていたマシェットを止めただけだった。
「遅かったじゃねえか、待ちくたびれてボコボコにしてやったぜ」
「礼拝所に詰めていた修道騎士だけでなく、衛士も応援に呼んだから遅くなったのよ」
雁木マリは、同僚らしい修道騎士数名だけでなく、白いマントを着た兵士たちも伴っていた様だ。
白いマントは確か、ブルカの城門を守護する番兵も着用していたもので、きっとブルカ辺境伯の領兵なんだろうな。
「ヌプチャカーン奴隷商会は騎士修道会とブルカ辺境伯の連名により、一斉取り締まりの対象となったわ。お前たちはこれより連行される。抵抗すればその場で斬り捨てるので覚悟なさい!」
メガネを太陽光にキラリと輝かせながら、全裸の傭兵たちをお縄にかける雁木マリは、なかなか凛々しくカッコイイ。
問題は拘束ワイヤーをかける際に「粗チンね」とか余計な事を言わなければいいのにな。
「シューターも安心したんじゃない? この世界の男はそろって包茎で」
「うるさいよ、そんな事はどうでもいいから、さっさとこいつらを連れて行ってくれ」
「それは同僚に任せておけばいいわ。仲間が証言者のッヨイと一緒に商館の方にも向かっていると思うから、ルトバユスキもこれでお終いね」
「あの奴隷商人はどうなるんだ?」
「罪状を認めるまで、拷問されるんじゃないかしら。吐けばそのまま罪人として奴隷堕ちよ、因果応報ね」
ニヤリとしてみせた雁木マリが、俺にそんな事を言った。
この世界は優しくない。
弁護士を雇う権利も無ければ、取り調べ中の拷問も合法らしい。
冤罪であれば恐ろしい事このうえないけれども、奴にはいい薬だった。
まあ嫌な奴だったので、自分のしてきた事を自分で体験して悔いるがいいさ。
こうして俺の意趣返しは終了した。
◆
奴隷の主従契約が無事にようじょからニシカさんに移り、俺たちが村に帰るための準備が本格的にはじまった。
帰郷するといっても、ただ帰るという訳にはいかない。
サルワタの森の開拓村では、ワイバーンとの戦いによって亡くなった猟師の補充を求めていたし、同時に村の開拓を推し進めるための開拓移民を募っている最中だ。
冒険者ギルドと村長の義息子ギムルとの間でも、冒険者ギルドの出張所を村に作るという事で、常駐する冒険者を村で抱える事が話し合われてた。
そもそもギムルからは、俺たちが最初に立ち寄った冒険者ギルド、宿場前出張所で渡す様にと紹介状を受け取ったままで、色々とあったせいでそれもまだ宿場前出張所には提出できていない。
俺たちは喜びの唄亭に俺の荷物とバジリスクのあかちゃんを届けた後に、ギルドに向かいながら雑談をしていていた。
「村出身者のコミュニティがあるという話でしたが、結局それらの方とはお会いしていませんでしたね」
「どうせ村出身者が街にいるといっても、どうせゴブリンどもだろうぜ。あいつら猿人間は異常に都会への憧れを持ってる連中がいるからな」
「そうなんですか?」
「そりゃあそうだろう。村や周辺集落にいれば、どうしても労働力としてこき使われるからな。優れたゴブリンは出世欲に駆られて街に出ようと考えるもんだ」
そういえばッワクワクゴロさんも、そんな話をしていた気がする。
ッワクワクゴロさんほどのベテラン猟師になれば、きっと街の冒険者になった方が生計を立てやすいんじゃないかなんて思うが、どうだろうか。
彼自身はあまり街や街に出ていくゴブリンたちにいい感情を持っていなかった気がするが、何故だろうか。
同じ様にニシカさんも、その言葉にいくらか軽蔑がこもっていた気がする。
「ニシカさんは、このまま街に残ろうなんて思わないんですか?」
「何でだよ。街にいたってしょうがないだろ」
「ほら、だって街には美味しい酒の飲める店がいくらでもあるじゃないですか」
「確かにいい酒はいくらでもあるからな。ビールにブランデー、どれも最高だ。焼酎やぶどう酒は不味くていけねぇ。だがな、」
言葉を区切ったニシカさんが、その豊満な胸を張ってから続けた。
