39 タフにネゴする俺物語
雁木マリの挑発に、受付青年は笑顔を浮かべた。
「わかりました。では討伐失敗という事で、こちらにサインをお願いします。違約金はあなたの修道会が発行している銀貨で十五枚です。よろしいですか?」
「その前に、」
羊皮紙の討伐失敗を認める書類を差し出した笑顔の受付青年に、雁木マリが制止した。
よし、俺の出番である。
むかし俺は地方の消費者金融で回収のアルバイトをしていた事があった。回収というのはつまり貸した金を回収するという事だ。ちょっと法律をかじったお客さんは、だいたい笑顔でなしのつぶて、適当な小理屈を並べて返済を拒否してきたものである。そういう時にはだいたい電話での督促をした後は、正社員がスーツで名刺を持ってご挨拶をし、それでも駄目な時は俺みたいな人間の出番になるのが基本だった。何をするかって、もちろん脅すんじゃない。そんな事をしたら警察に訴えられてパアだ。
だから、相手が必ず要求をする様にタフ・ネゴシエイションするわけである。もちろん喜んで相手が支払いをする様に、こちらから落としどころの提案はしなければならない。俺はそれを考える立場ではないが、それを持って口八丁手八丁でタフでネゴな交渉をするのだ。
特に俺はブルカの街に来て直ぐ奴隷商人に酷い目にあわされていたので、今回同じ失敗をしないためにも慎重に事を運びたい。
「シューター。その子を連れてきなさい」
「わかった。ッヨイさまちょっとお借りしますね」
「わかりましたどれぇ!」
俺は雁木マリの合図に応えると、ようじょの膝の上で体を舐めていたあかちゃんバジリスクを抱き上げた。
「いい子だ。ちょっと挨拶しましょうね~」
「何ですかこのエリマキトカゲは?」
俺はカウンターの上にあかちゃんを乗せた。
「あんたもはじめて見るかい?」
「そうですね。長い事ギルドの受付を担当していますが、こんな肥えたエリマキトカゲを見るのははじめてです。おや?」
「歯も生えそろっていないだろう。こいつはこのサイズで赤ん坊だ」
猫ほどのサイズがあるあかちゃんの頭をなでなでしながら、俺はちょっと嘴を開いて見せてやった。
まだ孵化して数日のバジリスクだ。成獣の様にギザギザの歯は生えそろっていない。
ついでに喉をごろごろしてやると、あかちゃんは「キュウキュゥ」とかわいらしい猫なで声を口からもらした。
「見えるか? これが逆鱗だ」
「ほう、トカゲにも逆鱗があるんですね……」
「あんた、わかっていてしらばっくれているらしいから、はっきり言おう。これはバジリスクのあかちゃんだ」
「ほう? ご冗談ではないのですね?」
「そうだ。だろ?」
俺は雁木マリを見やってうなづきあう。続いてようじょの隣に座っていたニシカさんにも視線を送る。
ニシカさんは面白くもなさそうにフンと鼻を鳴らすと、ようじょの頭をぽんぽんとやって立ち上がった。
「で、こちらにおられる長耳のひとは、鱗裂きのニシカさんというのですがね。辺境のサルワタの森からやってこられた、ワイバーン狩りの名人なんですよ」
「おう、鱗裂きのニシカとはオレ様の事だ」
「はじめまして、黄色いエルフのお嬢さん」
俺たちは目くばせをしあう。
「このひとは猟師になって冬を迎えた数だけワイバーンを単独で仕留めた猛者でしてね、今年なんかはこの春にも一頭、余分に倒しているんですよ。ニシカさん、ほら首から下げた逆鱗を」
俺が大仰にそんな説明をすると、ニシカさんが首に吊るした飛龍の逆鱗を外してカウンターに置いてくれた。
さらにアイパッチを指で差し、
「これが飛龍殺しの証だ。ついでにこの眼はな、いつでも遠く空を飛ぶワイバーンを見据える事ができる様に、女神様へ生贄として捧げたのさ。オレは龍の事なら何でも知っている」
「というわけです、受付のお兄さん」
「はあ、それで……?」
鱗裂きのニシカがかつて赤鼻だった時、俺はニシカさんの両眼がどちらも健在だった事を知っているが、それは黙っておく。
ニシカさんは白い歯を見せて言葉を続けた。