「街には張り合いがないね。オレは猟師で、猟師は獲物を狩るものだ。オレの獲物は酒じゃなく、ワイバーンだからな。まあ生活のためには鹿でも熊でも仕留めてみせるが」
「ちょっとニシカさんが鱗裂きっぽい事を言った」
「オレに惚れると怪我するぜ? 何しろワイバーン狩りに付き合わされるからな」
あっはっはと胸を揺らしてニシカさんが笑う。
「するとあれですかね。ニシカさんの奴隷になった俺は、惚れなくてもワイバーン狩りに今後も付き合わされそうですね」
「ばっかお前は嫁がいるだろう。いやしかし、この場合はどうなるんだろうな? オレがお前を養う義務が国法によって定められているわけだが」
「ありがとうございます、ありがとうございます。妻ともども末永く養ってください」
「ふん、村に戻ったらッワクワクゴロに相談するか」
そんな会話をしながら冒険者ギルドに到着した。
さて。ニシカさんはギルドの受付前に来ると、以前にも面識があったのだろうかとある受付嬢に手を上げて挨拶をしていた。
向こうもニシカさんを見止めると、おやっという表情をして首を垂れる。
迷う事無く受付女性に近づいていく。
「おう、久しぶりだな。最近は隣の出張所で世話になっていたので、こっちのギルドに来たのは何日ぶりだ?」
「心配していたんですよニシカさん。全裸の戦士さんは合流出来ましたか?」
「ああそうだ。見ての通りコイツとは合流で来たぜ」
「……?」
ニヤリとしたニシカさんに、受付嬢は不思議そうな顔をする。
「何だよ、コイツの事をお前はしっていただろう?」
「ああ! 思い出しました、このひとは確かにギムルさまと一緒に来られていました。お肌の露出が少なかったのでわかりませんでした!」
カウンターから身を乗り出して、受付嬢が俺を足のつま先から頭のてっぺんまで観察した。
今の俺はポンチョを被りズボンも履いている。
あの時の俺はチョッキに腰巻きだったけどさ……
とても悲しくなった俺はケツに食い込んだズボンをずらして息子を楽にしてやった。
「どうも、ご無沙汰しています」
「ししし失礼しました。ご無事だった様で何より? あれ、おへそにピアスが……」
「そうなんですよ。いろいろあってニシカさんの奴隷になっちゃったんですよね。あ、ピアス引っ張らないでください……」
「あっ失礼しました、そういえば今日はどういったご用件で?」
へそピアスを引っ張った受付嬢が、気恥ずかしげに手を引っ込めて俺たちの顔を見比べた。
「これをちょっと見てくれ。オレには何と書いてあるかわからないが、サルワタの森の開拓村出身者がこの街にいるというので、ギルドで話を繋いでくれという内容をギムルが言っていたんだ」
「どれどれ、拝見しますね」
ニシカさんが差し出したギムルの書いた紹介状を受付嬢が受け取る。
丁寧に蝋印をした羊皮紙を広げて彼女は顔を近づけた。
「へぇなるほど。この街におふたりの村の村長さんの親戚が、高級住宅街の方にお住まいなのだそうですね。その方も冒険者だという事で、何かあればそのひとを頼る様にと書かれています」
「ほう、そいつも冒険者なのか」
「その他にも職人街の方にご出身地の出稼ぎに出て来られた方々の長屋があるのだとか。どちらもゴブリンですね」
なるほど、ニシカさんの想像した通りサルワタ開拓村のゴブリンコミュニティだった様だ。
「そのゴブリンの冒険者というのは何というんだ。オレたちも高級住宅街にちょっとしたツテがあってな、知り合いの冒険者なら知っている可能性がある」
「ちょっとお待ちくださいね。ええと、読みにくい名前ね……」
俺がようじょの事を連想しながら受付嬢に言うと、彼女が羊皮紙と睨めっこをしはじめた。
「よ、ッヨイハディ=ジュメェさんという方です」
「えっ? ッヨイさま?」
「ようじょの事かよ?」
俺とニシカさんは受付嬢の言葉に異口同音の反応をしてしまった。
「あ、あれ? おふたりのお知り合いだったのですか?
「ああ、コイツの前のご主人さまだったんだ」
「そうなんですよ。ご主人さまだったんです」
俺とニシカさんはまた受付嬢に異口同音に返事をした。
ご主人さまという言葉に反応して、受付嬢が俺のへそピアスをまたチラ見してて来た。
こらこら、俺のセクシーヘソピアス見るんじゃないよ。恥ずかしいじゃねえか。
「そ、それは失礼しました。読みにくい名前だなんて言ったのは、ご主人さまにはナイショでお願いしますね」
「もちろん忘れますよ」
「それと、この手紙には続きが書かれています。村に開拓団を送り出す準備が整ったら、手紙を届ける様にとありますねー」
「なるほどわかりました」
手紙を寄越す様にというのは、例の冒険者ギルドから伝書鳩を飛ばす様にギムルが言っていたアレだろう。
俺は受付嬢が読み終わった手紙を受け取りながらお礼をした。
「こちらのほうで開拓移民の募集は続けています。確かええと……あったあった、現段階では一〇〇人ほど募集に反応がありました。もしご指定の日があれば、みなさんを集める様にこちらで手配しますよ? ギムルさまからは冒険者を護衛に雇って、送り出す様に言われています」
「おお、一〇〇人も反応が」
「いいじゃねえか。これでオレたちも役目を果たして故郷に帰れるな」
「じゃあいつにしようか。何日後ぐらいでいいかな」
俺とニシカさんが喜び合って相談していると、
「そうですね、数日いただけばひとまず連絡を回す事が出来ます。反応があったというだけなので一〇〇人のうち全員が移民に参加されるかどうかまではわかりませんが」
「それは構わないです。猟師の方はどうですか?」
「ええと、そちらのほうは……残念ながら反応があまり芳しくありませんね。おひとりほど手を上げておられる人がいるみたいです」
猟師の募集者は思ったよりも少ない様だった。
俺はふんふん頷きながら、受付嬢に羽根ペンを借りて紹介状の裏にメモしていく。
「何だお前ぇ、字が書けるんじゃねえか」
「この土地の文字が読み書きできないんですよ。自分用にメモするぐらいなら。それより猟師の方はどうするんですか? 思ったより集まりませんでしたけど」
「開拓移民の中から適当なやつを猟師の見習いにすればいいだろうぜ。村人出身なら兎くらいなら狩った事のあるやつがいるだろう。そいつを教育すればいい」
ニシカさんが無難な落としどころを提案した。
「なるほどね、では三日後にでも集めてください。いけるかな?」
「はい。たまわりました」
「あとは冒険者だが……」
確かッヨイさまたちは、直近でしばらくやらなければいけないクエストがあると言っていたはずだ。
最終的にはようじょと雁木マリをアテにしていいのかもしれないが、直近ではどうするか考えないといけない。
「そっちは誰かいい人間が手を上げてくれていませんかね? 村への滞在はずっとお願いするというわけじゃないんですが」
「移民団の護衛に付く冒険者さんの数名が、しばらくなら村に滞在していいとおっしゃっていましたよ。それと、おふたりのご出身地にギルドの出張所を設けるという事で、当ギルドから一名現場を取り仕切る冒険者をお送りする事になります」
「おう、それは面倒が省けていいな」
何事も面倒くさがるニシカさんが、そりゃいいやと合いの手を打って俺を見た。
というわけで、俺たちは村に出来るギルド出張所の代理人と移民募集者に、三日後この場で落ち合う事になった。
◆
「しかしあれだな。村長とッヨイが親戚同士だったというのは驚きだぜ」
「確かに。でもよくよく考えてみれば村長さまも、余所から嫁いできたという様な話をッワクワクゴロさんに伺った事がありました。すると村長さまは街のご出身だったんですね」
「そうだったかな? まあ詳しい事はようじょに聞けばいいだろうぜ」
俺たちは女村長宛てに経過報告をするための手紙をしたためるべく、ようじょの邸宅に向かっていた。
ついでにようじょと女村長の関係を聞いておけばいい。
しかしそんな事は早くにわかっていたのなら、ギムルも俺に教えてくれればよかったのに。
あのツンデレめ!
「ところでニシカさん」
「ん?」
「何でゴブリンの名前はみんなッからはじまるんですかね?」
「そりゃお前、あいつらはッの部族だからだろうな」
「…………」
「おい、何だその疑いの目は。絶対間違ってない。間違ってないはずだ!」
鱗裂きのニシカさんが、適当に思いついた様な発言をした。
たぶん間違っている。