「このあかちゃんは、龍の仲間に共通する逆鱗が、産まれたばかりになのにすでにあるな。ざっと生後五日といったところかな。間違いない、オレが保証する」
「なるほど……」
今度は俺がたたみかける。
ニシカさんは何が面白いのかニヤニヤしたままだった。
「我々がバジリスクの討伐依頼を放棄したとすれば、どうなるかわかるかわかりますかね」
「誰か別の冒険者パーティーが、バジリスク討伐の依頼を受けるでしょうね」
愛想笑いを浮かべた受付青年が、少し困惑の表情をしていた。
「残念でした違います。バジリスクは地上の暴君です。そうですね?」
「ええ」
「バジリスクは産まれたその日には歩き出すんですよ。この子がそうでした。するとですよ、子育てをするために巣を作って卵をかえした親は、餌を取りやすい場所に移動を開始するわけです」
「そうなんですか?」
ついそれが事実なのか受付青年がニシカさんを見た。
「ワイバーンは体のつくりがしっかりして飛ぶまで時間がかかるが、バジリスクは地上の生き物だから、外敵を避けるためにすぐに巣を移動する」
「な、なるほど」
俺は身を乗り出して受付青年を見やる。
全裸の俺が凄んでみせると、青年はとても嫌そうな顔をした。
「そこで確認なんだがね、受付のお兄さん」
「な、何でしょうか」
「このダンジョン討伐の依頼というのは、二頭倒さなければ成立しないんでしたっけ?」
「そそそうです。二頭しっかり倒していただかなければ、依頼達成とは認められませんねっ」
「つまり、一頭だけ倒している俺たちでは依頼完遂をしたとは言えないと」
「その通りです」
「まあじゃあ、別の冒険者をギルドが雇うのは結構でしょう。しかし、彼らは絶対に依頼を達成できませんよ」
「と、言うと?」
混乱した受付青年の顔にもはや笑顔はない。
俺が次に何を言い出すのか、明らかにビビっている。
「俺たちはダンジョン攻略のために一通りのマップを作成して状況がどうなっているかもよくわかっている。ついでにバジリスクが外に逃げ出さない様にちゃんと洞窟の一本しかない通路も破壊してふさいできました」
「ほ、ほほう」
「いったん討伐依頼失敗を俺たちは認めてもいいが、このバジリスクを討伐した部位は引っ込めさせてもらいますよ。違約金まで払わされた上に部位まで取り上げられたんじゃ、大赤字ですからね」
「そ、そんな困りますよ」
「困るって言われましてもねえ、これは俺たちの取って来た部位だ。あんたらのもんじゃないよ?」
「確かに、そうですが……」
「あんたは確かに言いましたよね。討伐成功の条件は二頭を倒す、俺ははっきり聞いた。みんなもそうだろ?」
そろってパーティーメンバーがうなずき、嬉しそうにニシカさんも「そうだぞ」と腰に手を当てて、ぽよよんと巨乳が揺らした。
十分に困らせたところで、今度は落としどころの提案をする番だ。
引きつった顔の青年が俺を睨み付けてくる。
「こんなの詐欺の手口じゃないか、上司を呼びますよ!」
「まあ聞いてくださいよ。ここで俺たちから提案なんですけどね」
「聞きましょう……」
詐欺みたいな方法で討伐失敗に持ち込もうとしたのはどっちだよ。って話しだが、まあそれはいい。
「もういち度、改めて依頼を受けさせてもらうというのはどうでしょうかねえ。もちろん、今はこの部位は回収させてもらい、もう一頭を討伐したら二頭分を揃えて提出します」
「…………」
「さて、二頭分のバジリスクを含むダンジョン攻略依頼はおいくらになりますか。前回の討伐依頼の報奨金がええと」
「金貨三〇枚よシューター」
「そう。金貨三〇枚という事は、二頭ならその倍はいただかないといけませんねぇ。悪い話じゃないと思うんですけどねえ?」
雁木マリの助け舟をいただきながら、俺がずずいと青年に顔を近づけた。
「う、上の人間と相談してきますのでしばらくお待ちください!」
結果、冒険者ギルドは一頭分の褒賞金をまず俺たちに払い、改めて再討伐の依頼を支払うという判断をした。
その際に、どうやら受付青年は厳しく叱責を受けたらしい。
まあしょうがないよね、嫌なヤツだったし!
◆
バジリスク再討伐の依頼を引き受けた俺たちは、改めて装備を整えてダンジョンへのアタックをかける準備に入っていた。
前回の失敗を反省して、より有効な装備を手に入れようと考えたからだ。
メイスは、確かにコボルトやマダラパイク、あるいは帰りに遭遇したオーガとの戦いでは大活躍だったが、巨体のバジリスクを倒すためには有効な打撃が与えられなかった。
なので、武器は手槍へと変更される事になったのである。
リーチのある武器は攻撃範囲がある相手と戦う時には有効だ。
あえてスパイクにしなかった理由は、ニシカさんのアドバイスに従ったからだった。
「スパイクは一撃が決まれば有効な攻撃になりえるが、それよりも手数で勝負した方がいいだろうぜ。特にコイツは――」
バジリスクのあかちゃんを武器屋で持ち上げて見せたニシカさんはが説明を続ける。
「腹の下がとても柔らかい。成獣はたぶんコイツよりも当然硬くなっているだろうが、それでもワイバーンや他の龍の仲間に共通して、体の内側は比較的打撃が通りやすい」
という事だったからである。
特に体の大きい今回のバジリスクの片割れを相手にするのなら、俺たちは下から見上げる格好で戦う事になるので、上手く相手に接近する事さえできれば、突き立てる槍が有効となるわけである。
そこで俺とニシカさん、雁木マリのための手槍を三本購入した。
手槍の長さはちょうど俺の肩ほどの長さがあり、狭いダンジョンで振り回すにも手ごろな大きさだ。
それに杖代わりになるところもいい。
「それからガンギマリーは、武器を研ぎに出しておいた方がいいぜ。ワイバーンもそうだったが、あいつらの鱗を斬りつけると極端に切れ味が落ちるし、あの表面のイボイボな鱗で刃も欠けているだろう」
「ええ、そうするわ。シューター、この剣まだまだ使えそう?」
ニシカさんのアドバイスにうなずいた雁木マリが、自分の長剣を差し出しながら俺に質問をしてくる。
別に俺は歴戦の戦士ではなく、元いた世界ではただのバイト戦士だったんだけどな。まあでも何かにつけて相談してくれるのは嬉しいので、できるだけ応えてやる事にする。
「どれ、うーん。まだ使える状態だとは思うけど、ずいぶん丈夫にできているんだなこの世界の剣は」
「そうね。あしかけ二年ぐらいこの剣を使っているのだけど、人を断ち切ってもモンスターを叩き潰しても、これまで問題なく使用できたわ」
「それは、もともとこの世界の長剣が肉厚で刃広くできているからだな。研ぎに出して刃が痩せ細っても、まだまだ使えるというのがいい。ああでも、この場所はパックリ割れてるけど、骨を叩いた場所だな」
「ん、見せてみな」
ニシカさんと俺が身を寄せ合って剣を確認するのだが……
胸が近い以上に、吐息が俺の全裸に吹きかかる。
息子の居心地が悪くなってそわそわしはじめたので、俺はあわてて話題を切り替えた。
「み、店の人間に聞いてみるといい。たぶんまだ使えると思うが、専門家の意見は大事だ」
「そうね。ありがとう」
さてようじょの方も新しい装備を買うそうである。
どういう構造になっているのかわからないがグリモワールを新調するのかと思ったら違うらしい。
そっちじゃなくて栞の方だった。
へえ、栞も武器屋さんで売っているのか。
「どれぇ、この栞はどうでしょう!」
「うーんかわいらしい絵が入っていますね。とてもお似合いです」
「えへへ。この絵文字は、やみをすべるものという意味があるのです!」
「やみをすべるもの……」
イラストと思ったが絵文字だったのか。
しかし、やみをすべるもの……ようじょの将来が心配だ。
ニシカさんみたいな中二病を患わせると大変だな。
「今回の戦いはダンジョンですどれぇ。先手を取って背後からのいちげきをいれるのに、最適な加護ですどれぇ」
「そうだぜようじょ、よくわかっているじゃねぇか!」
「ようじょって言わないでくださいきょにゅう!」
「うるせぇオレも巨乳じゃねえ!」
中二病仲間のニシカさんがうんうんうなずきながら、ようじょに同意していた。
さて、俺はというと。
前回からの経験を生かして、重装備で防具を固めるかどうか悩みどころである。
戦闘の基本は回避を中心に行っていくので、村にやって来た連中やよく冒険者ギルドで見かけるヤツらみたいな鎖帷子というのはできるだけ避けたい。
かといって鉄皮合板の鎧は明らかに高級品なので、修道騎士さまの雁木マリぐらいでないとこれは手が出ない。
というわけで、最低限の盾を購入できないか、ようじょにお願いするのである。
「どれぇは、さっきから盾を見ていますけど欲しいんですか?」
「欲しいですはい。俺はどちらかというと回避系の戦士だったので、軽装備だしこれがあるととても嬉しいです」
「じゃあガンギマリー、これも受付に持って行ってください」
「おお、ありがとうございます。ありがとうございます。
「わかったわ。あとシューター……」
受付に持っていくために円盤状の盾を受け取った雁木マリが、俺を足元から顔先まで観察した。
「そろそろ服を買いなさい。ッヨイの教育上よろしくないし、粗末な包茎を見ているとその、不愉快よ」
「いいんですか? 俺奴隷ですけど、服着ても」
「そのへそピアスだけわかるようにしていればいいわ。そうでしょ、ッヨイ?」
「はい、そうですねどれぇ。この後お服を買いましょう!」
その後、俺はねんがんの服を手に入れた!




